第六条(学校教育) 法律に定める学校は、公の性質をもつものであって、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。

 法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。

 

第六条(学校教育)について

 『解説』はこの条文について、主として「公の性質」と「全体の奉仕者」の二つについて解説しています。

 

 「公の性質」について、『解説』は、広くは「国家公共の福利のためにつくす」、すなわち「私の利益は仕えてはならない」という意味であり、狭くは「学校の事業の主体はもともと公のものであり、国家が学校教育の主体である」という意味であると解説しています。

 

 しかし、いずれにしても、「公の性質」はなによりも憲法理念、つまり国民主権原理にたって理解されなければなりません。このことは「〇六年基本法」のもとでも同じことです。

 

 「法律に定める」という場合の「法律」とは学校教育法のことですが、学校教育法はこれまで毎年のように「改正」されており、政治的な影響を強く受けています。教育や学校はとりわけ政治から独立したものでなければならないわけですから、学校教育法の諸規定もたえず国民主権原理に立って解釈することが求められます。

 

 さて、『解説』は、私立学校もまた「公の性質」を有するとしていますが、それは『解説』が言うような「私立学校が国の教育事業の一部となっている」からというよりも、そこで子どもたちが普通教育等を受けているという見地から把握する必要があると思います。

 

 『解説』は私立学校について、それが「公の性質」を有するがゆえに、私立学校の設置・廃止・設置者の変更等について監督庁の監督が必要であることなどを説明しています。

 

 さらに『解説』は「公の支配」に属しない事業への公金支出を禁じている憲法第八九条が、私立学校にも適用されるのかどうかについて述べ、私立学校はそのような事業と異なり「公の性質」を有するのだから、「公の財政的補助を受けることができる」と解説しています。

 

 また、『解説』は「法律に定める学校でない学校」、つまり学校教育法に定める「各種学校」についても、学校法人が設置する学校である限り、私立学校と同様の解説をしています。

 

 つぎに『解説』は、教員について、それが「全体の奉仕者」であることの意味を、憲法第一五条第二項および教育基本法第一〇条と関連させて解説し、「国公私立の学校の教員全般についていえば公務員的性格をもつものということができる」と結論づけています。

 

 「自己の職責を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない」ということについて、『解説』は、教員は一般公務員と同じような「全体の奉仕者」にとどまらず「教育者としての特殊の使命」すなわち教育基本法に定める教育の目的や方針に従うということであり、「それから必然的に教育者としての愛の精神もおのずからわき出てくるのである」と述べています。

 

 「教員の身分は尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない」について、『解説』は「政府並びに国民全体の努むべきこと」であり、「物質上の有形的な問題のみでなく、また精神上の問題であることに注意しなければならない」とし、教育刷新委員会が、教員には大学から小学校に至るまですべて同じ教員としての身分を定め、その間に差等を設けないとする趣旨を決議しているのも、「精神上の教員の身分尊重を図ろうとしているのである」と強調しています。

 

 教職員の身分、待遇上の問題については、今日まさに過酷ともいうべき状況が広がっています。日本国憲法の精神に則り制定された教育基本法がいかに豊かな教育環境、教職員組織を描いていたかはこの『解説』に示されている通りです。「改正」されたからといって消極的構えに陥ることなく、まさに現在、日本国憲法および「47年基本法」に立ち返り、そこから現状を打破するエネルギーを汲み取ることが今日まさに求められていると言えます。

 

 これに対し「〇六年基本法」は「四七年基本法」第二項を大きく改変し、「学校においては、教育の目標が達成されるよう教育を受ける者の心身の発達に応じて、体系的な教育が組織的に行われなければならない。この場合において、教育を受ける者が、学校生活を営む上で必要な規律を重んずるとともに、自ら進んで学習に取り組む意欲を高めることを重視して行われなければならない」としています。

 

 まさに学校観の根本的な変更を迫っているのです。「教育の目標」とは「人間の育成」ではなく「国民の育成」であり、学校は政府主導の教育を体系的組織的に行う機関とされ、その上で子ども達はひたすら「規律を重ん」じ、与えられた学習に「自ら進んで意欲」を発揮することを、法律上求められるのです。これに怠惰であるとか失敗すれば教育委員会、学校、教員だけではなく、子ども達も法律違反を問われることになるのです。