はじめにー国民教育の課題

 憲法・教育基本法が成立して30年になろうとしている今日、そのすぐれた民主的な精神と条項を踏みにじり、帝国憲法・教育勅語体制の復活を志向する政府・文部省が一貫しておしすすめてきた教育政策は、今日国民教育の中に未曾有の荒廃と混乱をもたらしてきている。しかし同時に、憲法・教育基本法の精神を守り、さらにいっそう発展させ、国民教育を名実ともに国民教育たらしめようとする国民の大きな努力は着実に前進しており、今後の国民教育のあり方に明るい展望を切り開きつつある。国民教育における今日の重要な特徴は、国民教育が文字どおり国民的課題、国民共通の関心事となってきていることであり、国民の教育要求が国民教育のあり方に大きな規定要因となってきていることである。このような中で、人格とは何か、学力とは何か、教師とは何か、普通教育が義務制であるのはなぜか、国民教育はいかなる意味で社会変革に寄与するのか、教育権とは何か、というような基本的・根本的な問題が改めて問いなおされている。教育学研究が今日課せられている主要な役割は、一方では現実の国民教育が提起している個々の実践的諸課題の具体的解決に貢献することであり、他方では、教育学研究本来の基礎的な諸概念、諸問題を理論的に科学的に深化発展させ、国民教育の今日の変化した状況に正しく対応しながら、国民教育の今後のあり方に確固とした指針を捏示することにあると思われる。小論は後者の課題に私なりに迫ろうとしたものである。

 国民教育は、国民の一部分の者が国民のために行う事業ではなく、国民全体の共同事業である。この一見単純な命題は、小論においてしばしば依拠しているマルクス、エンゲルスの諸著作から導かれる結論であると同時に、小論の基本的立場である。しかしながら、これまでマルクス主義の立場から書かれた教育論の多くは、この見地に関しては必ずしも明確でないように思われる。それは第1に、人間論として説かれ、その枠内で教育論が展開されていること、第2に、社会(構成体)の経済的土台の分析から直接に人格ないしは人間性の諸特徴が論じられ、そこから短絡して、あるいはそこからの類推として教育論が展開されていること、などの理由によるものと思われるが、いずれにしても、教育論それ自体が、現実の国民教育が提起している諸問題を十分取り込みつつ、マルクス主義の立場からの十分な検討を必要としていることは、依然として今日的課題である。

 

第1章 人  格

   

 第1節 社会制度の所産としての人格

 

 エンゲルスの『家族・私有財産および国家の起源』(1884年)は、人格の問題を「ある特定の歴史的時代にある特定の国の人間がそのもとで生活を営む社会的諸制度」1との関連で展開したものとしても注目すべき文献である。エンゲルスはその中で古代氏族社会を分析しそこに実現している社会的諸制度(とりわけ政治制度・選挙制度)がすぐれた人格を生み出していることを明らかにし、かかる人格的諸特徴を総称して「原生的民主主義的性格」と呼んでいる。これらの諸特徴は、この著作の中に散見されるが、列挙すると次のとおりである。

 

  すべての公務(offenntliche Angelegenheit)を自分自身の仕事とみる民主主 

  義的本能、不屈な独立精神、自由精神、人格的威厳、個人的たくましさ、  

  勇気、耐久力、性格の強さ、率直さ2

 

 エンゲルスはこのような人格上の諸特徴が原生的共同社会であるところの氏族制度の果実であるとして、その果実を実らせる社会的諸制度について詳細に展開している。たとえば北アメリカのイロクォイ部族同盟は六つの部族からなり、その一つであるセネカ部族は二つの胸族からなり、各胞族はさらにそれぞれ四つの氏族からなっている。各氏族にほその氏族の最高意思決定機関である評議会があり、成人氏族員全員によって構成されている。氏族負は氏族の長と軍事指揮者(複数・臨時)および「宗教の番人」を男女平等な選挙によって選出し、必要があれば解任する。かかる政治・選挙制度のもとでは首長はつねに氏族員全体の意思の真の代表者とならざるをえず、彼は評議会の意思に基づいて共同事務を処理する。胞族・部族にもそれぞれに対応して評議会があり、各民族の長によって構成され、それぞれ独自の共同事務を処理する。部族評議会は異部族間の調整、使節派遣・応援、宣戦布告、講和締結などの権限をもつ。この評議会もまた公開性で、部族員成人全員が平等の発言権(代理発言も保障されている)を有している。しかし決定権は評議会構成員にのみ与えられ、満場一致が貫かれている。また部族、胞族、氏族はそれぞれが「それ自体で完結していてそれ自身の事務を処理しているが、またたがいに補いあってもいる」3のである。

 このような氏族制度のもとでは、全構成員はそれぞれに対応した評議会の決定には、それが真に彼らの意思を反映したものであるがゆえに忠実であり、彼らは部族内または氏族内における自己の役割、責任を自覚すると同時に「すべての公務を自分自身の仕事とみる」態度が必然的に生み出されるのである。

 

 打ち砕かれる運命

 エンゲルスは言う。「この時代の人々がわれわれにどれほど堂々たるものに見えようとも、かれら一人ひとりはたがいに無差別である。(中略) この原生的共同社会の力は打ち砕かれなければならなかった」4と。その力を打ち砕いた第1の要因は、「異部族を抑圧しょう」とする企てであった。氏族社会においては 「部族のそとにあるものは法のそとにあった。明示的な平和条約がないところでは部族と部族との戦争が行われており、そしてその戦争はほかの動物にみられない人間独特の残忍さでたたかわれた。」5民族差別、他民族抑圧、排外主義が真の民族主義、愛国主義と相入れないものであること、他民族抑圧が自民族の腐敗と不可分の関係にあることは、氏族社会の没落の経過が萌芽的に示している。第2の要因は、経済的生活条件の変化である。原生的共同社会は未発達な生産と人口の稀薄さとを前提とする。ところが畜群が飼養され「牧畜、金属加工、磯織、最後に畑地耕作がとり入れられると、事情は変った。」6富は物を言うようになった。相続習慣は変わらなかったから、しだいに大規模になっていく労働手段・生産手段は相続者である夫の地位を高めることになり、それとともに家族内への富の蓄積が始まり、家族は社会の経済的単位に変質し、かくして母系社会は父権制へ移行し、氏族社会はこうして内部からも打ち砕かれざるをえなかった。氏族社会はこのような変化にはまったく無菌状態にあった。この経過はまたその上に築かれていたすぐれた社会的諸制度の崩壊をも意味し、したがってその直接的果実であったところの人格上の「原生的民主主義的性格」もまた制度的基盤を失うことを意味した。しかしそれはけっして消滅することなく、たえずその後の歴史の中に姿を現わし、その中で鍛えられ、そしてのちに述べるようにふたたび新たな発展した政治的・社会的・経済的諸条件の成熟の上にいっそう高い質を伴って開花することになるのである。

 

 国家とその果実としての人格

 氏族制度に基礎をおく社会制度は「国家に総括された新しい社会」(エンゲルス)にとって代わられることになった。「この新しい社会そのものは、それがつづいてきた2500年の全期間を通じて、搾取され抑圧される大多数を犠牲としてのわずかな少数者の発展以外のものであったことはかつてなく、そしてこれが今日ほどはなはだしかったときはなかった。」7エンゲルスはこのような見地から、国家という政治形態の果実であるところの人格上の諸特徴

を次のように表現している。

 「新しい文明社会、階級社会をひらくものは、低劣きわまる利害いやしい

  所有欲、獣的な享楽欲、共有財産の利己的略奪である。古い無階級の氏

  族社会を掘りくずし、引き倒すものは、破廉恥きわまる手段窃盗、暴行、

  奸計、裏切りである」8

 前述した人格上の「原生的民主主義的」諸特徴に対応した形で換言するならば「公務を私物化し、したがってそれを自分自身の仕事とみない非民主主義的態度、精神的卑屈さ、征服依存欲、肉体的ひ弱さ、無責任、非自主的精神……」と表現することができるだろう。

 

 社会発展の生命力、活力あるいは未開性

 この2600年の歴史は「政治革命の系列」にほかならないが、社会発展の本質的原動力についてエンゲルスは生命力、活力ないしは未開性という言葉を用いて説明している。「ドイツ人が死滅しつつあるヨーロッパに新しい生命力を吹きこむのに使った神秘的な魔法は何であったか?(中略)(それは)彼らの未開性、彼らの氏族制度だったのである。彼らの個人的なたくましさと勇気、彼らの自由精神とすべての公務を自分自身の仕事とみる民主主義的本能、要するにローマ人がなくしてしまい、しかもそれだけがローマ世界の泥土から新しい諸国家をつくり出し、新しい民族体を成長させることができたすべての特性これは高段階の未開人の特徴ではなくて、彼らの氏族制度の果実でなくてなんであったろうか?(中略)ドイツ人がローマ世界に植えつけたおよそ活力あり、生命をもたらすもののすべては未開性であった。じっさい未開人だけが、瀕死の文明に苦しむ世界を若がえらせる能力をもっている」9と。さらに「氏族制度は、すくなくともマルク共同体が維持された国々(中略)では、いつとはなしに地縁的制度へと移行し、それによって国家に適合する能力を獲得した。しかしそれにもかかわらず、それは氏族制度全体の特徴である原生的民主主義的性格をひきつづきたもち、こうしてその後余儀なくされた変質の中でさえ、氏族制度の一片を保持し、それによって近代まで脈々と生きながらえた一つの武器を被抑圧者の手にもたせたのである」10と。

 

 より高い形態における復活

 エンゲルスは『起源』の末尾で、モルガンの著作から一節を引用して、みずからの結論に代えている。すなわち「行政(Verwaltung)における民主主義、社会における友愛、同権、普通教育(allgemeine Erziehung)は、経験と理性と科学がつねにめざしているつぎのより高い社会段階をひらくであろう。それは古代の氏族の自由、平等、友愛の復活ただしょり高い形態における復活(傍点はエンゲルス)となるであろう」11と。これに関連してレーニンもつぎのように述べている。「資本主義から社会主義への移行は、『原始的』民主主義へある程度『復帰』することなしに不可能」(傍点はレーニン)であり、また「資本主義と資本主義文化とを基礎とする『原始的』民主主義は、原始時代あるいは前資本主義時代の原始的民主主義とは同じものではない」12

 以上のことから、われわれは二つの重要な結論を得ることができる。第1に、人格についての本質的規定についてであり、第2に、社会変革と国民(普通)教育との関係についてである。

 第1の点について言えは、第1に、人格は、①「ある特定の歴史的時代に」、すなわちその時代を歴史的に特定している社会(=「経済的社会械成体」)によって、②「ある特定の国の」、すなわち、同じ歴史時代においても存在するさまざまな政治形態のうちの特定した形態によって、③そこでの社会的諸制度によって、本質的に規定されているのである。これらはある人格を支配的に特徴づけている不可欠な要因であるといえよう。第2に、人格はこのように歴史的社会的に規定されると同時に、他方ではいわゆる原生的民主主義の人格上の特質である「未開性」こそが、社会発展、社会変革の原動力であること、第3に、したがって人格の全面的解放、すなわち高い形態での「未開性」の実現は、社会変革、すなわち社会的諸制度の変革、政治形態の変革さらには社会(構成体)の変革の過程の中で可能であると同時に、かかる社会変革は、その原動力であるところの人格における民主主義的性格の育成を独自の課題とするのである。

 第1節から導かれる第2の結論は、社会変革と国民教育との関係についてである。これについては、前述した『起源』末尾の文章が両者の関係をみごとに表現している。すなわち、第1に、「より高い社会段階」を開くのは、何よりもまず政治的、社会的および法的諸制度の民主主義的改革であること、第2に、「より高い社会段階」そのものは、科学の成果、科学のめざす方向と一致したものでなければならないこと、第3に、国民教育が「より高い社会段階」を開く上で果たすべき重要な役割があること、そして国民教育がかかる役割を果たしうるのは、国民教育それ自体の固有な社会的役割によるものであること、などである。では、この固有性はどのように説明されるべきであろうか。

 

   第2節 「社会の自主的な成員」と 「成長中の世代」

 

 人格は社会(諸)制度の所産である。したがって社会制度の変革は人格を変革し、また同時に人格の変革は社会制度を変革する。これは循環である。しかしマルクス、エンゲルスは、人格の変革の社会変革上の役割を重視すると同時に、さらに人格一般を論ずるのではなく、人格を「社会の自主的な成員」13と「成長中の世代」に分離し、後者に対する人格変革=形成上の特別な役割を承認することによって、この循環をたちきった。この区別は、国民教育の固有性を承認するものとしてきわめて重要である。

 両者を本質的に区別しているものは、社会における生活(広義の、したがって政治的生活などをも含む)と生産に対して自主的であるか否かである。「(その)社会の自主的な成員」は「成長中の世代」が「(将来の)社会の自主的な成員」として育成することを自己の共通の課題とし、一方「成長中の世代」はそのように育成されることを生得の権利とする。

 ところで、国民教育制度もまた社会的諸制度の一つである。しかしそれは「成長中の世代」に対応しているという点で他の社会的諸制度とは区別される特殊な社会制度である。人格が社会制度の所産であるということは、「成長中の世代」の人格もまた彼らにとっての主要な社会制度である教育制度の所産であることをも意味する。「成長中の世代」は社会的態度、社会的諸能力の総体とも言うべきみずからの人格を、社会諸制度全体から受けとると同時に、その基礎をとりわけ教育制度、直接的には彼らが通過するいくつかの学校を通して受けとるのである。したがって国民教育のあり方は、「成長中の世代」の人格を、そしてまた「将来の社会の自主的な成員」の人格を基本的に規定し、したがって社会変革の上で果すべき役割の度合を規定する。すでにマルクスは「正しい教育制度(傍点はマルクス)をうちたてるには社会環境の変更が必要であるが、他方では社会環境の変更を実現するには正しい教育制度が必要である。だからわれわれは現状から出発しなければならない」14と述べている。ここには現実の社会的諸制度の支配的諸関係とは相対的に区別された制度が国民教育制度として実現される可能性と現実性の認識が前提となっているが、それでは、国民教育制度において正しい、正しくないとはどういうことであろうか。

 解答はすでに与えられている。すなわち「成長中の世代」は、第1に「社会発展の生命力」を内に秘めた人格として、第2に「社会の自主的な成員」となるにふさわしい人格として、育成されなければならないのであって、かかる人格として「成長中の世代」を育成しうる制度こそが正しい教育制度ということになろう。

 第1の点からは、国民教育制度の民主主義的性格が要求され、「成長中の世代」に即して、より直接的には、個々の学校における教師集団の民主主義的諸関係、教師生徒間、さらに生徒間における民主的諸関係が要求される。第2の点からは、将来の社会における生活と生産に対し自主的に処理しうる諸能力の形成が要求され、さらにそれらは「科学の成果、科学のめざす方向」にそうものとして要求される。両者はのちに述べる国民教育の制度と内容の基本的性格を規定する。

 

 第2章 国民教育の基本的性格

   

  第1節 「ペダゴジー」 について

 

 国民教育、とりわけ普通義務教育の制度上の確立は19世紀後半、すなわち産業資本主義の確立以後に属するが、国民教育そのものを本来的に意味する観念ないしは概念は古代社会においてすでに存在していたと思われる。勝田守一氏はこのような見地から国民教育の歴史的根源を解明し、とくに「ペダゴジー」の本来的な意味を考察し、そこから今日のわが国の国民教育がひき出すべき教訓を提示している。15本節ではかかる氏の仕事を貴重なものとして受けとめつつ、とくに「ペダゴジー」概念についての氏の理解を中心に批判的に検討し、国民教育の基本的性格の解明の一助にしたいと思う。

 周知のとおり、教育学を意味する「ペダゴジー」はギリシア語のパイダゴーゴス(子どもを導く人)に由来する。これは「子どもを導くこと」という意味から派生したものであるが、勝田氏はこれをさらに換言して「子どものあとからついていって導く人」16とも表現している。ところが氏はさらにこの原義から無造作につぎのような言いかえを行い、そこから教育学および国民教育の性格についての議論を出発させている。すなわち「いいかえれば、ペダゴジーは子どもを導く仕方である」17、あるいほ「教育は人間の所有する能力あるいは性格、習慣、思想をつくるはたらきであり、ぺダゴジーはその仕事についての知識である」18と。結論から言えば、氏のこのような言いかえないしは解釈は、ペダゴジーの原義から離れた飛躍あるいは歪曲であり、それは今日の国民教育の殊題を解明していく上で必ずしも有効であるとは言えないと思う。

                                                         

 第1に、ペダゴジーはあくまでも「子ども」ないしは「成長中の世代」にのみかかわる概念であるのに対し、勝田氏はそれを「人間」にまでおしひろげている。これは第1章第2節でふれたように、人格一般を「社会の自主的な成員」と「成長中の世代」に分離し、後者の人格形成上の独自な社会的役割を承認することに国民教育の存在理由を見いだした小論の見地からすれば、氏のこのような拡大解釈は国民教育の固有性をあいまいにするものである。

 第2に、ペダゴジーは「導く」(to lead,to guide,to direct)に本来かかわる概念である。とりわけto leadOEDによればto direct or guide by going on in advance すなわち「先に立って進むことによって方向づけないしは案内すること」であり、勝田氏の「ペダゴジー」についての最初の換言にあるようにけっして「あとからついて」いくことでもなければ、(性格等を)「つくる」ことでもない。さらに言えば、ぺダゴジーはto teach,to educate,to instruct などとも本来的に異質な概念であることを強調しておきたい。

 第3に、「導く」主体について、ペダゴジーにおいては、「子ども」が人間一般から分化されて認識されている以上、それは「子ども」ないしは「成長中の世代」を除くすべての人間、すなわち 「社会の自主的な成員」(その全部か一部かはここでは問題にならない)であることは容易に推察される。勝田氏は、この点についてはまったく言及していないばかりか、問題として意識されてもいないようである。しかし、国民教育における教育権の本来的な主体が論議されている今日、「ペダゴジー」についてもかかる点からの再検討は実践的にも必要と思われる。

 第4に、ペダゴジーは「社会の自主的な成員」が「子ども」あるいは「成長中の世代」に対して行う社会的活動を意味している。この点に関しても勝田氏は「知識」とのみ結びつけているが、これも「ペダゴジー」からは直接導かれない氏独自の理解である。

 第5に、「導く」という以上、「ペダゴジー」にはすでに「導く」方向・目的が前提されていることに注目したい。そしてこの方向・目的は「社会の自主的な成員」の手中にあることもこれまでの展開から明らかである。このことはすでに述べた勝田氏の表現からは必らずしも明らかではないが、のちに述べるように、国民教育の基本的な内容、制度、方向の決定に反映されるべき意思の主体の所在をめぐって、小論の見地と勝田氏との間に相違が生じてくるのである。

 以上のことから、「ペダゴジー」とはその原義から考察するかぎり、「その社会の自主的な成員がある方向・目的のもとに成長中の世代の先に立って導く社会的活動」であると言いかえることができると思う。このような意味で「ペダゴジー」を「(国民)教育」と訳すことができる。(それ以外に「教育学」ないし「教授学」を指す意味に用いられることは、「ペダゴジー」の本来的な意味となんら矛盾するものではなく、歴史的に説明されるべきものである。)

 「ペダゴジー」のかかる意味はその普遍的性格を表現しているように思われる。したがってその具体的諸形態は歴史的にも社会的にもきわめて多様である。

 

   第2節 歴史的概要

 

 「ペダゴジー」の本来的な意味は、①「社会の自主的な成員」が、②ある方向・目的のもとに、③「成長中の世代」の、④先頭に立って導く、⑤社会的活動であった。これらの要素は、それぞれがその時代、その社会において多様な内容をもち、それぞれの結びつきによってさまざまな教育的諸制度が生み出されてきた。

 原始共産制社会

 ここではすでに多くの教育史研究者によって言及されてきた「入社式」について述べてみよう。19「入社式」は古代代族社会における過酷な訓練と宗教的色彩を強くもつ、いわば今日の「成人式」である。この過酷さと宗教的性格はこれまで一面的に強調され、また常識的な意味での野蛮ないしは未開性と結びつけられて解釈され、その歴史的本質的な意義が必ずしも十分解明されていないように思われる。

 「入社式」は第1章第1節でもふれたように、胞族の段階に属する宗教組合によって組織された社会的共同の公的行事であった。未開社会においては「宗教の番人」もまたその社会の成員男女全員の平等な選挙によって選ばれたいわば公人であり、したがって彼らによって組織された宗教組合やそのもとで営まれる宗教的諸行事もすべて公的すなゎち全人民的性格をもっていたと思われる。「入社式」もまたその例外ではありえなかった。この「入社式」の過酷性は、当時の共同体社会がつねに他部族との間に戦争状態にあったこと、またつねに自然の脅威に支配されていたことによると思われる。また「入社式」の宗教的性格も、すでに述べたように氏族社会においてはそれはただちに私的であることを意味するのではなく、宗教的性格と公的性格はなんら矛盾する関係にあったのではなく、むしろすべての公的政治活動全体が宗教的性格を伴っていたのである。エンゲルスのつぎの指摘はこの意味で重要と思われる。「部族、氏族およびその諸制度は、神聖でおかすべからざるものであり、自然によって与えられた高い力であり、個々人は感情や思考や行為の上で無条件にこの力に従属したままであった。」20

                                                                                      

 われわれにとって重要なことは、この「入社式」の宗教的側面、残忍な性格を一面的に強調するのではなく、それらの性格を科学的に説明することであり、さらに重要なことは、それがいわば「社会の自主的な成員」の総意を正しく反映した(そうでなければただちに解任される)公的代表者、すなわち「宗教の番人」によって「成長中の世代」全員に対するそれまでの教育の仕上げの儀式であったということである。ここでは宗教性も残酷性も、それがわれわれの目から見てどんなに奇異に見えようとも、部族内の民主主義的諸制度、人間的諸関係、また個々人の人格上の民主主義的性格とは完全に両立していたのである。

 いずれにせよ、今日から見ても 「驚くべき」(エンゲルス)すぐれた政治制度を実現していた未開社会において、①基本的には「自主的な成員」全体の総意のもとに、直接的には、彼らの真の代表者たちによって、②対異部族、対自然においてそれらに打ち勝つことのできる将来の社会の担い手を育成するという目的・方向のもとに、③「成長中の世代」の一定部分(年齢的に)全体が、④民主主義的な公的な活動・行事として、かかる「入社式」が営まれていたと思われる。もとより原始共産制社会における「入社式」も含めた「成長中の世代」に関する諸関係は、今後の研究にまつところが大きいが、以上のような推測が基本的に可能であるならば、そこには「ペダゴジー」の氏族社会的形態をわれわれは見ることができるであろう。

 国家の成立に伴う「ペダゴジー」の変質

 「牧畜、金属加工、機織、畑地耕作」(エンゲルス、ただしここではギリシアを念頭においている)の出現に伴う富の増大は、これまでの氏族を単位とする政治的、社会的、経済的諸関係を根本的に変質させることになった。もっぱら男の手になる「新しい富」は、ひきつづき彼らの相続の対象となったために、男の地位の向上とともに、彼らの側に従来の相続順位に対して逆転しょうとする衝動が生じ、かくして母系社会から父権社会へ移行する。これによって家族内への富の蓄積が促され、こうして家族は社会の経済的単位として氏族に対立する「一つの力」に転化していった。また同時に「富の差」は、これまでの氏族社会における政治的諸制度を悪用しつつ、支配・隷属関係を急速に全社会におしひろげることになった。これまでの奴隷制、部族間戦争は今や正規の営利の源泉と化し、富が最高の善として賛美・尊敬されることになった。そしてついにこれらの諸関係を全体として永久的に統括する制度として国家が発明された。すなわち、エンゲルスによれば、①個々人の新たな獲得した富を、氏族制度の共産主義的伝統に対抗して確保し、②以前には、はなはだ軽んじられていた私的所有を神聖化し、③この神聖化こそがあらゆる人間共同体の「最高の目的」であると宣言し、④つぎつぎに発展してくる財産獲得の新しい諸形態、したがってたえず速度を加ぇてくる富の増殖の新しい諸形態に「一般的な社会的承認の刻印」を押し、⑤始まりつつあった諸階級への「社会の分裂」を永久化し、⑥さらに無産階級を搾取する有産階級の権利と、後者の前者に対する支配を永久化するものとしての国家が。21 国家はその後今日に至るまでその「型」や「形態」を異にしながらも、基本的には以上のような性格をもったものとして、「ペダゴジー」を含め、そのもとに統括される社会的諸制度の中に貫くのである。実体的には国家は対外的、対内的抑圧諸機構を構成する常備軍と巨大な官僚組織である。したがって国家社会においては、さきにエンゲルスが特徴づけた諸要素を支配的なイデオロギーとして、有能な軍隊(人)と官僚を育成することが、「ペダゴジー」の支配的な「方向・目的」となる。また「ペダゴジー」のその時々の具体的形態の決定に参与し、また直接に「ペダゴジー」に従事するものも、いわゆる「社会の自主的な成員」全体のうちできわめて少数の部分に限定され、同時に当然のことながら、かかる「ペダゴジー」の対象となる「成長中の世代」もその全体のごく一部分に限られ、他の多くはほとんど支配的な「ペダゴジー」から排除されるようになる。また「ペダゴジー」の営みもそれまでの「社会的共同事務(=本来の公務)の性格を失って、本質的には私的な営みへと変質していった。22 国家社会における「ペダゴジー」の歴史的変遷は、その支配的諸形態の変遷史であると同時に、階級的に分裂した「ペダゴジー」の対立・闘争の歴史でもある。しかし多くの抑圧された「社会の成員」、「成長中の世代」がどんなに支配的な「ペダゴジー」から排除され、その「将外に」置かれたとしても、そのことによって彼らの間での「ぺダゴジー」が消え去るわけではなく、彼らが基本的にはその時代、その社会の支配的な社会的諸関係に規定されていたとしても、彼らなりの「ペダゴジー」が有形・無形に営まれていたのである。しかも重要なことは、前述した社会発展の生命力、活力である「未開性」、人格上の「原生的民主主義的性格」は確実に彼ら「被抑圧者」の手中に受けつがれていたのであり、したがって彼らの世界において大人たちがどんな期待をもって、またどのようなものとして子どもたちを育てようとしたのか、すなわち「ペグゴジー」が彼らの間でどのようなものとして営まれていたのか、この問題についての具体的な史的展開は、教育史研究においてよりいっそう重視されるべきであるように思われる。仮説的にあえて言うならば、われわれはかかる作業を通して「基礎的な学力」や「正しい社会道徳」というものがこれまでの歴史を通じて抑圧された人民、しかも社会変革の任務を客観的に背負わされた人民の一貫した基本的教育要求であることを明らかにすることができるのではないかと思われる。

                                                                 資本主義の確立と国民教育制度の成立

 資本主義の生成・発展に伴うブルジョアジーの政治支配化の過程は同時に社会主義思想の生成、近代民主主義の思想とそれを基礎とする政治的・社会的諸制度(議会制度、選挙制度、基本的人権の法的保障等々)の成立・発展の過程でもあった。したがってその時期は「ペダゴジー」に対する理念・思想の多面的な開花の時期であり、それらに基づくさまざまな実験も試みられた。「これの実験は非常に大きな意義をもっている。それらの大部分は失敗し、そしてそのことがこれらの思想の空想性を叫びたてる機会を近視眼的で旧習を重んずる人々に与えた。しかしこれらの思想の中にいかに多くの重要なものが含まれていたかは、百年あまりたってこれらの問題(ここでは教育と生産的労働の結合の問題をさしている―筆者)が、経済的発展の進行によって緊急に必要なものとして新たに提起されていることが示している。」23 

 産業革命とその後の産業資本主義の進行は、これまでの支配的「ペダゴジー」から排除されていた「社会の成員」と「成長中の世代」の多くを近代的プロレタリアートとして、また一定期間とはいえ年少労働者として再編成すると同時に、確立した政治支配のもとで、彼らを支配的な「ペダゴジー」の中に取り込む形態として国民教育制度を生み出した。この基本的性格は形式的にせよ一定の民主主義的手続きを通して決定されるという点で公的性格をもつものであるが、たとえばイギリスの場合「公教育を実現する第一の課題は、国家の教育関与であり、この点において、公教育は公教育としての意味をもち得た」24と言われるように、国民教育制度の成立は本質的には国家による国民教育制度として登場したのである。しかし、国民教育制度の成立・発展は、「ペダゴジー」をめぐる階級闘争を全社会的におしひろげることによって激化させ、国家にとって致命的な病根をかかえこむ過程でもある。すなわち「社会の自主的な成員」の大多数が(財産、地位、性別、年齢等によってさまざまに制限されるにしても)国民として、あるいは「有権者」として(国民主権が政治形態して取り入れられているもとでは「主権者」として)国政に参加する通が開かれたわけで、階級的諸矛盾は政治過程において鋭く反映され、とりわけ議会制度、選挙制度のあり方、またそこでの階級闘争の度合が全般的な社会的諸制度(国民教育制度も含めて)の基本的な性格を規定することになるのである。

 マルクスは「ブルジョア社会のこの最後の国家形態のもとでこそ階級闘争が終局までたたかいぬかれなければならない」25として、国家による国民教育として成立した現実の国民教育制度に対する労働者階級の、そしてまた国民のとるべき態度についてつぎのように述べている。「『国家による国民教育』(マルクス)はまったく不適当だ。一般的な法律によって国民学校の財源、教員の資格や教授課目などを規定すること(中略)と、国家を国民教育者に任命することとは、まったく別のことである!逆に政府と教会のどちらも、学校に対していかなる影響をも及ぼしえないようにしなければならない。(中略)国家は国民から荒療治の教育を受ける必要がある」26。ここには今日われわれが教訓とすべきいくつかの重要な内容が含まれている。第1に、「国家による国民教育」、すなわち国家教育権論に対する批判が、国民教育を全体として国家の影響ないしは支配の外におくという見地からなされていることである。これは国民教育に対する国家の影響・支配を正当と不当とに区別し、それらの排除をもっぱら後者に限定するという見地や、国民教育を内的事項・外的事項に、あるいは内容と条件整備に区別し、「排除」の問題を前者に限定しようとする見地とは無縁である。それらの見地はいずれも本質的には国民教育に対する国家の支配を是認するものであり、国家教育権諭に対し正面から対決する上で大きな弱点を含んでいる。またそれは国民による国民教育における民主主義の徹底化に大きな制約を与えるものである。第2に、この「排除」の見地は国民教育の私的性格(ないしは「私事性」)を意味するものではなく、まったくその逆である。国民教育は国民共同の事業であり、国民の総意が反映される一般的な法律によって規定されるがゆえに、国民教育は公的な性格をもつのである。(このことは学校の設立主体の公的私的性格とはまったく異質の問題である。)第3に、一般的法律は国民教育を内容・制度を含む全体としてその基本的あり方を規定するのであって、教育内容等をその対象外とすることは、教育内容には国民の総意が及ばない、あるいは国民の総意から教育内容を遠ざけることになると同時に、結果的には教育制度に対する国民の総意を一面的にし、かつその分野における国家の影響・支配に対し不徹底な態度を導くことになる。第4に、ブルジョア社会のもとで一般的法律の階級闘争上の役割を重視するマルクスのこの見地は国民教育の民主的前進が国民主権の実質的保障、政治的民主主義、議会制民主主義の民主的前進と不可分に結びついていることを主張する見地である。この点で国民教育を「人間の内面の問題」ないしは「人権」の問題としてとらえる見地は、国民教育に対する国家の影響・支配を基本的人権に対する支配として受けとめ、したがって「国家からの自由」、「国家権力に対する私事」という立場から、主として基本的人権を規定した憲法条項を根拠にして、立法過程においてではなく、司法・裁判過程におけるたたかいを実践的に重視することになり、「国権の最高機関」であり、「国民の総意」(それ自体階級的に相矛盾する複雑な社会的意識の総体であるが)が鋭く反映される国会における議会闘争あるいは立法活動に対する過小評価に導く見地と言わなければならない。27

 なお最後に、さきに引用したマルクスの文章の中で用いられている「国民教育者」(Vorkserzieher)という概念について一言しておきたい。国家を国民教育者に任命することを拒否するマルクスの要求は、逆に言えば国民を国民教育者とみなすマルクスの見地を言い表わしたものである。この見地は、「ペダゴジー」の一方の当事者を「社会の自主的な成員」としてとらえ、したがって同時に彼らを「教育者」とみなす小論の見地と一致したものである。「社会の自主的な成員」はこれまで歴史的に見てきたように、今日では「国民」であり、また政治形態として国民主権がとり入れられているもとでは「主権者」(しかし「主権者」は法制上の概念であって「社会の自主的な成員」とは年齢的にも実質的にもしばしば乗離する)であり、したがって彼らこそが第一義的には「教育者」(個々人が主観的にはどうであれ)である。「教育者」は同時に当然にも「教育権」の第一義的主体であり、それゆえに「教育権」は国民、あるいは「主権者」に属することは明らかである。この点で「教育権」の主体を第一義的に親に属するとする見地は、家族を社会の経済的単位とする国家社会を超歴史的・絶対的なものとして前提し、したがって子どもを親の私的支配のもとにおくブルジョア的世界観に立脚したものであり、マルクス主義の見地とは相入れない見地である。

                                                         

 なおしばしば引用される「教育者自身が教育されなければならない」というマルクスの命題28における「教育者」も本質的にはこれまで述べてきたそれと同一のものである(従来、この「教育者」は「教師」に矮小化されてしばしば解釈されてきた)。この命題を含むテーゼ(マルクス「フォイエルバッハに関するテーゼ」第3項)全体の主旨は、①人間の環境変革的性格を承認することは史的唯物論に固有のものであること、②史的唯物論はさらに環境それ自体についての科学的法則的認識を通してのみ真に環境(=社会)変革が可能であることを主張するものであること、③人間変革の問題は、何よりも人間を変革しようとする人間(=「教育者」)が環境についての科学的法則的認識をもたなければならないこと、④得られた認識が科学的であるか否かの判断は彼らみずからの革命的・変革的実践を通してのみ検証されることを、主張したものである。これは国民教育の民主的前進にとってその主体的条件である「教育者」としての国民に対して「変革の立場」に立つこと、さらに彼らの政治的成長を求めたものである。

 さらに、マルクスはブルジョア社会のもとで、国民教育を真に国民のものにするための基本的立場を、次のように述べている。「現在の事情のもとでは、国家権力によって施行される一般的法律(傍点はマルクス)による以外にはこの転化(社会的理性を社会的な力に転化すること―筆者)を実現する方法は存在しない。このような法律を実施させても、労働者階級は政府の権力を強めることにはならない。それどころか、労働者階級は現在彼ら自身に対して行使されているこの権力を、彼ら自身の道具に転化するのである。労働者階級は、数多くのばらばらな個人的努力によっては、どれだけ多くの努力をはらって獲得しょうとしてもむだなものを、一般的な一行為によってなしとげるのである」29

 明治初期に成立したわが国の国民教育制度は、敗戦後今日の憲法・教育基本法の成立によって飛躍的にその民主的前進の道が開かれたが、その後の政府・自民党による国民教育に対するひきつづく強行支配によって、現実の国民教育はきわめて鋭い階級的矛盾を露呈しており、その大きな民主主義的変革が切実に求められている。したがってわれわれは憲法・教育基本法が示している国民教育に対する民主的な内容、条項を基本的な武器としつつも、それを固定的にとらえるのではなく、国民主権の実質的な保障をかちとりつつ、その方向でかかる武器をいっそう有効なものとして内在的に深化発展させていかなければならない。その意味で、さきに述べた国民教育についてのマルクスの見地は、今日の国民教育の現状の中でますます重要な視点としてその国民的な検討が求められているように思われる。

 国民教育の未来については、そのあれこれについて今述べることはできないが、「ペダゴジー」の基本的な性格との関連で言えば、エンゲルスのつぎの言葉は示唆的である。これを本節の結びとしたい。「(社会主義社会のもとでは)子どもの養育と教育は社会的共同事務となる。すなわち社会はすべての子どものために等しく配慮する。摘出子であろうと庶子であろうと。」30

 

第3章 国民教育としての普通教育

  

  第1節 「成長中の世代」

 

 国民教育との関連で普通教育という用語が使われている。両者の関係を明らかにする上でも、またさまざまさまに表現されている教育的営みの中での普通教育の独自性を明らかにする上でも、われわれがこれまで用いてきた「ペダゴジー」の一方の当事者である「成長中の世代」についてのさらに立ち入った考察が必要であるように思われる。

 われわれは、これまで「ペダゴジー」のもう一方の当事者を「その社会の自主的な成員」とエンゲルスの表現を借りながら用いてきたが、この表現で「成長中の世代」をさらに正確にすれば「(その社会の、ではなく)未来の社会における自主的な成員として成長しつつある世代」と言うことができる。この表現の中に、われわれは本来社会的共同事務としての「ペダゴジー」の限定された内容を読みとることができる。ここで言う「自主的な」とはすでに述べたように社会の生活と生産に対して「自主的な」という意味であり、したがって未来の社会の生活と生産に対して自主的に処理しうる基礎的な能力を「成長中の世代」の中に育成することが、「ペダゴジー」のより限定された課題になるのであろう。だがしかし、かかる限定はつぎに述べる2つの限定によって、そのいっそう固有な、したがっていっそう豊かな意味が明らかとなるであろう。第1に、それ自体多元的かつ多面的な「生活と生産」が「成長中の世代」にとって未来性と自主的処理可能性をもちうるためには、それらが科学的であると同時に基礎的であることを必助とする。「生活と生産」に関する基礎的かつ科学的な知琴と技術を習得し応用しうる能力、したがってまたそれらを身体的にささえる体力として、「基礎的な能力」は限定されなければならない。第2に、かかる内容をもった諸能力(「学力」と呼びうる)を課すことのできる「成長中の世代」における年齢上の下限・上限の問題である。この問題に関しては、すでにマルクスの諸著作においてしばしば言及されている。たとえば「初等学校教育はおそらく九歳に達するよりも早くから始めることが望ましいであろう」31、「成人というのは、十八歳以上のすべてのものをさす」32云々。このように、マルクスは、乳・幼児期をのぞく一定の年齢から十八歳未満までを学力育成の開始と完成の期間と考えていたことはほぼ推察がつくであろう。「ペダゴジー」を科学としての教育学の意味に用うるならば、「成長中の世代」に対するその成長・発達についての生理的・心理的側面を含む科学的法則的認識は「ペダゴジー」にとって不可欠の前提条件である。したがって以上に述べた年齢上の下限・上限の問題は現実に提起される「学力」上の課題との関連で最終的には決定されるべきであろう。

 以上のようにいくつかの点で限定された「ペダゴジー」は、いわゆる「普通教育」に該当する。「普通教育」はかかる限定によって初めて一般的・客観的性格を有することができるのであり、また、すべての児童・生徒をその対象とすることができるのであり、かつ社会的共同事務として、国民共同の課題として存在しうるのであり、その意味で「普通教育」は義務性であるべきなのである。マルクスは1869年、普通教育に関して行った演説の中で「教育は義務教育であるべきだという決議を躊躇なく採択してさしつかえない」33と述べている。

 「成長中の世代」の成長・育成過程は同時に人間としての成長・育成の過程である。人間はその天分、才能、素質ないしは個性において元来全面的であると同時に、各人相互においてまったく不均質・不均等である。したがって人間に対する、つまり「成長中の世代」に対する社会的教育的な営みはまさに多様であるべきであり、かかる人間性の全面的発達・開化の課題は、単に「成長中の世代」に対して固有に求められるべきものではなく、「成人」に対しても同様に求められるべきである。だが、それらの多様な教育的営みはこれまで述べてきた普通教育となんら矛盾するものではなく、普通教育に対する限定は、むしろかかる人間性の全面的発達の可能性に対する確固たる認識に基づいていると言えよう。問題は、普通教育と他の教育的営みとの統一と区別についての正しい認識の上に、普通教育についてのいっそう科学的解明を行うことであり、そのことを通して科学としての「ペダゴジー」、すなわち教育学の科学としての前進が可能となるのである。

      

                                                                  第2節 教育内容

 

 国民教育としての普通教育はその制度、内容ともにその全体として一般的法律によって規定されるべきものであることはすでに述べたとおりである。マルクスはかかる一般的法律によって規定されるべきものとして、①国民(普通)学校の財源、②教員の資格、③教授課目、④法規の実行を監督する制度(マルクスはアメリカの視学官を例にあげている)をあげていることはしばしば引き合いに出されているが34)、マルクスはこのことに関連してさらにニューヨークとマサチューセッツの教育制度についてつぎのように述べている。「諸学校の管理にあたる学校委員会は地方団体であって、この委員会が教師を任命し、教科書を選定している。アメリカの制度の欠点は、あまりに地方的で、授けられる教育がその地区の一般文化水準に左右されることである」35と。これはその前後の文章を総合すると、①教師の資格、養成、任命、教科書の内容についての基準とその選択などにあたってはその国の一般文化水準に即して決定されるべきこと、②そのために中央における審議、決定機関が必要であること、③地方性、地域性は普通教育の一般的性格をいっそう豊かにするものとしてその役割を正しく見ること、などを示唆したものとして重要である。

                                                

 さて、教育内容の具体的内容については、今日のわが国におけるその現状を見るとき、その課題の解決にいまなお積極的な方向を呈示していると思われるマルクス、エンゲルスの見地について検討してみよう。彼らの見地は、一言でいえは「われわれは教育ということばで3つのことを理解している」36として精神教育(あるいは知育)、身体教育(あるいは体育)および技術教育をあげていることに帰着する。これはすでに普通教育の基本的性格について述べた前節におけるわれわれの見地とまったく同一である。ここではこの「3つのこと」のそれぞれについてマルクス、エンゲルスの諸著作に散見される彼らの解説を必要なかぎりにおいて見ていこう。

 

 精神教育

 「初等学校でも中学校でも、党派的または階級的解釈の余地のあるような課目はなに一つとり入れるわけにはいかない。学校では、自然科学や文法などの課目だけを教えることが適当である。(中略)さまざまな結論のありうる課目は除外しなければならない。」37

 このような見地はマルクス主義の立場に立つ教育(内容)論の原則と言っても過言ではない。社会変革におよぼす(普通)教育の役割を非常に重視したロバアト・オウエンにおいても、彼が教育内容の中に含めたものは、まったくと言っていいほどかかる原則にそったものであり、またレーニンもこの原則をしばしば強調していることは周知のとおりである。普通教育は社会進歩、社会変革と密接に結合すべきものであるが、しかしそうであればあるほど普通教育は文字どおり普通教育でなければならず、その精神教育においても、イデオロギー性や社会諸科学の不十分な導入を排除しなければならない。

 身体教育

 これはたんに身体的諸能力の発達という側面からだけではなく、現実の物質的生産活動、社会的・精神的・美的諸活動、民族の自由の保障等の観点、すなわち広い意味における「生活と生産」を身体的に保障するという観点からとらえる必要がある。第1章でもふれたように「個人的なたくましさ」、「耐久力」、「勇気」がその他の人格的諸特徴と一体となって人格上の「原生的民主主義的性格」として「未開社会」の所産であったことを想起すれば、身体的諸能力の真の発展は社会の全般的な民主主義的変革の諸活動と結びつくことによって保障されると同時に、普通教育における身体教育はその他の教育内容および学校運営のあり方と正しく結合してこそ、その民主主義本質が発揮されるのである。

 ところでマルクスはこの「身体教育」について「体操学校や軍事教練によっておこなわれている種類のもの」38という補足を行っている。これはマルクスやエンゲルスが他の著作においても、軍事教練を国民教育の見地からとらえ、その教育的意義を強調している39ことと符合している。一般に国民教育としての普通教育が真に社会進歩に寄与するものであるならば、それはその民族における真の愛国心と其の国際連帯を現実に保障しうる諸条件の一つとして、国民一人ひとりの身体的能力の鍛練、したがって普通教育における十分な身体教育が必要であることは言うまでもない。40

 技術教育

 これは「生産にとってまさに意義のあるもの」41(エンゲルス)であり、「あらゆる生産工程の一般原則を教え、同時に児童と少年にあらゆる職業の基本的な道具の実地の使用法や取扱い方の手ほどきをするもの」42(マルクス)であると性格づけられ、またマルクスはこれを「国民普通学校」において要求していると同時に、エンゲルスはさらにそれとは別に「職業技術養成施設」においても、いっそう高度な実に有効な技術教育が授けられるべきこと、さらにそこでは総合技術教育としての性格をもつものでなければならないことを要求している。

 

   第三節 教  師

 

 前章において、いわゆる教師と区別された「教育者」という概念を明確に設定する必要があることを述べ、それは今日のもとでは、究極的には、「その社会の自主的な成員」たる国民一人ひとりであると述べた。本節では、いわば普通教育の直接の担い手であり、一般的な法律によって規定されてその資格を得る教師を、①普通教育に限定し、②個々人の教師としてではなく教師集団として、③とくに彼らが属する特定の学校における教師集団として、必要な検討を行いたいと思う。

 ところで、人格が社会制度の所産であるとすれば、「成長中の世代」にとっての主要な社会(制度)である普通教育の場、すなわち学校は、彼らの人格形成の主要な場である。未開の氏族社会制度それ自体がそれに対応した人格的特徴をもたらしたのと同様に、個々の学校(という社会)それ自体が、それぞれに対応した「成長中の世代」の人格の基本的性格を規定する。ところで学校は、基本的には教師集団と児童・生徒集団によって構成されているが、その学校の基本的性格は、何よりもまず教師集団内部の諸関係によって規定される。したがって、教師集団内部の諸関係こそがそこでの生徒・児童の人格形成に対する規定的要因として作用する。教師のいわば聖職性は何よりもまず教師集団の聖職性として理解されねばならない。

 教師集団内部の管理・組織体制、ならびに指揮指導系列それ自体はそこでの普通教育を十分に遂行する上で不可欠なものであるが、それらが民主主義的編成のもとに置かれるか非民主主義的編成のもとに置かれるかは、教師個々人の自主的かつ平等な関係が打ち立てられるかどうか、個々の教師の教育実践上の創意、努力が教師集団全体の財産として反映されるか、個々の教師の人格上の高潔さ、民主主義的態度を全体として保障しあえるかどうか、そして学校の社会的責任を十分遂行しうるかどうか等々にとって決定的に重要であると同時に、何よりも児童・生徒の人格形成上に直接・間接にきわめて重要な影響を与えるであろう。それゆえにこそ、国家の教育介入・支配の重要な柱として一貫して教師集団の非民主主義的反動的編成の強化が追い求められているのであり、したがって、この分野での階級闘争はつねに鋭く現われざるをえないのである。

 児童・生徒における非行等に見られる市民道徳上の問題も基本的には学校、したがって教師集団自体のもつ民主主義的性格と不可分の関係にあるのであって、教師集団内部における民主主義をめざすたたかいを強めることなくして、直接にあれこれの指導・対処を児童・生徒に求めることは問題の正しい解決にはなりえない。

 

 第四節「教育と生産的労働との結合」について

 

 マルクス、エンゲルスはすでに前節で述べたように(普通)教育の内容として「3つのこと」に限定し、生産的労働とが結合されるべきことを要求し、そのことが、①「社会的生産を増大するための一方法」43かつ、「全面的に発達した人間を生み出すための唯一の方法44であるとしている。この「結合」の問題についてはすでに多くのことが論じられているが、しばしば「教育」あるいは「生産的労働」の理解として論者特有の解釈がもちこまれ、全体として本来の意味を不鮮明なものにしているという事情が一部にあると思われる。

 マルクス、エンゲルスはこの「結合」を2つの観点から、すなわち人間の本性(人間論)と、「成長中の世代」に対する社会の義務(教育論)とから主張している。

 第1に、マルクスは「9歳以上のすべての児童は、生産的労働者でなければならない」45という主張を、教育論の見地からではなく、「健康な成人はなんぴとも自然の一般的法則、すなわち食うためには労働しなければならず、しかも頭脳によってだけではなく、手によって労働しなければならない、という法則から除外されてはならない」45という人間の本性的規定から導いている。

 第2に、「一定の年齢から上のすべての子ども」にとって「社会の自主的な成員として行動しうる能力」を身につけることは、彼らの権利であり、この権利を守るのは社会の義務である。

 この「成長中の世代」に対する二重規定は、マルクス、エンゲルスにおいては、第2の、したがって教育論の見地から統一されている。

 「成長中の世代」が現実において生産的労働者になる諸契機や諸形態は、たんにその国その時代の経済的条件によってのみならず、政治的軍事的社会的諸条件等によっても規定されている。彼らが生産的労働から排除される場合もまた同様である。階級社会においては、とりわけ資本主義社会においては、「成長中の世代」(年齢を考慮しなければならないが)が生産的労働と結合するか、分離するか、さらに彼らが教育と結合するか、分離するかは、基本的には支配階級の利益に支配されている。

 産業革命は児童労働(児童・年少者と生産的労働の結合)を一般的に現出させたが、彼らは教育からは排除されていた。しかし同時に当時の支配階級の児童・年少者は「教育」とは結合していたが、生産的労働からは排除されていた。産業資本主義のその後の進行は、やがて児童・年少者を生産労働から引き上げさせ、かつ彼らに対して教育の機会を広範に(しかし支配階級、国家の利益にそうかたちで)与えることになった。このような現実とその変化はこの「結合」の原則となんら矛盾するものではない。オウエンもマルクスもほぼ同じ見地から、当時の児童労働の現状に対して一般的法律(工場法など)による規制を断固要求すると同時に、「結合」の進歩的役割をつねに明確にし、いつの場合にも正しい意味での「結合」の条件がある際には、その条件の実現を強調した。クルブスカヤも戦争が大量の児童・年少者の生産労働者化をひきおこしていることについて、単純にそれに反対するのではなく、彼らの労働が過度なものにならないこと、それと併行して必ず適切な教育を行うべきことを断固として要求している。47

 わが国のように、児童と生産的労働との結合が存在しない(ただし15以上18歳未満の「成長中の世代」の一定部分は依然として「結合」しており、このことは「結合」の原則的見地からもっと問題にされるべきであろう)今日、①普通教育を資本主義的生産ならびに支配階級の利益に役立てようとする彼らの意図、あるいは国家の介入に反対し、②科学的・基礎的な普通教育を要求し、③さらに将来、「成長中の世代」が、普通教育と併行して生産的労働にも従事しうるように、現実の労働諸条件の民主的改革をおしすすめることが今日における「結合」原則の現実の課題となるであろう。

 

  第4章 国民教育と国家・家族

  

  第1節 「公教育」について

 

 公教育とはpublic educationの訳であり、わが国ではpublicは「公」と訳されている。ところで英語のpublicは、ラテン語のボプルス、ギリシア語のプレソスに対応しており、ともに英語のthe peopleを意味している。ラテン語のポルブスは第一義的には「政治社会(必ずしも国家社会を意味しない)を形成する人民」の意である。『広辞苑』によれば、日本語の「民」は「国家社会を形造る人、人民」という意味であるから、そのかぎりでボプルス、プレソス、あるいはpubicは「民」とほとんど同義である。

 一方、漢語の「公」は元来公開の場およびそれを管理する長を意味する。日本語の「おおやけ」もほぼこれと同義であり、したがって日本語としての公教育は字義どおり解釈すれば、人民や国民から遊離し敵対した「公」(たとえば朝廷、幕府、国家)による教育を意味するものであって、そのかぎりでpubic educationと公教育とは一致しない。

 他方、たとえばイギリスの歴史に見るように、パブリック・エデュケーションとはまず第一に中世以来のパブリック・スクール(長い伝統と豊富な基金によって維持された上中流子弟のための大学進学のための予備教育または公務員などの養成を目的とする寄宿制の私立中等学校)で行われる教育を意味する言葉として成立し、また近代的な意味でのパブリック・エデュケーションも、すでにふれたように国家による教育として成立した。したがって歴史的に見れば、パブリック・エデュケーションはその言葉の本義から離れて(離れたこと自体が重要な歴史的意味をもつのであるが)、国家による教育を意味する言葉として存在していたのであり、その意味においてパブリック・エデュケーションを公教育と訳することは実体上から見て妥当する。

 さらに公教育という概念については他にも多様な解釈が見られることから、「だから、このような曖昧な用語を教育学上の分析的カテゴリーにすることは不適当だ」48という議論も生じるのであるが、問題は階級社会において、そして今日のわが国において、公教育とは本質的には国家による教育にほかならないということを承認するか否かにあると思われる。この点を曖昧にして、公教育についてあれこれ論じょうとすること自体に無理があるのである。49

 氏族社会のもとでは、教育は社会的共同事務(本来の公務)として、したがって字義どおりのパブリック・エデュケーションが営まれていた。第2章第2節でもふれたように、国家社会への移行と、その後の国家の変遷史の中で、「教育」は基本的には国家の私的営為として、人民ないし国民から遊離し敵対するさまざまな形態を生み出すことになった。ブルジョア革命によって確立したブルジョア国家は独自の強大な国家機構を有し、かくして19世紀の後半、国家による国民教育としての国民教育制度、すなわち公教育を成立させたのである。

 ブルジョア国家のもとで生起するさまざまな国家形態とその変遷は当然にも国民教育制度の基本的性格をも規定し、それぞれの段階に対応して国民教育=公教育をめぐる階級闘争の性格を規定する。議会制民主主義の成立とその後の長い人民の闘争の産物としてもたらされた普通選挙制度は、一方では国家によってプロレタリア支配の道具として再編強化させられると同時に、他方では人民の側にもきわめて重要かつ有利な条件を与えることになった。このことは、国民教育に対する国家の介入、干渉を一般的な法律によって制限ないしは排除する可能性を国民に与えることにもなった。マルクスが「ゴータ綱領批判」(1875年)の中でかかる見地から公教育の国民的改造の問題、すなわち国家による国民教育を国民による国民教育に転化するブルジョア社会における可能性と限界を指摘したことは第3章で述べたとおりである。帝国義への移行は、国家機構の異常な膨張と強化をもたらし、国家権力は強大化し、政治的諸制度、また国民教育制度の反動的再編を不可避的に強める。

 今日、国民主権を政治形態の根幹として憲法上明文化しているわが国において、しかしまた国家権力にとって現憲法は越えることのできない枠ではなくなっているという現状のもとにありながら、国民教育制度を本来の公教育に前進させうる条件は客観的には大きく存在している。選挙制度、議会制民主主義の今日果たしうる役割を、国民主権の実質的保障の立場から最高度に発揮させ、立法をはじめ行政、司法の全過程に国民の介入・支配を強化すること、国民の総意を鏡のように国会に反映させること、かかる方向において国民教育の民主的改革の道は大きく開かれている。その意味で、かかる客観的に有利な条件を過小評価したり、その反動的再編の企てに手を貸そうとしたりする試みは、口でどんなに国民教育の民主的改革を叫んでみたところで、自ら設けた障害に頓挫するのみである。

 しかし同時に今日の国民教育が真に国民による国民教育として、あるいは真にパブリック・エデュケーションとして開花するためには、今日の政治経済体制のもとではけっして実現されるわけではない。それはすでにマルクスが「フランスにおける内乱」(1871年)の中で強調したように、国家が粉砕されることによってであり、それによって「すべての教育施設は人民に無料公開され、それへの教会や国家の干渉がいっさい排除された。こうして教育が誰でも受けられるものにするだけでなく、学問そのものが階級的偏見と政治的強力によって負わされている束縛から解放され」50るのである。

 最後にレーニンは「一般にプルジョアジーの影響から、とくに帝国主義ブルジョアジーの影響から、勤労大衆を解放するための闘争は、国家についての日和見主義的偏見と闘争することなしには不可能である」51と述べているが、このことは国民教育論あるいは公教育論をめぐる今日のわが国における現状についてもけっして例外ではないように思われる。

 

  第2節 家族と国民教育

 

 家族と国民教育との関係は、国家とそれとの関係に劣らず、その社会科学的分析が必要とされている。国民教育との関係を論ずる以前の問題として、国家と家族についての非科学的ブルジョア的認識がいかに伝統のある根深いものであるかということについて、エンゲルスは明解に論じている。「われわれの従来の歴史叙述の全体は、とりわけ18世紀に不可侵のものとなったばかげた前提から出発している。すなわち、文明以前にほとんどさかのぼらない一夫一婦個別家族が結晶核となって、その周囲に社会と国家がしだいに固着してきたのだというのである」52。このようなばかげた前提から出発する国家、家族観が、今日わが国においてふたたび普通教育の中にもちこまれつつある現状を率直に問題にしたいと思う。

 さて、クルブスカヤは「教育の問題で家族の好ましい役割についてマルクスはオウエンと同様になんの期待もかけていなかった」53と述べている。ここでいう「家族」とは、もちろん家族一般ではなく、いわゆる近代的ブルジョア一夫一婦婚家族のことであり、「資本主義体制の中での古い家族制度」54(マルクス)のことであり、そして今日われわれの見る家族のことである。家族は母系制から父権制への移行以来今日に至るまで本質的には私有財産を維持し相続する社会の経済単位として存在し、したがってそこには豊かな人格形成的な機能が入りこむ余地は本来的にありえないものであった。かかる家族に対してクルプスカヤは同時に「より高度な家族形態」、あるいは「家族や両性関係のより高い形態」(マルクス)の実現の歴史的必然性を明らかにし、そこに「人格の発達の源泉であるところの進歩的な現象」55を見ているのである。財産の維持と相続とを本質とする社会の経済単位としての家族は今日急速にその物質的経済的実体を失いつつあるが、しかし家族観としては依然としてこれまでの家族観、したがって支配階級の家族観に支配されているのが現状である。マスコミ・ジャーナリズムの支配的部分がかかる傾向に対して助長的である。

 子殺しの風潮が強く見られる今日、「不幸なことではあるが、男女の子どもはほかのだれに対してよりも彼ら自身の親に対して保護される必要がある」56とは、今から百年以上も前のイギリスを例にマルクスが「資本論」の中で紹介している言葉であるが、エンゲルスも次のようにこれを補強している。「主婦が工場で働くことは必然的に家族を解体させてしまう。そしてこのような解体は家族を土台にしている今日の社会状態においては主婦に対しても、子ども対しても、もっとも堕落的な結果をもたらす。自分の子どもの世話をし、生れた最初の一年間にもごく普通の愛育さえ子どもに示す機会のない母親、自分の子どもの母親はこれらの子どもにとって母親であるはずがない。彼女は必然的に愛育に対しては無関心となり、愛情もなくやさしい心づかいもなく、まるで赤の他人の子どものように自分の子どもを扱うにちがいない。そしてこのような状態の中で成長した子どもたちは大きくなると完全に家族の命取りになり、自分でつくった家庭の中でもたった一人の孤立した生活しか知らないので、うちとけた家庭的な気分にさえなれない」57と。

 今日、家族の非教育的役割は、たんに経済的理由によるものではなくて、社会的にも文化的にもきわめて複雑な要因がからんでおり、そこから「成長中の世代」をめぐるさまざまな頽廃的反人間的現象が激増化の傾向をたどっているし、政府・自民党が強権的にすすめている今日の国民教育の現状は、かかる傾向を倍加させていると同時に、普通教育の現状そのものが、かかる現象を生みだす温床にもなってきている。

 このような現実は、父母の国民教育に対する要求をかつてなく多面的積極的なものにしてきており、かかる意味において、国民教育を真に国民共同の事業として、真の国民による国民教育として発展させていく客観的、主体的条件が大きくきり開かれようとしている。その場合にもより重要なことは、父母の一人ひとりが、国民として、広い意味での「教育者」として自らを高め、国民教育の現状の打開の方向とその国民的転換の展望を政治革新の展望の中に見すえていく叡知と努力とがますます求められていることについての自覚をもつことである。

 

(1)         エンゲルス「家族、私有財産および国家の起源」(1884年)、『マルクス・エンゲ

  ルス全集』大月書店(以下『全集』と略す)、第21巻、27頁。傍点筆者。以下とくにこ

  とわらないときはすべて筆者のもの。

2)(1)に同じ、9297100156頁。

3) ″     99頁。

4) ″    100頁。

5) ″    100頁。

6) ″     59頁。

7) ″    101頁。

8) ″    101頁。

9) ″   156—157頁。

10) ″    152頁。

11) ″    177頁。

12) レーニン「国家と革命」(1917年)、『レーニン全集』(大月書店)、第25巻、453—454

   頁。

13)「社会の自主的な成員」という表現は、たとえばエンゲルス「エルバーフェルトにおけ

   2つの演説」(1845年)、『全集』第2巻、574頁に見いだされる。「例外なくすべて

   の児童にたいして、国家の費用で普通教育をほどこすことである。この教育は、すべての児

   童にたいして平等であって、各個人が社会の自主的な成員として行動する能力をもつように

   なるまでつづけられる。」

14)マルクス 「現代社会における普通教育についてのマルクスの二つの演説の記録」(1869

  年)、『全集』第16巻、561頁。

15)たとえば勝田守一「教育学とは何か」(1960年頃)、「教育学論」(1966年)いず

   れも『勝田守一著作集』(国土社、1973以下『著作集』と略す)、第6巻、448502

   頁など。

16)、(17)勝田「教育学論」、前掲書、502頁。

18)勝田「教育学とは何か」、前掲書、451頁。

19)たとえば梅根悟『世界教育史』(新評論、1967年、改訂新版)、第1章など。

20)(1) に同じ、100頁。

21) ″      110頁。

22)たとえばローマ国家においてすでにペダゴジーのラテン語であるパエダゴーゴスは「子

  どもを学校へ通わせ、かつ家庭で子守りをする奴隷」という意味に変質し、また場所を意

  味するパエダゴーギウムは「奴隷出身の子どもを小姓pagesとして訓練する場所」の意味

  になっている(Cassell’s New Latin Dictionary5版参照)。

23)クルプスカヤ『国民教育と民主主義』(1916年)、竹田正直、武田晃二訳−北大教育

   学部教育史研究室資料『教育史論考』1973年版、62頁。

24)三好信浩『イギリス公教育の歴史的構造』(1968年、亜紀書房)17頁。

25)マルクス「ゴータ綱領批判」(1875年)、『全集』第19巻、29頁。

26)(25)に同じ、31頁。

27)これらの諸点については、一応今日のわが国においてしばしば見られる国民教育論を念

  頭におきつつ述べたものであって個々の論者を念頭においたものではない。ただし、第4

  点については堀尾輝久『現代教育の思想と構造』(岩波書店、1971年)に見られる見地な

   どをとくに念頭においている。

28)マルクス「フォイエルバッハに関するテーゼ」(1845年)、『全集』第3巻、3頁。

29)マルクス「中央評議会代議員への指示」(1867年)、『全集』第16巻、193頁。

30)(1)に同じ、80頁。ただし引用文中「社会的共同事務」という表現は『全集』訳で

  は「公務」(offentliche Angelegenheit)となっているのを筆者の判断で置き換えたもので

  ある。

31)(29)に同じ、192頁。

32) ″     192頁。 

33)(14)に同じ、562頁。

34)(25)に同じ、 31頁。

35)(11)に同じ、562頁。

36)(29)に同じ、193頁。

37)(14)に同じ、563頁。

38)(29)に同じ、193頁。

39)たとえばエンゲルス「プロイセンの軍事同盟とドイツ労働者党」(1865年)、『全

  集』第16巻、51頁、同「ヨーロッパは軍備を縮少できるか〜」(1893年)、『全集』第

   22巻、383—385頁。

40)昭和48年の「長沼判決」はその一部で「民衆が武器を持って抵抗する方法もあり、こ

  れら非軍事的な自衛抵抗(その他、外交交渉、警察力があげられている―筆者)はその状

  況に応じて国民の英知と努力によっていっそう数多くの注意と方法が見出されてゆくべき

  ものである」(「読売新聞」昭和4898日付朝刊)と述べている。国民教育も、こ

  のような問題に重要な関心をもつべきであることは言うまでもない。

41)エンゲルス「反デューリング論」、『全集』第20巻、331頁。

42)(29)に同じ、94頁。

43)(44)マルクス「資本論」、『全集』第23a630頁。

45)(29)に同じ、192頁。

46)(29)に同じ、192頁。

47)クルプスカヤ「児童・年少者労働の保護は労働者の焦眉の課題である」(1917年)

  『クルプスカヤ教育論10巻選集』(モスクワ、1960年)第1巻、403—408頁。

48)堀尾輝久『現代教育の思想と構造』岩波書店、1971年、47頁。

49)たとえば勝田守一氏は「国民教育の課題」(1955年)の中で、国民教育と公教育との

  関係についてふれ、「この二つの概念は、必ずしも同一ではない」として公教育を「国あ

  るいは自治団体によって設立され運営されあるいは監督を受ける教育の制度」とし、国民

  教育を「国民大衆のすべてが教育の対象として含まれている制度」であると規定して「実

  質的には現在の日本の公教育は国民教育である」と述べている。ここでは公教育がその制

  度、施設と直接的に結びつけられていて、教育という営みが本来的にパブリックなもの、

  国民的なものであるのか、私的なもの、国家的なものであるのかの検討が省略されている。

  また「国民教育」という場合にも、この国民という意味が、あくまでも教育を受ける対象

  としてとらえられ、その一部を含むか全部を含むかが問題とされている。ここには、国民

  (「成長中の世代」と区別された)が彼らの社会的政治的行為を通して、究極的には一般

  的法津によって国民教育の基本的性格と政策を決定するという意味での国民による国民教

  育という理解が欠落していると言わなけれはならない。引用文は『勝田守一著作集』、前

  出、第2巻、190頁。

50)マルクス「フランスにおける内乱」(1871年)、『全集』第17巻、316頁。

51)(12)に同じ、413—414頁。

52)(1)に同じ、103頁。

53)クルブスカヤ『国民教育と民主主義』(1917年)、岩波文庫(勝田昌二訳)、91—92

  頁。

54)(43)に同じ、637頁。

55)(53)に同じ、93頁。なお引用した箇所のみ、クルブスカヤ『国民教育と民主主義』

  第4版からの筆者訳である。

56)(53)に同じ、637頁。

57)エンゲルス「イギリスにおける労働者階級の状態」(1845年)、『全集』第2巻、

  379頁。