2 定義

1)人間を人間として育て上げることを目的とする教育のこと。

(2)ルソーは「教育」を「人間をつくる技術」(『エミール』1762年)とし、カントは「人間は、教育によってだけ人間になることができる」(『教育学』1803年)と述べた。この場合の人間とは理性を有するという意味であるが、ルソーやカントが考えたことは、それまでは「人間」とはみなされていなかった子どもにも理性と呼べる萠芽がありそれを育成することこそが教育固有の存在意義なのではないかということであった。ルソーの場合、とくに「共通感覚」の訓練を子ども時代の教育において重視した。

 コンドルセの場合は市民育成を目的とする教育を「普通教育」とした(「青少年のための普通教育」1791年)。

 その後、すべての人間に求められる教育という意味においてひろく「普通教育」という言葉が用いられるようになり、さまざまな性格・内容を帯びて歴史的に展開していった。普通教育をめぐっては古代ギリシャの自由学芸の思想などにその源流を求める見解もあるが、子どもにおける理性の育成を明確に自覚した普通教育観は18世紀後半に生成したと言うべきであろう。

(3)日本の場合、普通教育という語は古くは慶応年間の文書にも現われており、明治前期には教育行政、教育令上の用語などとしても広く用いられていた。大日本帝国憲法・教育勅語体制以降、一方では国民教育という語句に変質し、他方では「高等普通教育」として用いられるようになる。

 1939(昭和14)年、この語についての学術的な定義が初めて現れた。それは次の通りである。

  「一義的に説明することは困難であるが、最も重要なる基底に於て、この語は、一般陶冶の観念に関連する。人たる誰にも共通に且つ先天的に具有するものであり、又、これ有るが故に人が人たることを得る筈の本質たる所の、精神的身体的な諸機能を充分に且つ調和的に発達せしめる目的の教育を、一般陶冶と呼ぶのである。かかる意味での一般陶冶を目的とする、如何なる身分、如何なる職業に就くものにも共通に必要であるから、名づけて普通教育と唱えるのである。それ故に普通教育は、特定の技術・学芸を習得させて特定の業務に適能ならしめることを目標とする特殊教育・専門教育乃至は職業教育とその選を異にする。この意味に於て、又人たる凡てに共通に必要な教育であり、人たる誰もが一様に享受し得る筈の教育である」(『教育学辞典』、岩波書店、石川謙、船越源一執筆、当用漢字に改めた。)

(4)(3)の定義は多義的な解釈を許すものであるが、同時に戦後文部省の普通教育についての定義の基礎となっている。

 日本国憲法第26条第2項には「普通教育」という概念が用いられており、これについての定義が教育行政側に求められた。「普通教育とは、人たる者にはだれにも共通に且つ先天的に備えており、又これある故に人が人たることを得る精神的、肉体的諸機能を十分に、且つ調和的に発達せしめる目的の教育をいうのである。(中略)このように普通教育は人たるものすべてに共通に必要な教育であり、人たるものだれもが一様に享受しうるはずの教育である」」(『教育基本法の解説』、前出)。このような定義は「教育基本法制定当時の行政解釈」とされている(文部省大臣官房総務課『教育基本法関係資料集』第2集、1975年)

(5)その他の定義

 教育学関連辞典、百科事典等には執筆者独自のさまざまな定義が示されているが、史実等の分析に基づく学術的定義は今なお探求の途上にあると言えよう。

 なお、『広辞苑』における説明は興味ある変遷を示している。

 ・初版「人種・信条・社会的地位・性別・能力などによって差別をつけることなく、すべての青少年に対して、人間として、また一市民として、一般に必要な教養を与える教育」。

 ・第2版・第3版(19651983年)「国民あるいは社会人として、また人間として、一般共通に必要な知識・教養を与える教育。現在のわが国の学校制度では、初等普通教育(小学校)・中等普通教育(中学校)・高等普通教育(高等学校)の三段階」

 ・第4版・第5版(19911999年)は「職業にかかわりなく一般共通に必要な知識を与え教養を育てる教育」

(6)外国語表記

 ・日本教育学会教育学学術用語研究委貝会編『教育学学術用語集』(1996年)によれば、common  educationを筆頭に、universal educationgeneral educationが掲げられている。

 ・ordinary education:日本国憲法の英語訳に用いられている。教育基本法制定過程ではこの言葉が多く用いられている。

 ・common education:福沢諭吉は「コンモン・エジュケーション」という言葉を用いてわが国に普通教育を紹介している。

 ・general education:教育基本法の英語訳で用いられている。一般教育の英語訳としても用いられている。

 ・universal education:日本国憲法制定過程における連合国総司令部(GHQ)案等で用いられている。

 ・allgemeine Bildung:ドイツ語文献で用いられている。

 ・allgemeine Erziehung:マルクス、エンゲルスが用いており、「普通教育」と訳されている。

   instruction  commune:コンドルセはこの語を用いており、「普通教育」と訳されている。

 ・usual education:ときにはこの語が「普通教育」と訳されている。

 ・всеобщественное образование:ロシア語文献ではこの語が「普通教育」と訳されている。