第十二章 九〇年代の教育政策と普通教育

  第一節 全般的な状況

 九〇年代とりわけその後半はわが国の歴史にとって全般的にきわめて重大な一〇年間であったいえましょう。
 湾岸戦争(一九九〇年)、ソ連邦崩壊(一九九一年)を通じてアメリカ政府はアメリカ一極支配をめざす世界戦略のたてなおしを図りました。
 バブル崩壊等内外の政治・経済の危機に遭遇した日本の支配勢力は離合集散する政党状況を利用しつつ、アメリカの世界戦略に追随する内外政策の強化をめざしていきました。いわゆる「ガイドライン法案」は一九九九年五月に成立しました。
 日本国憲法や教育基本法改正の動きも顕在化しました。一九九四年には読売新聞社が憲法改正試案を発表しています。一九九九年には自民党をはじめ四党の強い要求のもとにが衆参両院に憲法調査会が設置されました。
 一〇年来の「地方分権」推進の動きも一九九八年の閣議決定「地方分権推進計画」を受けて一九九九年に「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」が制定されました。
 自民党は一九九七年、「国を愛する心や日本の歴史、伝統の尊重」を明記するよう教育基本法の改正を橋本首相に要望しました。一九九九年に入って「国旗及び国歌に関する法律」が成立しています。
 主として国立大学の管理統制統制の強化を図る目的で 一九九九年に「学校教育法等の一部を改正する法律」が制定されました。その直後に、独立行政法人通則法が制定され、国立大学をそれに巻き込むという画策がすすめられました。
 普通教育の面ではどうでしょうか。
 一九九二年からの改訂学習指導要領の全面実施に直面して文部省は新たな学習指導要領の方向にそった指導要録の改正に着手しました。
 学校週五日制の具体化は実施されたばかりの学習指導要領とするどい矛盾をひきおこし、学習指導要領の見直し・撤回をもとめる国民世論がわきおこりました。
 臨時教育審議会が答申を出して以来今日まで、小学生・中学生の登校拒否(五〇日以上)は三、二万人から七、七万人(一九九六年、文部省)と実に二・四倍と激増しています。これにたいして文部省の学校不適応対策調査研究協力者会議は一九九〇年、「どの子にもおこり得る」という見地にたった「中間まとめ」を発表し、つづいて一九九二年三月に報告書「登校拒否(不登校)問題について〜児童生徒の「心の居場所」づくりを目指して〜」を提出しています。文部省は一九九九二年九月、この提言を受けて全国の都道府県教育委員会教育長等に通知を出しています。また、その際、文部省は登校拒否をしている子どもが学校外の公機関や民間施設において相談・指導を受けた場合は、指導要録上出席扱いにすることができるとしています。さらに一九九七年、文部省は指導資料「登校拒否問題への取組についてー小学校・中学校編ー」を発行するとともに、登校拒否を理由に中学校を卒業できなかった生徒でも中学校卒業程度試験の受験資格を得ることができるようにするための学校教育法施行規則を改正しました。
 学校週五日制は一九九二年九月から月一回としてスタートしましたが、一九九四年の文部省の「社会の変化に対応した新しい学校運営等に関する調査研究協力者会議」がまとめた報告を受けて、翌年一九九五年度から月二回となり、さらに一九九六年の中央教育審議会第一次答申は「二十一世紀初頭を目途に」完全学校週五日制を実施するとしました。これを受けた一九九七年の文部省の「教育改革プログラム」は完全学校週五日制を二〇〇三年から実施するとしましたが、翌年一九九八年の「教育改革プログラム」再改訂では一年繰り上げて二〇〇二年度から実施するとしました。スタートから一〇年で完全週五日制の実現ということになりますが、それは八九年度改訂の学習指導要領の実施から九八年度改訂の学習指導要領の実施までの一〇年間でもあります。中央教育審議会第一次答申等では学校週五日制は「これまでおおむね順調に実施されてきた」とされていますが、現実はどうでしょうか。
 学校制度が大きく改変されました。
 一九九一年の第十四期中央教育審議会答申は総合学科高校の構想を打ち出しましたが、それを受けた高校教育改革推進会議は四次にわたる報告を行い、総合学科高校の具体化について検討しています。これを受けた文部省は一九九三年、高等学校設置基準を改正しましたが、そこでは総合学科高校の目的は「普通教育及び専門教育を選択履修を旨として総合的に施す学科」と定義されています。
 臨時教育審議会答申が提起した六年制中等学校についても具体化の方向で検討が進められ、とくに一九九七年の中央教育審議会第二次答申において具体的に提起され、一九九八年の学校教育法改正によって「中等教育学校」があらたに導入されました。
 一九九六年の中央教育審議会第一次答申は〈「ゆとり」のなかで「生きる力」を〉というスローガンのもとに「日本人の育成」や「全人的な力」の育成を全面に押し出しながら教育内容の厳選と基礎・基本の徹底および「総合的な学習の時間」の導入等を提起しています。
 さらに、中央教育審議会は一九九八年六月、「新しい時代を拓く心を育てるために」という分厚い答申をまとめ家庭、地域社会および学校でのしつけや道徳教育を強化する方策を提起しました。
 一九九八年、教育課程審議会は二〇〇二年から実施する学習指導要領の改訂のための答申をまとめました。これは幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校および養護学校の各学校を網羅しているという点でこれまでとは異なった大きな特徴といえますが、これまでの答申にはなかった「基本的考え方」を全面に押し出し、審議会の常設化を提起するなど、かつてない本格的な構えの答申となっています。
 臨時教育審議会答申が提起した「生涯学習体系への移行」は九〇年代に入ってまた九〇年代を通していよいよ具体的に進展しはじめました。中央教育審議会は一月三〇日に答申「生涯学習の基盤整備について」をまとめ、早くもその年の六月には「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法」(以下、「生涯学習振興法」とします)が制定され、八月にはそれに基づいて生涯学習審議会が文部省内に設置されることになり、「生涯学習体系への移行」政策を推進させる法制度上の枠組みができました。
 一九九一年の第十四期中央教育審議会の答申は「生涯学習社会」の構築に向けての基本的な方向を提起しました。これを受けた生涯学習審議会は一九九二年七月にはじめての答申「今後の社会動向に対応した生涯学習の振興方策について」をまとめ、つづいて一九九六年に「地域における生涯学習機会の充実方策」について答申し、さらに一九九八年には答申「社会の変化に対応した今後の社会教育行政の在り方について」をまとめています。
 中央教育審議会は一九九八(平成一〇)年九月、「今後の地方教育行政の在り方について」という答申をまとめました。これはこれまでの中央教育審議会や生涯学習審議会の諸答申さらには一九九八年に閣議決定を見た「地方分権推進計画」等を全面的かつ強力に具体化する実に一四六項目にわたる「具体的改善方策」を提起しています。
 一九九九(平成十一)年十二月、中央教育審議会は「初等中等教育と高等教育との改善について」という答申を文部大臣に提出しました。これまで「初等中等教育」と「高等教育」との接続問題は入学者選抜方法の改善が中心であったが、大学の側における「改革」と高等学校の側での「改革」がそれぞれ進展している中で、両者の「役割分担」を「明確化」しながら、「両者の教育の連携」をすすめるというものです。これは基本的には「新学力観」に象徴される高等学校以下の教育課程政策に大学等の高等教育機関における教育のあり方を連動させようとするもので、「生涯学習体系社会」構想の具体化の一環といえるでしょう。
 一九九九(平成十一)年十月、自民党・自由党・公明党は連立政権発足のための「政策課題合意書」をとりかわし、その中で「教育改革国民会議」(仮称)の設置をかかげました。また新たに就任した中曽根文相は教育基本法の改正を視野に入れると表明しています。
 以上のように、九〇年代は学校や家庭・地域社会等全体を「生涯学習体系社会」のなかに包括し、全体として国家支配の意図を貫徹させる壮大な枠組みの基盤を構築した時期として特徴づけることができます。と同時に、その方向はそれゆえに日本国憲法や教育基本法などの戦後理念と深刻な矛盾関係を露呈せざるを得なく、また教育政策においてもほんとうの人間らしさを追究することができず、きわめて特殊な観点からの人間形成を推進せざるを得ず、学級崩壊等に見られるようにいっそう広範かつ深刻な教育危機を増幅させていきました。
 これら全般的状況を普通教育の視点からもう少し具体的に検討していくことにします。

 第二節 指導要録の改訂

 一九八九年に改訂された小学校等の学習指導要領は一九九二年からの全面実施にむけて条件整備を進めていきますが、最初に着手されたのが指導要録の見直しでした。
 一九九〇(平成二)年一月には文部省において「指導要録の改善に関する調査研究協力者会議」が組織され、具体的な検討が開始されました。幼稚園教育要領改訂にともなう幼稚園の「指導要録」は早くも同年三月に文部省初等中等教育局長名で通知され、小中学校での改善の方向と同様の改善が行われました。
 小・中学校の「指導要録の改善に関する調査研究協力者会議」の審議結果は翌年(一九九一年)三月にまとめられましたが、そこでは「改善の基本方針」の第一に「新学習指導要領が目指す学力観に立った教育の実践に役立つようにすること」が掲げられています。「新学習指導要領が目指す学力観」は一般に「新学力観」といわれていますが、その源流は本章第一節で検討した二十五年前の一九七六年教育課程審議会答申にさかのぼることができると思います。そこでは「教育課程の基準の改善のねらい」として「自ら考え正しく判断できる力をもつ児童生徒の育成」が掲げられています。「ゆとり」と「教育内容の精選」路線の出発でもありました。
 今回の指導要録改訂で目標とされたのも「自ら学ぶ意欲の育成や思考力、判断力、表現力などの能力の育成を重視する」というものです。
 「指導要録」とは学校教育法施行令上は学校が廃止された場合にそなえて在学生・卒業生の学習および健康の状況を記録した書類ですが、前回の改訂(一九七一年)も学習指導要領の改訂と密接に連動していたように、今回の指導要録も学習指導要領の改訂、しかも「学習指導要領が目指す学力観」の歴史的な転換と密接にむすびついたものと言えます。「学習指導要領が目指す学力観」あるいは「新学力観」はその後の教育政策の全般を通して威力を発揮していくことになります。

 第三節 いわゆる「問題行動」対策

 人間がもっている多面的な能力をバラバラに分解しそれぞれを「個性」だとして一人ひとりの子どもに振り分けその能力の育成しか期待しない部品的な人間を、しかもそのような人間に「日本人」としての倫理性と責任だけは求めるという臨時教育審議会の教育政策はすべての子どもたちから人間的活力を奪い去り、人間的感性を枯渇させ、仲間を仲間と感じることのできない、ちょっとした差異にも敏感になり、動物的・衝動的にしか対応できない青少年をまさに社会的に生み出すことになりました。このような現実をもたらした原因を教育政策とくに教育課程政策や教員政策の結果ではなくそれ以外のさまざまな要因に求めようとする意図は、政府・文部省のこれまでの政策に貫いてきましたが、九〇年代に入ってその傾向はさらにあらたな展開をしめすことになります。
 その突破口といえるものが「登校拒否はどの子にもおこり得る」というまさに居直り的な見解をまとめた一九九〇(平成二)年十二月の文部省・学校不適応調査協力者会議の「中間まとめ」でした。この見解はその最終報告(一九九二年)においていわば定式化され、この見解を基調とした対応策が一九九二(平成四)年の文部省初等中等教育局長通知「登校拒否問題への対応について」や一九九七(平成九)年の文部省・生徒指導資料『登校拒否問題への取組について』として具体化されていきました。
 「登校拒否はどの子にもおこり得る」のでしょうか。たとえば集団心理・集団行動という言葉がありますが、特定の社会的諸条件のもとでだれにでもおこり得るような心理や行動というようなものがあります。「登校拒否」がほんとうに「どの子にもおこり得る」のだとしたら、子どもたちが毎日、一日のかなりな時間を生活している学校というある意味で特殊な学習・教育環境がどの子にも共通に感じざるを得ないような特異な環境にあることを意味するのではないでしょうか。では、どの子であっても登校拒否をしたくなるような学校とはどのような環境なのでしょうか。
 文部省の調査によれば、五〇日以上の登校拒否児童・生徒の数は一九七五年以降急速に増え続け、一九九六年には小学生で五・四倍の一、五万人、中学生で八倍の六、二万人となっています。小学生一、〇〇〇人につき一、九人、中学生で一、〇〇〇人につき一三、七人です。実態はこれ以上であるとしても、そしてこの数字自体がきわめて異常であることを明確に指摘しなければなりませんが、しかし、この数字をもって登校拒否が「どの子にも起こり得る」ということができるでしょうか。そのような過剰ともいえる特徴づけをおこなう背景には、登校拒否問題を学校教育問題ではなく、現代社会において不可避的に生ずる社会問題であり、家庭や地域社会全体が相互に連携して取り組むべき現代社会固有の問題であると認識させる意図があるのではないでしょうか。登校拒否が今日の社会問題である前に今日の教育問題、今日の教育問題、今日の学校問題、今日の教育課程政策問題であることをしっかり見ておかなければなりません。
 一九九〇年当初、文部省は「登校拒否」は主として「いじめや学業の不振、教職員に対する不信感など学校生活上の問題」に起因しているとしていましたが、一九九七年の文部省・指導資料は「登校拒否」を定義して「何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、児童生徒が登校しないあるいはしたくてもできない状況にあること(ただし、病気や経済的な理由によるものを除く。)」とし、子どもの心理・情緒・身体面の要因に求める傾向を強めています。しかし、このような定義に根拠を提供している一九九六年の文部省調査は、三〇日以上の登校拒否をしている中学生の「登校拒否になった直接のきっかけ」の四一%強が「学校生活での影響」とされていることと併せて理解されるべきでしょう。
 いじめ問題も九〇年代に入りいっそう深刻な状況となり、一九九四年の大河内清輝君の自殺事件を契機に政府・文部省サイドからの対策が迫られることになりました。
 一九九五年三月、文部省・いじめ対策緊急会議が報告をまとめています。そこでは「弱い者をいじめることは人間として絶対に許されない」という認識を基本に、学校、教育委員会、家庭、国および社会において取り組むべき課題を提起しています。とくに学校においては「道徳教育、こころの教育」等を推進することや「いじめる側に対し出席停止の措置を講じたり、警察等適切な関係機関の協力を求め、厳しい対応を取ること」などを提起しています。
 一九九六年七月、文部省の児童・生徒の問題行動等に関する調査研究協力者会議は「いじめ問題に関する総合的な取組についてー今こそ、子どもたちのために我々一人一人が行動するときー」をまとめています。そこでは「いじめの問題は、家庭、学校、地域社会がそれぞれの教育機能を十分に発揮し、一体となった取組を行ってい」くべきことを「全国民へ訴える」と述べています。この文書は「Ⅰ いじめの問題に関する基本的な考え方」と「Ⅱ いじめの問題の解決に向けた具体的な取組」から構成されていますが、全体として家庭、地域社会、学校、教育委員会、国の順で叙述されているのが特徴と言えます。これは前述した前年のいじめ対策緊急会議報告が学校、教育委員会、家庭、国、社会の順に叙述されていたのと対照的といえます。いじめ問題の背景や取組むべき主体が第一義的には学校や教育委員会にあるという認識から家庭、地域社会にあるという認識へといわば移転させていることに留意したいと思います。
 
 第四節 学校週五日制

 学校週五日制は一九九二年に週一回制で導入され一九九四年に週二回となりました。完全学校週五日制については一九九六年の中央教育審議会第一次答申は「二十一世紀初頭を目途」に実施するとしていましたが一九九七年の橋本首相の「六つの改革」を受けた文部省は一九九八年の「教育改革プログラム」再改訂で二〇〇二年実施としました。
 学校週五日制の趣旨と普通教育から見たその問題点については第十一章でも述べていますから、ここでは完全週五日制についての中央教育審議会第一次答申(第二部第五章)の考え方を検討しておきましょう。
 第一次答申では最初に、学校週五日制は「今後の教育改革の在り方と軌を一にしている」とし、それが「教育改革の一環」であることを強調しています。つまり、「個性重視の原則」にたった「生涯学習社会」の構築という改革理念のもとで〈「ゆとり」のなかで「生きる力」をはぐくむ〉という中央教育審議会第一次答申がめざす改革方向と一体のものであり、あるいは一体である限りにおいて「学校週五日制」は意義がある、逆に言えばそのような改革方向と一体とならない学校制五日制は無意味であると明確にのべています。具体的には、土・日だけではなく学校以外の子どもたちの生活時間全体を学校・家庭・地域社会がバランスをとり連携しながら総力をあげて管理・統制するために「学校週五日制」を最大限に活用するとしています。
 第一次答申は完全週五日制の実施の手順について、①市町村教育委員会が中心となって、地域教育連絡協議会や地域教育活性化センターを設置することなどにより、地域におけるさまざまな団体などと連携し、土曜日や日曜日における活動の場や機会の提供など多様な学校外活動のプログラムを提供する「体制」を整備すること、②文部省を中心に、関係省庁とも連携し「体制」整備についての「指針」を作成すること、③市町村教育委員会はこの「指針」を参考としつつ関係部局や都道府県教育委員会とも連携して「実施プラン」を作成し実行していく、としています。
 国と地方の行政機関等が相互に連携して「体制」「指針」「実施プラン」を整備・作成し、子どもたちの生活時間全体を「生涯学習社会」に見合うように方向づけていく、そのためにこそ「学校週五日制」があるのだと明言しているわけです。これでは子どもたちは学校でも生活でも全体として教育・学習の客体とされ、学校だけではなく社会全体からも囲いこまれてしまうではありませんか。子どもたちが「学校不適応」だけではなく「社会不適応」になってしまうのではないでしょうか。逃げ場を失った子どもたちが社会生活拒否にならない保障はありません。
 最後に、第一次答申が完全学校週五日制は子どもたちに「ゆとり」を確保するためだと述べていることについて一言しておきたいと思います。答申は「今日の子供たちの生活の在り方を省みると、子供たちは全体として[ゆとり]のない忙しい生活を送っており、様々な体験活動の機会も不足し、主体的に活動したり、自分を見つめ、思索するといった時間も少なくなっているというのが現状である」と述べています。ここでゆとりに[  ]が付されているのは、二〇数年まえからの「ゆとり」政策で用いられているのとおなじ意味で用いていることを示していると思われます。つまり、[ゆとり]とは〈国や教育政策が求めている国民もしくは日本人形成に必要な時間〉を意味するのであって、子どもたちが学校や学校外で、授業を通してあるいは仲間同士で、自由に学び自由に遊んだりしながら、しっかりとした学力と理性的判断力とを形成していく、つまり人間形成のために必要な時間がどんなにたくさんあっても、それは[ゆとり]とは言えないのです。
 第五節 学校制度の改変ー「中等教育」制度を中心にー

 九〇年代はいわゆる「中等教育」制度の改変が行われたという意味でも特筆すべき時期と言えます。第一に、学校教育法施行規則および単位制高等学校教育規程を改正して全日制の高等学校にも単位制が導入されました。第二に、高等学校基準が改正されて総合学科高校が新設されました。第三に、学校教育法第一条等が改正されて「中等教育学校」が新設されました。第四に、「職業高校」が「専門高校」と呼称されることになり、また理科教育及び産業教育審議会は一九九八年に答申「今後の専門高校における教育の在り方」をまとめました。
 このようないわゆる「中等教育」制度の改変がこの時期にこれほどまでに集中的に行われるというのは何を意味するのでしょうか。
(一)一九九一年四月、第十四期中央教育審議会答申「新しい時代に対応する教育の諸制度の改革」は高校教育の改革について「高等学校はこれまで、急速な生徒数の増加や進学率の上昇などに伴う量的拡大に対応することを重視し、どちらかと言えばその質的な充実を図る余裕がなかった。また、国民の強い平等志向の中で、高校教育の内容についても、ややもすれば形式的で画一的なものとなり、青少年の実態や時代の変化に柔軟に対応することができなかった」と述べ、改革の視点として①量的拡大から質的充実へ、②形式的平等から実質的平等へ、③偏差値重視から個性尊重・人間性重視へ、をあげています。
 高等学校進学率は一九五〇年の四二、五%から一九九一年の九四、六%へと五〇%以上上昇しました。ちなみに、戦前、一八八〇(明治一五)年、小学校の就学率は五〇%でしたが、四〇年後の一九二〇(大正九)年には九九%へと五〇%上昇しています。だからといって「質的充実」が叫ばれたわけではありません。その間、小学校の義務年限は三年制から六年制へと延長しています。さらに八年制へと進んでいくことになっていたのです。その間に別の意味で〈質的充実〉が図られましたが、義務年限の延長自体は不可避的な社会的課題だったのです。量的には事実上義務制に手が届こうとしているのに義務制にはまったく言及することなく、なぜ「質的充実」しか言わないのでしょうか。「量的拡大」から「質的充実」への必然的理由はないのです。
 かりにすべての高等学校が普通教育機関となったからといって、その内容が「形式的で画一的」となるかどうかはまったく別問題です。高校段階の普通教育がどのようなものであるかについては、学習要求の分化もふくめてまさに青年期にふさわしく構想されるべきでしょう。中学校、高等女学校、実業学校を包括していた戦前の「中等学校」が戦後、青年学校をも吸収しながら新制の総合制高等学校および中学校へと改革されたことは周知のことです。その場合の総合制高等学校についての教育目的が学校教育法では「高等普通教育及び専門教育を施す」というようにある意味で不徹底な規定になったこととも関連して、一九四八年に制定された高等学校設置基準では、普通教育を主とする学科、専門教育を主とする学科へと二分され、それが普通学校と職業学校への分化をうながすことになったのです。高度経済成長期のなかで大規模な高等学校の多様化が「後期中等教育の多様化政策」の名のもとに進められ、学習指導要領をテコに「形式的で画一的」どころか、まさに「柔軟」過ぎるほど「柔軟」に変質させられていきました。すべての青少年に充実した普通教育としての高校教育を保障することが国民すべての義務であるのに、それを「平等主義」などといって揶揄するのはいかにも情けないことです。
 「偏差値重視」は学歴社会と固くむすびついた大学入試制度のもとではある意味で不可避的な現象と言えます。答申は多くの国民が期待するような方向での学歴社会や大学入試制度それ自体の根本的改革にはまったく関心をもっていないようです。善良な受験生や父母を「高学歴」志向だ、一流大学志向だ、横並び志向だ、〈分をわきまえよ〉と言わんばかりに「個性」の名のもとに〈分に見合った〉大学や社会(就職先)をあてがう、これが「偏差値重視」から「個性尊重」への真意ではないでしょうか。この答申のあと高校教育改革推進会議の第三次答申(一九九三年)にあわせて文部省は「業者テスト」を激しく攻撃しましたが、それは「偏差値主義」の否定ではなく、「個性重視」政策への転換のための露払いのための演出でした。
 すべての高校生が充実した普通教育をおこなう高校で学ぶことになれば、それこそ誰もが一流大学を目指して殺到し社会的混乱が生じるのでしょうか。高校生に現実の社会や自己認識についてしっかりとしたものが形成されていれば、そして家庭や国民の理解も深まれば、彼らは自らの個性にみあった進路判断、進路選択をすることになるのではないでしょうか。そのためにも高校教育は抜本的に改革される必要があると思います。
 現実的には高等学校は普通高校と職業高校に大別され、それぞれに多くの改革課題を抱えているわけですからそれらの解決を図ることが当面の課題ですが、より根本的にはすべての青少年の学習要求や教育課題に応え得る高校への変革が求められているのではないでしょうか。
(二)第十四期中央教育審議会は「総合的な新学科」等を提起しています。これはその後の高校教育改革推進会議の第四次答申(一九九三年)において「総合学科」という名称でいっそう具体的に提起され、同年のうちに高等学校設置基準第五条の改正によって「普通教育及び専門教育を選択履修を旨として総合的に施す学科」として制度化されることになりました。
 前項で答申に言う「高校教育改革の視点」というものがきわめて根拠に乏しい恣意的なものであることを見てきましたが、にもかかわらず高等学校にかかわる法令改正ラッシュが九〇年代に入って展開されたのはなぜなのでしょうか。それは第十四期中央教育審議会答申の第二部「後期中等教育の改革とこれに関連する高等教育の課題」第一章「高校教育の改革」においてより率直に説明されています。それは端的に言えば、普通高校と行っても卒業後就職するものが少なくないにもかかわらず受験シフトの教育課程になっており、就職するものに対する職業指導が不十分である、一方、職業高校でも進学希望者が増加しているにもかかわらず、過度に専門分化した職業教育が行われており、進学希望者への指導が不十分である、というものです。高等学校がおかれている現状は、学区制や国公私立の別をふくめ、より複雑で深刻な矛盾を抱えているわけで、高校改革が切実な課題であること自体はまさに国民的課題であると言えましょう。問題はこのような矛盾がなにによってもたらされたのか、どのような立場にたって解決されるべきなのかを明確にすることでしょう。
 戦後の新制高等学校は学校教育法上は「高等普通教育及び専門教育を施す」ことを目的として、その目標として次の三点を掲げています。
 
 ⑴中学校における教育の成果をさらに発展拡充させて、国家及び社会の有為な形成者として必要な資質  を養うこと。
 ⑵社会において果たさなければならない使命の自覚に基き、個性に応じて将来の進路を決定させ、一般  的な教養を高め、専門的な技能に習熟させること。
 ⑶社会について、広く深い理解と健全な批判力を養い、個性の確立に努めること。

 これらが「高等普通教育及び専門教育」の目標であり、戦前の中等学校令が「高等普通教育又は実業教育」としていたことを想起するならば、この三目標は本来高校段階における普通教育の目標として一元的に理解されるべきものでした。戦後の新制高等学校が総合制としてスタートしたのはまさにそのことを意図しようとするものでした。ところが、一九四八年に出された高等学校設置基準によって「普通教育を主とする学科」と「専門教育を主とする学科」に二分されたことにより、教育目的が安易に二元化され、総合制の理念はやがて瓦解し、普通教育と専門教育のそれぞれがその後の社会・経済の変化に「柔軟に」対応していった結果として、自己破綻を来たし、普通教育でも専門教育でもない第三の学科としての「総合的な新学科」が提起されることになったのです。
 「総合的な新学科」の教育内容は「生徒の幅広い進路選択を可能とするもの」と「社会人を育成するもの」から構成され、前者については第一学年で職業生活に関する基礎的知識を修得したのち、工業科目を中心とする類型、商業科目を中心とする類型、普通科目を中心とする類型、等を選択するとされています。後者については情報処理技術など職業や実際生活に必要な知識・技術を習得するとされています。
 答申は「総合的な新学科」のほかに、「職業学科の再編成」として、新たに情報、厚生、観光に関する学科などを加えること、「その他の専門学科」として理数科、音楽科、美術科、体育科、英語科、演劇科等のいっそうの充実を図るとしています。他方、普通科においても職業教育を充実させていくとしています。高等学校を構成する諸学科はそれぞれに再編され、いわば液状化の様相を呈してきています。しかし、反面、この液状化傾向がさらに進んでいけば学校教育法上の高等学校の目的規定、すなわち「高等普通教育及び専門教育」を、より一元的な目的へと、すなわち普通教育へと収斂していく可能性を客観的には秘めているようにも思います。
 また、答申は「新しいタイプの高等学校」として①「海外から帰国した生徒や外国人の生徒を受入れ、国際理解を教育の柱とした高等学校」、②「商業と工業の情報に関する科目を両方学ばせ、時代のニーズに合った情報処理技術者の養成を目指した高等学校、③大規模校とした上で、その長所を生かし、多種多様な科目の選択履修を可能にした高等学校、などをあげています。
 最後に、答申は四年制高等学校について実現は困難であるという結論をひきだしています。また、高等専門学校についてその分野拡大を提起しています。
 高等専門学校については一九九一年に大学審議会答申「高等専門学校教育の改善について」がでています。
(三)理科教育及び産業教育審議会は一九九八年七月「今後の専門高校における教育の在り方等について」を答申しています。答申の基本的考え方は「はじめに」で明確に述べられていますので、そこでの考え方を中心に検討しておきたいと思います。
 最初に、答申は「専門高校は、これまで有為な職業人の育成などの面で重要な役割を果たしてきた。(中略)このような専門高校の役割はますます重要なものになると確信すると同時に、専門高校に学ぶ生徒たちが一つの得意な分野で技術や技能をしっかり身に付け、自らの勤労観・職業観を確立し、誇りを持って社会で活躍していくことを切に願うものである」と述べています。
 周知のごとく、文部省の「職業教育の活性化方策に関する調査研究会議」は一九九五年の「最終報告」において「職業高校」を「専門高校」と呼称することを提起しました。
それは「現実の産業界から求められる知識・技術の水準を視野に入れながら、スペシャリストとなるための第一段階として、必要とされる専門性の基礎的・基本的な教育に重点を置く必要」からとされています。
 しかし、「有為な職業人」であれ、「スペシャリスト」であれ、それらは戦後の高等学校の理念からは直接導かれないものです。高等学校の目的はあくまで「高等普通教育」を基礎とした上で必要な「専門教育」をおこなうというものであって、それは教育基本法の理念・目的、すなわち「人間の育成」とともに「国民の育成」を図ることを前提とするものです。
 戦前・戦後の学制改革の不徹底さを反映して、高等学校はやがて普通高校と職業高校に事実上分離することになりましたが、それでも一九五五年時点で、普通科生徒が五十九.八%、職業科生徒四十.一%であったものが、一九九七年には普通科生徒が七十三・七%、職業科生徒が二十三・五%と、普通科生徒の占める割合が年々高まっています。普通科の生徒数はこの間、二・一倍であるのに対して、職業学科の生徒数はまったく変化なしです。中学校の卒業生が基本的にどのような教育を求めているかは明白ではないでしょうか。少なくとも「職業人の育成」「スペシャリスト」だけでは不安を感じているのは確かではないでしょうか。
 答申は今後の専門高校のあり方としてとくに留意した観点として次の二点をあげています。
 第一の観点は、「産業構造・就業構造の変化、科学技術の高度化、情報化、国際化、少子高齢化等現在進行している社会や経済の変化が、今後更に急速に進んでいくと見られることである。これらの変化は専門高校における教育を取り巻く状況として極めて大きな意味を持つ」というものです。問題は「大きな意味を持つ」と言う場合の「意味」の内容です。これまでも高度経済成長政策などの社会・経済の変化を理由に職業高校の必要性を強調し多様化を図ってきたにもかかわらず「有為な職業人」、とくに「中堅技術者」「事務従事者」などの育成という目的(あるいは意味)自体が存立し得なくなっているのではないでしょうか。
 第二の観点は「生徒一人一人の多様な個性を生かし、『ゆとり』のある中で自ら学び自ら考え、自ら判断する等の『生きる力』を育成するための教育を展開していくという学校教育全体の改善課題は、専門高校においても重要な課題である」というものです。しかし、ここからは専門高校独自の新しい方向は見いだせません。
 答申は「専門高校における教育の改善・充実のための視点」として①専門性の基礎・基本の重視、社会の変化や動向等に適切に対応した教育の展開、③生徒一人一人の個性を育て伸ばしていく教育の展開、④地域や産業界とのパートナーシップの確立、⑤継続教育機関との連携の促進、⑥各学校の創意工夫を生かした教育の展開、をあげ、さらに「具体的方策」として、①専門教育に関する必修単位数を現行の三十単位から二十五単位に削減するなど教育課程の基本的な基準等を見直す、②新教科として「情報」「福祉」を創設すること、③職業に関する各専門教科・科目の内容について、農業・工業・商業など特定の産業分野に直接関係した教育内容の充実を図るというこれまでの考え方を改め、それぞれの教科の専門性に着目し、より広い観点から教育内容をとらえるようにすること、を提起しています。
 以上のような改革方向はそれ自体としては理解できるようにも思われますが、同時に学校教育法が規定している高等学校の教育目標の第二項、すなわち「社会において果たさなければならない使命の自覚に基き、個性に応じて将来の進路を決定させ、一般的な教養を高め、専門的な技能に習熟させること」に限りなく接近する方向でもあることを指摘しておきたいと思います。この第二項は「高等普通教育」について述べたものであることは学校教育法が定める中学校の教育目標第二項と比べると明白でしょう。中学校の目的、すなわち「中等普通教育」の第二の目標は「社会に必要な職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと」とされています。
 なお、職業教育から専門高校へという状況のもとで、専門高校自体を学校教育法に示された高等学校の目標に即して、また高等学校全体の教育課程の基本的な理念のなかに位置づけて根本的に検討する必要があるのではないでしょうか。その場合、理科教育振興法および産業教育振興法に基づいて置かれている理科教育及び産業教育審議会の存在理由についても検討されていいように思います。
(四)一九九七年の第十六期中央教育審議会答申は「中高一貫教育」のあり方について提起しています。それは「中等教育学校」として法制化され、学校教育法第一条の「学校」に「中等教育学校」があらたに導入されました。この「中等教育学校」の目的は学校教育法では「小学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、中等普通教育並びに高等普通教育及び専門教育を一貫して施すこと」とされ、また「目標」は高等学校についての学校教育法上の目標と同じとされています。特別の理念もないいかにもつぎはぎだらけの目的・目標規定といわざるをえません。この時点でもなお「普通教育」という用語を用いるのであれば行政解釈としてでも「普通教育」、「中等普通教育」、「高等普通教育」あるいは「専門教育」についての立ち入った説明をするべきではないでしょうか。そもそも普通教育というもの自体、すべての子どもにたいして国民が保障するべきものであるのにたいして、前期課程での「中等普通教育」は一部の子どもしか享受できないものであり、同時に中学校の中等普通教育もすべての子どもたちにという性格が失われることになっています。

 第六節 「ゆとり」の中で「生きる力」をはぐくむ

 一九九六年の第十五期中央教育審議会(第一次答申)は第二部第一章(一)「これからの学校教育の目指す方向」において、「ゆとり」の中で「生きる力」をはぐくむことを基調に、教育内容の厳選、基礎・基本の徹底、個性を生かすための教育の改善、豊かな人間性とたくましい体をはぐくむための教育の改善、横断的・総合的な学習の推進、教科の再編・統合を含めた将来の教科等の構成の在り方、などを提起しています。
 「生きる力」についてはまず「学校・家庭・地域社会が相互に連携しつつ、社会全体ではぐくんでいくもの」として、「生涯学習体系社会」の成員として求められる「生きる力」であるとされています。学校・家庭・地域社会が相互に連携することは一面ではごくあたりまえのようにも思えますが、「生涯学習体系」というような特定の国家社会理念への統合のために相互の連携が求められのであれば話は違ってきます。学校・家庭・地域社会と言ってもそれぞれを構成している人々はそれぞれにおいてそれぞれの生き方をしているのであって、彼らが相互に連携することを求められても連携することの意味や必要性が相互に理解されていることが前提もしくは条件となるでしょう。例えば大震災とか非常事態が生じたような場合には「相互の連携」ということもありえるでしょうが、二十一世紀の社会の在り方としてこのような「相互の連携」が求められるというのは、二十一世紀の日本がよほど「有事社会」と想定されているのでしょう。
 つぎに、「生きる力」は「全人的な力であり、幅広く様々な観点から敷衍することができる」とされています。
 「全人」というのは聞き慣れない言葉です。「全人教育」という言葉は例えば昭和初期、小原国芳の教育論において主張されましたが、そこでは真・善・美・聖・健・富の価値を具現する理想的人間像を「全人」とされていました。今回の答申では①「これからの変化の激しい社会において、いかなる場面でも他人と協調しつつ自律的に社会生活を送っていくために必要となる、人間としての実践的な力」、②「初めて遭遇するような場面でも、自分で課題を見つけ、自ら考え、自ら問題を解決していく資質や能力」、③「理性的な判断力や合理的な精神だけでなく、美しいものや自然に感動する心といった柔らかな感性を含むもの」、④「よい行いに感銘し、間違った行為を憎むといった正義感や公正さを重んじる心、生命を大切にし、人権を尊重する心などの基本的な倫理観や、他人を思いやる心の優しさ、相手の立場になって考えたり、共感することのできる温かい心、ボランティアなど社会貢献の精神」などを有する理想的な人間像ということになるのでしょうか。
 社会の急激な変化が予想されればされるほどしっかりとした理性的判断力の育成を確保するということがルソー以来の教育の条理と言うものです。しかし、「理性」ではなく「他人との協調」を強調するのは、自分でも他人でもない第三者が要求する価値への協調を求めているからなのではないでしょうか。「自律的に社会生活を送」ることについても第三者の価値を自らの価値として「自律」的に生活することが求めれているのであって、理性的人間としての自立もしくは自律的な生活が求められているわけではないのです。す。
 わたしたちの生活はある意味で「初めて遭遇するような場面」の連続ではないでしょうか。黒船開国期や幕末・明治初期や第二次世界大戦後や原爆投下など私たちや私たちの祖先は共通して「初めて遭遇するような場面」に直面してきたといえます。あるいは子どもたちは生誕後、まさに毎日毎時間が「初めて遭遇するような場面」といえるでしょう。そのときに、私たちはある意味で「自分で課題を見つけ、自ら考え、自ら問題を解決して」きたとも言えますが、しかし、そのためには限りなく多くの人々の知恵に支えられ、限りなく多くの人々との意見交換や討論や闘いを通してより的確な課題を自分自身の努力の結果として見つけ、解決してきたのです。子どもの頃に多くの仲間や先生や家族の人々との可能なかぎり充実した交流があればあるほど、子どもたちは豊かな学習が可能となり、教育の結果を受け入れることができるようになります。「自分で課題を見つけ」ることができるかどうかはそれ以前にどれだけ豊かな学習や教育を蓄積しているかにかかっていると言えるのではないでしょうか。
 「生きる力」は「理性的な判断力や合理的な精神だけでなく、美しいものや自然に感動する心といった柔らかな感性を含むもの」とされています。ここには理性と感性とを対置させる独特な認識が見られます。本来、理性と感性とは対立するものではありません。人間は誰でもが無条件に「美しいものに感動する」ものなのでしょうか。あるいは「美しいもの」とは何なのでしょうか。
 例えば、子どもが道端で美しい石ころを見つけたとします。その子どもはその石ころに感動を覚えたとしても、美しいと思ったと言えるでしょうか。美しいということがどういうことであるかを理解できる子どもであれば別ですが。その子どもはその石ころを仲間とかお母さんに見せるとします。仲間は「ほんとに美しいね」と言ってくれましたが、お母さんは「ただの石ころじゃない、汚いから捨てていらっしゃい」と言ったとします。その時その子どもは「美しい」って何だろうとはじめて考えます。その子どもが自分が感動した時の様子をお母さんに詳しく話したり、同じ場面にお母さんを連れていってその石が光る瞬間を見せたとします。そうするとお母さんは「ほんとに美しい!」と感動してくれます。その子どもは自分が美しいと感じたことはきっと誰にとっても美しいものなんだということが理解できるようになるのです。美しいということについての子どもの発達段階に見合った理性的判断がこうしてすこしづつ形成されていくことになります。しかし、その子どもは花の美しさにはまだ気がついていません。チューリップの花が多くの人にとって美しく感じるものなんだと理解するためにはまだ相当な時間が必要のようです。もちろんチウーリップと石が逆の場合もあるでしょう。
 このようにして感性的認識は個々の複雑な経路をたどってしだいに理性的認識へ高まっていきますが、すべての感性的認識がかならず理性化するわけではありません。感性的な認識、瞬間的な一時的な認識あるいは主観的認識にとどまってしまうものもたくさんあります。しかし、人々はそれぞれの環境のもとで、より理性的な認識を求めてもいます。美しいものをもっと見たい、もっと勉強したい、本当のことを知りたい、と思っているのです。生涯学習というのは本来人々のそのような学習要求を満たすものであるはずです。「生涯学習体系」で必要となる「生きる力」はなぜかそのような人々の学習要求を感性的情念的レベル、非合理主義的レベルにおしとどめようとしているように思われます。
 「生きる力」は「よい行いに感銘し、間違った行為を憎むといった正義感や公正さを重んじる心、生命を大切にし、人権を尊重する心などの基本的な倫理観や、他人を思いやる心の優しさ、相手の立場になって考えたり、共感することのできる温かい心、ボランティアなど社会貢献の精神」であるとも説明されています。ここでいろいろな「こころ」や「精神」が強調されています。この強調は二年後(一九九八年)の中央教育審議会答申「幼児期からの心の教育の在り方について」において全面的に引き継がれて行きます。
 ところで、これまでも例えば小学校学習指導要領の「道徳」の内容項目に「正義の実現に努める」というのがあります。何をもって正義とするか、正義の実現に努める行為の善悪の基準は何か、正義の実現に努める行為についての道徳判断力を育成するためにはどのような道徳教育が可能か、などがそこでは課題となり「道徳」の位置づけにもよりますが理性的なレベルでの道徳判断力の育成の可能性を有していました。しかし、「正義感を重んじる心」ということになれば「正義感」のレベルでそれを重んじる道徳的心情を含む多面的な精神的働きの総体ということになり、ここでも感性的性格が強調されることになります。
 この他、「生命を大切にし、人権を尊重する心」などの「基本的な倫理観」、「他人を思いやる心の優しさ、相手の立場になって考えたり、共感することのできる温かい心、ボランティア」などの「社会貢献の精神」などについてもそれぞれ重要な論点があると思いますが、ここでは省略することにします。読者の側で応用問題としてご検討いただければ幸いです。
 「生きる力」というのは結局のところ「生涯学習体系」に積極的に貢献でき、理性的であることが必ずしも求められない「全人」に期待される力を意味するようですが、中央教育審議会答申はこの「生きる力」は「ゆとり」の中で育まれるとしています。「ゆとり」というのは言うまでもなく一九七六年の教育課程審議会答申が打ち出した教育課程政策を特徴づける用語で、基本的には教科内容や指導指導のあり方を充実させるのではなく、それらの比重を縮小し、教科外の「道徳」や「特別活動」あるいは学校裁量の時間の比重を高める教育課程政策のスローガンとして用いられてきました。
 中央教育審議会第一次答申はこの「ゆとり」政策をさらに徹底強化し、そのことによって「生きる力」を育成しようとしているのです。具体的には教育内容の厳選、基礎・基本の徹底、個性を生かすための教育の改善、豊かな人間性とたくましい体をはぐくむための教育の改善、横断的・総合的な学習の推進、などがあげられていますが、それらは第八節で扱う一九九八(平成一〇)年の教育課程審議会答申において具体化されていきます。
 第七節 「心の教育」政策と普通教育

 一九九八年六月、中央教育審議会は「幼児期からの心の教育の在り方について」という長文の答申をまとめました。これは臨時教育審議会や政府・文部省が今めざしている「生涯学習社会」構築のためのイデオロギー版ともいえるものです。しかし、「生涯学習社会」という構想自体が戦後理念と矛盾した虚構の社会構想ですから、「〜しよう」というかけ声ばかりが目につくこの答申も説得力のない矛盾に満ちた文書になっています。
 全体は「はじめに」、「第一章 未来に向けてもう一度我々の足元を見直そう」、「第二章 もう一度家庭を見直そう」、「第三章 地域社会の力を見直そう」および「第四章 心を育てる場として学校を見直そう」となっています。
 総論ともいえる第一章を中心に検討しておきましょう。
 答申はまず「我が国は、自由で民主的な国家として、国民が豊かで安心して暮らせる社会を形成し、世界の平和に貢献しようと努力を傾けてきた」(これを基本認識Aとしておきます)と述べています。ある意味で私もそのように思いますが、「努力を傾けてきた」のはだれか、その「努力」を支えていた理念は何か、その理念はどのような制度に裏付けられていたのか、について明確な認識を示すべきです。努力を傾けてきたのは主権者としての大多数の国民であり、その努力を支えていたのは日本国憲法をはじめとする戦後基本法制であり、それは国民主権、平和主義、議会制民主主義、基本的人権、地方自治等を根幹としているものです。むしろ「我が国」は戦後これらの理念や制度をあいまいにし骨抜きにしてきた経過をこそ直視するべきであって、その認識のうえに「努力」の内容を明確に提起する必要があるのではないでしょうか。
 答申はそのような認識をあいまいにしたまま、つづけて「また、我が国は、継承すべき優れた文化や伝統的諸価値を持っている。誠実さや勤勉さ、互いを思いやって協調する『和の精神』、自然を畏敬し調和しようとする心、宗教的情操などは、我々の生活の中で大切にされてきた。そうした我が国の先人の努力、伝統や文化を誇りとしながら、これからの新しい時代を積極的に切り拓いていく日本人を育てていかなければならない」(これを基本認識Bとしておきます)と述べています。
 答申が主権者たる国民に対してほんとうに責任ある立場で発言しているのなら、基本認識Aと基本認識Bとの関係についてより明確に説明するべきではないでしょうか。基本認識Aについては建前で、ほんとうに言いたいことは基本認識Bだというのでは誠実な発言とは言えないでしょう。
 教育基本法はその前文に「人間の育成」を論じそのうえで第一条で「国民の育成」を述べています。そこには戦前と戦後とについての明確な反省と理念が反映されているのです。そのことに言及することなく、「日本人の育成」しか言わないというのではいかに臨時教育審議会の答申に沿ったものだとしてもあまりにも一面的ではないでしょうか。ここにも戦後理念の事実上の否定という答申独自の立場が表れているのです。答申はそのような立場にたって「心の教育」を徹底しようとしているのです。
 基本認識Aも基本認識Bも両立させることもけっして不可能なことではありません。例えば、私たちがどのような国民や日本人になるべきかについては、個人個人が人間としてしっかりとした判断力をもったときに、あるいはそのような判断力を形成していく過程のなかで、個々人において自らの判断として自覚されていくものでしょう。その逆ではけっしてないのです。
 答申は事実上基本認識Bを前面に出して「二十一世紀」を論じ、「人類の生存基盤を脅かす問題が更に厳しさを増していく時代」であるとともに「人間環境の改善を図り、人類が共に平和と幸福を享受して生きていける世界を創っていける」時代にする課題を与えられていると述べています。答申は後者の課題に応えていかなければならないという認識から、いきなり教育課題を、しかも「心の教育」の問題として提起しています。この発想自体はいかにも伝統的なものです。
 ところで、答申は「二十一世紀」の課題を提起しながら、子どもたちを「日本人」として育てていくこと、具体的には社会全体で子どもたちが「生きる力」を身に付けるための取組みをすすめていくことの重要性を声高で叫ぶだけなのです。「二十一世紀」を語りながら子どもへの期待をこのような形でしか表現できない貧困さを指摘しないわけにはいきません。現在の学習指導要領を子どもたちに即して根本的に改善し、諸教科の内容やそこでの教育方法等を全面的に再検討し、学校を子どもたちにとって真に学びがいのある場所に転換し、教職員にとっても父母・国民にとっても安心して子どもたちに学校に通学させることは、現在にとっても切実な国民的課題であるだけではなく、「二十一世紀」にとっても、それがどんなに高度情報通信社会になったとしても、根本的な教育課題であることには変わらないはずです。
 答申は、「生きる力」を「自分で課題を見付け、自ら学び自ら考える力、正義感や倫理観等の豊かな人間性、健康や体力」としながら、その核になるものとして「豊かな人間性」をあげています。私たちはもうこのような美辞麗句にうんざりしています。なぜならば、このような美辞麗句はすでに与えられている特定の価値、教え込むことが予定されている価値の表現であって、子どもたちや国民が自らの判断で獲得していくものとしては期待されていないからです。「豊かな人間性」がどんなに豊かであってもそれはある特定の人間性像であって、子どもたちはその像という型のなかに溶かしこまれる材料に他ならないのです。
 答申は「豊かな人間性」の内容として「美しいものや自然に感動する心など柔らかな感性」、「正義感や公正さを重んじる心」、「生命を大切にし、人権を尊重する心などの基本的な倫理観」、「他人を思いやる心や社会貢献の精神」、「自立心、自己抑制力、責任感」および「他者との共生や異質なものへの寛容」の六点をあげています。これらは一九九八年改訂の中学校学習指導要領の「道徳」の領域に掲げられている計二十三の内容項目にもほぼ含まれておりますから、六項目と言わず二十三項目をあげたほうがもっと「豊か」になると思われますが、なぜか六項目に絞られています。いずれにしても項目の数で「豊かさ」が決まるわけでもないでしょう。
 例えば、「美しいものや自然に感動する心など柔らかな感性」について考えてみましょう。答申の立場からすれば、〈こういうものが美しいものに感動する心です〉と具体的に例示して子どもたちに注入して行かなければ効果は出てこないことになります。〈日の丸は美しい国旗ですね、君が代はなんと美しい国歌なのでしょう、それにしても社会のあり方に不平を述べたり批判をするのはなんて醜いのでしょう、科学的精神とか理性というのは柔らかな感性を摘みとってしまうものなんですよ〉という具合です。こんな「心の教育」を前提として「大人社会全体、家庭、地域社会、学校の足元を見直し、改めるべきことは改め、様々な工夫と努力をしていこうではないか」と答申は呼びかけているのです
 「豊かな人間性」とは人間的諸能力が豊かに発達していることを前提とするものではないでしょうか。美しいといっても人によってその感じ方はさまざまです。しかし、さまざまで終わってしまうのではなく、あるいはただそれを感性的にだけではなく、だれにとっても美しいもの、人間にとって美しいというものがどんなものであるかということについてしっかり判断できる力を身につけることができたとき、そこに「豊かな人間性」と言える者が表現されるのではないでしょうか。このような判断力を子どもの段階から順序よく育てていくことは、やはり教職についての専門的な資格のある先生をはじめとして充実した普通教育の機関としての学校の基本的な使命なのではないでしょうか。
 他の項目については読者に応用問題として残しておきたいと思います。
 つぎに、答申は「心の教育」を推進していくためにとして「大人社会のモラルの低下」について述べ、具体的には「社会全体や他人のことを考えず、専ら個人の利害得失を優先すること」、「他者への責任転嫁など、責任感が欠如していること」、「モノ、カネ等の物質的な価値や快楽を優先すること」、「夢や目標の実現に向けた努力、特に社会をよりよくしていこうとする真摯な努力を軽視すること」そして「ゆとりの大切さを忘れ、専ら利便性や効率性を重視すること」の五点をあげています。これらは「風潮」としても事実でしょうが、しかし、ある意味で資本主義社会としての市民社会が生み出す不可避的なモラルとしてこれまで繰返し指摘されていることばかりではないでしょうか。その意味では経済社会の根本的な変革の必要性を答申が示唆しているようにも思われますが、具体的にはモラルの低下の「是正」と一言あるだけでそれ以上なにも述べていません。これでは「心の教育」政策は初めからかけ声だけに終わってしまうことになります。
 最後に、答申の第一章は「今なすべきことを一つ一つ実行していこう」として、以下の各章に盛り込んだ広範な提言は「一見ごく当たり前のことと受け取られるかもしれないが、実行するには相当の努力が必要」であるとして、国民各界の理解と協力を求めています。しかし、「ごく当たり前のこと」というのは一見さしさわりのない表現ですが、いわば常識と言い換えることもできます。常識とはなにかについての議論はあるとしても、一般に常識はその時代の支配的意識を強く反映したものです。耳障りのよい「ごく当たり前のこと」を国をあげて大人社会の総力をあげて子どもに繰返し定着させていくことによって育成されるのは「ごく当たり前」の国民であり日本人ということにならざるを得ないでしょう。それは現実社会において、あるいは日本人として「ごく当たり前」ということであって、人間として当たり前ということを意味するものではありません。ここにも国民教育か普通教育か、国民の育成を第一義とする教育か、人間の育成を第一義とする教育かの分岐点があることを指摘しておきたいと思います。

 第八節 教育課程審議会答申

(一)教育課程審議会答申(以下「九八年答申」と略します)について検討することにしたいと思います。
 「九八年答申」は幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校および養護学校の各学校を網羅しているという点が大きな特徴ですが、その点に限って言えば普通教育の見地から見てそれは当然の方向と言えます。しかし、この答申は「前文」において「教育基本法及び学校教育法に定める学校教育の目的と目標に沿」ってと言いながら「二十一世紀を主体的に生きることができる国民の育成を期する」と強調しているように、臨時教育審議会答申の根本理念と同様、「人間の育成」には言及せず、もっぱら「国民の育成」をめざしており、その意味では「国民の育成」政策、普通教育と対置される「国民教育」政策に立った全面的な教育課程政策を提起したものといえるでしょう。なお、臨時教育審議会の答申では「教育基本法の精神」とされていたものがこの答申では「教育基本法の目的」と言い換えていることにも注意したいと思います。「精神」ということであれば教育基本法の前文の理念、したがって「人間の育成」も当然含まれることになりますが、「目的」となれば教育基本法第一条の「目的」を意味することになり、その場合は「国民の育成」だけになってしまうのです。一般の人々には気がつかないこのような言い換えで教育の理念をどんどん変えていくという手法は許されるものではありません。
 「九八年答申」は中央教育審議会の第一次答申(一九九六年)・第二次答申(一九九七年)および「幼児期からの心の教育の在り方について」(一九九八年)、理科教育及び産業教育審議会答申(一九九八年)さらには「教育改革プログラム」(一九九七年、一九九八年改訂)等を踏まえるとしています。それらについては他の節でも言及していますのでここでは省略いたします。
 「九八年答申」の「前文」では最後に、これまで教育課程の基準の改訂時に(これまで今回をふくめて六回)設置されてきた教育課程審議会の「常設化」を提起しています。それは「教育課程の編成・実施の実態等の調査・分析」、「教科等の構成の在り方」などについて「研究等を踏まえて、不断に見直し、その改善に向けた検討を行う」ためとされていますが、国家主義的な方向での教育課程政策を肥大化させるのではなく、これまでの五〇年近くにおよぶ教育課程政策の根本的な総括を踏まえて、教育権は主権者たる国民に存するという見地に立って教育課程の大綱的基準を策定するために必要な制度はいかにあるべきかを根本的に検討することこそが求められているのではないでしょうか。
 「九八年答申」は基準の改善の「基本的な考え方」として七項目、「ねらい」として四項目、さらに「各学校段階・各教科等を通じる主な課題に関する基本的な考え方」として六項目を掲げています。
(二)「基本的な考え方」は総論としての「子どもたちの成長への願いと学校への期待」の他に「各学校段階の役割の基本」、「子どもの現状、教育課程実施の現状と教育課題」、「『時代を超えて変わらない価値あるもの』を身に付ける」、「社会の変化に柔軟に対応し得る人間の育成」、「完全学校五日制下の教育内容の在り方」、「教育内容の厳選と基礎・基本の徹底」および「学習の指導と評価の在り方」の六項目が提起されています。この六項目の構成について言えば、「子どもの現状、教育課程実施の現状と教育課題」からはじめるというのではなく、教育課程審議会が期待する子ども観・教育観・学校観と各学校段階の役割論を最初に論じ、その枠のなかで「子どもの現状、教育課程実施の現状と教育課題」等を論じるという独特な順序になっています。以下、六項目のそれぞれについて検討することにします。

 イ.総論としての「子どもたちの成長への願いと学校への期待」については、全体として特定の子ども観・教育観・学校観が示されていることを指摘したいと思います。
 まず、「子どもたちは、幼児期から思春期を経て、自我を形成し、自らの個性を伸長・開花させながら発達を遂げていく」とされていますが、形成するのは自我だけではありません。人間性や人格や能力も形成されます。また、個性の伸長・開花というのも人間的諸能力の形成と深く関わっています。「発達を遂げる」という場合、何が発達するのかが不明です。子どもについて積極的に言及するならば、しっかりとした理論的な説明が必要ではないでしょうか。
 「九八年答申」はそのうえで「教育」について論じ、「教育は子どもたちの発達を扶(たす)ける営みである」と述べています。これも特定の「教育」観です。「教育」についてはさまざまな見解があってもいいと思いますが、教育課程審議会であるならば、日本国憲法や教育基本法に示された教育の理念・目的から説きおこすべきではないでしょうか。そこに二〇世紀後半にわが国が到達した教育理念・目的の歴史的・現実的到達点が示されいるのですから。それに異論があるというのであれば、どこに問題があるのかをふくめて積極的に主張するべきだと思います。
 「九八年答申」はこのような「教育」のために学校・家庭・社会が連携を図る必要があるとしていますが、その場合、学校・家庭・社会の意思とはそれぞれどのようなものであり、どのように表現され、どのように確認されるのか、学校・家庭・社会はどのような理念に基づいてどのように連携するかということも問題ですが、その前に主権者としての国民の教育に対する意思をどのように確認するかについて明確にするべきでしょう。
 「九八年答申」は「学校教育の特質」として「組織的・計画的・継続的な教育を行って、子どもたちの発達を促す」としていますが、理念・目的を曖昧にしたままで組織性・計画性・継続性にのみ学校の特質を求めるのは問題です。戦前の学校教育も「組織的・計画的・継続的」であるという点では最高度に発展したものと言えますが、その理念・目的のゆえに崩壊したのです。
 「九八年答申」は「学校は子どもたちにとって伸び伸びと過ごせる楽しい場でなければならない。子どもたちが自分の興味・関心のあることにじっくり取り組めるゆとりがなければならない。また、分かりやすい授業が展開され、分からないことが自然に分からないと言え、学習につまずいたり、試行錯誤したりすることが当然のこととして受け入れられる学校でなければならない」と述べています。一見美しい文章ですが、きわめて無責任な文章でもあります。学校が「子どもたちにとって伸び伸びと過ごせる楽しい場」であるべきかどうかは一概に言えません。子ども同士や先生とのさまざまな人間関係の中で子どもたちが人間としてまた国民としてしっかりと自立できる能力を習得させることが学校ですから、そこには楽しさとともにきびしさもあります。興味・関心ばかりを追い求めることもできないはずです。学習・教育を通じて子どもたちは知らなければならないこと、理解しなければならないこと、習得しなければならないことなどをつぎからつぎへと発見し、確実に自分のものとしていかなければなりません。そこにこそ子どもたちは知的興奮や喜びを自ら見いだすのです。「試行錯誤」が当然ということではなく、あらゆるものをじっくり観察し、事物の性質を正確に理解し、それが何であるかを的確に認識し表現できることが重要であって、「試行錯誤」はその過程のある意味で不可避的な要素に過ぎないのです。
 「九八年答申」は学校を「楽しい場」であるとしながら、「教科の授業だけではなく、学校でのすべての生活」を通して「存在感と自己実現の喜びを味わうことができる」と述べ、「学校生活」を構成する「さまざまな活動」を列挙し、そこでの「主体的な活動」の意義を論じています。しかし、そこでの「主体的な活動」が学校本来の目的とどのように関係しているのかが明確にされる必要があります。企業であれ役所であれ、そこにはそれぞれ固有の目的があり、それを中心に関係者間のさまざまな活動が展開されています。しかし、それらの活動の中に「主体的な活動」があるからといってそれがその組織にとって意味あるものであるかどうかは別の問題です。会社のサークルやアフターファイブのつき合いで「主体的な活動」をしたことが会社にとってどのように意味づけられているかは自ずから別個の問題です。
 「九八年答申」は「このような子どもの学校生活全体のうち、どこの学校に学んでも子どもたちに提供されるべき教育内容について、そのあるべき姿を検討した」と述べ、以上のような総論にたって、以下のような「基本的な考え方」を論じています。簡潔に検討してみたいと思います。

ロ.各学校段階の役割の基本
 「九八年答申」は幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校および養護学校についてそれぞれの「役割の基本」が提示されています。ここには学校とされながらも大学や専修学校、高等専門学校は除かれています。つまり、ここでの学校とは普通教育をおこなう教育機関としての学校に限定されていることに注意したいと思います。なぜ普通教育に限定するのかについて教育課程審議会は何も述べていませんが、私はそのことを最初に明確にするべきだと思います。
 幼稚園については種々述べた後「小学校以降の生活や学習の基礎を養う」と述べていますが、もしそうであるならば、限りなく普通教育に準じた位置づけが与えられています。一九九七年で幼稚園の就園率は六十二.五%であり微減傾向にあります。保育園や家庭での保育・養育との関係もありますが、普通教育への基礎的な部分と位置づけるならばすべての子どもが基本的な幼稚園教育を受けることができるように幼稚園のあり方を根本的に改善する必要があるでしょう。
 小学校および中学校については、「個人として、また国家・社会の一員として」、「社会生活を営む上で必要とされる知識・技能・態度」について、その「基礎を身に付け」あるいは「確実に身に付け」るとともに「豊かな人間性を育成する」としています。さらに小学校では「自然や社会、人、文化など様々な対象とのかかわりを通じて自分のよさ・個性を発見する素地を養い、自立心を培う」こと、中学校では「自分の個性の発見・伸長を図り、自立心を更に育成していく」こととされています。
 「個人として、また国家・社会の一員」あるいは「個性の発見・伸長」、「自立心」が強調されていますが、「人間の育成」という視点はここでも言及されていません。
 なお、中学校が「義務教育の最終段階」であるとしていることに触れておきたいと思います。これまでもしばしば述べたことですが、「義務教育」という用語は日本国憲法第二十六条第二項で用いられていますが、その意味するところは「義務制の普通教育」ということです。憲法ではすべての子どもに普通教育を受けさせるのは国民の義務であることを規定しているのであって、そのような意味での普通教育を義務教育という言葉で受けているにすぎないのです。憲法上は十八歳までのすべての子どもに普通教育を受けさせることが国民の義務であるとしているのです。したがって、中学校が「義務教育の最終段階」といえるのは、教育基本法が国民が義務を負っている普通教育は「九年」と限定していることに由来しているのです。学校教育法制定過程において、すなわち、一九四七年一月のことですが、文部省は戦後の財政事情を考慮した大蔵省の意向を受けて「高等学校の普通教育の義務制は昭和二十五年より実施する」という箇所を削除した提案をおこなったのです。
 なお、普通教育の最終段階を何歳までとするかは明治前期にも論点となっていましたが、一八八二(明治十五)年時点での文部省の方針は十八歳までであり、井上毅なども概ね十八歳をもって「普通教育の終焉」と見なしていました。当時、義務制は三〜四年でしたから、普通教育と義務教育とは概念的にはまったく別のものでした。戦後教育法制のもとで十八歳までの義務制の普通教育が少なくとも理念的には明確にされましたが、その後今日に至るまで、「義務教育の最終段階」という言い方であたかも普通教育の最終段階であるかのような位置づけをするのは理解できないことです。
 高等学校については、いよいよ普通教育の最終段階として、人間としてかつ主権者たる国民としての自立を確立する段階であるはずなのですが、「将来の進路を選択する能力」や「将来の学問や職業の専門分野の基礎・基本の学習によって、個性の一層の伸長と自立を図る」という進路選択能力や専門分野にたいする基本的な能力という、より制約された役割を期待するにとどまっています。
 ハ.子どもの現状、教育課程実施の現状と教育課題
 この項目については主として中央教育審議会第一次答申で指摘されている子どもの現状、文部省が実施した「教育課程実施状況に関する総合的調査研究」および国際教育到達度評価学会(IEA)の調査結果が紹介されているだけで、教育課程審議会としては「こうした子どもの現状、教育課程実施の経験等を十分踏まえることに努めた」と述べてはいますが、子どもの現状、教育課程実施の現状等および答申・調査結果についての教育課程審議会独自の分析や検討がなされているわけではありません。
 たとえば、子どもたちはゆとりのない忙しい生活を送っていること、社会性が不足し、規範意識が低下していること、いじめ、不登校、凶悪化する青少年非行などの憂慮すべき状況があること、学校生活や学業に適応できずに退学する者の数も相当数に上っていることが指摘されています。また、調査結果等を紹介しながら、子どもたちの学習状況について、国際的にも「おおむね良好」としながらも「過度の受験競争の影響もあり多くの知識を詰め込む授業になっている」、「時間的にゆとりをもって学習できずに教育内容を十分に理解できない子どもが少なくない」、「学習が受け身で覚えることは得意だが、自ら調べ判断し、自分なりの考えをもちそれを表現する力が十分育っていない」、「一つの正答を求めることはできても多角的なものの見方や考え方が十分ではない」、「算数・数学や理科の学習について国際比較すると、得点は高いものの、積極的に学習しようとする意欲等が諸外国に比べて高くはない」などが紹介されています。
 これほど重要な根本的な改善が求められている状況を指摘しながら、教育課程審議会はなぜそのような状況になっているのかについての因果関係を解明するとか、これまでの教育課程政策や学習指導要領の内容とか実際の授業がどのようになっているのかについてはまったく言及していないのは不思議というほかありません。教育課程審議会こそが最重要課題として検討するべき社会的責務ではないでしょうか。
 「教育内容を十分に理解できない」という指摘一つとっただけでも、教育内容それ自体についての検討もさることながら、教育内容が多すぎるからということだけではなく、なぜ十分理解できないのか、どこに問題があるのか、どのように改善すればよいのか、について真剣な分析と検討をおこなえば、あとで述べるような「教育内容の厳選」などの方向は出てこないのではないでしょいうか。

 ニ.「時代を超えて変わらない価値あるもの」を身に付ける
 「正義感や公正さを重んじる心」など七点があげられています。しかし、それらが中央教育審議会第一次答申で指摘されているから、教育課程審議会としても「このことについて十分認識」するという趣旨のことが述べられているだけです。前項の「子どもの現状、教育課程実施の現状」の分析・検討から導き出されたものではありません。
 「正義感や公正さを重んじる心」について言うならば、それらは抽象的形式的あるいは観念的には時代を超えた価値ともいえますが、現実的には時代によっても階級によっても立場によっても境遇によってもその内容はさまざまと言えます。子どもたちが生活している現実の中でどのように考えどのように振舞うことが人間として正しいことなのかについて多くの子ども仲間や教師や両親等との間での話合いをとおして、子どもたちが自分たちで十分納得できる「正しさ」を習得していくことはきわめて重要な課題であると思います。やみくもに「これが正義だ」というものを先人などさまざまな実例を挙げながら子どもたちに注入して、そのような「正義」に倣うような態度をうえつけることを教育課程審議会は考えているのでしょうか。

 ホ.社会の変化に柔軟に対応し得る人間の育成
 答申は「激しい変化が予想される社会において、主体的、創造的に生きていく」ために「自ら考え、判断し行動できる資質や能力の育成を重視していく」ことが求められると述べています。そのため答申は「これまでの知識を一方的に教え込むことになりがちであった教育から、自ら学び自ら考える教育へとその基調の転換を図り、子どもたちの個性を生かしながら、学び方や問題解決などの能力の育成を重視するとともに、実生活との関連を図った体験的な学習や問題解決的な学習にじっくりとゆとりをもって取り組むことが重要である」としています。
 普通教育の思想や教育学というのは「社会の急激な変化」への自覚と対決のなかで生成・発展してきたともいえるでしょう。ルソーの『エミール』も例外ではありません。そこから導かれる結論は、人間がさまざまな価値に振り回されないように人間が人間であるためのもっとも基本的な能力を子どものうちにしっかりと獲得しておく必要があるというものでした。
 「九八年答申」はこのような教育理念を忘れたかのように急激な社会に対応することをすべての子どもたちに求めているのです。
 「主体性」といってもその力となる理念・方向はどのようなものであるのか、国民あるいは日本人としての主体性なのか、人間としての主体性なのか、いずれにしてそれぞれの主体性を支える基本的能力とはどのようなものか、それはどのようにして形成されるものなのか、が問われることになるでしょう。
 また、「創造性」を発揮するためにはなんらかの「無」の自覚・意識が必要となります。現実社会において欠如しているもの、改革していくべきもの、あらたに創り出していくべきものといっても、現代社会や二十一世紀をどのように見るかによってさまざまな方向性がありえます。 教育課程審議会が「主体性・創造性」を強調するのは「生涯学習社会の構築」という理念・方向においてであろうと思われます。それ以外の主体性・創造性にたいしてどのように考えるのか、ある主体性・創造性は重視するが別の主体性・創造性は無視もしくは排除するというのでは話が変わってきます。
 また、「自ら考え、判断し行動できる資質や能力」についても、はじめから自ら考える力があるのではないのですからそのような「資質や能力」自体ある意味で教育の結果であると思います。しかし、はじめからそのような「資質や能力」を求めるとするならば、自ら考えることができる程度の、あるいは自ら判断できる程度の資質や能力が求められているのかも知れません。
 「九八年答申」は「これまでの知識を一方的に教え込むことになりがちであった教育から、自ら学び自ら考える教育へとその基調の転換を図る」という「画期的」な提案をおこなっています。文部省がこれまで「知識を一方的に教え込む」教育を推進してきたと認めたこと自体は興味あることですが、もしそのことが反省点であるならば、知識を知識としてしっかり習得させる教育への転換こそがその反省から導かれる方向ではないでしょうか。知識の習得というのは経験した何かについてのさまざまな学習・教育過程を前提とします。そこには喜びや努力をともなうものです。教師や子どもたちが人間的なふれ合いを通して人間にとってほんとうに必要な生きた知識を習得させていくことこそが教育といえるのではないでしょうか。このことを言わずに、短絡的に「自ら学び自ら考える教育」への転換を図るといっても、子どもたちの中にほんとうの知識・学力は習得されないのです。
 「九八年答申」は「実生活との関連を図った体験的な学習や問題解決的な学習にじっくりとゆとりをもって取り組むこと」を強調しています。
 先に「九八年答申」は「教育内容を十分に理解できない」という状況をあげました。ですから「教育内容を十分に理解できる」ように教育のあり方を改革していかなければならないのです。しかし、各教科や教育内容については言及せずに「実生活との関連を図った体験的な学習や問題解決的な学習」に教育の場を移動させ、そこで「ゆとり」を強調しているのです。これでは教育内容を十分に理解する教育は望めそうにありません。むしろますます理解できない子どもが増えることになるのではないでしょうか。
 「体験」の強調は経験や知識の軽視もしくは否定につながります。体験したことが話合いなどを通して相対化され経験化され、その後の精神活動の中で知識として蓄積され、より組織化されて本質的な認識の形成に寄与していきます。体験重視・体験主義はこの過程を重視しませんからいつまでも感性的な非合理主義的な認識のままにとどまることになります。かつて「這いまわる経験主義」ということが批判されたことがありましたが、教育課程審議会は「閉じられた体験主義」を志向しようとしているのでしょうか。

 ヘ.完全学校週五日制下の教育内容の在り方
 二〇〇二年から実施される完全学校週五日制が、教師の週休二日制や子どもたちの現状から構想されたものではなく、「生涯学習体系への移行」の具体化として構想されたものであることはすでに述べてきましたが、ここでもそのことがより明確に述べられています。
 「完全学校週五日制」は「生涯学習社会」の観点からすれば〈生涯学習の時間の増大〉にほかなりません。学習・教育の機会を学校だけではなく「家庭や地域社会における生活」の「比重を高める」ことによって、子どもたちを「生涯学習社会」の成員にふさわしく育成しようというのです。「生涯学習社会」というのは次節で詳しく述べますが、「学校教育をも含めた社会のさまざまな教育・学習システム」ということであり、システムという有機体にふさわしい一元的な強力な意思によって統括される社会のことです。すべての子どもたちをそのような「社会」の一員として育成していくためには教育基本法などに拘束されるような学校の比重は限りなく縮小し、かつ「生涯学習の基礎となる力を育成する」教育機関に転換する必要があるのです。「完全学校週五日制」の実施はそのために必要なのです。子どもたちは従来のような教育内容からは解放されるという意味においては「ゆとり」を得ることになりますが、「生涯学習の基礎となるような力の育成」のために子どもたちは学校や地域社会においてまた家庭においても、いつでもどこでもこれまでと同じかあるいはこれまで以上の学習負担を強いられることになるのではないでしょうか。
 「九八年答申」は「生涯を通じ、いつでも自由に学習機会を選択し、楽しく学び続けることが重要である」と説明しています。「自由に楽しく」とは結構なことですが、人間が本当に自由かつ楽しい人生を享受するためには充実した普通教育を受けていることが前提となるはずですが、そのような前提がないままに自由で楽しい学習ばかりを生涯を通じて選択しつづけていくことが子どもや大人にとって本当に幸福なことなのでしょうか。

 ト.教育内容の厳選と基礎・基本の徹底
 「ゆとり」のなかで「生きる力」を育成することの学校教育、とくに教育課程についての「基本的考え方」が「教育内容の厳選と基礎・基本」です。そこではまず「学力を単なる知識の量ととらえる学力観」の転換がいわれています。そのことがこれまでの文部省が「単なる知識の量ととらえる」学力観に立っていたことを意味し、それに対する深刻な反省から「転換」を提起したというのであれば、それはそれで検討に値するといえますが、「単なる知識の量ととらえる」学力観というものが具体的には何をさしているのかについては何の説明もありません。新たな学力観が提起されているだけです。その学力観が一九九一年に「指導要録の改善に関する調査研究協力者会議」が提起したいわゆる新学力観をさしているものであるのかどうかについても説明がありません。一九九一年の新学力観は言葉の上では一九八九年改訂の学習指導要領に対応した学力観とされていましたから、今回の学習指導要領改訂以後についても継承されるのかどうかが注目されます。
 「九八年答申」はまず「教える内容をその後の学習や生活に必要な最小限の基礎的・基本的内容に厳選する」と述べていますが、「教育内容」が「教える内容」にすり替えられ、しかもそれが「その後の学習や生活に必要な最小限の基礎的・基本的内容」とされています。「教育内容」について依拠すべきものは学校教育法に定められた初等普通教育、中等普通教育等の目標といえるでしょう。例えば、初等普通教育の目標の一つに「日常生活における自然現象を科学的に観察し、処理する能力を養うこと」とありますが、「観察し、処理する能力を養う」ために必要となる「教育内容」は「教える内容」に限定されるものではありません。また、「日常生活における自然現象」と「その後の学習や生活に必要な内容」とはまったく質を異にするものです。「厳選」というのはすでに存在している〈二つ以上のものからこれというものを抜き取る〉ことを前提とするものですから、〈これというものを厳しく抜き取る〉ためにはどこから誰がどのような基準で抜き取るかが問題となります。しかし、「その後の学習や生活に必要な内容」というものが具体的には何を意味しているのか、きわめて恣意的に常識的にとらえられているものなのか、なんらかの根拠があるものなのか、がまったく不明です。したがって、誰であろうと、どのような基準を立てようと、これといったものを抜き取りようがないのではないでしょうか。これまでの学習指導要領に記述されている内容、あるいは教科書に記述されている内容を意味するのでしょうか。しかし、それらは「その後の学習や生活に必要な内容」として記述されていたものなのでしょうか。
 つぎに、「九八年答申」は「子どもたちの以後の学習を支障なく進める」ために、「厳選された基礎的・基本的内容」を「繰返し学習させるなどして、確実に習得させる」としています。子どもたちは学習主体だけではありません。普通教育を受ける権利をもった主体なのです。学習していくだけでなく教育を受けていく上でも支障が生じないような基本的な学力が習得されていなければなりません。そのために必要な「教育内容」というのはそれほど明示的にあるわけではありません。子どもの生活・学習環境が大きく変化している現代社会であればあるほど、求められる「教育内容」は学校教育法が定める普通教育の目標を指針として教育に直接携わっている多くの教師や教育関係者などの自主的な研究成果に委ねられるべきではないでしょうか。教育課程審議会がその「教育内容」とはこれだと特定し、それを確実に習得させ、その習得内容と矛盾しない枠内にその後の学習を押し込めるというのでは、そのかぎりでの教育内容の確実な習得は可能となるかも知れませんが、人間として本当に必要な学力の習得は困難になるのではないでしょうか。
 「九八年答申」はこうして「基礎・基本の徹底」のうえに子どもたちが「ゆとり」のなかで、⒜繰り返し学習、⒝作業的・体験的な活動、⒞問題解決的な学習、あるいは⒟自分の興味・関心等に応じた学習、に「じっくりと創意工夫しながら取り組めるようにすることに努めた」としています。
 ここでは「作業的・体験的な活動」について検討しておきたいと思います。「九八年答申」では「環境問題への対応」のなかで「例えば身近な自然環境から地球規模の環境までを対象に環境を調べる学習など、問題解決的な学習や作業的な学習、体験的な学習を一層重視する」という説明がなされています。他にも「ものづくりや生産活動など体験的な学習」という言い方もされています。「環境問題への対応」といっても環境とは何か、環境問題が発生する因果関係についての基本的な認識をふかめるなどの教育ではなく、「環境を大切にする心を育成するとともに、環境の保全やよりよい環境の創造のために主体的に行動する実践的な態度や資質、能力を育成する」という観点からとらえられています。「作業的体験的活動」はこのような倫理・道徳的、態度主義的な観点とむすびつけられて強調されているのです。このような「作業」観、「体験」観も戦前の「労作教育」や「作業単元」などを想起させるものと言えます。
 さて、「教育内容の厳選」は⒜〜⒠にあげたような学習活動を確保するために構想されたものです。「教育内容」は「学習活動」におきかえられる勢いです。ところで「厳選される教育内容」というのはつぎのようなものです。
 
 ①子どもたちにとって理解が困難であったり、高度になりがちになったりする内容
 ②単なる知識の伝達や暗記に陥りがちな内容
 ③各学校段階間又は各学年間、各教科間で重複する内容
 ④学校外活動や将来の社会生活で身に付けることが適当な内容
 
 これらについて削除、移行統合、軽減が提案されています。
 これらの内容がなぜ削除等の対象となるのかについての明確な説明はありません。高度でも構わないし、暗記が必要である場合もあるし、重複が必要である場合もあるのではないでしょうか。問題は教育内容の厳選にあるのではなく、「教育内容が十分に理解されていない」のはなぜなのかについて徹底的な解明をおこなうことであり、ほんとうに必要な教育内容について十分時間をかけてしっかりと教育することです。そのことは基本的には教育現場に任せるべきなのです。また、教育現場においてもそのことに対応できるような専門的な力量のいっそうの向上が期待されます。そのために教員に真に自主的な研修権を認め大幅かつ研修機会を確保すべきなのです。

 第九節 「生涯学習社会」の構築

(一)臨時教育審議会答申が提起した「生涯学習体系への移行」は九〇年代に入ってまた九〇年代を通して具体的な輪郭が明かになってきました。中央教育審議会は一九九〇年一月三〇日に答申「生涯学習の基盤整備について」をまとめました。早くもその年の六月には「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法」(以下、「生涯学習振興法」とします)が制定され、八月にはそれに基づいて生涯学習審議会が文部省内に設置されました。一九九一年の第十四期中央教育審議会答申は第Ⅰ部第三章の「(二)生涯学習の視点」および第三部「生涯学習社会への対応」および「改革の実現のために」において生涯学習社会のあり方について提起しています。一九九二(平成四)年七月、生涯学習審議会は最初の答申「今後の社会の動向に対応した生涯学習の振興方策について」をまとめました。また、生涯学習審議会はその後、一九九六年四月に答申「地域における生涯学習の充実方策について」、一九九八年九月に答申「社会の変化に対応した今後の社会教育行政のあり方について」をあいついでまとめています。この節では第十四期中央教育審議会が提起した「生涯学習の視点」と、生涯学習審議会としては最初の答申「今後の社会の動向に対応した生涯学習の振興方策について」のなかの「生涯学習についての基本的考え方」について検討することにします。
(二)第十四期中央教育審議会が提起した「生涯学習の視点」について検討してみましょう。答申は「今後は学校教育をも含めた社会のさまざまな教育・学習システムを総合的にとらえ、人々の学習における選択の自由を拡大して、生涯にわたる学習活動を支援していくことが重要である」として述べています。さらに学校教育は社会に出る前に行われるものと考えることもない、義務教育を終えた後は進学するのも社会に出るのも自由である、高等学校や大学の途中で社会に出ることも、さらに後でまた学校に帰ってくることも個人の選択によるべきだ、学校教育のシステムを学校だけで完結させる必要はない、学校教育以外にも優れたさまざまな学習機会があるのだから、単位互換などによって、他の教育・学習システムを活用していくべきだ、などと述べています。
 「社会のさまざまな教育・学習システム」については、一九九二年の生涯学習審議会答申「今後の社会の動向に対応した生涯学習の振興方策」において「各省庁、地方公共団体、特殊法人、公益法人、企業等の教育研修機関や研究機関の蓄積する専門的な情報や技術を、生涯学習のために活用することも重要であり、これらの関連施設や研究施設等を、新しい生涯学習の場としてとらえることも必要である」と述べていることから、そこにあげられている機関・施設等と学校とを包括する概念であるといえましょう。防衛庁管轄の防衛大学校も当然その中に含まれることになります。最近の文部省の学習塾に対する対応の変化もこのことと関連しているのです。
 ところで、学習とは何か、また学習と教育とはどのような関係にあるのでしょうか。学習という概念も心理学上の概念などさまざまな意味で用いられますが、ここでは一九八五年にユネスコ国際成人教育会議が採択した学習権宣言を手がかりにしておきたいとおもいます。そこでは「学習権は基本的人権の一つであり、その正当性は普遍的である」と規定されています。わが国の教育基本法をはじめとする法制において学習概念が明確に位置づけられていないことは今後の重要な課題と言えます。したがって、学習と教育との関係についても法制度上現状では明確ではないという状況はあります。しかし、日本国憲法や教育基本法の理念等から考えて学習がどのように位置づくのかについてはおおよそ見当をつけることはできます。
 日本国憲法は「人類普遍の原理」のうえに、主権は国民に存し、国民は教育を受ける権利を有すると規定し、教育基本法は人間の育成のうえに国民を育成するという理念を明確に規定しています。先の「学習権宣言」も「学習権は、人間の生存にとって不可欠な手段である」と述べていますが、人類的普遍性もしくは人間の育成を根本理念とする憲法・教育基本法もまた「学習権宣言」が志向する学習概念と矛盾するものではないことは明かではないでしょうか。「学習」および「生涯学習」概念についての国民合意に基づいた法的整備も重要な課題になると思います。
 ところが、中央教育審議会は「学習」概念が法制上明確ではない現状のもとで、「学習システム」という新奇な言葉をこれもまた新奇な「教育システム」とむすびつけて「学習・教育システム」とし、それを「生涯学習機関」として括るという二重三重の操作をした上で「生涯学習社会」を構想し、それを一九九〇(平成二)に制定したいわゆる「生涯学習振興法」のもとで構築しようとしているのです。このような構想自体きわめて作為的な構想と言わざるを得ません。
 ここで想起されるのは一九三七(昭和十二)の内閣直属の教育審議会の設置です。その直前に政府は「国民精神総動員実施要綱」を閣議決定しています。教育審議会の任務は「教育ノ刷新振興ニ関スル重要事項ヲ調査審議ス」とされましたが、翌年(一九三八年)の答申「国民学校、師範学校及幼稚園ニ関スル件」では「国民学校」は「国民全体ニ対スル基礎教育」と位置づけられました。また、その年、文部省は「国民学校、国民実修学校要項」のなかで「本当ノ日本国民ヲ作ル・・・・横ニ沢山並ンデ居ルノデハ巧ク行キマセヌノデ」とのべて、教科の統合の方針を明確にしました。教科だけではなくさまざまな教育機関の一元的統合はファシズムへの道であったのです。なお、当時、「授業時間の削減」、「個性尊重」あるいは「自由裁量の時数」などの言葉も教育政策文書で用いられていました。
(三)第十四期中央教育審議会答申は「学校」を「生涯学習の基礎」と「生涯学習機関としての学校」とに区分しています。前者には小学校と中学校、後者には大学・短大、高等専門学校、高等学校、専修学校があげられています。高等学校が「生涯学習の基礎」を担う「初等中等教育」に含まれていないことに留意しておきたいと思います。
 同じ普通教育機関でありながら高等学校を小・中学校から切り離して「生涯学習機関としての学校」と位置づけるのは、義務教育とは義務制の普通教育にほかならないという見地を否定し、普通教育とはすなわち義務教育のことであるという社会通念を最大限に活用して、義務教育ではない高等学校の「生涯学習社会」の中で果たすべき役割をことさら強調する必要があるからではないでしょうか。普通高校も多様化し、専門学校も多様化し、さらに総合学科高校を新設し、新しいタイプの専門高校や四年制高等学校などを構想し、さらには中等教育学校を制度化するなど、高等学校は普通教育機関としての実質を喪失させられているのが現実です。答申はこのような高等学校の現状を追認しさらに「生涯学習機関」として再編成しようとしているのです。
 「社会のさまざまな教育・学習システム」の中にはすぐれた教育・学習システムもあるでしょう。また劣悪低俗なシステムもあるでしょう。利益中心・実績中心・高学費のシステムもあるでしょう。高等学校を「社会のさまざまな教育・学習システム」と同列に見るというのは、高等学校を義務教育ではないということを唯一の口実としてそのような雑多な「学習教育システム」の中に放り込んでしまうことを意味することになるのではないでしょうか。
 戦後、新制高等学校は普通教育機関として、しかも義務制の普通教育機関として出発する可能性が十分あったのです。その後半世紀を経た今日、戦後的な特殊事情が解消したわけですから、高等学校は青年期にふさわしい充実した義務制の普通教育機関として実現する条件が成熟していることは誰の目にも明かではないでしょうか。にもかかわらず、普通教育としても義務制としてもひきつづき無縁なままに、ただ政治的・経済的・財政的事情のためにきわめて複雑で不安定な学校として存続することを余儀なくされているのはどう考えても理不尽なことではないでしょうか。
(四)このように見てくると「社会のさまざまな教育・学習システム」とは、「生涯学習の基礎」としての小・中学校と「生涯学習機関としての学校」およびその他学校以外のさまざまな教育・学習機関、の総体ということになるでしょう。しかもその総体が「システム」としてとらえられています。「システム」という概念についてはすでに一九七一年の中央教育審議会答申において提起されており、本書の第十章でも言及しておりますからご参照いただきたいと思いますが、この場合は大きく三つに区分できる学習・教育機関群が相互に有機的な関連性をもって機能する総体であることを意味します。この総体が相互に有機的に機能するためには全体を統括する一元的な強力な意思が前提となりますが、それはさしあたっては生涯学習審議会ということになるのでしょうか。生涯学習審議会等の意思で有機的に動くさまざまな学習・教育システムの構築、これが臨時教育審議会・中央教育審議会が打ち出した「生涯学習体系への移行」であり、「生涯学習社会の構築」といえるでしょう。
(五)第十四期中央教育審議会答申は「学校教育と社会のあいだの仕切りをゆるやかに」することを求めています。「仕切り」という曖昧な表現も答申文書等にみられる特徴の一つと言えます。「仕切り」とはどのようなものであるかはおおよその見当がつくと思います。
 競争原理や能力主義や「力の論理」に支配されている現実の社会制度から相対的に区別された教育制度・学校制度の確立こそが戦後教育の理念だったのです。この相対的区別を確保し保障するために種々の制度化が図られました。日本国憲法に重要な教育条項が導入されたこと、教育基本法が制定されたこと、そこではとりわけ「国民の育成」に対する「人間の育成」の優位性が、個性的文化に対する普遍的な文化の優位性が教育理念として明確にされました。これらを障害とみる見地からはこれらの戦後理念・原則は〈高い仕切り〉とみえるのでしょうが、この仕切りをゆるめることは、戦前への逆戻りであり、新たなファシズムへの接近でもあるのです。それにしてもこれまで学校教育は競争原理だとか差別選別主義だとか能力主義などのいわば社会原理をどんどん受け入れてきました。あるいは受け入れることを余儀なくされてきました。「仕切り」はゆるやかすぎるほどゆるやかなのです。
 しかし、そうは言っても法制上・理念上は高い仕切りがあるじゃないか、その高い仕切りのせいで教科書裁判がひきおこされるし、教育をめぐる係争があとをたたないのだ、とにかく仕切りをゆるやかにして国家社会が許容し得る学校教育になってもらわないと困るのだ、というのが中央教育審議会の言い分なのです。
 中央教育審議会が問題にする法制上の・理念上の高い仕切りとは日本国憲法であり、教育基本法ですからこれらを改正するのが本心のようですが、臨時教育審議会も「教育基本法の精神に則り」といっている以上そうもいかないので、「生涯学習社会」を構築して事実上仕切りを限りなくゆるやかにしてしまおう、というのです。これも「規制緩和」路線の重要なあらわれといえるでしょう。
(六)小学校・中学校が「生涯学習の基礎」としての役割を担うとはどういうことを意味するのでしょうか。答申は小・中学校では「生涯にわたって学習を続けていくために必要な基礎的な能力や自ら学ぶ意欲や態度を育成する」と述べています。この場合、このような能力や意欲・態度を育成することと、人間として自立できる能力や意欲・態度を育成することとは同じなのでしょうか。答申によれば、生涯にわたってどのような学習を続けていくかは個人によってそれぞれということなのです。個人個人によって異なるものと人間であれば誰にとっても必要なものとはたしかに区別される必要があります。しかし、問題は両者をどのように関連づけ、どうすれば両者ともしっかりと習得させることができるかを明確にすることではないでしょうか。そのことを抜きに「生涯にわたって学習を続けていくために必要な基礎的な能力」を個人個人がそれぞれに習得していくということは可能なのでしょうか。もし可能であるならば、それはかなり統制の効いた学習環境であることが必要となるでしょう。
 いわゆる教科を主体とした学習・教育指導は最小限にし、教科以外の「道徳」や「ゆとり」などの時間にさまざまな体験活動を組織して、自分が何を学びたいかを感性的に身につけさせ、その後の社会の変化に機敏に対応できる個人を育成する、そのような学習・教育環境であることがそこでは求められるのです。したがって、そこには、子どもが生涯どのような生き方をするにせよ、人間として誰でもが生まれながらに共有している基本的な可能性としての諸能力を、個性豊かに具体的な能力として実現し、社会的に自立した理性的人間を育成するという普通教育は基本的には存在する余地がないのです。「生涯学習社会」は普通教育と両立しないと言わざるを得ません。
(七)最後に、一九九二(平成四)年の生涯学習審議会の答申「今後の社会動向に対応した生涯学習の振興方策について」について普通教育との関連という視点から検討しておきたいと思います。
 答申は「生涯学習社会」構築のための政策展開のこれまでの経過をふりかえりつつ、「生涯学習の必要性」の背景について、科学技術の高度化、情報化、国際化、高齢化、価値観の変化と多様化、男女共同参画型社会の形成、家庭・地域の変化、などをあげています。その上で「豊かな生涯学習社会を築いていく」ことが述べられていますが、指摘された多くの「背景」がなぜ「生涯学習社会」とむすびつくのかについては説明できていないのが最大の特徴と言えます。生涯学習審議会はもはや「生涯学習社会を築く」ことを所与の前提として、そのために重要と思われる視点を提示するに留まっています。
 その視点とは次のようなものです。

(一)人々が生涯にわたって学習に取り組むというライフスタイルを確立すること
(二)人々の様々な潜在的学習需要を顕在化し、具体的な学習行動にまで高めること
(三)学校その他の教育機関等と密接な連携を図り、専門的な学習需要にこたえること
(四)学習の成果を職場、地域や社会において生かすことのできる機会や場を確保すること
 
 なぜ「潜在的学習需要を顕在化」させなければならないのでしょうか。すでに顕在化している学習需要を人々の学習権の切実な表明ととらえてその需要に積極的に応える施策を進めることこそが先行されるべきではないでしょうか。顕在化している学習需要であっても「具体的な学習活動に結び付いていない」理由は答申が正しく指摘しているように、時間的余裕がないこと、希望する分野の学習機会がないこと、学習機会が身近にないこと、経済的な負担が大きいこと、などによるものです。教育基本法第二条は「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない」と規定していますし、また第七条は「家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によって奨励されなければならない」と定めているのです。ここで言う教育には学習が前提とされていることは言うまでもありません。したがって、学習需要があっても具体化されない理由として答申が指摘した項目が十余項目にのぼっているのは国や地方公共団体の怠慢を指摘したと言うべきものでしょう。「生涯学習社会」である必要はまったくないのです。とくに「時間がない」「経済的な負担が大きい」などは深刻といえます。これらを根本的に解決するための労働時間の短縮と自由時間の確保、あるいは待遇条件の抜本的な改善等こそが求められるのではないでしょうか。また、潜在的であれ、顕在的であれ、住民や市民がどのような学習需要をもっているかを正しく把握すること自体、行政の責任であり、その把握に基づいた積極的な施策こそが今求められているのではないでしょうか。
 また、答申は「学習機会を提供する側」として国、地方公共団体、社会教育施設、スポーツ・文化施設など多くの機関を挙げていますが、「学習機会を提供する側」と「学習機会の提供を受ける側」という区分も正しくありません。本来、人間は必要な場合、学習機会を自らつくりだすのであって、すべてを他者からの提供に依存しているわけではありません。子どもたちでさえ、仲間同士での遊びやさまざまな学習活動を実に自主的に多様におこなっています。これら自由に展開されている人々の学習活動やそのために確保している学習機会を行政上においても確保し、あるいは充実させていくことこそが求められているのではないでしょうか。

 第十節 「生涯学習社会」構築のための地方教育行政のあり方

(一)中央教育審議会は一九九八(平成一〇)年九月、「今後の地方教育行政の在り方について」という答申をまとめました。地方教育行政のあり方自体が中央教育審議会への諮問事項となったのは今回がはじめてです。教育委員会法が廃止されて「地方教育行政の組織運営に関する法律」が制定されたのが一九五八(昭和三十三)年ですから、それ以来の政策提言ということになります。この答申は一言で言えば「生涯学習社会」構築のための地方教育行政のあり方を全面的に提起したものと特徴づけることができます。
 答申は「はじめに」、「第一章 教育行政における国、都道府県及び市町村の役割分担の在り方について」、「第二章 教育委員会制度について」、「第三章 学校の自主性・自律性の確立について」および「第四章 地域の教育機能の向上と地域コミュニティの育成及び地域振興に教育委員会の果たすべき役割について」からなっています。各章ともそれぞれの章であつかう制度の「概要と課題」のほかに四〜五項目を配置し、それぞれに「具体的改善方策」を掲げ、その方策は総計すると一四六項目にのぼります。
 教育行政については中央教育審議会としてははじめての答申ですから、戦後教育改革の原点をふまえそれ以後五十数年間の中央教育行政および地方教育行政のあり方について立ち入った総括が期待されていましたが、今回の答申はそのような歴史的総括や中央教育行政のあり方についてはまったく言及していません。
 しかし、この間、臨時教育審議会、中央教育審議会、教育課程審議会などによる審議会答申行政は飛躍的に強化されてきました。また多くの調査研究協力者会議等が組織され中央教育行政機関としての文部省の調査研究機能も強化されています。また、一九九〇年にはいわゆる「生涯学習振興法」が制定され文部省にあらたに生涯学習審議会が設置され、関連省庁とも連携して「学校教育を含む社会のさまざまな学習・教育システム」全体にたいしコントロールする強力な権限をもつに至りました。また、いわゆる「地方分権化」推進の名のもとで中央教育行政をまさに全国の隅々にまで浸透させることが企図され、さらに「文部科学省」への再編によって中央教育行政権限のいっそうの強化が予測されています。このように中央教育行政の権限強化とセットになって今回の答申が作成されていることに留意しておきたいと思います。
 答申が言及しているのは一九九六年の中央教育審議会第一次答申、翌年の第二次答申、一九九八年の中央教育審議会答申「新しい時代を拓く心を育てるために」および教育課程審議会答申のみです。答申はさらに一九九八年の閣議決定「地方分権推進計画」、中央省庁等改革基本法について言及し、それら一連の答申等が打ち出している方向の実現を徹底させるという見地を強調しています。
 答申は「はじめに」において、これらの諸答申が打ち出している「教育改革の成否は、各学校と各地域が教育改革の理念と目標を踏まえて、実際にどのような取組を行うかにかかっている」と述べていますが、「各学校と各地域」は「教育改革の目標と理念」を実現させるものとして位置づけられていることに留意したいと思います。
 答申はそのような認識のもとにつぎの四つの観点から学校、地域、教育委員会についての「改善方策」もしくは「改革の方向」を提起しています。ここではこの四つの観点についてのみ検討しておきたいと思います。
(二)学校については「子どもの個性を伸ばし豊かな心をはぐくむ」ため、「学校の自主性・自律性を確立し、自らの判断で学校づくりに取り組むことができるよう、学校及び教育行政に関する制度とその運用を見直す」としています。
 人間性への配慮を欠いた「個性」や「豊かな心」の強調が結局は人間性を奪い去られた国民もしくは日本人を育成することにならざるを得ないことについてはすでに繰返し述べてきました。しかし、答申はそのような日本人を育成するために「学校の自主性・自律性を確立する」としています。学校の「自主性、自律性」の確立といっても現実は自主性を発揮する余地はきわめて制約されており、自律性の内実をなす理念・目的はすでに国によってあたえられているのであって、その意味では学校が自主性・自律性を確立すればするほど、国家が求める教育統制・教育支配の論理に巻き込まれていくという〈構造〉になっていることを指摘せざるを得ません。あるいは自主性の発揮ということではなく「確立」としているのはそのような〈構造〉の確立を意味しているとも言えます。そのような構造を構築するために「教育行政の制度とその運用を見直す」としているのです。
(三)地域については、「地域内の学校や関係機関・団体等が連携し、保護者や地域住民の協力を得て子どもの生活と行動の環境を整備し、子どもがさまざまな体験を重ねることができるよう学校、関係機関・団体及び家庭の相互の連携協力を促進する」としています。
 地域ぐるみで子どもの生活のみならず行動環境までも「整備」する、これは向こう三軒両隣の監視体制づくりを想起させるものです。「さまざまな体験を重ね」てもそれらが経験知としての広がりや深まりまでは追究されず、結局は非合理的な思考や判断のみが重視されることになります。そのために諸機関等が「連携協力」するというのは、まさに二十一世紀を危機社会・有事社会とすることを想定しているからなのではないでしょうか。
(四)教育委員会については、「主体的かつ積極的に行政施策を展開することができるよう」に教育委員会制度を見直すとともに、「教育行政に地域住民や保護者が積極的に参画するシステムを導入する」としています。
 教育基本法は教育行政について教育基本法がめざす「教育の目的」を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標とするとしていますが、ここでは教育委員会は「主体的かつ積極的に」「行政施策を展開する」とされています。
 しかも、行政が地域住民にたいして直接責任を負うということではなく、地域住民を行政の中にかかえこみ、地域住民と行政とが有機的に機能する「システム」を導入するとしているのです。
(五)「各地方公共団体が主体的に施策を実施し、各学校が自主的に教育活動をおこなうこと」が「同時に教育委員会や学校がより大きな責任を負うことになる」という関係を明確にする、と述べています。
 ここで地方公共団体と教育委員会との関係について振り返っておきたいと思います。
 地方自治法によれば、地方公共団体は学校の設置・管理等について事務をおこなうことになっていますが、また執行機関として教育委員会を置くことになっています。この教育委員会には「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」に基づいて学校等の設置、管理及び廃止に関することなど十九項目の職務権限があるとされています。地方自治法はこれを受けて「教育委員会は(中略)学校その他の教育機関を管理し、学校の組織編制、教育課程、教科書その他の教材の取扱及び教育職員の身分取扱に関する事務を行い、並びに社会教育その他教育、学術及び文化に関する事務を管理し及びこれを執行する」と定めています。この場合、地方自治法は地方公共団体が地方自治の原則に立脚しながらも「国と地方公共団体との間の基本的な関係を確立」するとしていますが、教育行政については教育基本法第十条に基づいて「国民全体に対し直接に責任を負って行」うこと、および教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標としておこなうこととされ、教育委員会は教育基本法の趣旨に沿って事務を行うものとされています。文部大臣の教育委員会にたいする関係について「必要な指導、助言又は援助をおこなう」と限定的に規定されているのも、教育行政の特質、地方自治の原理から導かれているのです。
 ところで、答申は地方公共団体と教育委員会の関係について、地方公共団体が主体となって多面的かつより強力な「施策を実施」しそれを受けて「各学校が自主的に教育活動を行う」という関係を前提として、それに応じて教育委員会や学校の責任が左右されるという見解を示していますがこのような見解はまったくあべこべの議論であると言わざるを得ません。そもそも教育のあり方、とくに普通教育のあり方は主権者である国民の総意、地域住民の教育要求を基礎に日本国憲法や教育基本法が示す教育の理念・目的に即しておこなわれなければならないものなのです。教育委員会や学校の責任はそれらにたいして負うべきものではないでしょうか。
 
 第十一節 中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」
 
 中央教育審議会は一九九九年十二月、「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」という答申(以下「答申」とする)を文部大臣に提出しました。この「答申」は「はじめに」「第一章 検討の視点」「第二章 初等中等教育の役割」「第三章 高等教育の役割」「第四章 初等中等教育と高等教育との接続の改善のための連携の在り方」「第五章 初等中等教育と高等教育との接続を重視した入学者選抜の改善」「第六章 学校教育と職業生活との接続」から構成されています。ここでは第一章と第四章を中心に検討しておきたいと思います。
 最初に、「接続」とはなにかを見てみることにします。「答申」第一章第2節「検討の課題」にはつぎのように述べられています。一方では、大学進学率上昇の傾向は当分の間進んでいくこと、他方では高等学校の多様化が進んでいる、という状況のもとで「接続」の課題として(一)「自ら学び、自ら考える力」と「課題探究能力」の育成を軸とした教育、(二)後期中等教育段階における多様性と高等教育段階における多様性との「接続」、(三)大学と学生とのより良い相互選択を目指して、(四)主体的な進路選択、の四点を指摘しています。
 大学進学率はともかく、「高等学校の多様化」については「中高一貫教育の導入や新学習指導要領の実施などにより」と説明されているように政府・文部省の教育政策の進展を期待した将来予測を前提としてこの答申が構築されていることが大きな特徴と言えます。しかし、そこで現実に予想される事態としては、限りなく多様化・個性化された学校制度、教育内容、教育方法のもとで、子ども達は生き生きとした人間的・社会的感性を結実させることなく不本意なままに相互に「個」別な存在として、与えられた「個」としての生き方にひたすら駆り立てられているという情景ではないでしょうか。そのような高等学校を卒業した生徒たちが、さらに進学する際には、わけもなく自らの適性や意欲をあおられてそれらを手際よく選り別けてくれる入試方法にたすけられて大学に進学し、入学後もその宿命にそって各自に期待された「課題探究能力」に邁進するという姿ではないでしょうか。
 「答申」の第四章は以上をうけて五つの「具体的な教育上の連携方策」が提示されていますが、ここでは最初の「高等教育を受けるのに十分な能力と意欲を有する高等学校の生徒が大学レベルの教育を履修する機会の拡大方策」について考えてみたいと思います。
 各大学では、科目等履修生制度を活用して、高校生が大学レベルの教育を履修する機会を拡大する、その際、夏期休業期間中の集中講義の形態をとったり、大学入学後にその単位を認定するなどの工夫をする。
 また、各大学では公開講座やSCS等の通信衛星による教育の機会を活用して高校生に大学のもつ幅広い教育機能を提供したり、さらに大学の教官が高等学校を訪れ専門分野の学問を紹介したり講義をおこなう、「飛び入学」については数学・物理以外の分野への拡大を検討する、などが提起されています。
 このような方策はそれ自体と可能であり必要である場合もあり得るでしょう。しかし、今日の高校教育の課題は、多様化された学校類型のもとで、それぞれにおいてすべての高校生に基本教科に関する十分な生きた学力を習得させ、リアルな理性的な判断力が習得できるように全力をあげることであり、今日の大学教育の課題は、教養教育と専門教育との関係についてのいっそう深い検討をすすめながら大学院をも含めたトータルな大学教育の在り方を明確にし、すべての大学生が自ら選んだ専門分野について社会の期待に応え得るしっかりとした専門性を習得できるように促すことではないでしょうか。
 普通教育機関としての高等学校自体の本来の目的をより拡充すること、学校教育法に示された目的に沿って大学教育のあり方を抜本的に改革していくこと、これらが双方で進展していくならば、「接続」という問題自体が解消されることになるのではないでしょうか。
 なお、一八八二(明治十五)年に開催された学事諮問会において文部省はそれぞれ多様化していった「専門教育ト普通教育トノ関係」について「連絡相通スルコトヲ示スハ最モ須要ノ事」と指摘し具体的な方針を提示していますが、今日の「接続」・「連携」問題の歴史的原点といえましょう。

 第十二節 教育基本法および日本国憲法改正論と普通教育

(一)一九九九年十月に就任した中曽根文部大臣は就任当初から教育基本法改正を表明しています。九〇年代に入って自民党内で教育基本法改正論議が活発になってきたことはすでに述べてきたところですが、それをさらに政府レベルに引き上げたというべきでしょう。あらたに設置された教育改革国民会議や今後の中央教育審議会において教育基本法改正問題が位置付けられることは必至と思われます。
 中曽根文部大臣は二〇〇〇(平成十二)年二月十六日の衆議院文教委員会において、教育基本法を改正する理由として、①生涯教育の視点がない、②日本の歴史・伝統・道徳教育の記述がない、③すでに定着している男女共学の規定がある、をあげています。
 教育基本法に「生涯教育」という言葉こそありませんがそれは「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない」(第二条)という規定のなかに十分位置づくものです。「日本の歴史・伝統」についても教育基本法は「国民の育成」を否定しているわけではありませんから、教育基本法の理念のもとで十分位置づくと言えるでしょう。「道徳教育」についていえば、すくなくとも一九五八年以来政府・自民党は過剰なほど「道徳教育」政策を推進してきたのですから、いまになって教育基本法に記述がないなどといえる立場にはありません。日本国憲法や教育基本法の理念・目的に沿うものである限り、基本法を補強する下位法等で対処することは可能なのですから、「道徳教育」を重視するのであればそのような努力をすべきではないでしょうか。「男女共学」についてはいまだ定着しているとはけっして言えない現実がありますし、たんに制度上だけではなく、より本質的な意味での男女共学はもっともっと徹底されていくべき課題があるのではないでしょうか。
 教育基本法は、第一に、日本国憲法の民主的理念・原則と一体の準憲法的性格を有していること、第二に、教育の理念として「人間の育成」を第一義的なものとしてそのうえに「国民の育成」を位置づけていること、第三に、普遍的な文化のうえに個性的な文化の普及徹底を図るとしていること、第四に、以上のような基本理念のもとに普通教育をふくむ教育全般について教育の目的・方針を明確に条文化していること、第五に、教育機会の均等の原則を明確にしていること、普通教育を無償かつ義務制としていること、「学校」は「公の性格」をもつものであるとしていること、「教員」は「全体の奉仕者」であり、教員の身分は尊重されなければならないとしていること、社会教育は「奨励」されるものと規定していること、「政治的教養」や「宗教に関する寛容の態度」等は尊重されるべきものとしていること、などきわめて重要な条項が配置されていること、第五に、教育行政が政府に対してではなく国民に対して直接責任を負っておこなわれるべきものであることを明記していること、など世界に対しても誇り得る法律といえます。もちろん半世紀前という制定当時の歴史的制約もあって普通教育についての規定が明確ではないなど、指摘されるべき論点もないわけではありませんが、今日のもはや末期的な現象を露呈している教育問題を根本的に改革していく上で特別支障があるというものではありません。  

(二)一九九九年に入って日本国憲法の改正論議が政治の世界で浮上してきました。教育基本法の改正を求める動きも自由民主党を中心に活発になっています。これらの問題は普通教育のあり方にとっても直接関わる重大問題と言えます。
 ところで、一九九四年十一月三日、読売新聞社は「憲法改正試案」を公表しました。この「試案」はこれからの改正論議においても有力な案の一つとなることが予想されますので、ここではこの「試案」について普通教育の見地から検討しておきたいと思います。
 教育に関連して「試案」は次の二点を改正しています。第一点は現行日本国憲法(以下「現憲法」と略す)第二十六条第二項について「子女」という用語を「子ども」に改めたことであり、第二点は、現行第八十九条(公の財産の支出又は利用の制限)について「又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し」の部分を削除したことです。
 最初に、第二点について簡単に指摘しておきたいと思います。読売新聞の「解説」によれば、国民の教育権保障のためには私学の存在を抜きには実現できないということを論拠としているようです。しかし、私学も教育基本法第六条に言う「法律に定める学校」に含まれるかぎり当然「公の性質」を有するものです。現憲法第八十九条に言う「教育」とは「公の性質」を有さない私的教育事業を意味するものですから、「試案」によれば、慈善・博愛事業と同様、私的教育事業に対する「公の財産の支出」禁止に憲法上の歯止めを失うことになるのです。
 さて、第一点について言えば、字句上の、しかも改善ともいえることから、「試案」では重要な改正はないように見えます。このことから「試案」に見るかぎり教育条項については基本的な改変はないとも言えますが、果たしてそのように言えるでしょうか。
 「試案」前文を読んで、私はかつて日本教師会が教育基本法改正案を地方議会に提出(一九七九年)した際、条文全体には手をつけず前文と第一条のみを改正することによって教育基本法全体を改正することになるという手法をとったことを私は想起しないわけにはいきませんでした。つまり、「祖国と伝統を尊ぶ国民の育成を期するとともに」という文言を前文に追加することで条文全体の基本的な性格を改正できるという計算が働いていたのです。今回の「試案」も教育条項に関する限り同様の手法がとられているように思うのです。
 現憲法の前文は国民主権原理が「人類普遍の原理」であること、「いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」とする「政治道徳の法則は、普遍的なものである」ことを明記しています。「試案」には「基本的人権」という言葉はあるものの「人類」、「普遍」さらには「人間」という言葉がまったく見あたりません。強調されているのはもっぱら「国民」あるいは「日本国民」であり、また「民族の長い歴史と伝統」です。
 人間と国民との関係、普遍と個性との関係は教育基本法制定過程でも重要な論点のひとつでした。教育基本法制定直後、文部省側から『教育基本法の解説』(一九四七年)という本が出版されました。それによれば教育基本法前文に「人間の育成」とあるのは「過去において国民ということが人間より先にいわれたが、よき国民たるには、まずよき人間でなければならず、よき人間はそのままよき国民となるとの信念に基くものである」からであり、また「普遍的にして個性ゆたか」としたのは「ある民族が国民的特性を得ようと努力することではなく、自らを忘れて普遍的妥当性を有する課題に自らをささげるとき、はじめて個性ある国民となることができる」と明解に説明されています。
 「試案」前文はこのような戦後理念と基本的に矛盾するものといわざるを得ません。「試案」は国民性・民族性を第一義的とし、普遍性・人間性を第二義的とするという国家哲学を憲法理念に据えようとするものではないか、「試案」のような基本理念を前提として教育条項を考えたとき、そこでの教育や普通教育の基本的性格は根本的に変わらざるを得なくなるのではなかろうか、という疑念を抱くのは私だけではないと思います。
 なお、「試案」は現憲法第二十三条(学問の自由)は現行通りとしていますが、これまで述べたことは当然学問のありかたにも重要な影響を及ぼすことになると思います。