第一一条(補則)について

 

11条(補則) この法律に掲げる諸条項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が、制定されなければならない。

 

 『解説』はまず「本法は、教育宣言的ないし教育憲法的な規定が多く、これらの規定は、なおいまだ抽象的であって、これから直ちにひき出しうる実際的効果は少ない」と述べています。

 

 このことはより具体的な教育事業にとってはそう言えると思いますが、宣言的であろうと抽象的であろうと、その次元での効果は確認しておく必要があるのではないでしょうか。多くの国民にとって、教育とは何かを考える基本文献はたとえば教育基本法であり、また教育裁判では教育基本法が判例の基本的根拠となります。これらに反する教育法や教育政策が実施された場合、国民がそれらに反対する基準になるのが教育基本法であると言えるのではないでしょうか。どんなに抽象的であっても歴史的現実的な分析に基づいた理論的な結論であればそれに従わなければならない効果を有することになると思います。

 

 『解説』はその上で「今後制定されるべき教育法令は、すべて本法に掲げる原則に従って制定されなければならない」と述べています。本法に違反した法律は、ただちに「無効」となる訳でないにしても、「間接に憲法違反となって無効となることもある」と述べるとともに、そのような法律を制定することは「政治的、道徳的に好ましくない」と明確に述べています。このように言うことは「四七年基本法」のまさに「実際的効果」ではないでしょうか。このことに照らしても、「〇六年基本法」はまさに日本国憲法にも「四七年基本法」にも反するものであり、「無効」と言わなければなりません。

 

 『解説』はここに言う「法令」の意味について特に注意を喚起し、この場合の「法令」とは「法律命令」のことであって、法律に定めるまでもない「細部にわたる事柄」は省令などの命令に委任するという趣旨を「法令」と表現したと述べています。

 

また、この命令であっても「間接に本法の精神を実現したもの」と言えると述べています。

 

 このことで重要なことは、教育課程、学習指導要領のことです。教育政策・教育行政の根幹とも言える教育課程事業については憲法における普通教育概念にも関わらず、教育刷新委員会の審議等において、文部省=教育行政に委ねるという慣例的な姿勢は改められませんでした。「四七年基本法」でも教育課程についての条項は盛り込まれませんでした。

 

 学校教育法になってようやく「教育課程」という言葉は登場しますが、「教育課程に関する事項は文部科学大臣が定める」とされているだけで、具体的には文部科学省令である学校教育法施行規則(第五二条・教育課程の基準)にうつされ、そこでは教育課程の基準は「学習指導要領によるものとする」とされているにすぎません。

 

 とくにわが国の戦後の教育の在り方について特異なことは、国民主権原理と教育課程・教育内容分野との関係にかんする議論は消極的であると思います。戦後、占領期に民間情報教育局(CIE)が最も重視したのは教育課程・教育内容の分野だったことが想起されます。諸外国においても教育課程事業をどのようなものとして位置づけるかがもっとも基本的な教育政策であると言えます。

 

 教育課程・教育内容分野を前面に押し上げ、それを真に国民の立場から制度化していくことは、今日の「学習指導要領」漬けにされている学校教育のあり方を根本的に改める上でも、教科書行政のうえでも重要であり、憲法の教育理念の具体化でもあることから、早急に検討されていかなければならない課題であると言えます。