補論三 「〇六年基本法」新設条項の検討

 

 

 

 「四七年基本法」が全一一条であるのにたいして、「〇六年基本法」は一八条となっています。両法に共通する事項を扱っている条文についてはすでに本文のなかで扱っていますので、ここでは新設条項にしぼって簡潔に検討することにします。新設条項は、「生涯学習の理念」(第三条)、「大学」(第七条)、教員(第九条)、「家庭教育」(第一〇条)、「幼児期の教育」(第一一条)、「学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力」(第13条)、「教育振興基本計画」(第一七条)の八条です。以下、順に検討したいと思います。

 

 

 

第四条(生涯学習の理念)

 

 「国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない。」

 

  

 

 従来の社会教育条項とは別に生涯学習条項が第二条の「教育の目標」条項の次に配置されていることに留意する必要があります。「生涯学習」という法制上の用語は一般的な理解とはまったく異なり、一九八五年、中曽根首相のもとで設置された臨時教育審議会答申が打ち出した「生涯学習社会への移行」原則を受けたもので、一言で言えば、国民の生涯にわたる学習を「新たな公共」すなわち国家主義の見地から統制しようとするものと言えます。

 

 一九九〇年に「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律」が制定されました。それはきわめて政治的な性格の強いもので、地方自治体が企画・実施する生涯学習計画を国の監督の下に置こうとするものです。

 

 また、二〇〇七年の学校教育法「改正」で小学校の教育目標(第三〇条)の第二項に「生涯にわたり学習する基盤が培われるよう」という文言が用いられています。初等段階の学習・教育が生涯にわたって基礎となるということ自体は法律に明記するまでもないと言えますが、この文言が教育基本法の「改正」直後に表れたということから分かるように、それは「人間の育成」ではなく「国民の育成」「日本人の育成」という見地から低学年段階から「生涯学習」の基盤づくりを重視する政策の表れと言うことができます。

 

 また、中曽根元首相が会長を務める世界平和研究所が二〇一一年に打ち出した「教育改革試案」は、人生を「乳幼児期」「義務教育期」「青年期」「壮年期」「老年期」の五区分とし、生涯の全体にわたって、国がそれぞれの段階に応じた学習課題を提示する、という国家主導の生涯学習プランとなっています。その目標としては「日本の歴史・文化・伝統への深い理解・・・を養成することが、日本人として不可欠である」と述べ、例えば「義務教育期」の学習課題としては「伝統文化の百人一首など古典の暗唱など美しい日本語の習得」などを掲げています。

 

 ユネスコ・国際成人教育会議は一九八五年に「学習権宣言」を採択しました。そこには例えば「自分自身の世界を読みとり、歴史をつづる」ことも基本的人権としての学習権であるなどが述べられています。ポール・ラングランの著『生涯教育入門改訂版』が翻訳されたのが一九七〇年ですが、これを機に、教育の条理に立った生涯学習・生涯教育の理解がわが国においても広まっています。学習・教育を国家主導の「生涯学習」構想に吸収させてはなりません。『解説』の趣旨に立ち返り、憲法・「四七年基本法」の見地から社会教育、生涯学習活動を旺盛に進めていく必要があります。

 

 

 

第七条(大学)

 

 「大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。

 

二 大学については、自主性、自律性その他の大学における教育及び研究の特性が尊重されなければならない。

 

 

 

 「四七年基本法」では大学は第六条(学校教育)の「学校」のなかに含まれていただけで、「目的」規定は学校教育法に委ねられていました。学校教育法の「大学の目的」条項(第五二条)は「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」とされていました。

 

 「〇六年基本法」はこれまでの学校教育法の「大学の目的」条項に対し、「新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与する」などが明記されています。「社会の発展に寄与」ということが行政主導、財政誘導のもとに統制される可能性が強まっています。

 

 これを受けた教育再生会議は、二〇一三年、「これからの大学教育の在り方について」(第三次提言)を出し、また、中央教育審議会は二〇一四年二月、「大学のガバナンス改革の推進について」をまとめ、学長権限を強化し、大学自治の根幹である教授会自治の形骸化することなどを提言し、政府は直ちに学校教育法等の「改正」に着手し、六月には学校教育法及び国立大学邦人法の一部を改正する法律」を成立させています。

 

 

 

第九条(教員)

 

 「法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない。

 

 二 前項の教員については、その使命と職責の重要性にかんがみ、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修 の充実が図られなければならない。」

 

 

 

 「四七年基本法」の第六条(学校教育)から分離して独立した条項として新設されています。第一項では「全体の奉仕者」という語句が削除され、「絶えず研究と修養に励み」という文言が追加されています。第二項では「養成と研修の充実が図られなければならない」が追加されています。「〇六年基本法」において「教育の目的及び理念」が改変されていますから、研究、修養、養成、研修など教員全体に対する国家主導の教員統制がいっそう強化されることが意図されていると言えます。

 

 

 

第一〇条(家庭教育)

 

 「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。

 

二 国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支授するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない。」

 

 

 

 「四七年基本法」の第七条(社会教育)から分離して独立した条項として新設されています。「父母・保護者」は憲法上、個人としてまた主権者たる国民として教育を受ける権利を有しています。その上ですべての子どもたちに普通教育を受けさせる義務を負っています。「生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図る」こと自体は首肯できるとしても、それは「普通教育」すなわち「人間の育成」を目的として、行われなければならないものです。

 

 「家庭教育」という用語は、「四七年基本法」では家庭において行われる教育という意味で用いられており、家庭が自主的に行う教育についても社会教育の一環として国は奨励するという関係でとらえられていましたが、「〇六年基本法」では、「家庭教育」という言葉が法律用語として押し出されています。家庭像、家庭教育像が法定され、行政的な統制化におかれる可能性が強まっています。父母・保護者は「子の教育の第一義的責任を有する」とされています。つまり、父母・保護者の法的責任が問われることが前提とされています。

 

 

 

第一一条(幼児期の教育)

 

 「幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものであることにかんがみ、国及び地方公共団体は、幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備その他適当な方法によって、その振興に努めなければならない」

 

 

 

 新設の理由として、幼稚園と保育所の連携推進の必要性、幼稚園と小学校の連携の必要性などが挙げられています。これを受けて二〇〇七年「改正」の学校教育法では、これまで第七章に位置づけられていた「幼稚園」が学校種の冒頭に、すなわち第三章に位置づけられ。その目標(第二三条)には「規範意識の芽生え」などが掲げられています。

 

 本条にある「生涯にわたる人格形成の基礎を培う」とは「生涯学習の理念」条項(第三条)を想起させますが、「改正」学校教育法でも小学校の「教育の目標」には「生涯にわたり学習する基盤が培われるよう」(第三〇条二項)という文言が用いられ、全体として幼児教育と小学校との連携の意図が強く表れています。

 

 

 

第一三条(学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力)

 

 「学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする。」

 

 

 

 この間、法令等の改正により、学校評議員、学校運営協議会などが法制化され、学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力が推進されてきましたが、「その他の関係者」には、地域の関係行政諸機関、地域の企業などが行政主導で組み込まれています。教育の論理よりも行政・企業の論理で、学校、家庭、地域のあり方が強く影響を受けることが想定されています。

 

 

 

第一七条(教育振興基本計画)

 

 「政府は、教育の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、教育の振興に関する施策についての基本的方針及び講ずべき施策その他必要な事項について、基本的な計画を定め、これを国会に報告するとともに、公表しなければならない。

 

二 地方公共団体は、前項の計画を参酌し、その地域の実情に応じ、当該地方公共団体における教育の振興のための施策に関する基本的な計画を定めるよう努めなければならない。」

 

 

 

 この新設が教育基本法「改悪」の重要なねらいの一つでした。「国会への報告」が要件とされているとはいえ、政府主導で「教育の振興に関する施策」を総合的かつ計画的に進めることを法制化したこと自体、憲法や「四七年基本法」の教育理念からは逸脱したものと言わざるを得ません。

 

 五年計画とされ、現時点では「第二期教育振興基本計画」が策定されています。

 

 そのポイントとして、文科省は①第一期計画が学校段階等の縦割りで施策等を整理していたのに対して、第二期計画では、各学校間や、学校教育と職業生活等との円滑な接続を重視し、「社会を生き抜く力の養成」など、生涯の各段階を貫く教育の方向性を掲げたこと、②検証改善サイクルの実現に向けて、第二期計画では必ずしも十分とは言えなかった成果目標・指標をできる限り明確に掲げたこと、③少子化・高齢化、グローバル化など、我が国が直面する危機的な状況を踏まえ、将来の社会のあるべき姿を描きつつ、その実現に必要な施策を体系的に整理したこと、などを挙げています。

 

 二〇一四年の教育委員会法「改正」で、行政主導の教育委員会制度に改変されました。地方公共団体の首長がいかなる教育計画を立てようとも、それは国が定める「教育振興基本計画」の範囲内にとどまることになります。

 

 

 

 以上、「〇六年基本法」成立とそれ以降の関連施策の動向を紹介してきましたが、全体として異常なスピードで反国民的な教育改革が強行されていることが顕著です。これらを最高法規として総括するものとして憲法「改正」が用意されているのです。

 

 しかしながら、日本国憲法は国民の手でしっかりと守られています。日本国憲法の意義は図り知れない可能性を秘めています。「四七年基本法」も本書で述べてきたように、実質的な生命力を保持しています。私たちは『解説』を真に深く受けとめ、その精神にそって日本国憲法ならびにその精神に則って作成された教育基本法をまさに日本の宝として活用していかなければなりません。