第八章 一九七一年中央教育審議会答申と普通教育

  第一節 答申の背景

 一九五〇年代の普通教育偏重是正策はその後の高度経済成長とむすびついて新たな段階を迎えます。それは憲法・教育基本法がめざす普通教育と現実の普通教育との間に深い矛盾を蓄積させることになりました。この矛盾は、政府や財界が日米安全保障条約を改定し、その枠内で高度経済成長政策を実現していこうとすればするほど、そして高等学校への進学率が一九五〇年対比でほぼ倍増するという状況のもとで、教育に対する国民の関心や要求が高まれば高まるほど、より深刻にならざるを得ないものでした。
 一九六〇年代にはいり、池田首相は高度経済成長政策に対応した「人づくり」政策を打ち出しました。経済審議会は一九六三年、能力主義政策を前面におしだした「経済発展における人的能力開発の課題と対策」を答申しています。そこでは子どもたちを三〜五%のハイタレントとその他の子どもたちの二種類に分け、それぞれに対応した学校制度の構築とそのための選別方法の確立を求めています。文部省が一九六二年と一九六六年に強行実施した小・中学校対象の全国一斉学力調査もこのような能力主義政策を背景に行われたものです。
 高等学校への進学要求の急速な高まりを背景に高校全入運動が全国的にひろがっていきましたが、これにたいし文部省は全入運動を非難するとともにあらたな高校教育政策の立案に着手していきます。一九六三年、文部省は「後期中等教育の拡充整備について」を中央教育審議会に諮問しています。関係諸団体(日経連、東京商工会議所、全国高校校長会、全国高等学校校長協会、都道府県教育委員会連合会など)も高校教育改革案を相次いで発表しました。また、理科教育及び産業教育審議会は一九六七年、「高等学校における職業教育の多様化について」(第一次、第二次は翌年)および「理科・数学に関する学科の設置について」を相次いで答申しています。
 また、高等学校の入試制度についても「人づくり」の観点から見直しがすすめられていきました。一九六六年、文部省は「公立高等学校の入学者選抜について」を通達しています。東京都教育委員会は学校群制度、三教科制、内申書重視などを盛り込んだ学校群高校入試制度改善基本方針を決定しました。そのことがなにをもたらすことになるのかについて、当時堀尾輝久氏は次のように述べています。「高校入試は廃止され、内申書が重視されても、問題は解決しない。それどころか毎日毎日、一時間一時間が内申の対象となる。その結果が詳細をきわめた観察カードに記録されるとすれば、日常生活が激烈な競争になることは必至である。(中略)こうして能力主義は、テスト体制と結びつき、学校は、教師の『観察指導』という名の日常的選抜によって、自分はできるのだから当然だという驕慢で思いやりのない少数のエリートと、甘んじて差別を受けいれる大量の無気力な労働予備軍を生み出す人材配分の機関となる」(堀尾輝久「教育の能力主義的再編批判」、国民教育研究所編『国民教育』8、季刊、一九七一年春季号、十六ページ)
 高度成長政策の進展とともに、家庭・地域の状況も大きく変化し、そのことが子どもたちの人間としての成長にどのような影響を及ぼすのかについて解明を要する多くの新たな問題が提起されました。しかし、現実には社会の中でもっとも弱者である子どもたちは環境の変化を直接かつ敏感にうけとめます。さまざまな弊害も指摘されるようになりました。青少年の非行問題も増加し、文部省と警察庁は連名で一九六三年、「青少年非行防止に関する学校と警察との連絡強化」を通達しています。
 一九六五年、中央教育審議会は「期待される人間像」(中間発表)を発表し、翌年の答申「後期中等教育の拡充整備について」の「別記」に位置づけました。「期待される人間像」は「後期中等教育の理念を明かにするため、主体としての人間のあり方について、どのような理想像を描くことができるかを検討したものである」と説明されていますが、内容は「日本人としての自覚をもった国民である」ためにどのような徳性が必要であるかを憲法・教育基本法の理念を無視して一方的に論じたものです。「後期中等教育」とは学校教育法上の言い方をすれば「高等普通教育」に相当しますが、したがって「高等普通教育」がめざす理想的な人間像、ということもできます。このようなものが現行の教育基本法制と相いれないものであることは明白ですが、一言だけ指摘しておきたいことは、どのような人間像・日本人像を理想像とするかについても理性的に判断できる能力をすべての子どもたち(ここでは高校生)に育てていくことこそが普通教育であるということです。また、そのような普通教育をすべての子どもたちに受けさせることこそが国民すべての義務なのです。
 「期待される人間像」にも支えられて、文部省はこの間、道徳教育政策を進展させました。「道徳教育資料」や「道徳教育の諸問題」がはじめて発行あるいは配付されました。教練を想起させる「集団行動指導の手引き」(草案)が発表されました。「建国記念の日」を学習指導要領に位置づけました。
 一九六七年から七十年にかけて教育課程審議会は小学校から高等学校までの学習指導要領を告示しました。
 一九七一年、全国教育研究所連盟が「半数の子どもが授業についてゆけない」という調査の結果を告示しました。

 第二節 中央教育審議会答申の性格

 中央教育審議会は一九七一年に「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」という答申を出しましたが、これは六〇年代における個々の教育政策をより総合的にかつ強力に推進していくことを意図して文部大臣がおこなった諮問をうけたものです。そこで展開されている教育改革の方向はまさに憲法・教育基本法の理念と「総合的に」矛盾するものとなりました。
 それは当然のことながら普通教育の理念・制度に重大な制約を強要するものでした。とくに理念のレベルでは普通教育の理念は完全に否定されたということができます。というのはこれまでの各章で私は教育基本法が「国民の育成」に対する「人間の育成」の第一義性、「個性的」な文化に対する「普遍的」な文化の第一義性を基本理念としていること、その理念が普通教育が普通教育として発展する根本的条件であることを強調してきましたが、中央教育審議会の答申は「国民」や「日本人」の育成を第一義的に位置づけるとともに、何の注釈もなしにあからさまに「個性的で普遍的な文化の創造」と表現して教育基本法の基本理念に挑戦しているのです。
 しかし、理念を逆立ちさせることによってどのような理念を積極的に打ち出すかについては全体として必ずしも明確ではありません。そのことはのちに臨時教育審議会が「個性重視の原則」「生涯学習体系への移行」という理念を掲げることによって明確化が図られていきました。
 中央教育審議会の答申はその上で総合的制度改革を論じているわけですが、制度改革やその具体化のレベルでは現実とのさまざまな矛盾にぶつかるわけですから、それほど簡単に答申通りには進まないわけです。解釈改悪や制度いじりはしても日本国憲法や教育基本法そのものは現実に存在し機能しているのですから、教育問題で裁判が始まっても最高法規という壁に阻まれることになりますし、憲法や教育基本法の理念の実質化をもとめる国民の側からの運動も大きく多面的に前進しているのです。
 このように中央教育審議会答申は所期の目的を達成しえない弱さをもっていましたから、その問題点を全面的に克服し政府丸抱えで教育改革に乗り出さなければならない状況にあったといえます。その課題は一九八四年に発足したの臨時教育審議会に託されることになりました。
 さて、中央教育審議会答申(以下「答申」と略することにします)は「初等・中等教育の改革に関する基本構想」と「高等教育の改革に関する基本構想」の二章を本体としています。これら二つの基本構想には時代の変化を反映して解明をせまられている教育問題が反映されており、普通教育論を発展させるうえでも重要な課題が提起されています。問題はこれらの問題や課題をどのような理念のもとにどのような方向で検討するかにかかるわけですが、本章では前者すなわち「初等・中等教育の改革に関する基本構想」を中心に検討しておきたいと思います。
 
 第三節 「今後の社会における人間形成の根本問題」について
 
 「答申」は第一編第一章の冒頭で「今後の社会における人間形成の根本問題」を論じています。いわば教育哲学を論じているわけですが、一般的抽象的ではなく具体的現実的な問題として論じており、その限りでは今日における普通教育の問題としても検討しておく必要があるように思います。
 「答申」は教育基本法にいう「人格の完成」をひきながら、「人格」とは「人間のさまざまな資質・能力を統一する価値である」と述べ、それは「変わることのない原則である」と述べています。と同時に「現代社会に生きる人間を取り巻く環境の急激な変化に伴って、主体としての人間のあり方があらためて問われ」ており、「教育の役割がますます重要なものと考えられるようになった」、「したがって、今後における学校教育のあり方を再検討するためには、まず、人間形成そのものの意味と、これからの環境の中で、人間形成にとってどんなことがいっそう重要な問題となるかを考えてみる必要がある」と述べています。ほんとうにそうでしょうか。
 「急激な変化に伴う主体的な人間のあり方」がどのようなものであるかという問題は教育を含めた社会全体にとって課題となることはありえることです。いつの時代でも時代の大きな転換期には同様な問題が提起されてきたといえます。しかし、この課題はこれまでどのように扱われてきたでしょうか。一九一七(大正六)年に首相の諮問機関として臨時教育会議が設置されました。それは「ロシア革命や米騒動などにあらわれた内外の政治動向に対する支配層の危機意識」を背景に、国体思想の涵養をねらった徳育と体育を重視する教育制度の抜本的な再編を意図したもので、この会議がまとめた諸答申に基づいた教育政策が二十八年後の敗戦にいたるまでの日本の教育制度を基本的に支配したとされています。臨時教育会議の諸答申は民主主義思想を弾圧し侵略戦争を展開していくための当面の教育支配という意味でもに、またその間の日本のあり方や敗戦後の日本のあり方について判断する能力を国民から奪うという意味でも有効でした。日本国憲法や教育基本法はこのような轍を二度と踏まないという反省から政治制度や教育理念を革新していったのです。「急激な変化に伴う主体的な人間のあり方」がどのようなものであるべきかという課題があったとしても、そのような課題にどう応えるかという問題は憲法や教育基本法の理念のもとでこそ可能なのであって、これらの基本法制で対応できないものではないのです。「答申」はこのことをまったく無視して、この課題に対して政府の機関が先頭に立ってある特定の方向を提示する必要があると主張しているのです。このような認識がその後の臨時教育審議会にも発展的に継承されていることに歴史から学ぶ姿勢の不誠実さを見ないわけにはいきません。
 第三章でも述べましたが、教育基本法は前文で「人間の育成」を掲げ、第一条で教育の目的を「国民の育成」という言葉で表現しています。そこには、人間は、本来可能性としてもっている多面的な能力を現実の人間的諸関係のなかで人格として具体的に形成させながら、理性ある人間として、したがって理性あるまた国民(主権者)として自立していくものであり、教育はその過程を合理的に組織していくものであるという教育理念・目的が表明されていると思います。ですから「現実の人間的諸関係」が大きく変化しその強い影響を受けることになっても、その影響に受動的に適応するだけではなく、その時代のなかで人間としてまた国民として育成しえる教育を組織していくことが課題とならなければなりません。社会の変化に子どもたちが振り回されそうであれば、学級規模、教育課程、教育内容あるいは教員定数等を調整して、子どもたちをしっかりと人間として育てていかなければなりません。そういう教育の過程を経て真に自立した個人が現実の社会の中で自らを個性ゆたかに実現させていくことができるのです。社会の変化が急激であればあるほど子どもたちがもっている人間的諸能力をていねいに確実に育成していかなければならないのです。ここに憲法・教育基本法のもとでのすべての子どもたちに普通教育を受けさせる国民の義務、議会制民主主義の責任そして行政府の責務があるのです。

   一 「人間形成の多面性と統一性」について

 「答申」がいう「人間形成の多面性」とは「自然界に生きる人間」、「社会生活を営む人間」、「文化的な価値を追求する主体的な人間」ということですが、さらに「自然の法則に適応」する、自然と人間の関係を正しく理解する、自然と調和した豊かな生活を作り出す、「社会的な連帯意識と責任ある態度、行動能力とを体得する」、「歴史的に継承され、発展してきたさまざまな価値に対する理解力・批判力・感受性を備え、次の時代への使命感をもって自主的・創造的に活動できる」ことなどが提示されています。
 しかし、教育を論じる場合に、自然の法則とか社会的な連帯意識とか歴史的な価値というものは子どもたちにとってはすでに与えられているものではなく、自らもっている諸能力を仲間同士のなかで発揮しながらさまざまな生活や学習や教育の過程を通じて探求していくべきものです。そのような過程を通して子どもたちは自然観をはぐくみ、自然との調和とはどのようなものでなければならないのか、現状はどうなっているのか、自分たちは何をしなければならないのか、また、人間らしい生活を営む上でどのような連帯意識や共同生活が必要なのか、歴史的であれ空間的であれ文化とはどのようなものか、そのなかで人間として守り育てていくべき価値とはどのようなものか、などについて習得していく能力を獲得していくのです。そのことを可能にするのが教育であり、普通教育なのです。
 しかしながら、「答申」はこれら多面性は「自然と生命に対する愛と畏敬の念」にささえられて統一的にはたらくものでなければならないと述べています。子どもたちは自らの多面的な能力を発揮しながら実に個性的にその個人にふさわしくあるまとまりを求めようとします。そのまとまりはまさに自主的に主体的に行われるべきものであって、教育の名において行われるべきものではありません。もちろん、子どもたちの自主性・主体性のもとに教育がかかわる可能性もあります。ですから「自然と生命に対する愛と畏敬の念」という価値をあらかじめ設定してそれによってあるまとまり、統一性を確保するというのはある特定の価値によって個性を方向づけることを意味することにほかなりません。

   二 「社会環境の人間に対する挑戦」について

 「急激に変化する今日および今後の社会」が「人間の生きる環境」として「どんな問題を投げかけるか」について「答申」は後述するように六点(ア〜カ)をあげています。「答申」はこれらはこれまで経験したことのない「新しい課題」を含んでおり、「この中で人間形成の真の姿をいかにして実現するかが、今後の社会の最大の問題」である、またこの新しい環境を人間にとって好ましいものに改造し、国民全体の福祉と向上をめざすことは「教育政策はもとよりすべての政策の共通課題でなければならない」と強調しています。
 このような「新しい課題」に教育としてどのように対処するのかという問題は今日の教育法制が示している教育理念となんら矛盾するものではありません。あるいは必要であればそのような教育理念に基づいて発展させるべきでしょう。ところが、「答申」は現行の教育基本法制では「新しい課題」の実現がなぜ困難なのかについては説明することなく、いきなり次の節「教育体系の総合的な再検討と学校教育の役割」に移っているのです。ですから、ここでは先を急がずに「答申」が指摘しながら意図的に無視あるいは除外している六つの論点(ア〜カ、それぞれにいくつかの項目が含まれています)に着目し、それらを現行の教育基本法制や普通教育の見地から具体的に検討し、「新しい環境」の中での普通教育の在り方についても考えてみたいと思います。
ア つぎの三点があげられています。①科学技術の進歩と経済の高度成長に伴い、自然と人間との不調和が人間生活の根底を脅かしつつある、②経済的・時間的な余裕の増大によって、個人が自主的に充実した生活を営む自由と責任の範囲は増大しつつある、③同時に、たえず更新される知識・技術を積極的に吸収し、それを人間と社会の進歩に役だてる英知が要求されている。
 ①「科学技術の進歩と経済の高度成長」にともなって「自然と人間との不調和」がのっぴきならない状態まで深刻化し、それが「人間生活の根源を脅かしつつある」という認識自体はその客観主義的な言い方を度外視すれば、当時急速に社会問題となっていた問題であり、今日においてもひきつづき大きな問題です。このような「脅威」が生まれる因果関係を明確にし根本的な対策をとることはまさに社会全体の、とりわけ政治上の問題でもあります。ではそのことがどういう意味で教育問題になるのでしょうか。子どもたちにとってはこのような「脅威」の最大の犠牲者であるとしても、その「脅威」が何であるか、何が原因であるのかを理解することができません。核兵器のことを考えれば解りやすいでしょう。子どもたちは核兵器の犠牲にはなっても、核兵器とは何か、なぜ核戦略がたてられるのかについて子どもたちの日常の関心事にはなり得ないのです。科学とか技術とか経済というものが、その用い方によっては多くの人びとに「幸福」もたらす場合もあるし、「脅威」にもなるということについても、子どもにたちにとってはそれほど理解できるものではありません。もちろん、理解できないと言い切る必要はないかもしれません。ある意味では理解できると思います。しかし、もう少し子どもに引き寄せて言えば、自分たちが毎日勉強している内容が自分たちの生活に役立つ場合もあるけれどそうでない場合もあるということを日常の生活や授業のなかで子ども同士の学習をとおしてしっかりと認識できるような教育こそが重要なのではないでしょうか。そのような積み上げのなかで、「科学」や「経済」が人類にとってどのような意義を持ち得るかについて適格な判断ができるようになるのではないでしょうか。
 子どもたちは教育があるなしにかかわらずその時代の「科学技術」や「高度経済」の現実ををかれらの五感全体を通じてうけとめており、さまざまな影響を受けているのです。また、「科学技術」や「高度経済」に関わる諸事象を観察したり見聞する機会もそれぞれの仕方で体験しているのです。ですからそれらについて一人ひとり異なったさまざまな理解や関心や興味や疑問などをもっています。そのような子どもたちを前にして通常の授業を充実させるためにはそれなりの準備が求められます。いくつかの教科でそれぞれの教科指導の筋道にそくした授業の工夫が求められます。ここでこそ高度で柔軟な教師の専門的な力量が求められるのです。
 このような教育は決して教育基本法の教育理念と矛盾するものではなく、それどころか普通教育をいっそう充実させていく方向でこそ可能となるものです。
 ②「答申」は「経済的・時間的な余裕の増大」によって「個人が自主的に充実した生活を営む自由と責任の範囲は増大しつつある」と述べています。
 「個人が自主的に充実した生活を営む自由と責任の範囲」が根本的に増加したのはいうまでもなく戦後の日本国憲法によってであります。そこでの「自由と責任の範囲」は「経済的・時間的な余裕」に比例して増減したり制限されたりするものではなく、まさに基本的人権にかかわる問題です。「自由と責任」の問題を「余裕」の程度に押え込もうとする意図を感じますが、両者の関係についてはそれはそれでさまざまな議論があって然るべきです。問題はそこからどのような教育問題を導くかにあります。
 ところで、「自由と責任」の問題も以後の教育政策の大きな柱になっていきますからここでいくらか述べておきたいと思います。子どもたちは「経済的・時間的な余裕」の増減にも影響を受けますが、それとは別の次元で「自由と責任」の問題に直面しています。家族や学校や仲間や地域というさまざまな制約に満ちた環境のなかで子どもたちはそれらの制約についての自覚の度合に応じて「自由と責任」の問題に直面しています。
 さまざまな規制に支配されている大人たちは子どもの生活が自由そのものであるかのように錯覚しがちですが、弱者である子どもたちはわたしたちが想像する以上にさまざまな制約のもとで生活しています。しかしながら、その制約がどのような制約なのか、なぜ必要なのかなどについては子どもたちはそれぞれの成長や経験や教育によってさまざまに理解しており大人に求められるような理性的な理解ができるわけではありません。とはいえ、どのような「責任」も「自由」のなかから得られるのであって、初めから「責任」が自覚されるものではありません。例えば、子どもたちは自由に遊んでいるときでもそこでいろいろ学習しているわけで、勉強のことや家族のことや仲間のことを考えながら新たな責任感を習得していきます。その度合は授業や授業以外の学校生活のなかでの教師や仲間との充実した学習体験によって規定されます。「責任」を果たし得るにふさわしい自由を保障することが前提であって、両者の教育学的関係を深く解明することなく、さまざまな「責任」を挙げて「自由」を制約するというのは転倒した発想と言わざるをえません。
 ③「答申」は「たえず更新される知識・技術を積極的に吸収し、それを人間と社会の進歩に役だてる英知が要求されている」と述べています。現実の社会ではある意味で知識・技術はたえず更新されているといえますが、そうとはいえない関係もたくさんあります。ですから積極的に吸収するべき知識・技術をあまりせまく限定しないようにしなければなりません。また知識・技術が人間と社会の進歩に役立てる英知も必要ですが、その場合の「進歩」というものも可能なかぎり自由に理解しておく必要があります。「答申」はここからどのような教育問題を引きだそうとしているのでしょうか。
 子どもの世界でも教育の世界でも知識・技術は言うまでもなく重要な位置を占めています。子どもたちはそれぞれの個性や年齢や目的に応じてさまざまな知識や技術を日々習得しています。その結果、子どもたちは豊かになったり逆に貧困になったりもします。しかし、普通教育の問題として考えた場合、知識・技術はしっかりとした教育課程に位置づくことによって意味をもってくるのです。社会が求めているからといってそれがそのまま普通教育においても求められるというものではありません。
 ここで明治時代のエピソードを紹介しておきましょう。
 一八九三(明治二十六)年に『教育時論』という雑誌に「実業教育を以て普通教育を害すること勿れ」という記事がのりました。その記事によれば、石川県の小学校では明治一七・一八年頃から実業教育を重視し、各小学校に農事・養蚕・陶器等の科を置いたのです。最初の頃は父兄も喜び、子弟も進んでそのような授業を受けたようですが、わずか二・三年にして「事実の利益少なきを認め校舎は月に衰え生徒は歳に減じ今や一校を存するのみ」という事態になったというのです。記事はその原因に言及し「普通教育の範囲内に強いて実業なる専門科を加え両者の間に避くべからざる衝突を来した」とのべ、実業教育は元来普通教育と異なり、干渉をもって強制するものではなく、父兄の希望と子弟の目的に沿っておこなわれるものである、実業教育をもって普通教育を害するようなことがあれば必ずや石川県の二の舞を演じることになる、と断じているのです。
 ところで、石川県は勝手にこのようなことをやったわけではありません。当時の文部省は小学校においても職業教育・実業教育を推進し、例えば明治十八年に教育令が改正されますが、その際「小学校及小学教場教則綱領」を作成しています。それによれば、普通小学校を第一種・第二種に分けるとともに農業小学校、工業小学校、商業小学校、さらに男児高等小学校、女児高等小学校と七種の小学校をおくとしています。この構想は森有礼文部大臣の就任と小学校令の公布によって実現はされませんでしたが、石川県のケースはそのような国の教育政策と密接に関連するものでした。その記事が事態を適格に普通教育との関連でとらえているのはたいへん興味深いところです。
イ ④「答申」は「社会の都市化・大衆化によって、自然環境から隔絶された過密な生活環境の中で、心身の健康を維持しながらたくましく生きていく力が要求されつつある」と述べています。
 「社会の都市化・大衆化」と「自然環境から隔絶された過密な生活環境」との関係およびそれらと「心身の健康を維持しながらたくましく生きていく力」とはどのように関連しているのかについてはいろいろ議論があるところでしょう。ここでは「過密な生活環境」の中で「たくましく生きていく力」が要求されているという現実があることを前提として、そこからどのような教育問題が導かれるのかについて考えてみたいと思います。
 子どもたちも大人とは別な意味で自然環境から隔絶され、学習環境において「過密な生活環境」を余儀なくされているといえます。しかし、一般的に言っても、いろいろなものがぎっしり詰め込まれている環境は人間の生存条件としては適切ではありません。多すぎる学級規模、詰め込み教育、多すぎる宿題あるいはあまやかしすぎ・過保護などが子どもにとってなぜふさわしくないかと言えば、それは子どもたちのなかで成長しつつある人間的な諸能力(知的能力、社会的能力など)が充分に生育するためには、あるいはそれらを合理的に育成するためには、子どもたちの能力の成長発達のすじみちに即した環境が必要だからなのです。適切な言葉をしっかりと用いることができる、精神的にも身体的にもしっかりとした能力を習得している、ということが結局は「過密な生活環境」の中でも人間として生活していくことができるもっとも基本的な要件なのです。「過密な生活」を「過密な生活」として無自覚のまま安易に適応しひたすら盲目的に「たくましく生きていく力」のみを子どもたちに求めるならば、ある意味で能力や環境に恵まれた子どもを別にすれば、教育実践上の改善や努力を重ねたとしても、もっと深いところで多くの子どもたちはいろいろな生育上の歪みや学力面での歪みを抱えることになります。
 ⑤「答申」は「都市生活に伴う連帯意識の衰退を防ぎ、公共心の自覚を高める必要が強調されている」と述べています。
 「都市生活」と「連帯意識」や「公共心」とがどのような関係にあるのかもより立ち入った解明が必要です。「答申」はそのことを積極的に解明することなく「連帯意識」や「公共心」を一方的に、あるいは意図的に強調しているように思います。このことからどのような教育課題を導こうとしているのでしょうか。
 「連帯意識」や「公共心」という言葉は確かに教育基本法などには用いられていません。だからといって教育基本法は現代社会には通用しない過去の特殊な時代の産物だと言ってしまっていいのでしょうか。
 子どもたちの環境も現実社会のさまざまな影響を受けて変化していますし、その中で「連帯意識の衰退」という状況も見られることも否定はできません。しかし、衰退というからには衰退する以前の連帯意識、衰退してきた現在の連帯意識というものがそれぞれにどんなものであるのかについて明確にされなければなりません。このことを証明するのは困難なことでしょう。
 ところで、「連帯意識」というのは子どもにとってどのようなものなのでしょうか。子どもたちは自分たちに利益と思われるものを求めようとします。逆に不利益となるものを避けようとします。利益であれば、たとえそれが大人の目や社会的通念から見て問題であるようなことでも身体をはって求めようとしますし、不利益と思えば社会的に賞賛されるようなことでも否定したりします。その場合、利益と思われる事柄が仲間との合意の結果であるならば、そこには必然的に連帯意識が芽生えることになります。両親とか先生に納得できないことで注意されたり、自分たちの利益にならない方向で指導されたりすれば子どもたちは時として連帯してそれらに抵抗しようとします。このことは時代や民族を越えて普遍的な事実であると言えましょう。そして、子どもたちの利益を尊重しつつ、それがせまい仲間だけに通用するような利益ではなくより人間的な利益とむすびつくように指導していく普通教育の任務もまた普遍的に存在していると言えます。それは教育基本法の前文に掲げられている「人間の育成」あるいは「普遍的」な文化ということの具体的な内容に他なりません。連帯意識という言葉が教育基本法に見あたらないというのではなく、教育基本法の理念をその後の社会の変化の中で深く理解していくことこそが求められているのです。
 学校や家族のあり方も日々変化しています。その中でさまざまな価値観も変化し進歩しています。親や教師のそれまでの指導方針もさまざまに変化し、子どもたちはとまどっています。だからこそ、子どもたちは自らの判断で自分たちの利益を直観的に時には衝動的とさえ見える形で真剣に追求しようとします。そこにはさまざまな新しい連帯意識の芽生えとともに、古い連帯意識との新陳代謝が行われています。
 このような状況を直視することなく一方的に「連帯意識の衰退」と特徴づけ国家社会の論理から特定の連帯意識を子どもたちにおしつけることになれば連帯意識をめぐる子どもたちとの矛盾はいっそう拡大することになるでしょう。「公共心」についても同じことが言えます。これは応用問題として読者のみなさんに考えてもらうことにしましょう。
 ⑥「答申」は「大衆的な組織の中で自分を見失わない主体性と能動的な社会性が重要となっている」と述べています。
 「大衆的な組織」と「自分」との関係はいろいろな意味で興味ある問題です。「答申」がこのような問題についても心配しているということもまた興味あることです。しかし、「答申」はそこからどのような教育課題を引きだそうとしているのでしょうか。
 私たちにとっても子どもたちにとっても「自分」とは厄介なものです。自分のことは自分が一番よく知っていると言ったかと思うと、己を知ることほど難しいことはないといったりします。小さい子どものうちは「自分」は限られた体験・経験に制約されていますからそれは一時的なものであったり部分的であったり主観的であったり変転きわまりないものであったりします。成長とともに子どもたちにとって自分とはある程度持続的で客観的なものに変わっていきますが、同時にいままで想像したことのない精神的な世界に当面して新たな動揺が始まります。それらをうまくくぐり抜けて子どもたちはある程度まとまりをもった安定した自分感というものを自覚することができます。さらに人間はより深いより高い自己認識を求めてさまざまな書物を読み、より普遍的な世界の中での自己を探求していくことになります。まさに終わりのない旅ということができます。
 自分を自覚し自分を見失わないようにすることは「大衆的な組織」であれどこでであれ重要なことですが、普通教育にとってもまさに基本的な課題と言ってもいいでしょう。子どもの頃は他人がもっているもので自分にないものは無性に欲しくなったりします。その逆の場合には必要以上に得意になったり自慢したりします。こういうことも自由な仲間社会や適切な教育環境があれば人間性に裏づけられた自分を見いだすことができるようになります。周囲に受け入れられるしっかりとした意見をもつことができるようになるでしょう。
 「能動的な社会性」についても同様です。家族や仲間や学級の中で自分がどういう存在なのか、周囲から自分が何を期待され、自分は何をしなければならないのか、子どもたちはたえずこの問題で悩んだり考えたりします。もっとも人間的な探求とも言えます。その場合、周りの人びとについて日頃から充分理解し愛着を感じられるような環境になっているかどうかが問題となります。必ずしも理解していないし、愛着も感じられないような環境や状態も子どもの周囲にはたくさんあります。あることには夢中で人のために一生懸命になっても別のところでは何事も進んでやろうとはしないということはしばしばあります。「能動的な社会性」はそのような過程をふまえつつ徐々に育成されていくものです。「能動的な社会性」の内容を特定し一方的に子どもにおしつけても子どもの中にほんとうの社会性は育たないのです。
 このように「主体性」であれ「能動的な社会性」であれ子どもの自由な環境と適切な教育環境を土台としてはじめて獲得されていくものであって、子どものそとにさまざまな価値が提示され、それらを選びとっていくような過程のなかで獲得されるものではなりません。戦時中、多くの子どもたちはまさに主体的に能動的に戦争に参加していきましたが、主体性や能動性も国家統制可能なものであるという証左として記憶されるべきでしょう。また、それらに類似したことは今日の学校教育のなかでも見られますが「答申」がそのような傾向にさらに拍車をかけることにならないという保障はありません。
 ウ ⑦「答申」は「家庭生活と血縁的な人間関係の変化が、乳幼児や青少年の人間形成の基礎に重要な影響をもたらしている」、また「人間の基本的な性格・心情の形成に対する家族の教育的な機能を、どのようにして高めるかが緊急の課題となっている」と述べています。
 このことについてはしばしば指摘されていることですが、しかしどのように「重要な影響をもたらしている」のか、「家族の教育的な機能を高める」とはどういうことなのかについて、またそこからどのような教育課題を設定するかは全面的な解明が必要です。
 これまで家族は長い間、国家社会の経済的単位であることを基盤に宗教的・倫理的・政治的・教育的単位として機能することを求められてきました。戦前の大日本帝国憲法や教育勅語体制はそのような家族制度を前提として存在していました。夫婦や兄弟の関係もそのような家族制度のなかで制度化されていました。戦後、その関係は法制上は基本的に改革されましたが、家族がそれまで有していたさまざまな機能はさまざまな曲折を経ながら変わらざるを得ませんでした。
 教育的機能についてもそうです。子どもの養育は家族の重要な役割の一つでしたから、子どもたちは親戚や家族の中で良くも悪くも充分養育されていました。しかし資本主義の全面的な社会化の中で出産が家族から病院へ移り、保育は家族から保育園・幼稚園に変わり、おばあちゃんやお母さんの養育面での役割がテレビや本にとってかわり、親戚はご近所に変わり、兄弟姉妹の関係はあそび仲間やテレビなどに変わり、学習的な機能は塾や家庭教師などに変わりました。子どもの遊び場も家の周囲からお父さんの車に乗せられて遠いレジャーランドに移りました。スキーも水泳もサッカーもキャンプもお父さんに代わって社会がひきうけてくれるようになりました。家族はさまざまな機能をもった社会単位から夫婦と子どもから構成される限られた機能を有する社会単位に変わりました。
 家族が有していたさまざまな機能が目の前で気がつかないうちにはぎとられていきましたが、そして最後に残ったのが客観的には親子というともっとも「親密」な愛情に支えられた社会単位でした。別な言い方をすると、家庭は「親密」な愛情によってのみ維持される社会単位となったとも言えます。この「親密」さもまた社会化(資本主義化)され、子どもにとって家庭や両親はけっして安楽な場所とは言えない状況が広がっています。
 ではこのような家庭のもとで「乳幼児や青少年の人間形成」はどうなっていくのでしょうか。この場合、重要なことは「普通教育」という視点からも考えてみることです。「乳幼児や青少年の人間形成」自体ひじょうに多面的な社会的営みであり、社会の変化とともに大きく変わるものです。家族がもっていた人間形成的な機能のかなりな部分を社会がひきうけることになりましたが、社会に委ねられない家庭であるがゆえの人間形成的な機能とは何かについて家庭がどれほど自覚できるかがこれから重要になってくると思います。夫婦の愛情やしっかりとした養育観に支えられた食事・排泄・しつけそして何よりも大切な親子の自然な対話、このような機能を確保すること、そして家族の外で自分たちの子どもが仲間とか施設とか学校でどのような生活をしているのかについてしっかりと理解することです。
 このように考えてくると親の養育上の責任はたいへん重いと言うことになります。しかし、そのことは家庭がかつての教育上の機能を回復すればすむという問題ではありませんし、親であるための特別の訓練が必要であると言うものでもありません。親が親である以前に人間としてしっかりと自立していることがなによりも重要なことです。その意味からも普通教育の拡充が切実に求められるのです。
 「家族の教育的な機能」といっても特別な機能を想定して家族も学校等と一緒になって教育の一環を担わなければならないというものではないはずです。家族を構成しているそれぞれが家庭にあって人間として充実した家庭生活をおくることこそが重要なのではないでしょうか。
 エ ⑨「答申」は「人間の寿命の伸長と社会の労働需要に応じて、高年齢層の人々が健康で充実した人生を送る可能性と必要性が増大し、そのための新しい人生設計を可能にする方策が要求されている」と述べています。
 「高年齢層の人々が健康で充実した人生を送る可能性と必要性」の増減が「人間の寿命の伸長と社会の労働需要」とどのような関係にあるかについてはさまざまな議論がありえると思いますが、それがなんであれ「高年齢層の人々の人生設計」と教育および普通教育との基本的な関係を明確にしておく必要があります。日本国憲法は第二十六条第一項ですべて国民は教育を受ける権利を有していると規定しています。また、教育基本法も「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない」、(第二条)、「すべて国民は、ひとしく、その能力に応じる教育を受ける機会を与えられなければならない」(第三条)の定めています。必要な学習がいつでもできること、必要な教育を受けることができることなどは高年齢層の人々にとっても当然基本的人権として保障べきことは言うまでもないことです。必要な教育上の条件を整備することは政府の重要な責務なのです。と同時に「高年齢層の人々」がそのような教育機会を求めかつ享受できるかはかれらが十八歳までの十分な普通教育を受けたかどうかに深くかかわっています。自らの人間的諸能力を十分に成熟させ理性的に自立した現実社会の一員としてスタートできたならば、その後の社会人としての生活もまた高齢者としての生活も自ら納得し得るものとなるでしょう。普通教育を受けるべき期間に不本意な生活を余儀なくされれば、その後の長い人生にも重要な影響を及ぼすでしょう。
 この「答申」が出た一九七一年に六十歳を迎えた人が十八歳に達したのは一九二九年(昭和四)です。それまでの十八年間、大部分の人びとは六年間の小学校を経ただけで、さらに進学した人はそのうちのおよそ十三%にすぎませんでした。小学校だけしか出ていない大部分の人びとが十八歳を迎えたのは十五年戦争の入口でした。彼らの多くは戦争のなんたるかを知らされることなく兵隊として狩り出され、敗戦を迎えたのが働き盛りの四十歳弱でした。その後の復興期を経て高度経済成長政策の洗礼を受け高齢者仲間になっていくのです。
 一方、「答申」が出た年に小学校を卒業した人はその大部分が中学校を経て高等学校に進学しました。中学校を卒業した四割弱の人びとが大学すら進学しました。その間に戦争はありませんでした。彼らが六十歳を迎えるためにはこの先三十年近くありますが、一九七一年に六十歳を迎えた人びとと比較するとその違いは歴然としているのではないでしょうか。とはいえ彼らの普通教育時代は列島改造だの公害等が広がり、中教審路線、能力主義・受験戦争等に彩られけっして充実した期間ではありませんでした。日本国憲法や教育基本法の理念がより実質的に定着し普通教育やその後の教育がより充実したものになれば、社会経済が大きく変動してもそれらを乗り越え、ほとんどの高齢者は自らが計画した人生設計を享受することができるようになるでしょう。
 オ ⑩「答申」は「女子教育の普及に伴う女性の社会的参加の要求に応じ、また、家庭生活の時間的な余裕と労働需要に応じて、家庭の外にもさまざまな活動の場を求めようとする女性が増大している」と述べています。
 「家庭の外にもさまざまな活動の場を求めようとする女性」の増減と「女子教育の普及に伴う女性の社会的参加の要求」あるいは「家庭生活の時間的な余裕と労働需要」との間にどのような関係があるのかについてはここではたちいりません。「社会的参加の要求」とか「労働需要」という見地以前に女性が人間としての基本的人権を全体として享受しえる客観的主体的条件を確保することがなによりも重要なことです。
 一九〇〇(明治三三)年には高等女学校の生徒数は男子のみの中学校生徒数の十五%でした。普通選挙が実施された一九二八年には高等女学校の生徒数の方が上回るようになりましたが、女子には選挙権が与えられませんでした。
 戦後、女性も主権者となり、国政にも参加できるようになりました。一方、教育基本法は「男女は、互に敬重し、協力し合わなければならないものであって、教育上男女の共学は、認められなければならない」とされ、九年間の義務制の普通教育は男女共学となりましたが、高等学校段階の非義務制の普通教育は依然として男女別学が残っています。高等学校段階での普通教育が名実ともに男女共学となることが普通教育にとってもきわめて重要な課題であることは言うまでもありません。
 カ ⑪「答申」は「国際交流の高まりとマスメディアの発達によって、世界の出来事と異質な文化が日常生活にたえず新しい刺激をもたらし、価値観にも大きな動揺を与えている」、「わが国では、敗戦に伴う国家観の混乱もあって、今日なお、生活と文化の基盤としての国家や民族の意義があいまいにされ、民主社会のあり方についてもしばしば意見の分裂と対立が生じている」と述べています。
 諸外国からの新しい文化的・知的刺激が価値観にも大きな動揺を与えるものであるかどうか、国家や民族の意義、民主社会のあり方等についてさまざまな議論(分裂や対立)があることについてはある意味でいつの時代でもどこの国でも一般的にはありえることです。だからこそ国民主権原理に立って議会制民主主義を定着させていく中でそのような状況を克服していこうというのが日本国憲法の理念であったろうと思います。にもかかわらず、国家・民族観や民主社会についての見解が異なるからといって憲法理念自体を改変し、特定の国家・民族観あるいは民主社会観を国民に押しつけようとするのはそれこそ時代に逆行すると言うものです。
 ところで、「答申」はこのような議論からはたしてどのような教育問題を見いだそうとしているのでしょうか。異質な文化からの刺激に必要以上に動揺しなくてもいいようにするにはどうしたらいいのか、しっかりとした国家・民族・民主社会観を習得するにはどうしたらいいのか、このような問題は社会全体の問題であるとともにまさに教育問題とも言えるでしょう。
 教育基本法第八条は「良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない」と定めています。しかし、小学校等ではこの問題はどのようにうけとめればいいのでしょうか。正しい政治的教養をしっかりと教えればいいのでしょうか、教師が政治的に中立でありさえすればそれでいいのでしょうか、子どもの自主的判断に委ねるだけでいいのでしょうか。あるいは生徒会活動を通して子どもたちの自治的教養を高めていくということでいいのでしょうか。私はどれもそれだけを強調するのは正しくないと思います。
 子どもたちといえどもかれらは人間として本質的に「政治的」存在といえます。その認識や判断は感覚的とも言えますし自己中心的と特徴づけることができますが、発達段階的に変化もしていきます。家族や仲間同士のなかで利害の調整や子どもたち固有の秩序や規則をもとめそれに従うことを自他に求めようとします。また、仲間の意見をまとめたり代表したり、仲間で決めたとおりに実行しようとします。さらに、強い者と弱い者との関係を調整し、あるいは相互の利益を公平・平等に処理しようとします。腕白少年や餓鬼大将というのもけっこう子ども達が本質的に「政治的」存在であることの証左といえるのではないでしょうか。
 現実政治についての理性的な政治的判断力に至る以前に子どもたちはより複雑でより現実的な政治現象について判断することができるようになります。その過程を通じて国家や民族や民主主義の問題も当然のことながらかれらの視野に入ってきます。こうして子どもたちはそれぞれの発達段階にふさわしく政治的判断力を獲得していくのです。その判断力が人間的あるいは普遍的なものであればあるほど、子どもたちの判断力は同時に真の意味で国民的個性的な判断力に育っていくことでしょう。そのような能力を育成することこそがまさに普通教育の責務であると思います。
 
 「答申」は以上のように現代社会が直面している「新しい課題」を列挙した上で「この中で人間形成の真の姿をいかにして実現するかが、今後の社会の最大の問題である」と述べています。そして「高度の福祉社会の中で・・・逆に生活の意味喪失感を生むことがある」とか「諸条件が変化したとき、目的を一挙に実現したり、欲求を無制約に充足したりすることが直ちに人間の自由と権利であるかのように考える傾向が生じやすい」などと述べています。しかし、「高度の福祉社会」なるものが人々にとってどのような生活環境であるのかについて具体的に解明するとか、「生活の意味」をしっかりとらえることができるように普通教育を拡充するとか、そのような政策を実現していけば「答申」が例示するような危惧は無用になるのです。そのような方向での政府の責務を曖昧にしたままで、いたずらに青少年の非合理性の発現ー逃避的傾向、暴力、性などーを誇大に強調し、だから「人間形成のあり方」こそが「根本的な問題」であるとして、日本国憲法・教育基本法がめざす教育改革の方向とは異なった方向で総合的な教育政策を提起しようとしても、問題の立て方がそもそも狂っていると言わざるを得ません。

 第四節 「教育体系の総合的な再検討と学校教育の役割」について
    一
 「答申」は第一章の2で「教育体系の総合的な再検討と学校教育の役割」を展開しています。ここでも普通教育を考えるうえで興味ある問題が提起されていますから、必要な限り検討しておこうと思います。
(一)最初に、「体系」という言葉について考えてみましょう。『広辞苑』(第四版)では「個々別々なものを統一した組織」あるいは「一定の原理で組織された知識の統一的全体」と説明されています。つまり統一する一定の原理が前提となった概念ということになります。とすると「教育」体系とは「個々別々の教育をある種の原理で統一した組織」ということになります。「答申」以前に「教育体系」と言えるものがあるとすれば、それは「日本国憲法や教育基本法に示された理念・目的によって貫かれた教育組織の全体」ということができそうです。しかし、普通教育にしろ社会教育にしろそれらは「組織」ではなく、むしろ制度と言うべきでしょう。教育制度を教育組織と表現するのは無理なことです。ですから、「教育体系の再検討」という場合、再検討すべき教育体系というのは厳密に言えば実在しないということになります。
 「答申」はなぜあえて「教育体系の再検討」というのでしょうか。それは多少の無理をしてでも「答申」以前の教育制度全体を教育組織全体と見なして、それを構成する個々別々の教育組織を日本国憲法や教育基本法の理念とは異なった原理で有機的に統一しようと言う意図が働いていたと言えましょう。「答申」以前の普通教育制度や社会教育制度等は戦後理念に方向づけられたそれぞれ別個な制度であり、相互に有機的に結びつけられた組織体というものではありません。社会全体を有機体組織と見るH・スペンサーに代表される社会有機体説は明治後期の日本の教育界を風靡しましたが、「答申」はそのような発想のもとに戦後教育改革の理念を総合的に再検討しようとしているのです。また、このような構想はその後の臨時教育審議会の答申に「生涯学習体系」という形で発展的に継承されていきます。
 さて、「答申」が示すあらたな原理として掲げられたのが「人間形成」という概念です。「答申」によれば、「人間形成」とは「人間が環境とのかかわり合いの中で自分自身を主体的に形作っていく過程」であると説明されています。わかりづらい説明ですが、これではむしろ「自分形成」という方が正確ではないでしょうか。教育基本法の理念である「人間の育成」とはまるで異質な概念であると思います。
 人間形成という言葉は一般的にも教育学者の間でもよく用いられる言葉ですが、その定義は必ずしも明確ではありません。日本教育学会編の『教育学学術用語集』(一九九六年)によればドイツ語の Menschenformung の訳語のようですが、教育学辞典等には人間形成の項目はあまり見かけません。このようにあまり明確でない言葉を「答申」はなぜ採用するのでしょうか。
 「自分自身を主体的に形作っていく過程」はなるほど人間が環境とかかわりあう中でおこなわれるといえますが、その限りでは人間は他の生物と同一のレベルと見なされます。しかし、戦前も戦後も日本の教育はそのような意味での人間形成を前提とした上で「人間の育成」か「国民の育成」か、あるいは「普通教育」か「国民教育」かを問題としてきたのです。そして戦後は「人間の育成」を基調とした「普通教育」をすべての子どもたちに受けさせることを国民すべての義務として確認してきたのです。歴史的に前進してきた教育理念とそれに対応した教育過程を限りなく相対化あるいは無力化して自己形成過程という茫漠とした世界に教育を還元するというのはどのような意図によるものなのでしょうか。
 主体的な自己形成過程にはさまざまな環境が関係します。学校だけではなく家庭も地域もテレビも漫画もすべて自己形成にかかわっています。そしてそれぞれの環境は相互に関連しあって自己形成に寄与しています。自己形成とはそれだけのことなのでしょうか。
 「答申」はその上で、「教育」とは「人間形成の過程において、さまざまな作用を媒介として、望ましい学習が行われるようにする活動」であると説明しています。「さまざまな作用」については「学校のような教育機関以外に、家庭・職場・地域社会における生活体験を通じて、また、マスコミや政治的・宗教的・文化的な諸活動の影響」があげられており、それらのなかで「望ましい学習」に資するものの総体が「教育」であると考えられているのです。「望ましい」とは「答申」の立場からみてということですから「答申」の方向に沿って「望ましい学習」に貢献するのが教育であり、それに貢献しないのは教育ではない、ということになるのです。
 つまり、家庭・職場・地域社会あるいはマスコミや政治・文化・宗教などの影響を「望ましい学習」が可能となるように「連携」させ、組織化することが「新しい教育体系」ということになるのです。憲法・教育基本法とは異質の理念から導かれるこのような「教育」の体系を「総合的に再検討」するというのが「教育体系の総合的な再検討」ということの意味なのです。
 「答申」は「いわゆる生涯教育の立場から、教育体系の総合的な再検討する動きがある」と客観主義的に述べています。この「答申」が出る少し前の一九六五年にユネスコは生涯教育についての提案をおこなっています。そこでの思想はポール・ラングラン『生涯教育入門・改訂版』(波多野完治訳、全日本社会教育連合会)に見ることができますが、そこでの生涯教育(longlife education ) という概念と普通教育とは相互に補完し合うものであってもけっして矛盾するものではありません。ましてやこの場合の「生涯教育」が「教育体系の総合的な再検討」を意味するものではけっしてありません。
 日本国憲法は、広い意味での教育について、それを受けるのは国民の教育であると規定しており、教育基本法は第二条で「教育の目的は、あらゆる機会にあらゆる場所において実現されなければならない」と規定しています。このような規定をもつ教育基本法制は世界的に見てもすぐれているわけですから、これらの規定のなかに生涯教育の課題をおおいに取り込んでいくことが求めれれているのです。
(二)つぎに、「答申」は「家庭教育・学校教育・社会教育」が「人間形成にたいして相互補完的な役割」をもつように重視する必要があると述べています。ここにも「答申」独特のトリックが用いられています。臨時教育審議会答申でも「連携」という言葉でこれらの相互補完性をより発展させています。そのトリックとはどういうことでしょうか。
 学校教育といっても大学等の高等教育と高等学校までの普通教育とは本質的に区別されなければなりません。普通教育を受けることはすべての子どもの権利であり、国民はそのための義務を負っているのです。高等教育の方は国民の権利を保障するという意味でその条件整備を図ることは政府の義務ですが、すべての子どもたちに高等教育を受けさせる義務は国民にありません。ですから両者を学校教育という言葉で括ること自体が問題なのです。
 一方、家庭教育・社会教育は国民の自主的な活動とされ、国または地方公共団体にはそれらを奨励することが求められているのです。ですから普通教育と社会教育・家庭教育は同列においてしかも相互補完関係にあるというものではなく、両者の質的違いと相互関係を明確にすることが必要なのです。国民の自主的な活動である社会教育の論理や家庭教育の論理を普通教育のなかに直結することはできませんし、逆に国民の総意で運用されている普通教育の論理を社会教育や家庭教育に持ち込むことができないのは当然です。
 社会全体としてはさまざまな自主的な教育活動を進めながら、すべての子どもたちに対する国民の義務としての普通教育を憲法や教育基本法がしめす教育理念や目的に即して独自に充実・発展させていくという関係を確立することが大切なのです。学校は家庭の問題にどこまで関与できるか、一般市民や父母は学校にどこまで要求することができるのか、ということがしばしば問題になります。家庭でのあるいは学校外でのさまざまな問題が子どもたちの人間としての成長に困難や障害を及ぼす場合があります。そのような問題は明らかに普通教育上の問題であって学校は市民や父母に学校の責任を説明して学校として市民や父母に要求すべきです。逆に、学校のあり方が父母や市民の教育要求に応えられない場合もあります。学校のあり方が子どもの人間としての成長にある種の困難をもたらしている場合には当然のことながら市民・父母は普通教育の改善をもとめて学校に要求するべきです。全体としてはそれぞれがそれぞれの責任において理解・協力しあう関係が求められているのです。
 しかしながら、学校は今日、教育政策や教育行政上さまざまな制約条件のもとにおかれています。このような制約を前提とした上で家庭や地域との連携を求めるということは家庭や地域に教育政策や教育行政の方向に同調することを求めることにならざるをえないのです。今日、「地域の教育力」「家庭の教育力」がことさら求められているのは、「生涯学習体系」の立場から学校・地域・家庭が相互に連携・協力しあえる体制を確立しようとしているからなのです。
(三)「答申」はこのようなトリックに腐心した上で、三つの課題、すなわち(a)人間形成のいろいろな側面は、いつごろ、どんな学習体験をもつことによって、その成長・発達がもっとも効果的に促進されるか、(b)そのための教育的働きかけには、適切な環境を用意すること、しつけること、感化を与えること、教え導くこと、訓練すること、仲間関係の中で体験させること、カウンセンリングを行うこと、などさまざまな態様があるが、どんな目的にどの態様のものが適当か、(c)家庭・学校・社会における人間の生活時間、人間関係の特質、期待できる教育的な、その場の自然な学習意欲などを考慮して、それぞれの主要な役割をどのように定めたらよいか、を掲げ、それらを①学校教育の役割と他の教育活動との相互関係、②学校教育自体の改善の方向、の二つに分けて論じています。
(a)について考えてみましょう。
 子どもの成長・発達の効果的な促進という観点から「学習体験」がとらえられています。
 子どもたちは意識的にせよ無意識的にせよけっこう複雑な人間関係のなかで日々成長・発達を遂げています。当然のことながら子どもたちの諸能力はさまざまな方向に向かって成長しています。ある種の「学習体験」がより効果的にその子どもの成長・発達を促進させる場合もありますが、同じ「学習体験」が逆効果となる場合もあります。また、「学習体験」という以前に子どもたちは自らの感覚器官を総動員して世界を経験しています。それらの経験もまたかれらの成長・発達に確実な影響を及ぼしています。
 この場合、経験あるいは体験にも言及せずに成長・発達に対する効果の有無という観点からもっぱら「学習体験」に限定するというのは、なにをもって「効果」とし、なにをもって「促進」とするのかにもよりますが、そこに「答申」の明確な意図があらわれているように思います。逆に言えば「効果」とか「促進」に寄与しない学習体験は学習体験とはみなさいという見地が前提とされているように思います。
 しかし、すでに述べたように、子どもたちはあたかも自然現象のごとく自らの感覚器官を総動員して毎日はげしく世界を経験しています。〈おたく〉になってゲームに熱中して人間性が透明に感じられるようになるのも、そのような経験の蓄積構造のまぎれもない結果なのです。その蓄積構造の内部にどのような教育課題が内在しているかを解明していくことが必要となってくるのです。このような問題に無関心なまま「効果」的に「促進」できるかどうかという観点からだけ「学習体験」の時期や内容を考慮するというのではほんとうの意味での教育活動の放棄を意味することにならないでしょうか。
 ここで思い起こすのは一八七九(明治十二)年に天皇が示した教学聖旨(起草は元田永孚)のことです。「仁義忠孝ノ心ハ・・・幼少ノ始ニ、其脳髄ニ感覚セシメテ培養」しなければその後では手遅れになる、幼いうちから画像や写真を活用してしっかりと説諭することが重要だと述べているのです。
 手段や方法は現代化されるでしょうが、この種の「学習体験」を繰り返すことによって、習慣は「第二の天性」だと言わんばかりに「答申」がもとめるもっとも「効果」的な成長・発達の「促進」が可能になる、そのために学校教育やその他の教育活動が相互に連携しあっていく必要があるというのです。今日、さまざまな体験学習やボランティア活動等が強調されていますが、それらもまた「答申」が言うところの「学習体験」と同質のものでしょう。
 (b)についてはどうでしょうか。(b)は「そのための教育的働きかけには、適切な環境を用意すること、しつけること、感化を与えること、教え導くこと、訓練すること、仲間関係の中で体験させること、カウンセンリングを行うこと、などさまざまな態様があるが、どんな目的にどの態様のものが適当か」というものです。
 「学習体験」の組織化だけでは教育になりません。しかし、「教育」ではなく「教育的働きかけ」とされています。「教育」ではなく「教育的働きかけ」とされているのは〈しつけ〉など七つが例示されているように人間的な諸能力を人間にふさわしく育てるという意味での教育ではなく、さまざまな「働きかけ」を念頭においているからと推測されます。その後の新学力観の提起とむすびついて「指導」ではなく「支援」をという行政指導が行われましたが、これも「働きかけ」に由来しているのではないでしょうか。
 さて、すでに適切な「学習体験」をしている子どもにたいして〈しつけ〉など七つの「教育的な働きかけ」が例示されています。それはある子どもには「しつけ」が基本的な働きかけになるが、別な子どもには「カウンセリング」が基本的な働きかけになるという「個人の特性」(個性)に応じた教育を可能にするために必要とされたからにほかなりません。
 ところで、「答申」では「学習体験」とか「体験」などに見られるように「体験」を強調しています。「体験」という言葉自体は生の哲学で用いられる用語とされています。それは認識論でいわれる経験とは異なって、情意的要素を含む意識活動の全体のありさまであると説明されています。しかし、ある体験が子どもの情意面にどのように作用するかはその体験が子どもの知的・理性的なレベルにいたる以前の情動的・感性的なレベルでの意識にとどまるわけですから、その内容は子どもによって実にさまざまということになります。体験知はそれぞれにおいて真実とされますから、どれがより真実であるかを問うことは必要がないのです。まさに「個性重視」に都合のいい学習内容ということになります。あとはどれだけ意欲的に体験にとりくんだかが評価されるだけなのです。
 「介護体験」は「介護実習」ではなくあくまでも「体験」活動として位置づけられることになります。介護とは何か、介護はどうあるべきか、などがそこで問われるのではなく、さまざまな介護体験知が習得されればそれでよいことになるのです。意欲的にとりくんだかどうかだけが評価されることになるのです。
(c)は「家庭・学校・社会における人間の生活時間、人間関係の特質、期待できる教育的なはたらきかけ、その場の自然な学習意欲などを考慮して、それぞれの主要な役割をどのように定めたらよいか」ということです。
 ともかくさまざまな要素を考慮して、家庭・学校・社会のうち、どの要素についてはどれが「主要な役割」をはたしえるのかについて定める必要があるというのです。そこにはあくまでも学校が基本的であるという観点はなく、果たすべき役割から見て家庭・学校・社会が教育的働きかけの主体として同列に位置づけられているのです。
 ある子どもにとっては学校での働きかけが主要であるが、ある子どもにとっては学校というよりも家庭での働きかけが主要となる、ということでは、学校に期待できるのも子ども次第ということにさえなるのではないでしょうか。
 重要なことは、すべての子どもたちに普通教育を受けさせることは国民すべての義務であり、学校はそのような国民の義務を体現する社会的責務があるということなのです。この学校の特別な責務を明確にし、そのうえで家庭や社会との協力関係を前進させていくことではないでしょうか。このことを避けて、家庭・学校・社会が多様な「教育的働きかけ」のうちのいづれかを主要な役割としてになわなければならないというというのでは、教育基本法制から導かれる学校の理念や目的に反することになるでしょう。しかも、このように多様化した教育体系を「人間形成」の名のもとに政府や文部省が一元的に支配していくという構図は結局は国家教育権の立場を強化することになるでしょう。

   二
(一)「答申」はさきの(a)〜(b)を「学問的な調査・研究」の課題としながらも、それぞれについて「学校教育の役割と他の教育活動との相互関係」および「学校教育自体の改善の方向」を論じています。最初に前者について検討しておきたいと思います。
 「答申」は「学校」をつぎの二点において「もっとも組織的・計画的な教育の制度である」としています。第一は「すべての国民に対して、その一生を通ずる人間形成の基礎として必要なものを共通に修得させる」ことであり、第二は「個人の特性の分化に応じて豊かな個性と社会性の発達を助成する」こととされています。組織性・計画性への着目といい、二つの特徴づけといい、戦前・戦後の学校の異質性を無視した恣意的な説明と言わざるをえません。
 「学校」という用語が不明確であることはすでに述べました。大学は日本国憲法第二十六条第一項に対応しますが、小学校から高等学校までは第二項の「普通教育」に対応する教育機関です。普通教育機関としての学校とそれ以外の教育機関としての学校は区別されなければなりません。それは憲法がそうなっているからという理由からだけではなく、教育史的にも原理的に言えることです。教育基本法ではこの点が明確ではなく、両者を含めて「学校」という言葉を用い、それは「公の性質をもつ」ことを規定しています。学校教育法は両者をふくめて「学校」とし、その上で普通教育機関としての小学校・中学校・高等学校と幼稚園・大学など普通教育機関以外の学校とを区別して規定しています。「答申」があえて「学校」という言葉を用いて両者の区別をあいまいにし、同列に位置づけているのは「答申」が大学を含めた教育改革構想だからという理由からだけではなく、「答申」で提起した「学校」についての定義でもって小学校から高校までの学校を普通教育機関としての学校から「生涯学習」機関としての学校に変質させようとする意図があるからにほかなりません。
 このような「答申」特有の「学校」観とそれに基づく「学校教育」観にはさまざまな問題があります。
 「答申」は「学校教育」について「すべての国民に対して、その一生を通ずる人間形成の基礎として必要なものを共通に修得させる」と述べていますが、このことについて検討してみましょう。
 まず「すべての国民に対して」についてですが、それは子どもも主権者である大人も国民としてあるいは人間として同じであることを理由に子どもと大人を同列に扱っています。憲法のうえでは、すべての子どもに普通教育を受けさせるのは国民の義務であるとして「子女(子ども)」と国民を区別しています。別な言い方をすれば、社会の自主的な成員あるいは主権者としての判断力を有する国民と、自主的な成員として成長しつつある世代とを区別するということです。
 子どもと大人を同質のものと見なす教育論はこれまでにもいろいろ主張されてきました。むしろそのような教育論の方が一般的だったとも言えます。パスカルは子どもは人間ではないと言ったとき、人間とは理性的存在であるという前提の上に立って、理性的存在とは大人であり、したがって子どもは理性を獲得しつつある世代だから、子どもは人間ではない、と考えたのです。人間ではあるが人間ではない、このような考え方はルソーによって深められ、教育学の思想的基盤が与えられました。一方、子どもは大人のミニチュアに過ぎない、両者には質的なちがいはないのであって、あるのは量的な違い、あるいは程度の違いだけなのだ、いう子ども観がルソーの時代(十八世紀)にも支配的でした。ルソーは子どもを「小さな大人」と見なす教育観ーロックや啓蒙思想家たちの教育論ーを激しく批判しました。ルソーは子どもにも理性は存在するが、その理性は大人の理性(人間的理性)ではなく、子ども特有の理性(物理的理性、感性的理性、子どもの理性)だと考えました。未だ弱々しい、可能性に満ちた理性を強い自立した理性にまで高めていくのが教育=普通教育なのだ考えたのです。
 日本でも子どもを大人と同質にみる教育論はさまざまに展開されました。一つだけ紹介しておきましょう。戦前、とくに昭和十年以降、政府・文部省は「国民全体ニ対スル基礎教育」とか「国民ノ基礎的錬成」あるいは「大国民」「次代ノ大国民」という言葉を多用するようになりました。子どもは国民ではあるが、小さい国民(小国民)、少国民(年少の国民)という言葉が用いられるようになりました。一九四一(昭和十六)年に出された国民学校令令第一条には「国民ノ基礎的錬成」という用語が、その施行規則第一条第三項には「大国民」という用語が採用されました。
 戦後の教育基本法制はこのような子ども観・教育観を否定して、子どもと大人(国民)を区別して、教育権を有する国民の、子どもに対する教育義務を明確にしたのです。
 子どもも大人も国民として同質とみなす「答申」の立場は戦後教育法制の教育理念とは明かに矛盾するものです。その後の臨時教育審議会答申はさらにこの考え方を全面的に発展させていくことになるのです。
 つぎに「その一生を通ずる人間形成の基礎」と言うことですが、これは揺り篭から墓場まで「国民」としてふるまえということを意味するものです。戦後教育法制の理念は人間的・理性的な判断力の成熟によつてこそ、一人ひとりが国民としてどのようにふるまうか、人間として一生をどのように生きたらいいのか等について判断することができるようになるのだという認識を前提としているのです。したがって、すべての子どもが充実した普通教育を享受することこそが人間としても国民としても「その一生を通ずる人間形成の基礎」となるものだとしているのです。しかしながら、「答申」は人間を生まれたときから「国民」とみなし「国民」として「必要なものを共通に修得させる」ことが「学校教育」だというのです。ではその「共通に修得させる」内容はだれが設定するのでしょうか。教育権を有していると主張する政府・文部省ということになるのです。
  「学校教育」の第二の目的は「個人の特性の分化に応じて豊かな個性と社会性の発達を助成する」ということです。「個人の特性の分化」とはどういうことでしょうか。人間は成長とともにお互いに個人として自覚していきます。それぞれ特性を有するようにもなります。しかし、個人が自分の特性がどのようなものであるかはその人の自覚に委ねられるものであって、「もっとも組織的・計画的な教育の制度」である「学校教育」が関与すべきものではありませんし、ましてや普通教育が介入すべきものでもありません。「豊かな個性」にしても同様です。「特性」にしても「個性」にしても「社会性」にしてもそれらが個々人においてしつかりと自覚できるためには、すべての子どもたちが自らの人間としての諸能力を十分に発現できるような充実した普通教育を受けることが重要なのであって、はじめから「国民」であることを自覚させられる閉鎖的な「学校教育」のなかでつちかわれるようなものではないのです。
 「答申」は「学校教育」を以上のように規定した上で、その「特質」としてつぎの三点をあげています。
  ①ある年齢まで一定の教育計画にもとづく学習を制度的に保障していること。
 ②同年齢の比較的同質的な集団と一定の資格をもつ教員が、学園という特別な社会を形作っていること。
 ③勤労の場を離れ、社会の利害関係から直接影響を受けない状態のもとで、原理的・一般的な学習活動に専念できること。
  「答申」は以上のような特質をあげているのですが、しかし、これまで述べてきたように「学校教育」という概念自体が不明確なためその特質も不明確になっています。にもかかわらず「答申」があえて「学校教育」という虚構の枠組みを設定しそれについての特質を列挙するのはそれなりの理由が考えられます。つまり、「答申」は普通教育であれ高等教育であれ「学校」といわれる所で行われている教育のあり方に不満があり、それらをより国家的要請の立場から見直さなければならないという見地から学校教育の特質を掲げ、それらの特質を有するものが「学校教育」なのだと逆立した論理で問題をとらえているわけです。それぞれの学校における現実から出発しないで、ある種の特質をあらかじめ設定し、その特質を改善するという手法は教育問題を真面目に考えている人びとに無用な誤解と混乱をもちこむことになるのではないでしょうか。「答申」がいうような意味での「学校教育学」という学問分野があるならいざ知らず、教育学論自体がそのような論理に巻き込まれることになればそれこそ教育学は現実から遊離した虚構の学問に堕落してしまうでしょう。
 私はここで再び「教育学の対象とする教育の事実は、学校教育中の普通教育である」(『実際的教育学」、一九〇九年、五七ページ)と述べた沢柳政太郎の見解を思い起こさずにはいられません。もちろん沢柳の普通教育は国家主義的な見地からのものですが、抽象的には普通教育こそが教育学の基本的な研究対象であるという認識自体はまったく正当なものだと思います。
  ここではさきにあげた「特質」自体の検討はしませんが、「答申」はこれらの「特質」を意味づけて、第一に「学校教育が国民教育として普遍的な性格をも」っている、第二に「他の領域では期待できない教育条件と専門的な指導能力を必要とする教育を担当するものである」、と述べています。そして第三に、こういう特質を有するがゆえに反省すべき課題として「これまでともすれば学校教育に過大な期待を寄せ、かえって教育全体の効果が減殺される傾向があった」ことをあげて、「学校教育」の改善方向を提起しているのです。
  「答申」は「学校教育が国民教育として普遍的な性格をも」っているとしていますがこれはとんでもない議論です。「国民教育」という槻念は前章でも詳しく述べましたが、政府・文部省でも戦後はその使用に慎重であった言葉です。大日本帝国憲法・教育勅語体制のもとで改正された一八九〇(明治二十三)年の小学校令で「国民教育」という言葉が法令用語として初めて用いられるようになりましたが、それ以前の小学校令や教育令では普通教育という言葉が充てられていたのです。一九三一(昭和六)年の中学校令施行規則改正で中学校の教育目的にも「国民教育」という言葉が導入されています。しかし、高等学校や大学の教育目的には「国民教育」という言葉は及びませんでした。ところが「答申」は「学校」概念を無原則的に拡大したうえで「学校教育」の特質として「国民教育として普遍的な性格」をもつとしているのです。これでは戦前以上に国家主義的な教育改革を志向していると言わざるを得ません。
  「答申」は「学校教育」の特質をさらに意味づけて「他の領域では期待できない教育条件と専門的な指導能力を必要とする教育を担当するものであること」としています。「教育条件」については主として教育基本法第十条で、「専門的な指導能力」については主として教育基本法第六条で規定されており、普通教育機関も高等教育機関も「教育条件」や「専門的な指導能力」のいっそうの拡充が期待されていたのです。しかしながら、「答申」は「これまでともすれば学校教育に過大な期待を寄せ」てきたとしてこれら条件整備や専門性にたいする国民の期待にブレーキをかけるとともに、「かえって教育全体の効果が減殺される傾向があった」として「国民教育」の見地からより効果的な教育改革を提唱しているのです。
   
   三
  より効果的な教育改革とは「学校教育」にとつて負担となってきた教育分野を「家庭教育」および「社会教育」に肩代わりさせ、全体を「国民教育」として国家の統制下におこうとするものです。
(一)「答申」は「家庭教育に期待すべきもの」として「基本的な生活習慣と行動の節度」、「自制心」、「人に対する敬愛の念と敬虔な心」「生活と勤労に対する真剣な態度」などをあげて強調しています。
  「高度経済成長政策」の名のもとで資本主義的生産様式が社会の隅々にまで急速に浸透し、その結果、家庭自体も大きな変化を余儀なくされていきました。これまでのような家族形態は崩壊し新たな家族関係へと急速に進展していきました。それは個々の家族のレベルではさまざまな悲劇をもたらす過程でもありましたが、他面では家族にまつわりついていた古い家族制度的なしきたりなどがはぎ取られ、家族を構成する者の個々の人格的な関係がより前面におしだされてくるという過程でもありました。また、長時間労働、夫婦共働き、核家族化、鍵っ子など変化する家族形態に直面して対処を誤ると事態は複雑になり、「子育て」が重要な社会的関心事になってきました。従来までの慣行が通用しないわけですから、おたがいに意識改革をせまられながら手探りで解決していかなければなりませんでした。
  「答申」はこのような時代状況の中で出されているわけです。子どもたちに「生活習慣を学ばせる」こと自体、たいへんな努力が必要です。努力がいたらない部分は保育園や学校に期待するほかはありません。生活習慣はなんとかなっても身体的な能力や言葉などの発育の面で家庭の限界は徐々に明らかになってきました。この部分は明かに学校がひきうける問題であります。子どもがどうであれ学校には学校なりの教育計画があるというものではないのです。
  「答申」は「社会の急激な変化」から「学校教育」への「過度の期待」を軽減して家庭に応援を求めていますが、逆に家庭が学校に応援を求めている側面については何も言わないのです。これでは片手落ちと言うものではないでしょうか。
  「敬虔の念」についても触れてみたいと思います。神仏ならずとも父母や先生や先輩をうやまつたり、彼らにたいしてつつましい関係をもつということはありえることです。しかし、慣習や強制をともなうことなく父をうやまうというのはなかなか大変なことです。テレビづけやアルコールづけの父に対してつつしむのもたいへんなことです。しかし、家族の構成員ですから、子どもは時には父のさまざまな面を見ることがあります。特別趣味があるわけではないけれどパチンコにかけては名人であるとか、仕事になると鬼になるとか、よく夫婦ゲンカをしているけどけっこうやさしい面がある、などを発見すると持続するかどうかは別としてうやまう気持ちも生まれたりします。長時間労働や出稼ぎやすれちがい家族ではこのような機会に恵まれることは困難です。しかし、子どもも人間ですから敬えるものがあれば家族の中ではなくても敬えるものを発見することができます。それがともだちであったり、先生であったりですめばいいのですが、生活環境がリアリティを失えば、その子どものうやまう感情も希薄になり、超能力とか迷信とか非合理主義哲学や新興宗教などを崇拝の対象としたりその分野での指導者を敬うようになったりします。子どもたちの生活環境が希薄になればなつたで、その部分をほんとうにフォローできるのは学校しかないのではないでしょうか。〈それは家庭の問題だ〉ではすまないのです。しかしながら、「答申」はそれは学校教育への「過度の期待」だとしてうけつけないと宣言しているのです。
 (二)「社会教育に期待すべきもの」としてつぎのように述べています。
  ①学校教育の制約を離れて、自然やすぐれた文化遺産との接触によつて豊かな人間形成を助長すること。
  ②さまざまな年齢層との接触や多様な目的をもつ集団活動に参加して社会性の豊かな発展をはかるとともに、学校における学習に伴いがちな思考の抽象化や現実社会からの疎外感を克服できるようにすること。
  ③職場において人間の活動意欲と職務遂行能力を高める機会を用意するなど、学校教育の基礎の上に一生を通ずる学習の機会を提供すること。
  これらについても述べたいことがいくらでもありますが、とくに②に限定して述べてみたいと思います。
  「答申」は学校を「同年齢層の比較的同質的な集団」と特徴づけていますが、はたしてそうでしょうか。そのように見える学校や学級のなかでも、ゆっくりとていねいにお互いの意見や考え方を聞くことができれば、一人ひとりそれぞれ違うことを発見するはずです。そのようなことに無関心な人にとつてはどのように異年齢な集団であっても同質集団に見えてしまうのです。権力者からすれば、国民は赤ちゃんからおじいさんまで同質の国民集団にしか見えないのです。すぐれた教師から見れば、目の前の同じ年齢の子どもであってもそれぞれの人格形成の差異に深い関心を示すでしょう。あえて異年齢集団というのは縦型社会への順応を期待しているからなのではないでしょうか。
  また、学校は「思考の抽象化を伴いがち」という認識も無責任と言うべきです。だから、具体的な現実的な学習ができる学校に「改革」しようということではなく、そこには手をつけずに「社会教育」のなかで現実的な社会性を習得してもらおうというのです。「社会性」ということで私も学生と時々話しをするのですが、学生の認識は「答申」の認識と似ているところがあります。サークル活動で苦労しているから、いろんなアルバイトをしているから、社会性はけっこう身につけていますと学生たちは言います。私はそんなことをまったく経験していない学生でも社会性がしつかりしている場合もあるし、滅茶苦茶社会のことを知っている学生でも社会性をさっぱり身につけていない場合もあるじやないか、というと学生たちは考え込んでしまいます。子どもの頃から仲間や学級の中でおたがいに理解し合う関係ができていれば、自分の周りの社会の中で自分はどのような存在なのか、自分はなにを期待されているのか、自分はなにをしなければならないのかについて、つまり社会性は獲得されていくのです。
  このような社会性は学校においてこそつちかわれるべきです。学校のそとでももちろん養われますが、どのような方向に向かう社会性なのかが問われなければなりません。現実社会に順応するだけの社会性だけが社会性ではないのです。主権者あるいは理性ある人間にふさわしい社会性を獲得するためにこそ学校は存在しなければならないのです。
  このように考えていくと、「答申」が家庭教育や社会教育に期待しているものの多くは戦後理念にもとづいた普通教育の充実を前提とした学校自身の根本的な改革によつてこそ実現されるべきものです。
  「答申」は総論の最後に「学校教育自体の改善の方向」をつぎの四項目にわたって提起しています。
  ア.人間形成を特定の能力の伸長だけで評価するのではなく、その多面的・総合的な発達を  いっそう重視すること。
  イ.学校における教育のさまざまな態様に即応し、たとえば、社会性の発達を助長する集団  活動や個人に対する適切な指導のためにカウンセリングなどの方法を充実すること。
  ウ.社会の情報化に伴う教育環境の混乱に対応して、学習意欲の正常な発達を促進し、雑多  な知識・経験を再整理して基礎的な能力の定着をはかること。
  エ.義務教育以後の学校教育を一定の年齢層の者だけに限定せず、国民一般が適時必要に応  じて学習できるようにできるだけ開放すること。
  これらについてはすでに基本的には述べてきましたのでここで繰り返すことはしません。また、これらは「答申」の第一編の第二章「初等・中等教育の改革に関する基本構想」、第三章「高等教育の改革に関する基本構想」および第二編「今後における基本的施策のあり方」でさらに具体的に論じられています。本書の目的は戦後における普通教育の思想を明確にすることですから、「答申」についてはその限りでの検討にとどめておきたいと思います。この「答申」はさらに十四年後の臨時教育審議会答申へと発展的に継承されていきますが、そこでは普通教育のあり方はさらに構造的に変質させられることになります。
  なお、最後に、「初等・中等教育」、「高等教育」という用語について若干触れておきたいと思います。
  「答申」が「学校教育」という概念を独特な意味で用いていることについては繰返し述べてきましたが、この「初等・中等教育」、「高等教育」という用語がこの「学校教育」という言葉と密接にむすびついて用いられています。
  日本国憲法は第二十六条第一項で「教育」という言葉を用い、第二項でとくに「普通教育」をとりだして規定しています。学校教育法はこれを受けて普通教育を初等・中等・高等の三段階に区分し、それぞれを小学校、中学校、高等学校に対応させています。ですから法制上の用語としては初等普通教育、中等普通教育、高等普通教育があるだけで、初等教育、中等教育、高等教育という用語があるわけではありません。教育行政・教育政策上の用語として用いられているにすぎません。政府・文部省あるいは「答申」もこの用語を前提としているので、中学校と高等学校を中等教育という用語で包括し、前者を前期中等教育、後者を後期中等教育と苦しい表現を用いているのです。政府・文部省は、一方では、戦前的な語感を有する「義務教育」という用語をあえて用いて小学校と中学校をまとめ、他方では中等教育というこれまた戦前に用いられていた用語をあえて用いて中学校と高等学校をまとめ、両者を恣意的に使い分けているのです。
 一九四九(昭和二十四)年に制定された文部省設置法では小学校と幼稚園を「初等教育」、中学校と高等学校を「中等教育」としているのですが、なぜか大学については「大学教育」とあり「高等教育」ではありません。一九八四(昭和五九)年に制定された文部省組織令で高等教育局がおかれ大学と高等専門学校等を所管するとしています。
  このように「答申」が用いている初等教育・中等教育・高等教育という用語は教育制度・教育行政上の用語としてもかならずしも明確な概念ではありません。普通教育の見地からするならば、これらの制度・行政上の用語に普通教育という言葉がまつたく反映されていないということは異常としかいいようがありません。それは普通教育に対する政府・文部省の無知と戦後教育法制の基本理念にたいする不徹底と軽視の結果といわざるをえません。戦前の文部省機構は一時期の例外はありますが、基本的には普通学務局と専門学務局を中心としていました。このような機構は戦後にあってもけっして不都合ではなかったはずです。私は普通教育にかんする独自の法制度が必要ではないかと考えています。なお、最近は、中央教育審議会とは別に初等・中等教育、すなわち普通教育に対応した審議会構想がでているとの新聞報道もありますが、その是非はともかく機構上は理解できる動きと言えます。