補論一 憲法と「四七年基本法」との関係について

 

 

 

 ご承知のように、「四七年基本法」の前文には「日本国憲法の精神に則り」という文言があります。このことからも「憲法=教育基本法体制」(堀尾輝久氏、一九七一年)という言葉も一般的に用いられています。古野博明氏は「教育基本法と憲法の原理的一体性については、従来からよく議論されてきた」と述べつつ、それは「憲法二六条論に偏っていたのではなかろうか」と問いかけ、「憲法第三章(国民の権利、義務)の教育に関係する全体(中略)についても、教育基本法との関連できちんと議論していくべきではなかろうか」と論じています(『制定過程をめぐる論点と課題 教育基本法改正問題を考える④』つなん出版、二〇〇三年、二三頁)。

 

 これらの議論は憲法と教育基本法との関係を論ずる限りでは異論はありませんが、私は、憲法第二六条が「教育」と「普通教育」に分けて規定していること、教育基本法がこの二項を含めて構成されていること、教育基本法全体およびそこで用いられている「教育」「普通教育」の理念は憲法第三章(国民の権利義務)など、言わば教育条項外から意義づけられるべきではなく、憲法第二六条の「教育」「普通教育」概念に内在したものとして理解されるべきこと、憲法の基本理念や国民の権利義務条項は教育条項をいっそう強固にするものであること、などに留意すべきであると考えています。

 

 堀尾輝久氏は憲法上の「普通教育」概念について、それは「すべての国民が共通に必要とする教育」とし、さらに「憲法や教育基本法の精神の体現者として、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間であり、正義を愛し、労働を重んずる、自主的かつ創造的精神の主体としての国民の育成という共通の目的をもった教育」であると述べています(『現代教育の思想と構造』、岩波書店、一九七一年、三二九頁)。しかし、「普通教育」概念は憲法第三章や教育基本法前文に掲げられている理念にとどまらない、より普遍的な内容を有するものであり、それ故にこそ憲法第二六条第二項や教育基本法はより普遍的な、将来においてもいっそうその意義を発揮するものとなるのだと思います。