第二章 普通教育はどのように進展したか

 

 

 日本国憲法や教育基本法は普通教育が発展していくうえで重要な法制上の環境です。しかし、戦後の政治・経済の進展は普通教育の順調な発展を許しませんでした。発展できなかった理由は他にもあります。半世紀を経た今日、普通教育という言葉は「死語」になったとさえ言われる状況になっています。なぜなのでしょうか。

 この章は、一九八四年の臨時教育審議会の設置に至るおよそ四〇年における普通教育の展開を主としてその理念・目的に焦点をあてながら教育政策の推移に即しつつ概括することにします。

 

  第一節 戦後教育改革と普通教育

 

 

     『新教育指針』ー個性尊重の教育ー

 

 憲法改正案が審議されていた一九四六年の五月以降、文部省は『新教育指針』を作成し、全国の学校に配付しています。この『新教育指針』の第一部後編の第一章は「個性尊重の教育」というタイトルですがその冒頭にはたいへん重要な教育観が述べられています。

 「教育は、人間を人間らしく育てあげることを目的とする。人間らしく育て上げるといふのは、人間性をおさへずゆがめずに発展させて、りっぱに仕上げることである。しかるに、すでに述べた如く、人間は人間であるといふ点ではみんな同じであって、だれでも人間性をそなへているのであるが、その人間性のあらはれ方は、各人においてそれぞれちがっている。そこに個性が成り立つ。したがって人間性をのばすといっても、実際には一人々々の個性を完成することのほかにはあり得ない。みんなを同じ人間にすることもできないし、望ましくもないのである」と。

 このような教育目的観が当時の文部省の公式見解として、しかも「個性尊重の教育」として把握されていたことは注目しておきたいと思います。たいへん紛らわしいのですが、このような「個性尊重の教育」と一九八五年の臨時教育審議会第一次答申が打ち出した「個性重視の原則」ととはまさに対極にある理念と言えます。そのことは後に述べることにします。

  

   「学習指導要領一般編(試案)」

 

 一九四六年三月に来日したアメリカ教育使節団は教育課程改革を重要課題として位置づけていましたが、その課題は日本側教育家委員会やその後の教育刷新委員会では位置づけられず、「わが国の教育界の伝統」そのままに文部省の手にゆだねられることになりました。

 文部省は一九四六年四月に教科課程改正準備委員会を省内に設置し「教科課程」作成に着手していますが、アメリカ側からの強い意向をうけてコース・オブ・スタディの作成を主任務とするようになりました。それは「学習指導要領一般編(試案)」として一九四七年三月に文部省著作物として発行されることになりました。これは当時文部省によって「教科課程をどんなふうに生かして行くかを教師自身が自分で研究して行く手びきとして書かれたもの」と説明されています。

 「学習指導要領一般編(試案)」は、教育に関する基本法制の審議と時間的には平行して作成されていきましたが、内容的には日本国憲法や教育基本法あるいは学校教育法がしめす普通教育の理念・目的・目標が反映されることはありませんでした。

 官報告示以降の「学習指導要領」との対比で「学習指導要領一般編(試案)」を評価したり、その意義を強調することはそれ自体としては大切なことですが、しかし、文部省は初めから「学習指導要領一般編(試案)」を学校教育法施行規則にリンクさせることを考えていたようです。学校教育法施行規則は一九四七年五月に出されますが、そこでは「小学校の教科課程、教科内容及びその取扱いについては、学習指導要領の基準による」(第二十五条)と規定しています。「学習指導要領一般編(試案)」という文部省発行の著作物にすぎないものが、試案という文字のない単なる「学習指導要領」という言葉でしかもそれを「教科課程、教科内容及びその取扱い」の「基準」とされたのです。「学習指導要領一般編(試案)」には教科課程のみならず、「学習指導法の一般」や「学習結果の考査」が含まれていましたから、それが「学習指導要領」として学校教育法施行規則に組み込まれることによって、戦前では考えられなかったような領域にまで文部省の統制が拡大されるという教育課程制度の新たな戦後的枠組みができあがっていったのです。⑴

 

 

  第二節 普通教育「偏重」是正政策のはじまり

     

 「新教育指針」や「学習指導要領一般編(試案)」などが出され、学校のなかにも明るい雰囲気がみなぎり、さまざまな教育実践がすすめられていくようになりました。しかしそれもつかの間、ふたたび暗雲がただよいはじめました。

 一九五一(昭和二十六)年の五月に、占領下諸法規再検討の権限が日本側に委譲されたことを受けて「政令改正諮問委員会」が吉田首相の私的諮問機関として設置されました。この委員会の諸答申は追放解除問題や行政機構、独占禁止法、労働関係法令、警察制度等の再検討などサンフランシスコ体制の骨格を方向づけたものですが、その年の十一月には「教育制度の改革に関する答申」⑵を提出しています。この答申において「普通教育を偏重する従来の制度を改め」ることが基本方針として打ち出されたのです。

 また、一九五二年十月、日本経営者団体連盟は「新教育制度の再検討に関する要望」をまとめていますが、そこでも「新教育制度について産業人の立場よりこれをみるに社会人としての普通教育を強調する余りこれと並び行われる職業乃至産業教育の面が著しく等閑に付されて」いると述べています。政府・財界があげて「普通教育」という言葉を用いながら、その前進に危機感を感じ是正に乗り出したのです。

 政令改正諮問委員会の「教育制度の改革に関する答申」(以下「答申」とします)は、戦後の教育改革について「過去の教育制度の欠陥を是正し、民主的な教育制度の確立に資」したことを認めつつも「国情を異にする外国の諸制度を範とし、いたずらに理想を追うに急で、わが国の実情に即しない」と述べたうえで、「基本方針」および「具体的措置」を提示しています。

 「基本方針」は、六・三・三・四の学校体系を原則的に維持するとしつつも、その維持のための三つの条件、すなわち(一)「画一的な教育制度を改め、実際社会の要求に応じ得る弾力性をもった教育制度を確立すること」、(二)「職業教育の尊重強化と教科内容の充実合理化を実現すること」、(三)「現在わが国の国力では、六三制の完全な実施を早急に実現することは、極めて困難であり、職業教育を強化するに当っても直ちにその施設等の充実完備を期することはむずかしい。故に、教育者側も被教育者側も、わが国の現状を十分認識し、教育施設その他の不十分をしのんで最善の教育効果をあげるよう工夫と努力をすること」。

 つぎに「答申」は「具体的措置」について述べています。

 「学校制度」については、学校体系の原則として、小学校のみを「初等普通教育」として位置づけたうえで、中学校については普通教育偏重に陥ることを避け「普通教育に重点をおくもの」と「職業教育に重点をおくもの」とに分け、さらに「職業教育」については「職場を教育の場として利用できる」ようにするとしています。

 つぎに、学校体系の例外として、中学校と高等学校を併せた六年制の農工商等の職業教育に重点をおく「高等学校」などを提言しています。

 また、「総合高等学校はこれを分解し、普通課程学校または職業課程学校の何れかに重点をおいてその内容の充実強化を図ること、学区制は原則として廃止すること」としています。

 第二に、「教科内容及び教科書」についてですが、「教科内容については、その画一化を排し、実情に即して教育効果をあげ得るようこれに弾力性をもたしめること」とし、さらに「備考」として「従来の生活経験中心のカリキュラム方式に偏することを避け、論理的なカリキュラム方式を加味することも考慮すること」としています。

 なお、教科書については、検定制度を原則とした上で、「標準教科書を国家において作成し、教科書の進歩向上を図る」としています。

 第三の「教育行政」では、公選制であった教育委員を地方公共団体の長が任命するよう提言しています。

 小学校のみを「初等普通教育」とする提起は敗戦直前の日本の学校制度の継承を意味するものです。国民学校の教育目的は「初等普通教育」でした。中学校を「普通教育に重点をおくもの」と「職業教育に重点をおくもの」に分けるということについては戦前では中学校と実業学校に分かれていましたからこれも戦前の継承と言えます。ただし、戦後の中学校にこのような分化を求めると言うのはあまりにも戦後改革の理念を無視したものと言えます。全体として初等普通教育と中等普通教育および高等普通教育とを分断させて、中等教育を多様化させようとするものです。

 政令改正諮問委員会答申が提起したものの多くはその後着実に実現されていったのです。まさに普通教育に関する戦後理念は「是正」されていったと言えます。

 以上、「答申」について述べてきましたが、この「答申」には主として当時の財界の教育要求が強く示されており、この方向と政府が進める教育政策とが相俟って全体としてその後のわが国の教育政策、普通教育政策の基調となっていくのです。

 

   天野貞祐氏の「国民実践要領」

 

 一九五三年一月、文相を辞任した天野貞祐氏は「国民実践要領」を刊行しました。これは、わが国が独立国家となったこと、国家独立の根源は国民における自主独立の精神にあること、それは国民によって立つべき道義の確立をまって初めて発現すること、そのためにはまず一人ひとりが自主独立である人格の尊厳にめざめ、自らの立つところをもつ人間となること、また、他の人格の尊厳をたっとび、和の精神に貫かれた家庭、社会、国家を形成すること、したがって自主独立の精神と和の精神とは、道義の精神の両面である、我々が国家のために尽くすことは世界人類のために尽くすことになる、ということなどを説いたものです。

 ところが、「国民実践要領」は「義務教育」の有力な理念として位置づけられ、以後のその後の教育課程や教育内容の指針としての役割を果たしていくことになります。また、その方向は「期待される人間像」へと継承されていくのです。

 

   「義務教育」政策

 

 中央教育審議会は一九五三(昭和二十八)年七月に最初の答申「義務教育に関する答申」を提出しています。この答申が小学校・中学校の教育を「普通教育」ではなく「義務教育」として括ったことは、「義務教育」という概念を前面に押し出すこと、そのことによって小・中学校を戦前と同じ「義務教育」機関として位置づけることを意図したものです。このこと自体普通教育偏重是正政策の具体化でもありますが、以後中央教育審議会は「義務教育」という用語のもとに教育課程・教育内容等の検討に向かっていきます。

 

   「社会科」

 

 一九五三年八月、教育課程審議会は「社会科の改善に関する答申」をまとめましたが、その中で社会科は「自主的民主的な国民の形成」をめざす教科であるとされ、すでに教育基本法の基本理念である「人間の育成」という視点は消去されています。

 つづいて文部省は「社会科の改善についての方策」を通知し、社会科や道徳教育のあり方を中心に学習指導要領の改訂をおこなうとしています。

 

 

 

  高等学校について

 

 学校教育法での高等学校の目的は「高等普通教育及び専門教育を施す」とされましたが、「及び専門教育」をどのように位置付けるかが当初から焦点となりました。

 一九四七年四月、文部省は「新制高等学校の教科課程に関する件」という学校教育局長通達を「学習指導要領一般編(試案)」の「補遺」という形で出しています。その文書には、工業系十五学科百三十六科目、農業系九学科九十七科目、商業系一学科五科目、水産系三学科四十科目および被服系一学科五科目が「実業」として記載されていました。これは戦前の実業学校をほとんどそのまま継承したものでした。

 一九四八(昭和二十三)年の高等学校設置基準では「普通教育を主とする学科」と「専門教育を主とする学科」の二学科を置くものとされ、そのうえで総合制高校がめざされましたが、「及び」で一体化されていた「高等普通教育」と「専門教育」との一元的統一は徹底されず、両者はいっそう分離されていくことになり、両者の組み合わせ方によってその後複雑な高等学校制度をつくり出していくことになりました。今日、「第三の学科」として総合学科高校が設置されていますが、これは二学科制をいっそう複雑にするものと言えます。

 一九五一年に改訂された「学習指導要領一般編(試案)」は高等学校について「この時期は、専門教育を行なう時期でもある」とのべ、「職業教育に関する教科・科目」については農業科十五科目、工業科四十四科目、商業科十四科目、水産科十四科目、家庭技芸科十七科目、としています。なお、ここでは高等学校設置基準とは別に「普通教育を主とする課程(普通課程)」と「職業教育を主とする課程(職業課程)」という区分がなされ、普通高校と職業高校という呼称も一般化されていきました。

 一九五五年十二月、文部省は「高等学校学習指導要領一般編」を改訂し発行しました。改訂の趣旨は七項目あげられていますが、五十一年改訂に比して質的変化が見られます。最初の三項について検討しておきたいと思います。

 第一に、高等学校を「完成教育であるという立場を基本」にしたことです。普通教育として完成する教育ということであればいいのですが、一方では大学への予備教育機関のみとは見なさないという意味とともに、他方では実社会への準備教育という側面を強めることを意図したともいえます。いずれにしても「人間の育成」の最終段階としての「高等普通教育」という位置づけはなされていません。

 第二に、高等学校の教育課程は、「各課程の特色を生か」すように編成するとしています。職業教育の課程を「(高等)普通教育」の範疇に位置づけるというのではなく、それぞれ特色をもったものとしてさらにその特色を生かすようにするというのです。これはいわゆる「特色」化論のスタートを意味するものと言えます。

 第三に、「教育にいっそうの計画性をもたせるため、特に普通課程においては、教育課程に類型を設け、これにより生徒の個性や進路に応じ、上学年に進むにつれて分化した学習を行ないうるようにする」としています。国家社会からの要請に基づく「計画性」のもとでの「類型」化、そしてそのような文脈にもとずく「個性」や「進路」が強調されています。

 この改訂の背景には一九五一年に産業教育振興法が制定され、中央産業教育審議会が発足したことがあげられます。

 

   産業教育振興法および理科教育振興法の制定

 

 一九四九年に教育課程審議会が設置された際にその内部に「職業教育及び職業指導審議会」も設置されていました。しかし、それは一九五一年の産業教育振興法の制定によって中央および地方産業教育審議会に発展的に改組されました。産業教育振興法は「教育基本法の精神にのっとり、産業教育を通じて、勤労に対する正しい信念を確立し、産業教育を習得させるとともに工夫創造の能力を養い、もって経済自立に貢献する有為な国民を育成する」ことを目的にし、また「産業教育」とは中学校・高等学校および大学が「生徒又は学生に対して、農業、工業、商業、水産業その他の産業に従事するために必要な知識、技能及び態度を習得させる目的をもって行う教育(家庭科教育を含む)」と定義されています。

 「経済自立に貢献する有為な国民の育成」を目的としていること、中学校以上大学までを範囲としていること、「職業教育」でもない「専門教育」でもない「産業教育」という独特な教育分野を提起していることなど、そこにはストレートな「社会的要請」のあらわれをみることができます。このような目的や定義は教育基本法や学校教育法と両立するものではありません。

 中央産業教育審議会は一九五三年の建議「中学校職業・家庭科の教育内容について」など五〇年代に四つの建議を提出しています。

 いっぽう、一九五三年八月、理科教育振興法が制定され、理科教育審議会が設置されました。理科教育振興法制定の目的は「教育基本法および学校教育法の精神にのっとり、理科教育を通じて、科学的な知識、技能及び態度を習得させるとともに、工夫創造の能力を養い、もって日常生活を合理的に営み、且つ、わが国の発展に貢献しうる有為な国民を育成する」こととされ、「理科教育」とは小学校から高等学校までの、したがって「普通教育」における「理科・算数及び数学に関する教育」とされています。

 「教育基本法および学校教育法の精神にのっとり」という文言はあるものの、産業教育振興法と同様「わが国の発展に貢献しうる有為な国民の育成」という視点から「科学的な知識、技能及び態度を習得させること」としています。

 産業教育審議会および理科教育審議会は一九六七年、「理科教育及び産業教育審議会」に改組されました。

 教育課程に直接関連したものにかぎっても、文部省にはこの他、保健体育審議会、国語審議会などがあり、国語、理科、数学・算数、職業、家庭、保健体育、などの教科は教育課程審議会とは相対的に独自の政策提言をおこなっており全体としてわが国の教育課程政策を推進しています。

 しばしば強調される国家の発展や政治経済の発展に貢献する「有為な国民の育成」という目的観は戦前のそれを想起させるもので憲法や教育基本法の理念・目的はすでに忘れさられていると言うべきでしょう。

  

 臨時教育制度審議会設置法案と普通教育

 

 一九五三年十月の池田勇人自由党政調会長とアメリカのロバートソン国務次官補との会談において「日本人が一般に、自分の国は自分が守るという基本観念を徐々に持つように、日本政府は啓もうしてゆく必要がある」、「自衛の観念を日本に育ててほしいと日本政府に希望する」などが確認されたとされています。これを契機にサンフランシスコ体制はわが国をいっそう国家主義的な方向に向わせることになります。

 一九五四(昭和二十九)年一月、中央教育審議会は「教育の政治的中立維持に関する答申」を提出しました。五月には「義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法」および「教育公務員特例法の一部を改正する法律」がそれぞれ制定されました。

 六月には防衛庁設置法および自衛隊法が制定されています。十一月には自由党が日本国憲法改正案要綱を発表しました。一九五五(昭和三〇)年十一月の保守合同、すなわち自民党の結成を経て、翌一九五六年二月には憲法調査会法が制定されました。日本国憲法や教育基本法の改正が政治日程にのぼってきました。自民党は「政綱」の第一に「国民道義の確立と教育の改革」を掲げ、それを実現するために「内閣に、調査審議機関を設ける」としました。

 政府は「臨時教育制度審議会設置法案」、「教科書法案」および「地方教育行政の組織及び運営に関する法律案」をあいついで提案しましたが、結局前二者は廃案となり、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」が制定され、その結果、教育委員会法が廃止されることになりました。

 「臨時教育制度審議会設置法案」によれば、この審議会の目的は「教育に関する現行制度に検討を加え、教育制度及びこれに関連する制度に関する緊急な重要政策を総合的に調査審議する」とされていますが、とくに限定なく「教育に関する現行制度に検討を加え」るとありますから、日本国憲法第二十六条や教育基本法も「検討」に含み得るものでした。現に当時の清瀬文部大臣は国会審議において教育基本法の改正が含まれると答弁し、その理由として教育基本法第一条の教育目的を問題にしています。文相の答弁によれば、第一条には「国家に対する忠誠心というものがどこにもない」というものでした。また、個人は平等であるということが強調しすぎて、親とか祖父母に対する孝養、日本人の気品、というものが欠けていると説明しています。清瀬文部大臣は教育基本法第一条の目的規定が教科書編纂や学習指導要領編纂の基準の絶対要件にしているとして、だから教育目的は重要であり、したがって改正する必要があるというのです。この論理からすれば、第一条に「国家に対する忠誠心」等を盛り込みさえすれば、それが教科書編纂や学習指導要領編纂の基準の絶対的要件にできるということになります。

 臨時教育制度審議会設置法案は教育基本法改正のほかに「国の教育内容に関する責任」と「学校制度の再検討」を審議内容とするとしていますが、それらは現行教育基本法のもとでは実現できないような内容を意図していたのでしょう。ですから教育基本法の改正を法案提出の第一目的にしたのです。

 「教科書法案」は一九五五年十二月の中央教育審議会答申「教科書制度の改善方策について」をうけて提出されたもので、検定・採択・発行供給の制度の改正を意図したものですが、「臨時教育制度審議会設置法案」とともに審議未了・廃案となりました。

 「地方教育行政の組織及び運営に関する法律案」の「提案理由」の第一は「地方公共団体における教育行政と一般行政との調和を進めるとともに、教育の政治的中立と教育行政の安定を確保すること」であり、その根幹は教育委員の公選制から任命制に変えることでした。第二は「国、都道府県、市町村一体としての教育行政制度を樹立する」ことであり、小中学校の教職員等人事権を都道府県の教育委員会に移すこと、また文部大臣の教育行政における指導的地位を明確にしたことなどです。政府はこの法案を国会に警察官を導入してまで強行成立させました。

 「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」の第四十六条は「勤務成績の評定」について定めていますが、この不当性をめぐって全国的な反対闘争が展開されました。

 なお、この法律によれば、教育委員会の職務権限の一つに「学校の組織編制、教育課程、学習指導、生徒指導及び職業指導に関すること」がありますが、教育委員会はこれらをふくむ学校等の管理運営の基本的事項について「法令又は条例に違反しない限度において」教育委員会規則をさだめることができるとされています。すなわち、学習指導要領の作成権は法令の範囲内の事項とされ、結局文部省の政策に委ねられることになりました。

 

   「道徳の時間」の特設

 

 一九五八年三月、教育課程審議会は答申「小学校・中学校教育課程の改善について」をまとめました。

 この答申は「最近における文化・科学・産業などの急速な進展に即応して国民生活の向上を図り、かつ、独立国家として国際社会に新しい地歩を確立するためには、国民の教育水準を一段と高めなければならない」と述べ、その上で、とくに道徳教育の徹底、基礎学力の充実および科学技術教育の向上をはかる、また中学校では職業または家庭に関する教育を強化するとして、(一)「道徳」の時間を設けること、(二)小学校の国語科と算数科の内容を充実させ、指導時間数を増やすこと、(三)算数・数学、理科など、とくに中学校では技術科を新設して、科学技術に関する指導を強化すること、(四)中学校の第三学年において生徒の進路・特性に応ずる指導を充実すること、(五)小学校・中学校間の関連や小学校低学年では家庭・幼稚園との関連をもたせること、また目標・内容を精選し、基本的事項の学習に重点をおくこと、(六)教育課程の国家的な最低基準を明確にし、義務教育水準の維持向上を図ること、以上六項目を提起しています。これらの「基本方針」がその後の教育課程政策の骨格をなしていることは言うまでもありません。

 「道徳」の時間を設定したことがこの答申の最大の特徴といえます。

 教育課程審議会の答申に示された「道徳教育の基本方針」は、「人間尊重の普遍的原理とその国民的自覚」が戦後獲得した「貴重な宝」であるとする一方、その精神を体現した教育基本法の「思想的背景の構造」は、「人間尊重の精神と、それに基く共同体の倫理」であるとのべ、道徳教育が教育基本法の精神と矛盾するものではないことを説明しようとしています。

 ところで、この答申が出された三日後の三月十八日、文部省は文部事務次官通達で「小学校・中学校における『道徳』の実施要領について」を出していますが、この通達における道徳教育の「目標」は教育課程審議会答申が示した「道徳教育の基本方針」とまったく異質のものでした。

 次官通達における「目標」は第一に、教育基本法に基づくとしながら教育基本法前文の「普遍的にして、しかも個性豊かな文化」という文言の「普遍的にしてしかも」という部分を削除し「個性豊かな文化」だけを引用しているのです。前文のこの文言部分は戦後理念を明確に表現した箇所の一つであり、普遍的であることの第一義性を重視している箇所です。第二に、「日本人を育成することを目標とする」と述べていることです。それは教育課程審議会の答申にはなかった文言です。国民という言葉も越えて「日本人」の育成を図るために「道徳」の時間を特設するというのです。

 なお、この通達文書において、他の教育活動にたいする「道徳」の時間の特設の「趣旨」として「これを補充し、深化し、または統合して」という文言がはじめて用いられています。

 こうして「道徳の時間」が、その導入に反対する大きな世論にもかかわらず、小学校・中学校に導入されることになったのです。

 

学習指導要領の官報告示化

 

 一九五八年の八月二十八日、文部省は学校教育法施行規則を一部改正し、教育課程を「各教科」「道徳」「特別教育活動」および「学校行事等」の四領域にし、その全体についての国家基準性を強化しました。また、同日、小学校学習指導要領道徳編および中学校学習指導要領道徳編を告示しました。

 つづいて十月一日、文部省は小学校学習指導要領および中学校学習指導要領を官報に告示しました。そのことによって学習指導要領は法的拘束性を有すると文部省は説明しています。

 以来いわゆる学習指導要領行政がわが国の教育課程のあり方を統制してきましたが、今日の勉強嫌い、登校拒否・不登校、学級崩壊等がそのこととけっして無関係ではないでしょう。

 学校における教育活動全般を網羅する教育課程について国家基準を設けそれに法的拘束性を与えることが普通教育の理念、教育基本法の理念とは相いれないことは明らかです。教育課程の大綱をさだめるためには、教育権の主体であり、またすべての子どもに普通教育を受けさせる義務主体である国民の総意が反映される制度(国会審議を含め)が不可欠です。

   

 

   人的能力開発政策

 

 一九六〇年代にはいり、池田首相は高度経済成長政策に対応した「人づくり」政策を打ち出しました。

 経済審議会は一九六三年、能力主義政策を前面におしだした「経済発展における人的能力開発の課題と対策」を答申しています。そこでは子どもたちを三~五%のハイタレントとその他の子どもたちの二種類に分け、それぞれに対応した学校制度の構築とそのための選別方法の確立を求めています。

 文部省が一九六二年と一九六六年に強行実施した小・中学校対象の全国一斉学力調査もこのような能力主義政策を背景に行われたものです。この能力主義政策はその後の教育政策の基本に据えられていきます。

 

 

  第三節 「後期中等教育」の「多様化」政策のはじまり 

            ー一九六六年の中央教育審議会答申ー

 

 一九六六年、中央教育審議会は「後期中等教育の拡充整備について」という答申を出しました。この答申は「期待される人間像」が別記として盛り込まれたことでよく知られています。

 なぜ「後期中等教育」という言葉が用いられるのでしょうか。「中等教育」という言葉はわが国では主として政策ないしは行政用語として用いられています。前期中等教育機関は中学校のみですが、後期中等教育機関となると高等学校以外にも種々あります。また、前期と後期では義務教育であるか否かで性格を異にします。憲法理念から言えば、十五歳から十八歳までの青少年にも普通教育を受けさせることがすべての国民の義務ですが、その理念を追求する方向ではなく、義務教育ではないこと、現実にさまざまな教育機関があることを根拠として、この時期に対応する教育機関を「社会的要請」の見地からより直接に統制していこうとする意図がそこにはみられます。

 この答申は「期待される人間像」を「今後の国家社会における人間像」として正式に位置づけたうえで、「科学技術の革新」「経済の高度成長」などの見地から「個人の能力、適性、進路等に応じて後期中等教育の拡充整備を図る」としています。

 答申は「学校中心の教育観」を「かたよった教育観」としてその是正をもとめ、「一生を通じての教育という観点」にたつことの必要性を論じています。答申は「教育の目的」は「国家社会の要請に応じて人間能力を開発するばかりでなく、国家社会を形成する主体としての人間そのものを育成することにある」と述べていますが、そのような主体として一生を生きるという見地から「後期中等教育」の拡充が強調されているのです。「一生を通じて」もしくは「一生を生きる」という見地はその後の「生涯学習体系への移行」政策に連なっていきます。

 なお、この答申において「普通教育の徹底」とか「人間形成上必要な普通教育を尊重し」などの語句が出てきます。しかし、それらは「期待される人間像」の枠内で「個人、家庭人、社会人および国民としての深い自覚と社会的知性を養う」ためのもので、「人間の育成」をもとめる普通教育本来の理念にたったものではありません。

 

   期待される人間像

 

 一九六六年の中央教育審議会答申には「期待される人間像」が「別記」として盛り込まれました。それは「後期中等教育の理念を明かにするため、主体としての人間のあり方について、どのような理想像を描くことができるかを検討したものである」と説明されていますが、内容は「日本人としての自覚をもった国民である」ためにどのような徳性が必要であるかを憲法・教育基本法の理念を無視して一方的に論じたものです。一九五三年に天野貞祐氏が刊行した「国民実践要領」を踏まえたものといえます。

 なお、普通教育と人間像との関係について言えば、どのような人間像・日本人像を理想像とするかを理性的に判断できる能力をすべての子どもたちに育てていくことこそが普通教育であるということです。そのためにもそれぞれの発達段階において人間について多面的に理解できる環境が必要です。

 

一九六七~一九六九年教育課程審議会答申

 

 教育課程審議会はこの中央教育審議会答申をうけて一九六七年に小学校、六九年に中学校と高等学校、七〇年に盲学校・ろう学校・養護学校、の教育課程改善についてそれぞれ答申を出しています。ここでは主として高等学校の教育課程の改善方向を検討しますが、中学校や小学校についてもほぼ同様の方向での教育課程改善が目指されています。

 高等学校については進学率の向上、生徒の能力・適性・進路の多様化、科学技術の高度化、経済社会文化などの急激な進展、国際的地位の向上、などを指摘しながら「中学校教育との間の適切な一貫性」を考慮するとしてつぎの諸点を提起しています。以後の高校教育再編政策や教育政策全般の基調がほぼでていますので全文紹介しておきます。

(一)人間として調和のとれた発達を目ざし、現状にかんがみ下記の点を重視する必要があること。

  ⑴観察力と創造的思考力の育成

  ⑵理性的態度と道徳的実践力の涵養

  ⑶豊かな情操の陶冶

  ⑷健康と体力の増進

(二)国家および社会の有為な形成者として必要な資質の育成を目ざし、現状にかんがみ特に下記の点を重視する必要があること。

  ⑴人間として相互に尊重しあう態度の育成

  ⑵責任を重んじ規律を守る態度ならびに自主自律の精神の育成

  ⑶社会事象に対する正しい認識や公正な判断力の育成

  ⑷国家に対する理解と愛情を深め、広い国際的な視野に立って、民主的な国家および社会の発展に努める態度の育成

(三)生徒の能力・適性の伸長を図り、男女の特性に応じた教育を行なうため、および地域や学 校の実態に応じ、課程や学科の特色を生かすことができるようにするため教育課程の弾力的な編成が行なわれるようにする必要があること。

(四)教育内容の量が多すぎるなどのため、生徒の学習がふじゅうぶんに終わる場合が相当あること、科学や技術の発達、経済・社会・文化の進展に即応することなどを考慮して、教科・科目等の内容についてその質的改善と基本的事項の精選集約を図ること。

(五)現行のすべての生徒に修得させる教科・科目ならびに普通科、職業教育を主とする学科などにおいて、それぞれの学科のすべての生徒に履修させる教科・科目の種類および単位数のあり方について検討を加え、選択教科・科目にじゅうぶんな時間をあてたり、教育上必要な場合に一部の科目の指導時間を増加してその学習を深めたりするとともに、教科以外の教育活動の充実を図ることができるようにすること。

 

 思考力自体ではなく「創造的思考力」、理性自体ではなく「理性的態度」、社会認識自体ではなく「正しい」社会認識そして判断力自体ではなく「公正な判断力」などが求められています。人間の基本的な能力の育成をこのように恣意的に制限し統制することが「人間の育成」ではなく「国民の育成」あるいは「国家および社会の有為な形成者」の育成の特質と言えます。また「国家に対する理解と愛情」など全体として道徳的な性格が強調されています。

 「答申」はそのうえで「能力・適性」、「男女の特性」、「地域や学校の実態に応じ課程や学科の特色を生かす」などを論拠として「教育課程の弾力的な編成」を求めています。いわゆる後期中等教育の多様化の教育課程上の具体化です。

 この年(一九六六年)、能力開発研究所は進学適正能力テスト、職業適正能力テストを実施しています。また翌年、理科教育及び産業教育審議会は「高等学校における職業教育の多様化について」を答申しています。入試政策や多様化政策が徐々にエスカレートしていきます。

 また、学習負担、科学技術等の進展を根拠として教科・科目の内容等についての「精選集約」を求めています。これは教育内容の「基礎基本」の「精選」、さらに「厳選」政策につながっていくものです。

 さらに、必修科目の種類、単位数の特定、選択教科・科目の拡大、特定科目の時間増、教科以外の教育活動の拡充などを求めています。

 

  第四節 「全教育体系の総合的な整備」 

         ー一九七一年中央教育審議会答申ー

 

 中央教育審議会は一九七一年に「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」(以下「七一年答申」と略します)と題する答申を出しました。これは戦後進めてきた個々の教育政策をその延長線上においてより総合的かつ強力に推進していくための「基本構想」と「基本的施策」とをまとめたものです。

 

逆立ちした教育基本法の理念

 

 「七一年答申」は「教育がめざす目標」について「民主社会の規範と民族的な伝統を基礎とする国民的なまとまりを実現し、個性的で普遍的な文化の創造を通じて世界の平和と人類の福祉に貢献できる日本人でなければならない」としています。「個性的で普遍的な文化の創造」とは教育基本法前文の「普遍的にして個性豊かな文化の創造」という理念を文字通り逆さまにしたものです。また、「国民的まとまり」や「日本人」の要求も「人間の育成」を重視する教育基本法の理念と基本的にあいいれない方向です。

 また、「学校教育が国民教育として普遍的な性格をもち」などとととしていますが、わが国において「国民教育」とは明治二〇年前後から「普通教育」の否定のうえに用いられてきた言葉であり、まさに戦前的な教育政策を想起させるものです。戦後理念を無視し、戦前の教育理念を戦前戦後を貫く「普遍的な性格」とする見地は許されるものではありません。

 さらに、学校教育の「急激な膨張」と「自主的・創造的な人間の育成を要求する方向」を展望しながら「家庭・学校・社会を通ずる教育体系」を整備するとともに「生涯教育の観点から全教育体系を総合的に整備すること」などをひきつづく検討課題としています。

 普遍的文化よりも個性的・国民的文化を優先させ、「生涯教育の観点から全教育体系を総合的に整備する」という構想はまさにのちの臨時教育審議会の改革原理「個性重視の原則」ならびに「生涯学習体系への移行」へと受け継がれていくものです。また、ここにはもはや「普通教育」という言葉はなく、「国民教育」としての「初等・中等教育」という語句が用いられているだけです。

 「七一年答申」は第一編第一章の冒頭で「今後の社会における人間形成の根本問題」を論じています。そこでは教育基本法にいう「人格の完成」をひきながら、「人格」とは「人間のさまざまな資質・能力を統一する価値である」と述べ、それは「変わることのない原則である」と述べています。そのうえで「現代社会に生きる人間を取り巻く環境の急激な変化に伴って、主体としての人間のあり方があらためて問われ」ており、「教育の役割がますます重要なものと考えられるようになった」、「したがって、今後における学校教育のあり方を再検討するためには、まず、人間形成そのものの意味と、これからの環境の中で、人間形成にとってどんなことがいっそう重要な問題となるかを考えてみる必要がある」と述べています。ほんとうにそうでしょうか。

 

「環境の急激な変化」と普通教育

 

 「環境の急激な変化に伴う主体的な人間のあり方」が問われていることを認めたとしても、そうであればあるほど教育もしくは普通教育の独自な存在理由が問われなければならないはずです。「環境の急激な変化」が提起されている諸課題に対して政府が先頭に立ってある特定の方向を提示し、その方向に即して「学校教育」を改革するというのでは、もはやそこには「人間の育成」が位置づく世界はないのです。普通教育にとって居場所はないのです。

 「七一年答申」はつづいて(1)人間形成の多面性と統一性として〔A〕自然界に生きる人間として、みずから自然の法則に適応して個体および種族の生命を健全に維持発展させるとともに、自然と人間の関係を正しく理解し、自然と調和した豊かな生活を作り出せるようになること、〔B〕社会生活を営む人間として、さまざまな人間関係を結び、社会的活動に進んで参加し、その中で、自分と他人をともに生かすことができるような社会的な連帯意識と責任ある態度・行動能力とを体得すること、〔C〕文化的な価値を追求する主体的な人間として、歴史的に継承され、発展してきたさまざまな価値に対する理解力・批判力・感受性を備え、次の時代への使命感をもって自主的・創造的に活動できるようになること、をあげています。

 さらに「七一年答申」は(2)「社会環境の人間に対する挑戦」として①科学技術の進歩と経済の高度成長に伴い、自然と人間との不調和が人間生活の根底を脅かしつつある、②社会の都市化・大衆化によって、自然環境から隔絶された過密な生活環境の中で、心身の健康を維持しながらたくましく生きていく力が要求されつつある、③家庭生活と血縁的な人間関係の変化が、乳幼児や青少年の人間形成の基盤に重大な影響をもたらしている、④人間の寿命の伸長と社会の労働需要に応じて、高年齢層の人々が健康で充実した人生を送る可能性と必要性が増大し、そのための新しい人生設計を可能にする方策が要求されている、⑤女子教育の普及に伴う女性の社会的参加の要求に応じ、また、家庭生活の時間的な余裕と労働需要に応じて、家庭の外にもさまざまな活動の場を求めようとする女性が増大している、⑥国際交流の高まりとマスメディアの発達によって、世界の出来事と異質な文化が日常生活にたえず新しい刺激をもたらし、価値観にも大きな動揺を与えている、などを挙げています。

 

「高度の福祉社会」

 

 「七一年答申」は以上のように現代社会が直面している「新しい課題」を列挙した上で「この中で人間形成の真の姿をいかにして実現するかが、今後の社会の最大の問題である」と述べていますが、同時に「高度の福祉社会の中で・・・逆に生活の意味喪失感を生むことがある」とか「諸条件が変化したとき、目的を一挙に実現したり、欲求を無制約に充足したりすることが直ちに人間の自由と権利であるかのように考える傾向が生じやすい」などとも述べています。 「高度の福祉社会」が生み出すあらたな矛盾がなぜ生じるのか、そのような重大な矛盾が生じないような福祉社会を実現する政治経済のあり方はどうあるべきなのかこそがまず解明されるべきでしょう。そのような視点を欠落させたままで、「生活の意味」とか自由と権利との関係の問題に飛躍し、いたずらに青少年の非合理性の発現ー逃避的傾向、暴力、性などーを誇大に強調し、だから「人間形成のあり方」こそが「根本的な問題」であるとして、日本国憲法・教育基本法の理念・目的と異なった方向で総合的な教育政策を構想しようとしても、問題の立て方がそもそも狂っていると言わざるを得ません。

 

「体系」

 

 「七一年答申」はつぎに「教育体系の総合的な再検討と学校教育の役割」を提起しています。ここでも普通教育を考えるうえで興味ある問題が提起されていますから、必要な限り検討しておこうと思います。

 最初に、「体系」という言葉について考えてみましょう。『広辞苑』(第四版)では「個々別々なものを統一した組織」あるいは「一定の原理で組織された知識の統一的全体」と説明されています。つまり統一する一定の原理が前提となった概念ということになります。とすると「教育体系」とは「個々別々の教育をある種の原理で統一した教育組織」ということになります。「七一年答申」以前に「教育体系」と言えるものがあるとすれば、それは「日本国憲法や教育基本法に示された理念・目的によって貫かれた教育組織の全体」ということができそうです。しかし、普通教育にしろ社会教育にしろそれらは「組織」ではなく、むしろ制度と言うべきでしょう。教育制度を教育組織と表現するのは無理なことです。ですから、「教育体系の再検討」という場合、再検討すべき教育体系というのは厳密に言えば実在しないということになります。

 では「七一年答申」はなぜあえて「教育体系の再検討」というのでしょうか。それは多少の無理をしてでも「答申」以前の教育制度全体を教育組織全体と見なして、それを構成する個々別々の教育組織を日本国憲法や教育基本法の理念とは異なった原理で有機的に統一しようと言う意図が働いていたと言えましょう。「答申」以前の普通教育制度や社会教育制度等は戦後理念に方向づけられたそれぞれ別個な制度であり、相互に有機的に結びつけられた組織体というものではありません。社会全体を有機体組織と見るH・スペンサーに代表される社会有機体説は明治後期の日本の教育界に影響を及ぼしましたが、「答申」はそのような立場から戦後教育改革の理念を総合的に再検討しようとしているのです。また、このような構想はその後の臨時教育審議会の答申に「生涯学習体系」という形で発展的に継承されていきます。

 

「人間形成」

 

 さて、「答申」が示すあらたな原理として掲げられたのが「人間形成」という概念です。「答申」によれば、「人間形成」とは「人間が環境とのかかわり合いの中で自分自身を主体的に形作っていく過程」であると説明されています。

 人間形成という言葉は一般的によく用いられる言葉ですが、その定義は必ずしも明確ではありません。日本教育学会編の『教育学学術用語集』(一九九六年)によればドイツ語の Menschenformung の訳語のようですが、教育学辞典等には人間形成の項目はあまり見かけません。このようにあまり明確でない言葉を「答申」はなぜ採用するのでしょうか。

 「自分自身を主体的に形作っていく過程」はなるほど人間が環境とかかわりあう中でおこなわれるといえますが、その限りでは人間は他の生物と同一のレベルと見なされます。しかし、戦前も戦後も日本の教育はそのような意味での人間形成を前提とした上で「人間の育成」か「国民の育成」か、あるいは「普通教育」か「国民教育」かを問題としてきたのです。そして戦後は「人間の育成」を基調とした「普通教育」をすべての子どもたちに受けさせることを国民すべての義務として確認してきたのです。歴史的に前進してきた教育理念とそれに対応した教育過程を限りなく相対化あるいは無力化して自己形成過程という茫漠とした世界に教育を解消するというのはどのような意図によるものなのでしょうか。

 主体的な自己形成過程にはさまざまな環境が関係します。学校だけではなく家庭も地域もテレビも漫画もすべて自己形成にかかわっています。そしてそれぞれの環境は相互に関連しあって自己形成に寄与しています。自己形成とはそれだけのことなのでしょうか。

 「七一年答申」はその上で、「教育」とは「人間形成の過程において、さまざまな作用を媒介として、望ましい学習が行われるようにする活動」であると説明しています。「さまざまな作用」については「学校のような教育機関以外に、家庭・職場・地域社会における生活体験を通じて、また、マスコミや政治的・宗教的・文化的な諸活動の影響」があげられており、それらのなかで「望ましい学習」に資するものの総体が「教育」であると考えられているのです。「望ましい」とは「答申」の立場からみてということですから「答申」の方向に沿って「望ましい学習」に貢献するのが教育であり、それに貢献しないのは教育ではない、ということになるのです。

 つまり、家庭・職場・地域社会あるいはマスコミや政治・文化・宗教などの影響を「望ましい学習」が可能となるように「連携」させ、組織化することが「新しい教育体系」ということになるのです。憲法・教育基本法とは異質の理念から導かれるこのような「教育」の体系を「総合的に再検討」するというのが「教育体系の総合的な再検討」ということの意味なのです。

 「答申」は「いわゆる生涯教育の立場から、教育体系の総合的な再検討する動きがある」と客観主義的に述べています。この「答申」が出る少し前の一九六五年にユネスコは生涯教育についての提案をおこなっています。そこでの思想はポール・ラングランの『生涯教育入門・改訂版』(波多野完治訳、全日本社会教育連合会、一九七六年)に見ることができますが、そこでの生涯教育(lifelong education ) という概念と普通教育とは相互に補完し合うものであってもけっして矛盾するものではありません。

 日本国憲法は、広い意味での教育について、それを受けるのは国民の教育であると規定しており、教育基本法は第二条で「教育の目的は、あらゆる機会にあらゆる場所において実現されなければならない」と規定しています。これらの規定のなかに生涯教育の課題を取り込んでいくことは可能であり必要なことです。

 

「相互補完」

 

 つぎに、「答申」は「家庭教育・学校教育・社会教育」が「人間形成にたいして相互補完的な役割」をもつように重視する必要があると述べています。ここにも「答申」独特のトリックが用いられています。臨時教育審議会答申でも「連携」という言葉でこれらの相互補完性をより発展させています。そのトリックとはどういうことでしょうか。

 学校教育といっても大学等の高等教育と高等学校までの普通教育とは本質的に区別されなければなりません。高等学校までの普通教育についてはそれを子どもたちに受けさせるのは国民の義務ですが、高等教育を受ける受けないは国民の判断にゆだねられているのです。ですから両者を学校教育という言葉で括ること自体が問題なのです。

 一方、家庭教育・社会教育は国民の自主的な活動とされ、国または地方公共団体にはそれらを奨励することが求められているのです。ですから普通教育と社会教育・家庭教育は同列においてしかも相互補完関係にあるというものではなく、両者の質的違いと相互関係を明確にすることが必要なのです。国民の自主的な活動である社会教育の論理や家庭教育の論理を普通教育のなかに直結することはできませんし、逆に国民の総意で運用されている普通教育の論理を社会教育や家庭教育に持ち込むことができないのは当然です。

 社会全体としてはさまざまな自主的な教育活動を進めながら、すべての子どもたちに対する国民の義務としての普通教育を憲法や教育基本法がしめす教育理念や目的に即して独自に充実・発展させていくという関係を確立することが大切なのです。学校は家庭の問題にどこまで関与できるか、一般市民や父母は学校にどこまで要求することができるのか、ということがしばしば問題になります。家庭でのあるいは学校外でのさまざまな問題が子どもたちの人間としての成長に困難や障害を及ぼす場合があります。そのような問題は明らかに普通教育上の問題であって、学校は市民や父母に学校の責任を説明し、学校として必要なことを市民や父母に要求すべきです。逆に、学校のあり方が父母や市民の教育要求に応えられない場合もあります。学校のあり方が子どもの人間としての成長にある種の困難をもたらしている場合には当然のことながら市民・父母は普通教育の改善をもとめて学校に要求するべきです。全体としてはそれぞれがそれぞれの責任において理解・協力しあう関係が求められているのです。

 しかしながら、学校は今日、教育政策や教育行政上さまざまな制約条件のもとにおかれています。このような制約を前提とした上で家庭や地域との連携を求めるということは家庭や地域に教育政策や教育行政の方向に同調することを求めることになります。今日、「地域の教育力」「家庭の教育力」がことさら求められているのは、「生涯学習体系」の立場から学校・地域・家庭が相互に連携・協力しあえる体制を確立しようとしているからなのです。

(三)「答申」はこのようなトリックに腐心した上で、三つの課題、すなわち(a)人間形成のいろいろな側面は、いつごろ、どんな学習体験をもつことによって、その成長・発達がもっとも効果的に促進されるか、(b)そのための教育的働きかけには、適切な環境を用意すること、しつけること、感化を与えること、教え導くこと、訓練すること、仲間関係の中で体験させること、カウンセンリングを行うこと、などさまざまな態様があるが、どんな目的にどの態様のものが適当か、(c)家庭・学校・社会における人間の生活時間、人間関係の特質、期待できる教育的な、その場の自然な学習意欲などを考慮して、それぞれの主要な役割をどのように定めたらよいか、を掲げ、それらを学校教育の役割と他の教育活動との相互関係、学校教育自体の改善の方向、の二つに分けて論じています。そこでの検討方向は一九七六年の教育課程審議会答申等で具体化されていくことになります。

 

  第五節  「ゆとり」政策

      ー一九七六年教育課程審議会答申ー

 

(一)一九七六年、教育課程審議会は答申(「七六年答申」とします)をまとめていますが、その前文にあたる部分で次のように述べています。「現行の学校教育法に定める学校教育の目的と目標に沿い、今後の社会において学校の果たすべき役割や機能についても考え、特に現在の高等学校が大部分の青少年を教育する国民教育機関としての性格を強めていることに注目してそれにふさわしい教育課程を構想するとともに、小学校、中学校及び高等学校の教育を一貫的にとらえ、その内容を精選してゆとりのあるしかも充実した学校生活を可能とするような教育課程の実現を目指した」と。ここには普通教育の見地から見て無視できない問題点があります。

 

「国民教育」機関か「普通教育」機関か

 

 第一に、「七六年答申」は「学校教育法に定める学校教育の目的と目標に沿う」としていますが、そうであるならばそこでの目的と目標とは、第三章で述べたように「普通教育の目的と目標」ということになります。ところが、「七六年答申」は高等学校が就学率の点で義務制に近くなっていることのみを論拠に高等学校を「国民教育」機関として位置づけているのです。このような認識にたてば小学校も中学校も当然「国民教育」機関ということになるのではないでしょうか。小学校から高等学校までは基本的には「普通教育」機関なのです。にもかかわらず「七六年答申」は小学校から高等学校までを「国民教育」機関として位置づけるという見地を貫いているのです。

 

「国民教育」機関としての一貫性

 

 第二に、小学校から高等学校までを一貫させるということ自体は重要なことですが、「国民教育」機関として、しかも高等学校のあり方を前提として下位の学校を一貫させるというのでは話はアベコベになります。学校教育法は小学校、あるいは初等普通教育を基礎としてその上に中学校・高等学校を一貫させているのであって、けっしてその逆ではないのです。その後の、すなわち一九八七(昭和六十二)年および一九九八(平成十)年の教育課程審議会の答申も本来は「普通教育」機関である学校体系を「国民教育」機関として、しかも高等学校を中心に一貫させることについては完全に継承しているのです。

 

「精選」と「ゆとり」

 

 第三に、小学校から高等学校までの教育の内容を「精選してゆとりのあるしかも充実した学校生活を可能とするような教育課程を実現する」としていることです。子どもたちが過度の学習負担に喘いでいることが社会問題にすらなっている状況で、「精選」とか「ゆとり」というのは魅力的にひびきますが、しかし、どのような観点から精選するのか、どのような見地から「ゆとり」を具体化するのかが問題です。この「精選」と「ゆとり」はその後の臨時教育審議会答申やその後の中央教育審議会答申のキーワードとしていっそう強調されていくことになります。

 

「自ら考え正しく判断できる力」

 

(二)つぎに、「七六年答申」が「教育課程の基準の改善のねらい」としたのは「自ら考え正しく判断できる力をもつ児童生徒の育成」というものでした。「自ら考え正しく判断できる力」というのも「学校教育法に定める学校教育の目的と目標」の見地から言えば、普通教育の成果としてすべての人間が習得するべき総合的あるいは理性的判断力ということになりますが、したがってそれを習得するまでの一定期間の考え抜かれた指導というものが必要になりますが、ここでは意味合いが異なっているようです。人間としての能力の育成ということではなく〈子ども一人ひとりがそれぞれの時期にふさわしく自ら考える力〉ということですから、本来の指導ということは不要になり、それぞれ自ら考える力を習得すること、それぞれがそれぞれなりに正しいと判断できる能力を習得すること、そのための「教育的働きかけ」をすることが教育なのだ、ということになるのです。このような「ねらい」もまたその後の教育政策の要の一つとして発展的に継承されていくことになります。

(三)「教育課程の基準の改善のねらい」はその上でつぎの三項目をあげています。①人間性豊かな児童・生徒を育てること、②ゆとりのあるしかも充実した学校生活が送れるようにすること、③国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視するとともに児童生徒の個性や能力に応じた教育が行われるようにすること、です。

 

「人間性豊か」

 

 ①について検討してみましょう。人間性が豊かであることはだれしも願うことですが、それは人間が生まれもっている人間的諸能力がしっかりと成長・成熟することを基礎に各自自らの努力の結果として獲得されるものであって、「豊かな」人間性という特定の豊かさ像・人間像が他者によって描かれてその方向に向かうことではないはずです。

 ところが、「七六年答申」はこの「豊かな人間性」の内容について「家族、郷土、祖国を愛するとともに国際社会の中で信頼と尊敬を得る日本人を育成すること」など七項目をあげているのです。これらが外からあるいは上から一方的に注入されたり身につけさせられるだけならば、このような項目でどんなに着飾っても外見上は豊かに見えてもむしろ人間性はいっそう貧しくなるだけではないでしょうか。

 

「ゆとり」

 

 ②についてはどうでしょうか。「ゆとり」というのは「答申」によれば「学習負担を適正なもの」にするために、年間授業時数等を、学校の教育活動にゆとりをもてるようにする、学校が創意を生かした教育活動ができるような時間を確保する、という観点から若干削減するというものです。

 学習に対する負担観は当時すでに社会的問題となっていましたから、学習内容・教育内容の軽減と改善が強く求められていました。しかし、文部省は「負担」を授業時間とか教育内容の分量という量の問題にすりかえ、より短時間でより少ない分量でこれまで通りの水準を維持できるような「授業」のあり方を導入することにしたのです。そのことは当然のことながら一部のできる子どもとそうはいかない多くの子どもの分化を加速することになりました。「ゆとり」政策の第一義的な意図はまさにそこにあったのです。その結果、大量の勉強嫌い・学校嫌いが生まれるべくして生まれていきました。

 削減された授業時間をかき集めて確保された通称「ゆとり」の時間は「各学校が創意を生かした教育活動」をすることとされました。具体的は「体力増進のための活動」、「地域の自然や文化に親しむ体験的な活動」、「教育相談に関する活動」、「集団行動の訓練的な活動」などが例示されました。これらが「学校における教育活動」として位置づけられ、年間授業時数に組み込まれていきましたから、教師たちは一挙に多忙化することになりました。

 このような「ゆとり」の導入がなぜ「充実した学校生活」といえるのでしょうか。子どもたちはただ学習負担が軽減されることを願っているのでしょうか。明確な教育目標もない「体験的な活動」や「集団行動」に追い込まれることによって人間として成長していく喜びを味わうことができるのでしょうか。

 

「基礎・基本」

 

 ③の「国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視するとともに児童生徒の個性や能力に応じた教育が行われるようにすること」についてもいくつか問題点を指摘することができます。

 第一に、教育内容が「国民として必要」かどうかを基準にして設定するとしていることです。ここには〈人間として必要な〉という視点は見あたりません。なお、高等学校についてはさらに「高等学校教育として必要とされる」とされており、個性化・多様化の観点から小学校や中学校とも区別されています。

 第二に、「基礎的・基本的な内容」についてです。「七六年答申」の「各学校段階別の改善の重点事項」の小学校の箇所には六項目が挙げられていますが、最初の三項目は次のように記述されています。「ア 学校の教育活動全体を通じて日常生活に必要な基本的な行動様式をしっかりと身につけさせ、道徳的な実践力を一層高める」、「イ 学校生活全体における体育活動の充実と相まって健康でたくましい身体の基礎を養い、体力の向上を図る」、「ハ 読み書きや計算などの基礎的な能力を確実に身につけるようにする」。

 中学校についてもほぼ同様で、「人間の生き方についての理解を深めるとともに基本的な行動様式をはじめとする道徳的な実践力を高める」、「国語による的確な表現力や数量・図形に関する基礎的な知識・技能の充実を図る」、「社会や自然と人間との関係についての見方や考え方の基礎を培う」とされており、このような記述から見るかぎり、「基本」という言葉は〈行動様式〉や〈生き方〉に、「基礎」の方は〈能力〉や〈知識〉・〈技能〉あるいは〈見方〉・〈考え方〉に、それぞれ対応して用いられているように思われます。

 高等学校については、中学校教育との関連を一層密接にすること、高等学校として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視すること、とくに中学年・高学年の段階においては「多様な内容を個人の能力・適性等において選択履修できるよう」にすることなどが示されています。

 「基礎的・基本的な内容」についてはその後の教育政策によってさらに発展させられていきますが、学校教育法に規定されている普通教育の目標やそれまでの学習指導要領に示されていた各教科の目標・内容とは異質な観点から構想されています。

 例えば、小学校の国語について言えば、それまでは三領域(「聞くこと、話すこと」「読むこと」、「書くこと」)は「表現」と「理解」の二領域に再編され、さらに「言語事項」とあわせて三領域から構成するとされています。「表現」では「聞くこと、話すこと」が軽視され、「特に文章による表現力を高めることに重点を置く」と説明されています。「聞くこと、話すこと」の重要性はどんなに強調しても強調しすぎることはありません。最近では子どもたちの現状について「人間関係をつくれない」という指摘がなされていますが、その原因がなんであれ、そうであればあるほど「聞くこと、話すこと」を重視し、しっかりとした言語能力が獲得できるような学習・教育環境を確立することが必要なのです。

 表現・理解・言語事項という三領域構成は一九八九年の学習指導要領でも踏襲されますが、一九九八年改訂の学習指導要領では「話すこと・聞くこと」、「読むこと」、「書くこと」の三領域に戻っています。しかし、一九六八年の学習指導要領では「聞くこと、話すこと」の内容が八項目にわたって記述されていましたが、一九九八年改訂の小学校学習指導要領では三項目に圧縮されています。

 

 

⑴教育課程審議会が文部省に設置されるのは一九四九年ですがこの際「教科課程」は「教育課  

 程」とされました。「教育課程」は教科によってのみ構成するのではなく、教科以外の諸領 域をもふくむ用語とされたのです。

⑵『戦後日本の教育改革5 学校制度』、東大出版会、一九七二年、所収。