序文

  (一)

  普通教育という言葉を知らない人はいないと思います。しかし、では、それってどういう教育?と尋ねると、教師を含め、多くの人は首をかしげます。学校教育とか義務教育のこと?障害児教育とか、専門教育や、職業教育ではない一般的な教育のことじゃない?という答が返ってくる程度です。もちろん、それらが間違っているというわけではありません。しかし、それだけでは、人間って何?という質問に、哺乳動物とか高等動物、と答えるのに似て、基本的なことはなにもわかりません。

 

 日本国憲法に、普通教育という語句が用いられていることを、ご存知でしょうか。

 

 第二十六条第二項「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする」

 

 憲法、教育基本法さらには学校教育法で用いられる普通教育という語句について、当時の文部省は、次のように説明しています。「普通教育とは、人たる者にはだれにも共通に且つ先天的に備えており、又これある故に人が人たることを得る精神的、肉体的諸機能を十分に、且つ調和的に発達せしめる目的の教育をい(傍点筆者)また、別の発行物では「教育は人間を人間らしく育てあげることを目的とす(傍点筆者)と述べています。ここで言う教育とは、前者に言う普通教育と同じものです。

 

 文部省のこのような説明には、教育学的知見が反映されていま 

 

 ところで、憲法は、なぜ、普通教育という語句を用いたのでしょうか。その普通教育は、憲法第二十六条第一項の「教育を受ける権利を有する」という場合の「教育」と、どのような関係にあるのでしょうか。「人が人たることを得る(中略)教育」とか「人間を人間らしく育てる」とはどのようなことをいうのでしょうか。普通教育についてのこのような理念あるいは目的は、なぜ一般に知られていないのでしょうか。今日、普通教育を論じることに、どのような意味があるのでしょうか。

 

 結論から言えば、筆者は、①日本国憲法に、普通教育条項が規定されたことは画期的意義を有することである、②今日、普通教育の理念・目的を明確にし、それを教育政策・教育制度および教育実践の根幹に据えることは、子どもたちにとってのみならず、社会全体にとっても、きわめて重要なことである、と考えています。そのことを、本稿を通じて、明らかにしていきたいと思います。

 

 戦後、日本国憲法が制定される過程で、戦前の天皇制教育やそのもとでの義務教育制度にたいする深刻な反省にたって、国民主権原理のうえに、国民は教育を受ける権利を有する、ことが確認されました。しかし、国会審議では、そこに留まりませんでした。

 

 憲法改正の政府案策定の最初の段階(憲法問題調査委員会小委員会)では、国民は、教育を受ける「権利及義務ヲ有ス」、とされていました。ところが、一九四六年一月二十三日の小委員会で、この場合の「義務」とは、「保護者が子女に教育を受けしめる義務というように表現すべきではないか」という発言があり、この発言が受け入れられることになりました。一九四六年三月二日の政府案では、この項目の教育は「普通教育」とされていました。しかし、四月に発表された帝国憲法改正案(政府原案)では、「初等教育」として提案されることになりました。

 

 国会審議の過程では、義務にするんだったら「初等教育」のままでいいのか、などの意見が出され、結局、特別に小委員会まで設置され、検討されることになりました。国民教育ではどうか、義務教育でいいのではないか、ただの教育にしたら、など議論百出するなかで、最終的に「憲法の指導精神」を生かして「普通教育」にする、ということになったのでこうして、先に掲げた第二十六条第二項が誕生することになったので

 

 「憲法の指導精神」を生かすとはどういうことでしょうか。議事録等ではかならずしも明確ではありませんが、それは憲法前文等に示された理念を意味すると言えるでしょう。つまり、国民主権原理、基本的人権、さらに平和のうちに生存する権利などを意味すると言えます。さらに、忘れてならないことは「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的である」という理念です。これら「憲法の指導精神」を生かした普通教育を、すべての子どもたちに受けさせること、それは国民すべての義務である、と日本国憲法は訴えているのです。このような普通教育条項を掲げる憲法は、当時も現在も、世界に類をみない画期的なものと言えます。

 

 日本国憲法に、なぜこのような意義深い普通教育概念が導入されたのでしょうか。五点ほどの理由が考えられます。

 

 なによりもまず、戦前の教育に対する深い反省があげられます。戦後、教育基本法制定時に文部省・教育法令研究会が著した『教育基本法の解説』には、教育基本法前文に「人間の育成」という語句を用いたことの理由として、つぎのように述べています。「ここに人間と特にいったのは、過去においては國民ということが人間より先に言われたが、よき國民たるには、まずよき人間でなければならず、よき人間はそのままよき國民となるとの信念に基くものであ(傍点原著)と。このような反省が憲法論議の前提となっていたのであり、それが人間を人間として育成する「普通教育」という語句を選択させたのです。

 

 第二に、憲法制定に関わった政府・国会の関係者の内部に、十八世紀の西欧に始まる普通教育についての一定の見識があったことが考えられます。一九四七年に発行された文部省・教育法令研究会『教育基本法の解説』には、普通教育についての定義等が記述されています。そこでの定義は、一九三九年に岩波書店が発行した『教育學辭典』の項目「普通教育」に依拠しています。この項目では、普通教育の思想が、西洋における近世教育思想史と関連づけて説明されています。

 

 第三、戦前全体をとおして、初等教育と中等教育という二重構造があり、それぞれに独自な意味での普通教育という語句が、曲折がありながらも、存続していたことが、憲法制定過程においても想起されたこと、が考えられます。中学校、高等女学校、高等学校の教育目的には、戦前、ほぼ一貫して、「高等普通教育」という語句が、用いられておりました。また、国民学校の教育目的には、「初等普通教育」という語句が、用いられていました。

 

 第四に さらに言えば、明治前期は、もっぱら普通教育の時代であったことも、文部省の内外では知られていたはずです。明治前期、自由民権運動の指導者だけではなく、政府・文部省も挙げて、普通教育という概念を、政策や法令に用いていました。そこでの普通教育概念は、総じて、「人間の育成」を理念とするもので、それを受けることは子どもの権利であり、それを保障することは父母・国民の義務である、という見解も一部に表明されていたほどです。

 

 最後に、連合国総司令部(GHQ)の憲法改正案(マッカーサー草案)との関係です。すでに述べた三月二日の政府案に先立って、二月十二日にGHQが憲法改正案を提出していました。そこでは、「無償の、普通義務教育(free,universal and compulsory education)を設けなければならない」(第二十四条第一項)と記されています。この条文案が、憲法に普通教育という語句を導入するうえで一つの要因となったとは言えますが、前後の経過や憲法改正案委員小委員会での議論を考慮すると、そのことが基本的な理由になったとは言えません。

 

 以上のような経過と事情を背景に、日本国憲法に普通教育条項が導入されることになったのです。

 

 日本国憲法に示された普通教育条項が、これほどまでに意義深いものであることは、種々の事情もあって、国民に知らされてきませんでした。種々の事情とは、排除と誤解という言葉で、言い表すことができます。

 

 排除とは、つぎのような経過を意味します。戦後の教育政策の歴史において、政府・文部省が、戦後の一時期を除いて、一貫して、普通教育の理念を忌避もしくは排除し、実質的には、戦前的な意味での義務教育の再確立を志向してきました。その総仕上げが二〇〇六年十二月の教育基本法「改正」、でした。

 

 教育基本法の「改正」過程で、文部科学省は、当初、普通教育という語句を削除する改正案を提示していました。しかし、憲法上の制約からか、最終的には「普通教育」という語句自体は残ることになりました。しかし、残ったといえ、「義務教育として行われる普通教育」という語句に、すり替えてしまったのです。普通教育が義務教育の中に閉じこめられたのです。この閉じこめは二重の意味で、決定的に有効とは言えません。第一に、普通教育はどんな言葉で閉じこめられても、普通教育である限りは普通教育である、からです。普通教育自体に理念があるのです。

 

 第二に、「改正」教育基本法で、普通教育を義務教育の中に、閉じこめたつもりでも、憲法には、依然として、普通教育概念が、生きているからです。

 

 「改正」教育基本法で、「義務教育として行われる普通教育」という場合の「義務教育」という概念は、愛国心や規範意識の涵養と結びついており、戦前の義務教育概念に近いものです。とはいえ、日本国憲法はそのままですから、日本国憲法の教育理念と「改正」教育基本法との間には深刻な矛盾が生まれることになりました。

 

 つぎに、誤解とは、つぎのような事情です。一九六〇年代に、教育運動の側から、国民教育運動がひろがりました。そこでは、「人間の教育」、もしくは、それを理念とする「普通教育」は、独立民主日本を担う国民主体の育成の見地から見て、消極的であるという見解が表明されました。ここには、普通教育に対する明白な誤解があったと言わざるを得ません。

 

 例えば、上原専禄氏は、「人間教育」が「近代ヨーロッパ」の思想伝統になっているとしたうえで、その「人間教育」に対する「亜流ヒューマニズム」的理解を問題にし、そこから「人間教育」ではなく「国民教育」という概念を導き出していましかし、上原氏が「人間教育」を「人間であるはずの子どもをまさしく人間の名に値する人間にまで育成しようとする」教育と認識していたわけですから、その教育と日本国憲法の指導精神を受けた「普通教育」とは結びつく可能性があったのです。

 

 ところが、上原氏は、「人間教育」の精神を普通教育として発展させていくのではなく、「人間教育」に対する「亜流」的解釈に引きずられて、人間としての基本的能力の形成とその能力を育成された人間を始点とする社会形成との区別ができないまま、子どもたち自身を、直接、独立民主日本を担う国民主体として育成するという意味を込めて「国民教育」という語句を用いたのです。このような考え方は、教育運動の側などに広く支持され、結果として、日本国憲法の普通教育条項への無関心を生み出しました。

 

 最初の方で、普通教育の理念が、今日生命力を失い、その結果として深刻な教育問題が引き起こされている、と述べました。なぜそうなのかについて深く解明し、とくに排除の意図、誤解の理由などを国民的に明らかにすれば、普通教育の理念にたった教育制度をあらためて構築する可能性は開けるのではないでしょうか。

 

 戦後、今日までの政府・文部科学省主導の教育政策が、根底から疑われ始めた現在、憲法において定められている普通教育の理念を、全面的に実現する可能性は、大いに広がっている、と言わざるを得ません。

 

 教育基本法「改正」を主導した中央教育審議会の鳥居会長(当時)や小坂文部科学大臣(当時)は、結局、教育基本法が悪いから改正するのだ、と言えませんでした。

 

 ですから、「改正」後においても、私たちは、憲法や改正前の教育基本法の理念、そして普通教育の理念を高く掲げて、普通教育制度の拡充を進めていくこと、が重要なのです。

 

 

 

  (二)

 

 

 

 つぎに、「人間を人間として育成する」とはどういうことを意味するのでしょうか。そのことを理念とする普通教育とは、具体的には、どのような教育を言うのでしょうか。

 

 「人間として育成する」ということは、なにか特定の人間像あるいは哲学者や宗教家などが描き出す人間像をもとに、それに合わせて子どもを育成していく、ということを意味するものではありません。人間として当たり前の感情と判断力をもったものとして育成する、という意味なのです。

 

 このような能力は、さまざまな社会的な関係のなかで、とりわけ教育的関係の中で育成されるものです。教育的関係といっても、教育者が、子どもの中に、一方的にそのような能力を育てる、という意味ではありません。

 

 ルソー(一七一二〜一七七八年)やカント(一七二四~一八〇四年)が重視したのは、そのような能力は、子ども自身に萌芽として内在している、ということでこの内在している能力を探り出し、それらを、人間にふさわしく育てあげていく、そこに普通教育の存在根拠を見いだしたのです。その場合、カントは、ソクラテスなどを想起しながら、対話に着目していま

 

 子どもたちのなかに内在している諸能力は、人々との関係の中で、対話や交流を通して、成長していきます。これらの諸能力は、とくに教育的な関係を通して、かれらに、自我を意識させ、他者を理解させ、さらに、人間として生きるとはどういうことなのかについて判断できる能力として、結実していくのです。ルソーやカントが言う「人間は教育によってつくられる」とは、そのような意味だったのです。

 

 今日、わが国では、競争原理や能力主義のもとで、子どもたちを「個性」の名のもとに分断させ、成績主義や勝負意識をあおり立てる教育政策のもとで、深刻な教育問題が現出しています。

 

 一方、そのような深刻な現状にたいする反省と結びついて、子どもたちに依拠し、子ども同士の、深い学びあいを組織し効果を上げている教育実践が行われ始めています。このような教育実践は、ルソーカントが主張した教育論に、深いところで、通じあうものです。そこでは、子どもたちは学習意欲に目覚め、学級が生き生きしている、という成果があがっています。しかしながら、「人間を人間として育成する」という普通教育の理念からすれば、このような実践は必要条件であっても十分条件とは言えません。

 

 これらの実践が、それ自体として、普通教育の理念、しかも日本国憲法が要請する普通教育の理念と、結びつくものではありません。何のための学びあいなのか、が検討されなければなりません。

 

 学びあいという授業の形態だけを自己目的とするのではなく、子どもたちが深く学びあうことと教師の明確な指導とを結びつけること、このことこそが、普通教育の理念から導かれる授業のあり方だ、ということも、本書が強調していることです。 

 

 教育基本法が「改正」された現在、「憲法に基づく教育をすすめよう」を合言葉にした市民運動も各地で広がっていままた、障害児教育(特別支援教育)の分野や、フリースクール運動の分野からも、憲法に定める普通教育の意味を、あらためて問う動きも広がっています。これらの動きに加えて、全国の小学校、中学校、高等学校で、普通教育の理念と、深いところで結びついた教育実践が行われるならば、日本国憲法に基づく教育が、巨大な流れになるに違いありません。

 

 なお、「憲法にもとづく教育」という場合、平和主義、基本的人権、個人の尊重、思想・良心の自由、あるいは学問の自由などの条項を教育に生かす、という意味で理解される場合があります。普通教育の理念を実現する上でも、これらの諸条項を生かすことがきわめて重要であることは言うまでもありません。しかし、これらの条項は、子どもを対象とする教育について直接定めたものではありません。条文に明らかなように、憲法はとくに教育条項を置いているのですから、「憲法にもとづく教育」は、形式的に言っても、まず、その教育条項の意義をふまえなければなりません。

 

 憲法第二十六条第二項は、普通教育に関する国民の義務を定めています。ここで重要なことは、この第二十六条第二項が、すべての子どもたちが受けるべき教育を「普通教育」と規定したことであり、その普通教育は「憲法の指導精神」と結びついたものとして認識されていたということです。つまり、憲法第二十六条第二項は、平和や基本的人権が守られる社会を形成する出発点として、人間を育成することを定めているのですから、内容的な論理構造としても、「憲法にもとづく教育」は、普通教育でなければならないのです。

 

 なお、普通教育が「憲法の指導精神」と結びついたものであるということに意味があるのは、「憲法の指導精神」に結びつかない普通教育もあるということを言おうとするものではありません。普通教育は、憲法上の規定があるなしに関わらず、「人間を人間として育成する」ことを基本理念とするものです。この理念の実現として育成される人間そして個人は、なにが人類にとって共通の価値であるのかについて、判断できる能力を習得しているわけですから、「人類普遍の原理」(日本国憲法前文)である限り、「憲法の指導精神」を自らの行為の基本的判断基準にすることができるわけです。

 

 そのような普通教育概念が日本国憲法に導入されたこと、しかも、「憲法の指導精神」と結びつけられて位置づけられたこと、そのことに歴史的意義があるので

 

  普通教育概念は、日本国憲法に位置づけられることにより、日本国憲法の世界全体を支える教育理念としての意義を有することになるとともに、その理念は日本国憲法と一体のものとして制定された教育基本法として具体化されたのです。

 

 教育学研究者の間には、「教育学は『普通教育とは何か』を本格的に問うてこなかった」という反省も出はじめていま

 

 国際的にも、国連やユネスコ、ユニセフなどの国際機関は、学習権宣言(一九八五年)や子どもの権利条約(一九九〇年)、などに見られるように、事実上、普通教育の理念を内容とする国際文書を、相次いで出しています。

 

 このような状況のもとで、私たちは、普通教育の理念をあらためて明らかにし、この理念に基づいた教育実践をすすめていく可能性は大いに広がっていると言えます。また、普通教育の理念を、人類の普遍的教育理念として世界に発信していく可能性も、大いに広がっていると言えます。

 

 以上のような思いから、第一部を執筆しました。わが国における普通教育制度の充実に、多少なりともお役に立つことができれば望外の幸せです。 

 

 第一部執筆にあたっては、いつものことながら、地歴社の塚原義暁氏に大変お世話になりました。あらためて、この場で、感謝の意を表したいと思います。

 

 

 

  二〇〇八年九月