第十一章 普通教育を空洞化させる教育課程政策の展開

 本章では臨時教育審議会答申をはさんで教育課程政策がどのように展開していったのかを普通教育の視点から検討してみたいと思います。第一節で一九七六年の教育課程審議会答申、第二節で第十三期中央教育審議会の教育内容等小委員会の「審議経過報告」そして第三節で一九八七年の教育課程審議会答申、について検討することにします。
 
 第一節 一九七六年の教育課程審議会答申と普通教育

 一九七一年の中央教育審議会答申を受けて教育課程審議会は一九七六(昭和五一)年に「小学校、中学校及び高等学校教育課程の基準の改善について」というタイトルの答申をまとめました。臨時教育審議会以前の答申ですが、この答申はその後の教育課程審議会の諸答申の起点をなすものと言えますから、最初にこの答申について検討しておきたいと思います。どのような意味で起点と言えるのかについて簡単に述べておきます。
 この答申はそのタイトルが示すように、小学校から高等学校までの教育課程を「調和と統一」のとれたものに一貫させようとする文部大臣の諮問(一九七三年)に沿ってまとめられたものです。前回の教育課程審議会の答申(一九六七〜六九)は学校種別に出されておりましたから、小学校から高等学校までの教育課程を一元的な理念のもとに把握しようとすること自体は普通教育機関の教育課程をトータルなものとしてとらえるという意味で形式的には発展と言えるものです。
 この点に関してさらに言えば一九八七年の教育課程審議会答申は幼稚園を、また一九九八年の答申では盲学校、聾学校及び養護学校を含めることになり、いっそう全面的なものに発展しています。幼稚園や特殊学校等も学校教育法上は必ずしも明確ではありませんが、本質的には普通教育機関でありますからこれらを含めて普通教育とは何かを明確にする上でも、教育課程審議会答申のその限りでの発展は文部省の意図はともかくいわば法則的とも言っても過言ではありません。なお、保育園や専門学校等の扱いをどうするかという問題やそれぞれの答申に付記されている「関連事項」(一九九八年答申の場合は「教科書及び教材」、「指導方法」、「学習の評価」、「大学、高等学校など上級学校の入学者選抜」、「教師」、「学校運営」、「家庭及び地域社会における教育との連携」の七項目)も普通教育の見地から積極的に位置づけていくという問題、さらには教育課程審議会自体の抜本的な改革等も今後の問題と言えます。一九九八年の答申で教育課程審議会の常設化が提言されていますが、政府に対する責任にのみ終始している教育課程審議会のあり方は見直されるべきです。国民はすべて教育権を有しかつ子どもに対して普通教育を受けさせる義務を負っているのです。その国民の意思が直接かつ確実に反映される民主的な教育課程政策立案機関の確立が早急に望まれます。
(一)一九七六年の教育課程審議会答申はその前文にあたる部分で次のように述べています。「現行の学校教育法に定める学校教育の目的と目標に沿い、今後の社会において学校の果たすべき役割や機能についても考え、特に現在の高等学校が大部分の青少年を教育する国民教育機関としての性格を強めていることに注目してそれにふさわしい教育課程を構想するとともに、小学校、中学校及び高等学校の教育を一貫的にとらえ、その内容を精選してゆとりのあるしかも充実した学校生活を可能とするような教育課程の実現を目指した」と。ここには普通教育の見地から見て無視できない問題点があります。
 第一に、「学校教育法に定める学校教育の目的と目標に沿う」ことに言及したことは重要なことですが、しかし、そこでの目的と目標とは小学校の目的は初等普通教育であり、中学校の目的とは中等普通教育であり、高等学校の目的とは高等普通教育および専門教育であることが定められているのであり、それぞれに十一、三、三項目の目標が掲げられているのです。したがって、「学校教育法に定める学校教育の目的と目標」とは「普通教育の目的と目標」に他ならないのです。ところが、教育課程審議会は高等学校が就学率の点で義務制に近くなっていることのみを論拠に普通教育機関であることを伏せて「国民教育機関」として位置づけているのです。このような認識にたてば小学校も中学校も当然「国民教育機関」ということになるのではないでしょうか。しかし、これらの学校は学校教育法はもちろんのこと教育基本法においても日本国憲法においても明確に普通教育機関なのです。ここにも政府・文部省は、そして教育課程審議会が小学校から高等学校までを普通教育機関と認識することを拒否する姿勢が貫かれています。
 第二に、小学校から高等学校までを一貫させるということ自体は重要なことですが、国民教育機関として、しかも高等学校のあり方を前提として下位の学校を一貫させるというのでは話はアベコベになります。学校教育法は小学校、あるいは初等普通教育を基礎としてその上に中学校・高等学校を一貫させているのであって、けっしてその逆ではないのです。その後の、すなわち一九八七(昭和六十二)年および一九九八(平成十)年の教育課程審議会の答申も本来は普通教育機関である学校体系を国民教育機関として、しかも高等学校を中心に一貫させることについては完全に継承しているのです。
 第三に、小学校から高等学校までの教育の内容を「精選してゆとりのあるしかも充実した学校生活を可能とするような教育課程を実現する」としていることです。子どもたちが過度の学習負担に喘いでいることが社会問題にすらなっている状況で、「精選」とか「ゆとり」というのは魅力的にひびきますが、しかし、どのような観点から精選するのか、どのような見地から「ゆとり」を具体化するのかが問題です。この「精選」と「ゆとり」は実はその後の政府・文部省の教育政策の核心的なキーワードとして猛威をふるうことになります。臨時教育審議会答申やその後の中央教育審議会答申は「精選」は「厳選」に、「ゆとり」は「総合的な学習の時間」に、などこの路線をさらに発展的に継承していくのです。
(二)つぎに、一九七六年の教育課程審議会答申が「教育課程の基準の改善のねらい」としたのは「自ら考え正しく判断できる力をもつ児童生徒の育成」というものでした。「自ら考え正しく判断できる力」というのも「学校教育法に定める学校教育の目的と目標」の見地から言えば、普通教育の成果としてすべての人間が習得するべき総合的あるいは理性的判断力ということになりますが、したがってそれを習得するまでの一定期間の考え抜かれた指導というものが必要になりますが、ここでは意味合いが異なっているようです。人間としての能力の育成ということではなく〈子ども一人ひとりがそれぞれの時期にふさわしく自ら考える力〉ということですから、本来の指導ということは不要になり、それぞれ自ら考える力を習得すること、それぞれがそれぞれなりに正しいと判断できる能力を習得することこと、そのための「教育的働きかけ」をすることが教育なのだ、ということになるのです。このような「ねらい」もまたその後の教育政策の要の一つとして発展的に継承されていくことになります。
(三)「教育課程の基準の改善のねらい」はその上でつぎの三項目をあげています。①人間性豊かな児童・生徒を育てること、②ゆとりのあるしかも充実した学校生活が送れるようにすること、③国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視するとともに児童生徒の個性や能力に応じた教育が行われるようにすること、です。
 ①について検討してみましょう。人間性が豊かであることはだれしも願うことですが、それは人間が生まれもっている人間的諸能力が合理的に成長・成熟することを基礎に各自自らの努力の結果として獲得されるものであって、「豊かな」人間性という特定の豊かさ像・人間像が他者によって描かれてその方向に向かうことではないはずです。ところが、教育課程審議会の答申はこの「豊かな人間性」の内容について「家族、郷土、祖国を愛するとともに国際社会の中で信頼と尊敬を得る日本人を育成すること」など七項目をあげているのです。人間性というよりも「このような日本人」に向かうことが「人間性豊か」ということになっているのです。これは一九六六(昭和四十一)年の中央教育審議会答申に別記された「期待される人間像」の継承であり、さらにその後の「生きる力」へと発展的に継承されていきます。
 ②についてはどうでしょうか。「ゆとり」というのは「答申」によれば「学習負担を適正なもの」にするために、年間授業時数等を①学校の教育活動にゆとりをもてるようにする、②学校が創意を生かした教育活動ができるような時間を確保する、という観点から若干削減するというものです。
 学習に対する負担観は当時すでに社会的問題となっていましたから、学習内容・教育内容の軽減と改善が強く求められていました。しかし、文部省は「負担」を授業時間とか教育内容の分量という量の問題にすりかえ、より短時間でより少ない分量でこれまで通りの水準を維持できるような「授業」のあり方を導入することにしたのです。そのことは当然のことながら一部のできる子どもとそうはいかない多くの子どもの分化を加速することになりました。「ゆとり」政策の第一義的な意図はまさにそこにあったのです。その結果、大量の勉強嫌い・学校嫌いが生まれるべくして生まれていきました。できる子どもの場合も、勉強することの意味を自覚することができず、ただ「できる」ことだけが賞讚され、〈未来の幸福のために〉と追い立てられていきました。
 子どもたちの人間としての基本的諸能力をそれぞれの子どもたちの個性をも考慮しつつその段階にふさわしく確実に育てていくためにはどのような教育内容、どれほどの授業時間、学校・学級規模などどのような教育条件、どのような教育方法、どのような学習形態・学習指導法等が必要なのか、このような観点にたった根本的な教育課程政策の改革こそが求められていたのです。
 削減された授業時間をかき集めて確保された通称「ゆとり」の時間は「各学校が創意を生かした教育活動」をすることとされました。具体的は「体力増進のための活動」、「地域の自然や文化に親しむ体験的な活動」、「教育相談に関する活動」、「集団行動の訓練的な活動」などが例示されました。これらが「学校における教育活動」として位置づけられ、年間授業時数に組み込まれていきましたから、教師たちは一挙に多忙化することになりました。
 このような「ゆとり」の導入がなぜ「充実した学校生活」といえるのでしょうか。それは子どもたちにとってのあるいは、教師や父母・国民にとっての「充実」ではなく、教科の授業時間を凝縮し、新たに確保した「ゆとりの時間」もまた凝縮し、「道徳の時間」や特別活動も凝縮させることによって〈できる子ども〉にも〈できない子〉にも対応できる多目的学校になることが「充実」と捉える政策主体側の教育課程観のあらわれとみることができるのではないでしょうか。
 ③の「国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視するとともに児童生徒の個性や能力に応じた教育が行われるようにすること」についてもいくつか問題点を指摘することができます。第一に、教育内容が「国民として必要」かどうかを基準にして設定するとしていることです。ここには〈人間として必要な〉という視点は見あたりません。なお、高等学校についてはさらに「高等学校教育として必要とされる」とされており、個性化・多様化の観点から小学校や中学校とも区別されています。
 第二に、「基礎的・基本的な内容」についてです。「答申」の「各学校段階別の改善の重点事項」の(小学校)の箇所には六項目が挙げられていますが、最初の三項目は次のように記述されています。「ア 学校の教育活動全体を通じて日常生活に必要な基本的な行動様式をしっかりと身につけさせ、道徳的な実践力を一層高める」、「イ 学校生活全体における体育活動の充実と相まって健康でたくましい身体の基礎を養い、体力の向上を図る」、「ハ 読み書きや計算などの基礎的な能力を確実に身につけるようにする」。
 (中学校)についてもほぼ同様で、「人間の生き方についての理解を深めるとともに基本的な行動様式をはじめとする道徳的な実践力を高める」、「国語による的確な表現力や数量・図形に関する基礎的な知識・技能の充実を図る」、「社会や自然と人間との関係についての見方や考え方の基礎を培う」とされており、このような記述から見るかぎり、「基本」という言葉は〈行動様式〉や〈生き方〉に、「基礎」の方は〈能力〉や〈知識〉・〈技能〉あるいは〈見方〉・〈考え方〉に、それぞれ対応して用いられているように思われます。
 (高等学校)については、中学校教育との関連を一層密接にすること、高等学校として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視すること、とくに中学年・高学年の段階においては「多様な内容を個人の能力・適性等において選択履修できるよう」にすることなどが示されています。
 「基礎的・基本的な内容」についてはその後の教育政策によってさらに発展させられていきますが、学校教育法に規定されている普通教育の目標やそれまでの学習指導要領に示されていた各教科の目標・内容とは異質な観点から構想されています。
 例えば、小学校の国語について言えば、それまでは三領域(「聞くこと、話すこと」「読むこと」、「書くこと」)は「表現」と「理解」の二領域に再編され、さらに「言語事項」とあわせて三領域から構成するとされています。「表現」では「聞くこと、話すこと」が軽視され、「特に文章による表現力を高めることに重点を置く」と説明されています。「聞くこと、話すこと」の重要性はどんなに強調しても強調しすぎることはありません。最近では子どもたちの現状について「人間関係をつくれない」という指摘がなされていますが、その原因がなんであれ、そうであればあるほど「聞くこと、話すこと」を重視し、しっかりとした言語能力が獲得できるような学習・教育環境を確立することが必要なのです。
 表現・理解・言語事項という三領域構成は一九八九年の学習指導要領でも踏襲されますが、一九九八年改訂の学習指導要領では「話すこと・聞くこと」、「読むこと」、「書くこと」の三領域に戻っています。しかし、一九六八年の学習指導要領では「聞くこと、話すこと」の内容が八項目にわたって記述されていましたが、一九九八年改訂の小学校学習指導要領では三項目に圧縮されています。

 第二節 第十三期中央教育審議会の教育内容等小委員会の「審議経過  報告」について

 一九七六年の教育課程改訂以降、一九八三(昭和五十八)年に第十三期中央教育審議会の教育内容等小委員会が「審議経過報告」(以下「審議経過報告」とします)をおこなっていますので、それについても若干触れておきます。この「審議経過報告」が出された直後に中曾根首相が「教育改革七つの構想」を打ちだし、ひきつづき臨時教育審議会を発足させていきました。
 「審議経過報告」は「今後特に重視されなければならない視点」として、①「自己教育力」の育成、②基礎・基本の徹底、③個性と創造性の伸長、④文化と伝統の尊重、の四点をあげています。
 「自己教育力」の育成、についてのみ検討しておきます。「審議経過報告」によれば、「自己教育力」とは「主体的に学ぶ意志、態度、能力など」と説明されていますが、なぜそのような能力を重視するのかについては、子どもたちは学校以外の場所で種々の情報に接しているから、学校で与えられる知識が新鮮さを失っている場合も増加しているというのです。人間は教育によってはじめて人間となることができる、と言われますが、そんな単純なことを想起させてくれます。というのは、子どもは教育があるなしにかかわらず、また現代社会であろうとなかろうと、さまざまな情報や知識に囲まれて生活しています。教育あるいは普通教育というのはその上で自覚されてきたものであって、雑多な知識や情報のなかで育っている子どもたち前提として、時は国家的な必要から、時には国民の自覚から、それぞれの目的を掲げた教育あるいは普通教育が組織されてきたのです。情報化社会だから学校が社会的意義を喪失したのだというのであれば、これまで学校と言うものをその程度のものとしてしか位置づけてこなかったからにほかなりません。情報化であれ、国際化であれ、ある意味で新しい雑多な社会現象が吹き荒れているからこそ、子どもたちがほんとうに求めている人間にとって必要な言語・知識等を習得できるように学校は自らを革新していかなければならないのです。

 第三節 一九八七年の教育課程審議会答申と普通教育

    一
 臨時教育審議会の最終答申(一九八七年八月)をふまえた同年十二月の教育課程審議会答申(以下「八七年答申」とします)はどのような教育課程を打ち出したのでしょうか。この「八七年答申」は学校五日制、六年制中等学校、単位制高等学校などへの対応を含みつつ、幼稚園との接続強化、小学校低学年における理科・社会の廃止と生活科の導入、中学校高学年への選択制の導入と拡大、高等学校における社会科の廃止と地理歴史・公民の導入など臨時教育審議会答申が打ち出した改革方向を教育課程の分野で全面的に具体化したものとなっています。
 この「八七年答申」は教育課程の基準の改善の意図について、前回(一九七六年)の教育課程審議会答申が提起した基本的な観点を踏まえつつ「二十一世紀に向かって、国際社会に生きる日本人を育成するという観点に立ち、国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視し、個性を生かす教育の充実を図るとともに、自ら学ぶ意欲をもち社会の変化に主体的に対応できる、豊かな心をもちたくましく生きる人間の育成を図ることが特に重要であると考えた」とのべ、さらに①豊かな心をもち、たくましく生きる人間の育成を図ること、②自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成を重視すること、③国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視し、個性を生かす教育の充実を図ること、④国際理解を深め、我が国の文化と伝統を尊重する態度の育成を重視すること、を挙げています。
 ①の「豊かな心をもち、たくましく生きる人間の育成」が「八七年答申」の中で直接具体化されているのは「四 各教科・科目等の内容」のなかの道徳教育についての箇所だけです。そこでは各学校段階の内容の重点化を図ることとともに、「道徳の時間」だけではなく、「各教科及び特別活動においてもそれぞれの特質に即して道徳教育に資する内容の充実を図り、それらの相互の関連的な指導によって一層充実するよう配慮する」ことが強調されています。そのことが教育課程全体のもっとも基本的な観点として強調されているのです。
 「内容の重点化」とは、小学校について言えば、それ以前は内容項目が平板に羅列されていたのを一・二学年、三・四学年、五・六学年に区分した上でそれぞれを「主として自分自身に関すること」、「主として他の人とのかかわりに関すること」、「主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること」および「主として集団や社会とのかかわりに関すること」という四つにグルーピングしたことを意味しています。教育課程全体の道徳教育化はさらに一九九八(平成十)年の教育課程審議会答申でもいっそう強化されています。そのことによって「国民」として「日本人」としての「たくましさ」を求めているのです。
 ②の「自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成を重視すること」は学校教育を「生涯学習の基礎を培う」場所として位置づけることと結びついて述べられています。子どもは普通教育を受ける権利をもっているのであって、すべての子どもがこの権利を享受できるように普通教育制度を確立充実させていくことは国民すべての義務であり、この義務を遂行できるような条件整備を図るのが立法府・行政府の責務であるというのが日本国憲法・教育基本法の基本理念です。そのような理念のもとでこそ、子どもたちは現実の社会がどうであれ、それに安易に巻き込まれることなく、相対的に区別された教育環境のなかで自らの権利を享受することが可能になるのです。しかしながら、学習主体としては大人も子どももない、あるのは「自ら学ぼうとする人間」だけなのだ、という考え方・生き方を早いうちから身につけさせる、というのが「生涯学習の基礎を培う」ということなのです。自ら学ぼうとするかどうかは自由と自己責任の問題であり、そのことによって不利益を受けるのは学習者の問題なのだ、ということなのです。子どもたちは経済的にも家庭的にもあるいは健康の面でもさまざまに弱い条件のもとにおかれています。学ぶ意欲はそれぞれの条件に規定されています。学校的環境によっても大きく影響を受けています。子どもは本質的に学ぶ存在です。学ぶ意欲をもちながらあまりにも詰め込みすぎで学ぶ意欲を封じ込めてきたのがこれまでの教育政策だったのではないでしょうか。このことについての根本的な反省なくして、教育課程審議会が求める教育課程環境を前提として、その中で期待される「学ぶ意欲」が「生涯学習の基礎」ということなのです。
 「八七年答申」は「社会の変化に主体的に対応する」ために「思考力、判断力、表現力などの能力」とくに「新たな発想を生み出すもとになる論理的な思考力と想像力、直観力」を育成することを「学校教育の基本に据えなければならない」としています。具体的には「体験的な学習」や「問題解決的な学習」を重視するとしています。
 「八七年答申」はその理由として、これまでの「教科・科目」の内容と指導方法などについてあたかも「知識の伝達に偏」っており、それでは「社会の変化に主体的に対応」できないと主張していますがはたしてそうでしょうか。これまでもしばしば述べてきましたが、学校教育法は普通教育の目標を挙げていますが、それらは基本的に人間としての基本的な能力の育成という見地にたっており、けっして「知識の伝達」という見地に立っているものではありません。普通教育のあり方を日本の経済構造・就業構造に従属させ、大学入試・高校入試制度を最大限に利用してきた結果、子どもたちは人間として必要な基本的な能力よりも社会的に必要な能力や知識の詰め込み競争に投げ込まれていきました。それを推進してきたのがほかならぬ政府・文部省であり、教育課程審議会であり、そのもとで作成されてきた諸答申だったのではないでしょうか。そしてその諸答申にそって文部省が作成した学習指導要領であり、教育課程の編成を学習指導要領に基づくことを法的に規定している学校教育法施行規則であり、それを官報に告示する文書だから法的拘束性があると強弁してきた文部省だったのではないでしょうか。このような体制もまた根本から見直していくべきでしょう。
 「知識の伝達」化した教育内容あるいは指導方法にたいする反省から導かれる方向は普通教育の基本理念にそった教育課程政策への転換であり、学校を人間として真に必要な基本的諸能力の育成の場に転換することですが、「八七年答申」はその問題をすり抜けてあらためて「社会的要請」の見地から「論理的な思考力と想像力、直観力」の育成を強調しているのです。
 子どもであろうと大人であろうとほんとうの論理的思考というのは人びとが生活している現実とむすびついているものです。とりわけ、子どもにとっては外界のすべてが複雑に絡まりあった非論理的な世界にみえるのです。ですからじっくりと時間をかけて事物を観察し、事物の性質やそれらの人間にとっての意味を仲間同士で交流しながら、徐々に論理的なかつ理性的な判断ができるようになるのです。基本的には十二年以上にわたる普通教育の過程を通して子どもたちはほんとうの意味で社会の変化を主体的に自主的に認識し、人間にふさわしく社会を変革していく思考力や判断力を獲得していくことができるのです。「体験的な学習」や「問題解決的な学習」をどんなに重視しても、より科学的な、より理性的な認識能力が獲得されていないならば、社会を切り開く力は育たないでしょう。
 なお、論理的思考や直観力等は戦前の国民学校でも強調されていました。一九四一(昭和十六)年に制定された国民学校令は算数と理科という科目から構成され理数科という教科を新設しましたが、国民学校令施行規則によればその趣旨は、国家の興隆に貢献するものとして科学や国防は重要であるという前提のもとに、「分析的論理的ニ考察スル力ヲ養フト共ニ全体的直覚的ニ把握スル態度ヲ重ンズベシ」というものでした。
    三
 前述した③の「国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視し、個性を生かす教育の充実を図ること」は、「八七年答申」の「教育課程の基準の改善」のもっとも中核的な部分といえるでしょう。この部分はその後の第十五期中央教育審議会第一次答申(一九九六年)の「ゆとりのなかで生きる力をはぐくむ」という構想へと発展させられています。
 「八七年答申」はまず「個人として、また国家・社会の一員として望ましい人間形成を図る」ために教育内容のなかでもとくに「基礎的・基本的な内容」を明確にすることを求めています。そこから「各教科の内容の一層の精選」が導かれることになります。
 まず、幼稚園について検討してみましょう。幼稚園「教育要領」に示されていた教育課程の領域は「健康」・「人間関係」・「環境」・「言葉」および「表現」の五領域に再編されました。その理由は「幼児の発達の諸側面」と「幼児期に育てるべき能力と態度」という観点を考慮したというものです。この二つの観点は本来両立しないものです。
 戦後、文部省は「保育要領」を発行しましたが、それによれば幼稚園の教育課程は「八七年答申」の言い方に従えば「幼児の発達の諸側面」という観点から幼児の発達の特質を「身体発育」「知的発達」「情緒的発達」「社会的発達」の四項に区分しそれぞれに対応する能力の育成を幼稚園教育の目的としていました。
 一九五六年に制定された「教育要領」によって幼稚園の教育課程は「健康」・「社会」・「自然」・「言語」・「音楽リズム」および「絵画製作」の六領域に編成されることになりましたが、ここでも基本的には「幼児の発達の諸側面」の観点を保持していたと言えます。
 このような経過を経て「八七年答申」は「幼児の発達の諸側面」に加えて、というよりも基本的には「幼児期に育てるべき能力と態度」という観点を中心に教育課程を「健康」・「人間関係」・「環境」・「言葉」および「表現」の五領域に再編したのです。
 幼児の教育にあっては、幼児の発達段階的特質をふまえ具体的な一人ひとりの幼児に即して教育課題を明確にすることが求められることは言うまでもありませんが、「幼児期」であるがゆえの現実や時代を越えた一般的な「育てるべき能力と態度」というものが存在するわけではありません。そのような「育てるべき能力と態度」というものがあるとするならば、それは幼児自体から導かれるというよりも、幼児以前に、幼児から離れて、社会的必要の論理から導かれることになるのではないでしょうか。「八七年答申」に従えば、幼児は幼児である以前に国民として必要とされる「生涯学習の基礎」を習得するべき存在なのです。
 「八七年答申」は「幼稚園教育の基本」として、幼児の主体的な生活を中心に展開されるものであること、遊びを通しての総合的な指導が重要であること、幼児一人一人の発達の特性及び個人差に応じた教育を行うこと、幼児が自発的にかかわることができるような人的・物的な環境の構成が大切であること、の四点をあげています。子どもたちのそれぞれの生活は主体性の名のもとに是認され、遊び自体が目的化され「総合的な指導」の対象となり、みんな人間として同じなんだという感情の自覚化よりも、みんなそれぞれ違うんだという個人差を重視する、というのです。それにしても個人差を真面目に重視するのであれば、みんなはどうなのかについての深い認識が必要なはずですが、個人差ばかりを強調すればするほど個人差は見えなくなってしまうのではないでしょうか。

    四
 つぎに、小学校低学年に導入された「生活科」について検討することにします。「生活科」は「基礎・基本」路線の旗手として、小学校のこれまでの教育課程のあり方の全体を変質させる重要なテコの役割を担って登場してきたといえます。教科の新設自体、戦後における教育改革以来ほぼ半世紀ぶりの歴史的な事件でもあります。
 「八七年答申」によれば「生活科」は「生活や学習の基礎的な能力や態度などの育成を重視し、低学年の児童の心身の発達状況に即した学習指導が展開できるようにする観点」から新設したものです。
 そもそも「生活や学習の基礎的な能力」とはどういう能力のことでしょうか。教育基本法の前文に示されている「人間の育成」から導かれる教育目的は人間に内在する基本的諸能力の育成であって学校教育法が普通教育の目標として挙げている事項、たとえば「日常生活における自然現象を科学的に観察し、処理する能力を養うこと」もまた、人間としてもっている基本的な能力の育成という見地から理解されるべきものでしょう。しかし、「生活や学習の基礎的な能力」ということになれば、「生活や学習」は人間の外にあるものであって、それらの「基礎」を習得する能力を育成するということになるのです。そこでは人間としての成長・発達とか人間的理性の形成、ということが目的になるのではなく生活能力、しかも現実の生活能力の育成・習得のみが目的となるのです。人間に内在する諸能力の育成も子どもの現実の生活とむすびつけて行われれるべきものですが、それは能力や理性そのものがいつの時代であってもリアリテイを有するものでなければならないからです。生活能力ということになれば、たえず変化する生活に対応していける能力のみが期待され、人間としての成長や発達は副次的な位置におかれることになります。なお、一九八五年にユネスコが採択した「学習権宣言」に言うところの〈学習権〉も基本的人権として位置づけられているものであって、答申が意図している〈基礎的な学習能力〉とは本質的に異なるものです。
 「生活や学習の基礎的な能力」をどんなに育成したからといってもその能力が合理的なものになるわけではありません。現実の生活や学習すべき内容は「国際社会に生きる主体性のある日本人を育成する」ために必要なものであって、それ自体理性的であるわけではないからです。
 「生活科」は「体験的な学習を通して総合的な指導を一層推進する」という特定の指導方法とむすびついて、そのねらいを「具体的な活動や体験を通して、自分と身近な社会や自然とのかかわりに関心をもち、自分自身や自分の生活について考えさせるとともに、その過程において生活上必要な習慣や技能を身に付けさせ、自立への基礎を養うこと」しています。これは一九八九年に改訂された小学校学習指導要領にそのまま生かされています。
 なお、昭和初期にも特設「生活科」が実験的に行われていました。それは準備教育とか基礎教育としての直観科や観察科等とは異なり、「教科の中に加設せらるべき使命と本質とを有する一個独立の教科」として構想され、「郷土文化を全文化への関連において統一的な体験構造として理解せしめ」、「国民文化的の生活を主観と客観、生活と発表と了解との関連において把握せしめ」ようとするものでした。その教育内容(教化材)はその地域の郷土自然、郷土文化の構造姿態、歴史的な国民的年中行事、社会的協同自治生活様式、などであり、「何れも具体的、直接的、生活的な価値環境であって、抽象的、間接的、概念的なものではない。ここに生活科の生活科たるべき独自性が現れる。それ故に生活科は以上の材料を概念として把握させるのではなく、あくまで、具体、直観、行動によっていわゆる生活化さすべきもの」(『教育学術界』第五十七巻第一号、一九二八年)とされました。この「生活科」は当時川崎市の田島高等尋常小学校で実践されていましたが、この「生活科」を中核とする教育は当時「体験教育」と称されていました。この「体験教育」を主導していた校長山崎博は「われわれは、体験哲学を主張するディルタイ、フリッシャイゼン・ケラー、シュプランガーの見解を正当と認めるものである。すなわち、いかなるものも、われわれにとって存在するものは、われわれの意識の事実とならなければならない。われわれの意識にあらわれて、少しの疑いをはさむことのできない根源的事実は、生自体と、生が発動していく生活関連の事実である。最深最奥の実在は、このような内面的直接経験の事実で、これを体験と呼ぶ。それは純一全体の活動であって、そこには認識とか知識とか生ずる余地がない。この考えによれば、体験は実在としては、生そのものの、内面的直接経験の事実で、これが認識方法としては、知情意合一の全生命の活動で、生命進展の過程として行われる」(小原国芳編、玉川大学出版部、『日本新教育百年史(四)関東』より重引、いずれも現代表記にあらためた)と述べています。多くの点で「八七年答申」が導入した「生活科」と類似していることを指摘しておきたいと思います。

     五
 中学校の教科編成については、中学校段階の生徒の「能力・適性、興味・関心等の多様化が一層進む時期にあること」、「中学校教育を中等教育の前期としてとらえ直す視点をこれまで以上に重視すること」、「生徒の個性を生かす教育の一層の充実を図る」などを論拠にあげながら選択履修の幅を拡大するとして、具体的には音楽、美術、保健体育及び技術・家庭の四教科を第二学年の選択教科に加えるとともに、国語、社会、数学および理科の四教科を第三学年の選択教科に加えることとしています。
 第一の論拠についてどうでしょうか。中学校段階になれば子どもの「能力・適性、興味・関心等」にこれまでとは異なった発展がみられることは観察できることです。しかし、能力、適性、興味、関心はそれぞれ区別して論じなければならないこと、「多様化」といえるほどの継続的な特徴をもつものか、等についてはさまざまな論議がありえると思います。ですから「多様化」を論拠に「選択履修の幅を拡大」するという制度化に直結させるのは短絡過ぎるのではないでしょうか。
 『教育の段階』の著者ドベスは、能力に限定した上で、「思春期になると学校で学ぶ青年にとっては、生まれつつある諸能力の活動のため、学習にも幾つかのタイプがある方が望ましくなってくる」(岩波書店、一七二ページ)と述べています。子どもの成長発達の段階的な解明をふまえた中学校段階の教育課程のあり方は今後さらに研究すべき課題であるように思います。そのためには現行の教育課程についての立ち入った分析が前提とならなければなりません。
 第二の論拠である「中学校教育を中等教育の前期としてとらえ直す視点をこれまで以上に重視する」とはなにを意味するのでしょうか。このことを論ずる前に「中等教育の前期」ということについて言及しておきたいと思います。
 「中等教育」というのは行政用語としては中学校・高等学校を含む用語として用いられていますが、学術的には必ずしも明確な概念ではありません。法制上の用語としては初等普通教育、中等普通教育、高等普通教育という用語が用いられているだけです。
 戦後における中学校の位置づけは必ずしも明確ではありませんでした。義務制だからということで中学校は小学校とセットでうけとめられてきましたが、戦後の中学校と高等学校とは戦前の中等学校令(一九四三年制定)のもとでの中等学校(中学校・高等女学校・実業学校)としてくくられていたものですから、戦後の教育政策・教育行政は戦前のあり方を事実上継承して中学校を高等学校とセットにして位置づけてきました。中学校は戦後のスタートから小学校につづくという面と高等学校の基礎的な段階という二重的な性格をもたされることになったのです。この不安定な中学校の性格に政策上の結論を出して後者すなわち「中等教育の前期」とするというのが「八七年答申」で言っている意味なのです。高等学校は就学率からだけ言えば事実上義務制に近づいている現状のもとで、義務制であるかどうかで中学校を小学校と一緒にくくる必要はもはやなく、中等教育としての性格をもっと明確にしていく必要があるというのです。
 結局、「中学校教育を中等教育の前期としてとらえ直す視点をこれまで以上に重視すること」とはこれまで「後期中等教育の多様化」ということで強行してきた高校教育改革の方向に沿ってその基礎的準備的教育機関としての中学校の選択履修の幅を拡大するということに他ならないのです。
 「体験的な学習を通して総合的な指導を一層推進する」ということから、幼稚園における「遊びを通しての総合的な指導」や「生活体験」の重視、小学校低学年における「生活科」導入、教科での「課題学習」、「総合的な学習」、「主体的な学習」、「自由研究的な学習」、「見学・調査活動」、「作業的な学習」等の重視、特別活動(学校行事)における「奉仕や勤労の精神の涵養などにかかわる体験的な活動を一層重視する観点から、集団宿泊活動、奉仕活動及び勤労生産活動の位置付けや内容の取扱い」の明確化、などが盛り込まれていきました。
 座学中心で教科別バラバラの詰め込み学習に対する拒否的反動から体験・総合重視という売り言葉に多くの国民から、教育関係者も含めて、肯定的な反応が示されました。しかし、多くの人は、これまでの教科学習全般にもっと体験的な要素を、あるいは総合的な要素を含めるべきだという意味で歓迎したのではないでしょうか。まさに呉越同舟というべきです。
 ところが、「各教科の内容の一層の精選」と「体験学習」・「総合学習」は分離されてそれぞれ別個に重視されることになりましたから、個々の体験や経験が総合化されてより合理的な知識に発展していくという認識のプロセスはこれまで以上に分断されることになりました。知識は早期から確実に身につけさせられるものに限定され、いままで以上にひたすら詰め込まれるものになります。ますます受け身の学習になってしまいます。一方、体験は仲間同士の交流を通じて経験化することなしに、個別的な死んだ体験にとどまり固定化されていきます。しかもそれは「個に応じた指導」によっていっそう助長されることになります。
 「精選」は「厳選」に、高学年は中学年に、「総合的な学習」等は「総合的な学習の時間」として、という具合に、「八七年答申」の考え方は一九九八(平成十)年の教育課程審議会答申でさらにエスカレートされることになります。
 
   六
(1)高等学校の各教科・科目の編成については全面的ともいえる改変を求めています。すなわち①「中学校における選択履修の幅の拡大に考慮すること」、②「生徒の能力・適性、進路等の多様化の実態等に考慮すること」、③「情報化や国際化などの社会の変化に適切に対応し特に重視すべき内容の充実を図ること」および④「各学校が学校や地域の実情及び生徒の実態に応じて創意を生かして編成することが一層可能になるように留意すること」という条件をつけているのです。これらの条件は行政サイドが一方的にしたてあげた今日の「社会的要請」にストレートに応えたものと言わざるをえません。
 ①については、中学校における選択履修の幅の拡大自体が高等学校の多様化政策に起因していること、②については、例えば一九六〇(昭和三五)年の教育課程審議会答申では「生徒の能力、適性、進路等に応じて」とだけであったのが、今回の答申ではそれらの「多様化の実態等に考慮して」とエスカレートしていること、③については、臨時教育審議会答申をふまえて今回の答申で新たに追加されたものであること、④については、例えば前回(一九七六年)では「地域の実情、学校の実態、生徒の希望等」となっていましたが、少なくとも「生徒の希望」は削除されていること、などを指摘しておきたいと思います。
 「八七年答申」は高等学校の各教科・科目の編成を「普通教育に関する各教科・科目」と「職業に関する各教科・科目」に分けて提起しています。この編成区分もこれまで教育課程審議会の答申が出るたびに模索しながらも質的な進展が図られてきました。戦後からの経過を簡単に振り返っておきましょう。
 一九四七(昭和二二)年四月の学校教育局長通達「新制高等学校の教科課程の基準」では「高等普通教育を主とする高等学校」と「実業を主とする高等学校」に分けた上で、前者についてはさらに「大学進学の準備課程」と「職業への準備課程」に分け、後者については「関係教科」と「普通教科」に分けています。これでは新制高等学校にふさわしくないということで、一九四八(昭和二三)年および一九四九(昭和二四)年の学校教育局長通知「高校の学科課程の基準の改正」、「高校職業課程の教科課程の基準の改訂」において高等学校を一本化し、普通課程と職業課程としています。
 教育課程審議会は一九五四(昭和二九)とその翌年、「教育課程の改善、特に高等学校の教育課程について」なる答申(第一次・第二次)を出し、特に普通課程について、それは「単一に固定されるものではなく、生徒の進路、特性などに応じていろいろな教育課程が編成されるべきである」とし、文科系統の教科の学習に重点を置く教育課程、理科系統の教科の学習に重点を置く教育課程、家庭または職業の教科の学習に重点を置く教育課程などを例示しています。
 一九六〇(昭和三五)年の教育課程審議会答申は「普通課程」の教育課程について「二〜三の基本類型」と表現し、必修科目を増やしその内容を「精選充実」し、「基本的」事項の定着を図るとしています。その後の「基礎・基本」路線の萌芽とも言えましょう。また、「職業に関する課程」については「中堅職業人の育成を期する」ために「専門教育の基礎を徹底する」としています。高度経済成長政策への対応とはいえ普通教育機関である高等学校の教育課程の目的の一部を「中堅職業人の育成」と明確に打ち出すというのはいかにも教育理念の貧弱さを示していると言えるのではないでしょうか。この「中堅職業人の育成」という発想は一九三九(昭和十四)年の教育審議会答申「中等教育ニ関スル件」において「中等学校(中学校・高等女学校・実業学校の総称)」の目的を「中堅有為ノ国民錬成」としたことを想起させます。
 一九六九(昭和四四)年の教育課程審議会答申は、①進学率の上昇により、青少年の大部分が高等学校に進学するようになったこと、②生徒の能力・適性・進路などが著しく多様になってきたこと、③科学・技術の高度の発達、経済・社会・文化などの急激な進展、世界におけるわが国の地位の変化、などをあげながら、「教科・科目等の内容についてその質的改善と基本的事項の精選集約を図る」として、前回(一九六〇年)の「精選充実」方針をさらに推し進めています。また、「すべての生徒に修得させる教科・科目」・「普通科」・「職業教育を主とする学科」に分けてそれぞれにおける各教科・科目の単位数および教育課程の編成について述べています。これまでの「普通課程」は「普通科」とされ、六つの基本類型(「文科系科目に重点をおくもの」、「理科系科目に重点をおくもの」、「文・理科系科目を平均的に履修させるもの」、「職業科目を履修させ、体育・芸術を比較的多く履修させるもの」、「家庭に関する科目を履修させるもの」、「国語、社会、体育、芸術を比較的多く履修させるもの」)が例示されています。「職業等の専門の学科における教科・科目」については「職業に関する学科」における専門教科(家庭、農業、工業、商業、水産、看護)と「職業以外の専門の学科」における専門教科(音楽、美術、理数など)に分けて具体的に検討するよう求めています。
 一九七六(昭和五一)年の教育課程審議会答申は、各教科・科目の編成の「基本方向」として次の三点をあげています。
(イ)低学年と中学年以降に分けて各教科・科目を編成するという考え方をあらたに導入し、低学年については①中学校教育との関連を一層密接にする、②高等学校教育として共通的に必要とされる基礎的・基本的な内容を中心とする、③中学年以降の選択科目の基礎となるように編成する、ことを提起しています。
 第一に、中学校第三学年にすでに導入されている選択制をさらに拡大するという意図を前提に中学校教育との関連を一層密にするということ自体、高等学校の低学年もまた選択原理のもとにおくことを意味します。第二に、「基礎・基本」路線がはじめて定式化されています。これは普通教育を共通教育としてしっかりやるということではなく、「高等学校教育」という概念を一方的に創出し、その概念の枠内で「共通的に必要とされる基礎的・基本的な内容を中心に」するということを意味しているのです。ここにはもはや普通教育機関としての高等学校とか「高等普通教育」へのこだわりはまったくみられません。第三に、低学年が中学年以降の選択科目の基礎となるようにするということですから、高等学校全体がまさに選択原理に投げ込まれることになります。しかも、選択科目自体が高校生の発達段階的な特質から導かれるものではなく、「社会的要請」の原理から導かれるものですから、こうして高等学校は「生涯学習」機関に変質していくことにならざるをえません。逆に言えば、高等学校のそのような変質が中学校や小学校ひいては幼稚園の性格にも貫かれていくことになるのです。
 同時に、科目レベルでの選択原理の徹底は教育内容レベルでは「基礎的・基本的」への再編統合を余儀なくさせます。また、教科・科目の選択原理の徹底は子どもたちを限りなく個別化させることになりますが、それは本来全面的な成長をもとめる子どもの学習要求や教育要求と基本的に矛盾することになるでしょう。答申の理念はさまざまな矛盾を孕んでいますが、今日深刻化しつつある高校中退問題もこれら諸矛盾の現実的なあらわれとみることができます。
(ロ)中学年以降について選択の科目を中心に編成し、「各学校が地域の実情、学校の実態、生徒の希望を考慮しながら、生徒の多様な能力・適性・進路等に応じ」ることができるようにするとしています。「土地ノ情況ニヨリ」という表現は差別選別原理にもとずく教科編成に際して用いられてきた言葉であり、明治十二年の教育令以来戦前を通じて用いられてきたものですが、「地域の実情、学校の実態、生徒の希望」を云々することも本質的にそのような差別原理を基調としていると言えます。「生徒の希望」といえば美しくひびきますが、その場合の「希望」という言葉は「希望退職」などと言うときと同じ意味に他ならないのです。普通教育というのは個々の子どもたちの希望に依存するのではなく、普通教育を受けるという子どもの権利に対する本質的な洞察の上に成り立つものなのです。
(ハ)「職業教育を主とする学科」における「職業に関する各教科・科目」については、「基礎的・基本的な内容を重視する」という観点から、科目の整理統合を図る、低学年については「専門の基礎に関する科目を設ける」、などを提言しています。
 なお、「各教科・科目等」のうち、これまで「職業等の専門の学科における教科・科目」とされていた部分が「専門教育に関する各教科・科目等」という項目となり、それがさらに「職業に関する各教科・科目等」と「職業以外の専門教育に関する各教科・科目」に区分されています。職業教育にたいして専門教育という概念がより上位概念になったといえます。
 以上三点の「基本方向」に基づいて「すべての生徒に履修させる必修の教科・科目」が次のように定められています。(括弧内は前回答申、単位数は標準単位数)
 国語については「国語Ⅰ」四単位(「現代国語」七単位、「古典Ⅰ甲」二単位、計九単  位)
 社会については「社会」四単位(「倫理・社会」及び「政治・経済」の二科目、「日本  史」「世界史」および「地理A」もしくは「地理B」のうち二科目、計四科目十単位)
 数学については「数学Ⅰ」四単位(「数学一般」または「数学Ⅰ」計六単位)
 理科については「理科Ⅰ」四単位(「基礎理科」一科目、または「物理Ⅰ」「化学Ⅰ」「生物Ⅰ」「地理Ⅰ」のうち二科目のいずれか、計六単位)
 保健体育について「体育」及び「保健」最低九単位(変更なし)
 芸術については「音楽Ⅰ」「美術Ⅰ」「工芸Ⅰ」「書道Ⅰ」のうちから一科目二単位(変更なし)
 このように「すべての生徒に履修させる必修の教科・科目」の総単位は一九六九年答申と比べて三二単位から二七単位へと削減されています。これはとりもなおさず普通教育のしめる割合が大きく縮小したことを意味するものです。この「すべての生徒に履修させる必修の教科・科目」自体、その後科目を増やしたり、単位数を減らしたりしてさらに個性化が強まる方向で変質していきます。国語(教科)についてだけ言えば一九九八年の教育課程審議会答申はさらに二単位(「国語表現Ⅰ」二単位もしくは「国語総合」四単位)まで削減しています。
 最後に、「八七年答申」は「勤労にかかわる体験的な学習」という考え方をはじめて導入し、「当面は学校の教育活動全体を通じてこの学習の趣旨が実現されるように」するとしています。この考え方は今後急速に拡大していくことになります。

    七
 さて、本題に戻ることにして、「八七年答申」における「高等学校における各教科・科目の編成等」はこれまで述べてきたような経過をふまえて「普通教育に関する各教科・科目」と「職業に関する各教科・科目」という二つに区分して展開しています。両者がどのように関連しているかについての説明はまったくありませんが、これまでのいわゆる普通教科群を「普通教育に関する各教科・科目」という表現で括ったことははじめてのことで普通教育史の見地から留意しておきたいと思います。
 「普通教育に関する各教科・科目」については(ア)社会科を再編成して地歴科と公民科を新設すること、(イ)必修科目を置く教科は、国語、地歴、公民、数学、理科、保健体育、芸術および家庭とし、家庭は男子も必修とすること、(ウ)「普通教育に関する各教科」についてはできるだけ多様な科目を用意すること、また職業、技術、情報などの「学習指導要領に示す教科以外の教科」や「各教科において学習指導要領に示す科目以外の科目」を、設置者の判断により設けることができるようにすること、という方針が示されました。
 このような方針のもとに「各教科・科目及びその標準単位数」と「すべての生徒に履修させる必修の教科・科目及びその単位数」が提示されています。
 「国際社会における主体性のある日本人の育成」を主要な観点として「社会科」が廃止されて、「地歴科」と「公民科」が設けられましたが、「すべての生徒に履修させる必修の教科・科目」に関して言えば、これまでの「社会」四単位が「地歴」二科目四単位以上、「公民」四単位以上と倍増しました。必修単位は倍増しましたが、日本史あるい地理をまったく履修しないケース、「現代社会」「倫理」「政治・経済」のどれか一科目をまったく履修しないケースなどが生まれることになりました。
 理科についても同様に、それまでの理科Ⅰ(四単位)必修というのではなく、物理、化学、生物、地学のうち二科目は履修しなくてもいいようになりました。
 日本史も政治・経済も物理も高校生時代にまったく勉強したことがないというような事態をあえて創出することを「生徒の実態や社会の変化に対応するため」という理由で受け入れることができるのでしょうか。
 「必修科目を置く教科」という概念は「必修を置かない教科」すなわちこれまでの外国語の他に「その他特に必要な教科」(職業、技術、情報など)が「普通教育に関する教科」の中に位置づくことになったことによって必要になった枠組みと思われます。「家庭」が男子も必修になったことについては、そもそも「家庭」とはなにか、教科・科目の多様化という状況のもとでの必修単位の増加の是非などさまざまなレベルでの検討が必要と思われます。
 「学習指導要領に示す教科以外の教科」あるいは「その他特に必要な教科」という観念はこれまでのいわゆる「普通教科」でもなければ、「職業に関する科目」でもない、ということですが、さらに「職業に関する各教科・科目」のなかに新設される各教科に対応した「課題研究」という科目も含めてそれらの拡大が結局は第三の学科と称される「総合学科」を生み出す契機になったと考えられます。「総合学科」については第十二章で述べることになります。

    八 
 この答申の「三 授業時数等」の部分で学校五日制導入についての基本的な考え方が示されています。学校五日制については臨時教育審議会第二次答申第二部第一章「生涯学習体系への移行」の中で次のように説明されています。「週休二日制に向かう社会のすう勢を考慮しつつ、子どもの立場を中心に家庭、学校、地域の役割を整理し見直す視点から、学校の負担の軽減や学校の週五日制への移行について検討する」と。
 教育課程審議会はすばやくこれを受入れ、答申に盛り込むことになったのです。「八七年答申」は「学校五日制の問題は、社会情勢の変化との関連を考慮しつつ検討すべきである」として、この問題が週休二日制の普及・拡大を主たる背景としたものであることを確認したうえで、次のような留意点を挙げています。第一に、現行程度の教育水準を維持すること、第二に、児童生徒の学習負担が過重にならないように教育活動をいっそう充実させること、第三に、学校外における幼児児童生徒の生活の充実と活性化を図るため、地域社会の受け入れ体制の整備充実と学校開放に努めること、第四に、年間授業日数と年間授業時数の取り扱いを弾力的にすること、などです。
 「現行程度の教育水準を維持する」ということは、学校五日制の導入がこれまでの教育課程政策の反省の上に発想されたものではないこと、これまでの学習指導要領政策をなんら変えるものではないことを明言したことを意味します。「児童生徒の学習負担が過重にならないように」ということも、「基礎基本」路線・「ゆとり」路線をいっそう推し進めていくということを意味しています。つまり、週休二日制は社会情勢の変化として受け入れるが、教育課程審議会としてはこの教育外的要因をテコとしてこれまでの教育課程政策をさらに発展的に展開するという姿勢を示したものと思われます。
 学校五日制(第二土曜)の実施は一九九二年九月からですが、それに先だって文部省は『学校週五日制の解説と事例』(一九九二年六月)という冊子を発行しています。これによれば、幼稚園から高等学校までの学校種別に六つの事例をあげて例示しています。これは各学校(必ずしも学校単位とは限りませんが)を教育水準の高さを基準として六段階に序列化することを意図したものとして留意しておきたいと思います。
 小学校についてのみ紹介しておきます。
 【事例A】:教育水準の維持・向上に努め、負担過重にならないように配慮することを基本とする。
 【事例B】:負担過重にならないように配慮しつつ、教育水準の維持向上に努めることを基本とする。
 【事例C】:家庭や地域とともに児童を育てていくことを基本に据え、児童の自主的な学習態度、生活態度を育成する。
 【事例A】:教育水準の維持・向上に努め、負担過重にならないように配慮することを基本とする。
 【事例E】:原則として、休業日には家庭の責任において児童が自主的に過ごすようにすることを基本に据え、そのことを通して親子のふれあいを深めるとともに、家庭や地域の教育力の回復と活性化を図る。
 【事例F】:児童が自ら作る休業日の活動を実現するために、学校を開放するとともに、子供会等の健全育成事業への参加を促す。

    九
 「八七年答申」の「四 各教科・科目等の内容」は「(1)各教科・科目等の共通的な改善方針」と「(2)各教科・科目等別の主な改善事項」から構成されています。本節では(1)について検討しておきましょう。なお、(2)については省略することにします。
 まず第一に、「各教科・科目」については幼稚園から高等学校を通じて子どもたちの「心身の発達段階」・「学習の適時性」・「教科内容の系統性」を考慮して「有効かつ適切な内容によって構成し」「一貫性を図る」としています。例えば、「社会」について言えば、従来は文字通り、幼稚園から高等学校まで「社会」という領域・教科名で一貫していました。しかし、この答申では「社会」が残るのは小学校の第三学年から中学校までで、領域・教科の名称上一貫性はむしろ大きく崩れています。にもかかわらず「一貫性を図る」としているのは名称上の一貫性ではなく、「八七年答申」が言うところの方針上の一貫性をより明確にしたものと思われます。
 その方針上の一貫性をより明確にするために「八七年答申」は二つの点をあげて補強しています。一つは「中学校段階までは、国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を共通に履修させる」ことであり、もう一つは「おおむね中学校高学年の段階から、生徒の能力・適性、興味・関心等に応じた教育が充実するように多様な内容を用意し、漸次、選択履修の幅を拡大するよう内容を構成する」というものです。前者について言えば、教科を前提としつつももはや教科にはとらわれず、いわば教科・科目の内容ををシャッフルしてその中から「国民として必要とされる基礎的・基本的な内容」を抽出し、それを「共通」なものとして徹底的に教え込んでいくという発想がうかがえます。学校教育法に準じたこれまでの基本教科を普通教育を構成する教科領域と見なしてきたこれまでの「教科」観、理念的には「国民として必要とされる」ではなく「人間として必要とされる」を基調としてきた教科観はあっさり否定されています。しかも、選択履修制が導入されることによって、高校改革の論理に従属した教科構成の「一貫性」が求められているのです。
 第二に、「各教科・科目の内容」の改善上の留意点としてつぎの四点(ア〜エ)が挙げられています。
(ア)「基礎的・基本的な内容の一層の精選を図る」。
 その際、「実際の指導において知識の伝達に偏ることなく、それらの内容が児童生徒一人一人のその後の学習において生かすことができる」ようにするとされています。ここでは内容の問題と指導の問題とがセットに論じられていますが、重要なことはそれぞれについてしっかりとした教育学的解明をおこなうことではないでしょうか。たとえば、学校教育法では「初等普通教育」の目標の一つとして「日常生活に必要な国語を、正しく理解し、使用する能力を養うこと」と述べていますが、この目標を教育学的に達成するためには幼稚園から高等学校までどのような教育課程と教育内容と教育方法と教科指導が必要なのかを全面的に解明し、具体化していく必要があります。子どもたちはさまざまな生活環境の変化を受けて人間的な言語能力の獲得がきわめて困難な状況におかれています。それぞれが経験した内容について家族や仲間や先生との交流を通して明確な意味と価値をともなった言語および知識を修得する機会が極端に希薄になっています。だからこそ、生活環境・社会環境がどんなに急速に変化しようとも、その変化を的確に察知しながら、子どもたちがしっかりとした言語や知識を修得できるような教育環境を設定することが求められるのです。このような改革を放置したままでこれまでの教育があたかも「知識の伝達に偏」ってきたかのように描くのはきわめて無責任というべきであり、、むしろこの間の教育課程政策・学習指導要領行政がそのような状況をつくりだしてきたのであって、そのことについての明確な反省がなされるべきです。
 「(各教科の)内容が児童生徒一人一人のその後の学習において生かすことができる」ようにするとはなにを意味するのでしょうか。「その後の学習」とは「生涯学習体系」を前提としていると思われます。人間は生涯にわたって学習すべき存在という前提から出発しているようですが、一面ではそのようにも言えますが、より本質的には普通教育の目的は理性的な人間の育成であり、主権の担い手である自立した国民の育成であります。人間としての、国民としての主体的な理性的な判断能力の育成のために「各教科の内容」が設定されるべきなのです。各人それぞれの将来の学習課題に役立つような知識の習得のために教育課程があるわけではないのです。
(イ)「思考力、判断力、表現力などの能力の育成を重視する」とともに「自ら学ぶ意欲を高め主体的な学習の仕方を身に付けさせる」観点から、「体験的な学習や問題解決的な学習などが充実するようにする」。
 「体験的な学習や問題解決的な学習など」は「各教科」においてもっともっと重視されるべきであることは、先に述べた言語や知識の習得においても言えることです。体験的な内容の充実はそれらがその後の経験的な知識、人間的な知性へ高まっていくための必要条件とさえいえるのではないでしょうか。このことからも基本的な教科の教科内容と教育方法の抜本的な改革が求められていると思います。しかし、「体験的な学習」がそれ自体として目的とされ、その枠内での「自ら学ぶ意欲を高め主体的な学習の仕方」や「思考力、判断力、表現力などの能力の育成」が強調されるというのでは、思考力や判断力の育成には自ずから制約が加えられるということになるのではないでしょうか。
(ウ)「国際社会の中に生きていくために必要な資質を養う」観点から、「我が国の文化と伝統に対する関心と理解を深める」とともに、「世界の歴史や文化に対する理解を深める」ことを重視する。また、「外国の人々との相互理解を深める」ことができるよう「外国語の育成に一層配慮する」。
 わが国が国際社会の一員としての立場を自覚することがますます求められていることは言うまでもありません。しばしば指摘されていることですが、国際社会のなかでの日本にに対する地位というのは必ずしも芳しいものとは言えません。アジアをはじめ諸外国から尊敬と信頼をえるためにわが国が政治・経済・文化等の分野でなすべきことは多々あるようにおもいます。ところで、この課題は普通教育にとってはどのような課題としてうけとめるべきなのでしょうか。
 「かんじんなことは一緒に暮らしている人々にたいして親切にすることだ。・・・身のまわりにいる人にたいする義務を怠るような世界主義者を警戒するがいい」(『エミール』、岩波文庫上巻、二十七ページ)とはルソーの言ですが、ここでもやはりすべての子どもたちが自己をも他人をもお互いに人間であるという自覚を高めていく教育課程の確立こそが真に国際社会に応えることになるのではないでしょうか。日本人同士だからといって子どもたちはお互いに同質の存在ではありません。一人ひとりそれぞれ生活環境も精神的・身体的諸条件も異なるのです。さまざまな情報が子どもたちの生活の中に浸透しています。また子どもたちの周囲にはさまざまなハンディをもった子どもたちもいます。同級生の中には長期の外国生活から戻った子どもたちや留学生の子どもが珍しくなくなっています。国籍や人種・民族を異にする仲間もいるのです。今日では性差を正しく理解できるようにする教育の重要性も指摘されています。そのようななかでお互いを理解し合う生活環境・学習環境・教育環境が充実していれば、子どもたちは異質な文化を異質なものとしてではなく、それ自体を現実の生活として受入れ、お互いに人間として理解し合うことが可能になってきます。そのような中で子どもたちはお互いを人間として理解し合いながら同時に文化の異質性にも関心をもちはじめ、外国の文化に理解を示すようになり、また外国の言語の習得などにも関心をいだきはじめるでしょう。このようなことはもっとも基本的な教育課程の確立によってこそ可能になるのではないでしょうか。日頃の学校で「人間関係をつくれない」と特徴づけられるような子どもたちが増えている状況のなかでどうして「国際社会に生きていくために必要な資質を養う」ことができるのでしょうか。一九九八年の教育課程審議会答申は「国際理解教育」とか小学校の「総合的な学習の時間」のなかに「外国語」を含めることなどを提起していますが、ほんとうにそのような教育が必要ならば、教育課程上の位置づけが不明確な「ゆとり」などのなかに位置づけるのではなく、基本的な教科で構成される教育課程のなかにこそ位置づけていくべきではないでしょうか。
(エ)「社会の情報化に主体的に対応できる基礎的な資質を養う観点から、情報の理解、選択、処理、創造の育成及びコンピュータ等の情報手段を活用する能力と態度が図られるよう配慮する」。
 この記述はきわめて曖昧なものです。前者の「資質を養う」については「養う」とはいわずに「観点」であり、後者の「能力及び態度」についてもそれらを育成するとは言わずに「配慮する」にとどまっています。それは現時点ではいまだ「情報化」に対応した教育内容や指導方法等が行政サイドにおいても明確になっていないことの表れと思われますが、一九九八年の教育課程審議会答申ではより明確な方向性が出されています。と同時に九八年の答申ではそのことが「人間関係の希薄化や実体験の不足の招来など、情報化が児童生徒に与える『影』の部分に十分留意することが望まれる」とも述べられています。「影の部分」ということですませられるのかどうかが今後深刻に問われていくことになるでしょう。
 第三に、道徳教育についてですが、このことについてはすでに本節の冒頭で述べましたので省略することにします。
 第四に、特別活動についてですが、「道徳的実践の指導」、「健康や安全にかかわる指導」、「進路指導」の観点から重視していくとされています。より具体的には「各教科・科目等の主な改善事項」の「特別活動」のなかで述べられています。全体としては省略しますが、国旗・国歌については「入学式や卒業式などの儀式等においては、日本人としての自覚を養い国を愛する心を育てるとともにすべての国の国旗及び国歌に対し等しく敬意を表する態度を育てる観点から、国旗を掲揚し国歌を斉唱することを明確にする」としています。周知のとおり、学習指導要領の段階になるとそれまでの「望ましい」から「指導するものとする」とよりエスカレートされて強調されています。
 最後に、「八七年答申」は「学習指導要領における各教科・科目の内容の示し方」について述べています。それは「基礎的・基本的な内容の指導の徹底を図る」ためであって、「教科によっては内容の程度、範囲及びその取扱いが明確になるようにする」としています。たとえば小学校・学習指導要領の社会科の内容(第四学年)の(1)は「地域の人々の生活にとって必要な飲料水、電気、ガスなどの確保及び廃棄物の処理についての対策や事業が計画的、協力的に進められていることを見学したり調べたりして・・」となっていますが、それについては「取り上げる対象や事例を精選するように配慮する」となっていて、「精選」の基準については行政介入ができるようになっています。
 また、「実際の指導において内容が過多にならないよう特に留意する」とされていますが、この場合でもどのような基準で「過多にならないよう」するかについては行政指導に道を開いています。
 さらに「八七年答申」は「指導の効果を高める」ために「教科によっては複数学年にわたる内容をまとめて示すなど大綱化や弾力化を図る」としています。具体的には、体育と特設「道徳」が一・二学年、三・四学年および五・六学年にまとめられているほか、生活、音楽、図画工作、家庭の各教科は同じく三学団に区分するとともに各学年の内容も記述するということになっています。このことは一九九八年の学習指導要領ではさらにエスカレートしてすべての教科について複数学年毎にまとめられています。「個性化」を前提とした「大綱化・弾力化」ということですが、この場合の「指導の効果を高める」というのは、成長・発達の順序性や認識の順序性をあまり考慮しなくても指導内容をクリアできる部分と一定の順序を踏まなけれ習得できない部分とに子どもたちを分化させることを意味することになるのではないでしょうか。

 教育課程は小・中学校について言えば周知のごとく「教科」「道徳」「特別活動」から編成されていますが、幼稚園から高等学校までの一貫性、「基礎・基本」・「ゆとり」政策の拡充、学校五日制への対応等のなかで、この三編成原理は流動化していくことになります。一九九八年の教育課程審議会答申はこの三編成を前提としつつも「総合的な学習の時間」を創出するなど流動化をいっそう推し進めています。この流動化によって、これまでかろうじて保持してきた「教科」中心の教育課程は原理的に変質していくことになり、したがってまた教科学習・教科指導を主体とした学校は崩壊していくことになります。この崩壊はまさに普通教育の崩壊であり、今日のいわゆる「学級崩壊」の根源となっていると言えます。そのことは、別な言い方をすれば、すべての子どもから普通教育を受ける権利を剥奪することを意味します。学校は子どもにとって無縁の場所、敵対物となるのはもはや必然といえます。子ども同士、子どもと教師が対立しあい、いじめあう修羅場になってしまいました。また、多くの子どもたちが学校から離れていくことになりました。
 しかし、普通教育を受けることはすべての子どもの権利であることは、現実の学校がどうであれ、普遍的な原理ですから、子どもたちは納得できるかぎり仲間を求め、教師をもとめ、学校をもとめ、学習を求め続けます。そして学校を再生させるさまざまな取り組みも、地域住民や父母の協力を得ながら行われています。

   十
 「八七年答申」はつぎに「六年制中等学校及び単位制高等学校」および「定時制・通信制教育」について提言していますが、ここでは「六年制中等学校」を主に検討しておきます。
 「八七年答申」は六年制中等学校について「基本的考え方」として六年制中等学校の意義と課題を述べ、「教育課程の基準の在り方」として「特例的な取り扱い」について述べ、さらに「留意事項」について述べています。
 まず、六年制中等学校について、答申は「中学校及び高等学校に相当する教育を一貫して行う学校として構想したもの」であると述べています。これまでもしばしば述べてきましたが、戦後の中学校・高等学校のスタートは小学校から高等学校までを全体として普通教育機関と位置づけながらそれぞれを段階的に位置づけるという性格を理念的前提とし現実には戦前の八年制国民学校構想と中等学校令とを前身としてそれを継承発展させるという二重の性格を色濃くもっていました。前者の理念からは義務制の十二年制一貫の学校という構想も可能でした。しかし、現実には六・三・三制という学校体系としてスタートすることになりますが、六年制中等学校は戦前の学校制度への回帰という側面を強くもった構想として提言されているのです。
 六年制中等学校の意義として挙げられている四点(①重複や切れ目がなく効率的、一貫的な教育を行うことができる、②生徒の個性や適性に応じた教育課程の編成等が可能となる、③比較的早期から行うことが有効と考えられる分野の教育を早くから実施することができる、④中学校と高等学校との接続が円滑になり、安定的な学校生活を過ごすことができる」)は十二年制の義務制普通学校と構想をたてた場合でも理念的によりすっきりするといえるのではないでしょうか。問題は大学をゴールとするピラミッド型の学校制度の中核としての学校制度を確保したいとする日本的な政治・経済構造を維持しようとする現実的な教育要求の悲願として提言されているところにあります。
 六年制中等学校構想については、その後の第十五期中央教育審議会答申、一九九八年教育課程審議会答申によってさらに具体化されていきますから、次章でさらに検討することにします。

    十一
 最後に「八七年答申」は「教育課程の基準の改善の関連事項」として六項目を挙げていますが、ここではその中の「学習の評価」についてのみ検討することにします。
 「八七年答申」は「学校における評価については、教育課程の基準の改善のねらいを達成するため、児童生徒の自ら学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力などの能力の育成に資するよう一層の工夫改善が必要である」として「知識理解面の評価に偏ることなく、児童生徒の興味・関心等の側面を一層重視する」ことを強調しています。また、指導要録における各教科の評価については各教科共通の考え方ではなく、教科の特性に応じた評価方法等を取り入れるよう提言しています。
 この問題は小・中学校学習指導要領改訂直後の一九九〇(平成二)年一月には文部省において「指導要録の改善に関する調査研究協力者会議」が組織され、具体的な検討が開始されました。幼稚園教育要領改訂にともなう幼稚園の「指導要録」は早くも同年三月に文部省初等中等教育局長名で通知され、小中学校での改善の方向と同様の改善が行われました。
 小・中学校の「指導要録の改善に関する調査研究協力者会議」の審議結果は翌年(一九九一年)三月にまとめられましたが、そこでは「改善の基本方針」の第一に「新学習指導要領が目指す学力観に立った教育の実践に役立つようにすること」が掲げられています。「新学習指導要領が目指す学力観」は一般に「新学力観」といわれていますが、その源流は本章第一節で検討した二十五年前の一九七六年教育課程審議会答申にさかのぼることができると思います。
 評価のあり方についても普通教育の理念とそこから導かれる学校制度および教育課程のあり方を明確にすることが重要と思います。それは教育権は主権者たる国民にこそ存すること、すべての子どもたちに普通教育を受けさせるのは国民すべての義務であること、人間を育成することが同時に国民の育成につながるという普通教育の理念を明確にすることなどを前提として、学校教育法に示されている普通教育の目標を教育学的により明確にした合理的な教育課程に基づいた評価方法を確立することです。