補論(一) 普通教育の思想

 

   第一節 ルソーの普通教育論

 

  普通教育の思想は十七世紀後半の西欧において生成したとされています。一九三九(昭和十四)年に発行された『教育学辞典』(岩波書店)の「普通教育」の項 目の執筆者(石川謙、船越源一)は「普通教育」の思想をコメニウス、ルソー、ペスタロッチらの「胸一杯に漲る情熱」とむすびつけて論じています。

 第一節では、ジャン=ジャック・ルソー(一七一二~七八年)の普通教育論について検討したいと思います。

 

   ルソーが見た時代と教育

   「わたしたちは危機の状態と革命の時代に近づきつつある」というのは一七六二年にルソーが出版した『エミール』の一節(岩波文庫上巻三四六ページ、以下巻 とページのみを記す)です。民衆は重税にあえぎ、当時、王室や政府と民衆や新興市民との対立矛盾が顕在化し、パリは内乱状態ともいえる状況でした。ディド ロもすでに逮捕監禁され、ルソーも『エミール』や『社会契約論』を出版したことで逮捕令状をつきつけられ亡命を余儀なくされていきます。二〇数年後にはフ ランス革命が勃発していますから、ルソーの時代認識もあながち誇張とはいえないようです。

 ルソーは教育の現状についても厳しい見方をしていました。

  「不確実な未来のために現在を犠牲にする残酷な教育をどう考えたらいいのか。子どもにあらゆる束縛をくわえ、遠い将来におそらくは子どもが楽しむこともで きない、わけのわからない幸福というものを準備するために、まず子どもをみじめな者にする、そういう教育をどう考えたらいいのか。」

 ルソーはさらに続けます。

  「父親あるいは教師の不条理な知恵の犠牲となって死んだ子どもはどれほどあるかわからない。かれらが子どもにあたえた苦しみから得られるただ一つの利益 は、子どもがかれらの残酷な知恵からのがれられるのをしあわせと考えて、苦しみしか知ることができなかった人生を、名残り惜しいとも思わずに死んでいける ことだ」(岩波文庫上、一〇一ページ)。  

  

     なぜ教育は「残酷」なのか

 

 ルソーはつぎのように述べています。

 「 人は子どもというものを知らない。子どもについてまちがった観念をもっているので、議論を進めれは進めるほど迷路にはいりこむ。このうえなく賢明な人々でさえ、大人が知らなければならないことに熱中して、子どもにはなにが学べるかを考えない」と。

  ルソーはイギリスの経験論哲学者ロックやフランス啓蒙思想家たちの教育観を批判しているのですが、結局のところ社会はこうあるべきだという発想から教育を 位置づける、あるいは社会のあり方に子どものあり方を従属させる教育観を真正面から批判しているのです。そのような教育観を前提とするかぎり社会の危機が 深まれば深まるほど子どもにたいする大人の要求は重苦しいものとなり、子どもにとって残酷な教育にならざるをえなくなる、とルソーは考えたのです。また、 ルソーは大人が子どもに求めるものがかりにどんなに進歩的で科学的なものであっても、それらが子どもにとって学べるものであるかどうかを考えない限り、そ のような教育が熱心であればあるほどやはり子どもにとって残酷なものとなるではないかと考えたのです。

  

「大人の理性」と「子どもの理性」

 

  ルソーは社会は大きな転換期を迎えているとみなしましたが、当時そのように考えていた人々は他にもいました。ルソーは市民の登場に注目していました。市民 は自分達こそが人間であるという気概をもって意気込んでいました。市民こそ十九世紀に生きる人間の姿であり、進歩的で民主的な社会の担い手なんだ、そして また伝統的な理性によってではなく市民の理性に基づいてこそ子ども達の教育を行っていかなければならないのだ、と考えていました。しかし、ルソーは「市民 の理性に」に納得していませんでした。すでに『人間不平等起源論』(一七五五年)を著していたルソーは市民の台頭に新しい不平等社会の到来を予感していた のではないでしょうか。このような「市民の理性」ではなくやはり「人間の理性」でなければならない、とルソーは考えたのです。「大人の理性」(と言っても さまざまであるが)という枠内にとどまっているかぎり、本当に人間にふさわしい社会変革はありえない、とルソーは考えたのです。 市民を主体とする「大人 の理性」に限界を感じとったルソーは市民をこえて人間の理性の存在に着目したのです。

  と同時にルソーは子どももまた人間であり、そのかぎりで子どもにも理性があるのだと考えました。当時は理性的ではないという意味で子どもは人間ではない、 子どもは「大人の理性」に徐々に染まっていく存在なのだという子ども観が一般的でしたから、ルソーのような考え方はまさに画期的でした。このように考えた からといってルソーは子どもにも大人と同じような意味での人間としての理性があると考えていたわけではありません。子どもには「子どもの理性」と言えるよ う独自の理性というものがあるのだ、それは「感性的理性」とも「物理的理性」とも言えるようなもので、そのような子ども特有の理性を真に人間としての大人 の理性に高めていくことこそが教育という仕事なのではないか、とルソーは考えたのです。

 では「子どもの理性」とはどのようなものなのでしょうか、どうすればそれを「大人の理性」にまで引き上げていくことができるのでしょうか。

 

  「子どもにはなにが学べるか」

   

  これこそ子ども達は学ばなければならないという教育観は社会の有り様によっては子どもをただ教育の対象とみなしたり、あげくのはてに犯罪者に仕立て上げる ことになりかねないのです。「子どもにはなにが学べるか」という観点にたって教育のあり方を根本的に転換しようとすれば当然のことながら、子どもとは何 か、子どもとはどのような人間なのか、を解明しなければならなくなります。そのことの自覚と決意が『エミール』となってあらわれたということができるので す。「この点の研究にわたしはもっとも心をもちいて、わたしの方法がすべて空想的でまちがいだらけだとしても、人はかならずわたしが観察したことから利益 をひきだせるようにした。なにをしなければならないかについては、わたしは全然みそこなっているかもしれない。しかし、はたらきかけるべき主体について は、わたしは十分に観察したつもりだ。とにかく、まずなによりもあなたがたの生徒をもっとよく研究することだ。あなたがたが生徒を知らないということは、 まったく確実なのだから。」(上巻十八ページ)

 

   「人間をつくる 」

 

  「あらゆる有用なことのなかでもいちばん有用なこと、つまり人間をつくる技術はまだ忘れられている」(上巻十八ページ)とルソーは強調していますが、「人 間をつくる」なんておだやかではない、人間は人形やロボットではないんだ、としばしば誤解される文言ですが、ルソーにとって「人間をつくる」とはどういう ことなのでしょうか。

  「子どもは弱いものとして生まれる」とルソーは言っていますが、その場合の「弱い」とは人間としての基本的な諸能力が最初は可能性として存在しているにす ぎないことを言っているのです。それらをそれらに内在している成長・発達の道すじにそくして強くしていくこと、そして人間としての大人の理性をつくるこ と、そのことをルソーは「人間をつくる」という言葉で表現したのです。

  系統発生的にみればどんな子どももすでに人間として成長していけるような内部組織をもってうまれてきますが、生まれた後かれがおかれる自然的・社会的環境 や条件によってその子どもがめでたく理性的に判断できる人間にまで到達できるかはまったく別の問題です。さまざまな生得的な与件を考慮しつつ子どもを人間 として育てていく、それが教育の仕事であり、普通教育の課題なのです。

  ルソーにとって「子どもを知る」とか「人間の研究」というのは人間の「能力と器官の内部的発展」(ルソー)のメカニズムの研究を直接意味するものではあり ません。そのことの解明のうえにとくに諸感覚器官をとおして形成される諸感覚がどのような過程を経て観念や理性に転化していくのか、子どもを人間にまで高 めていくためにはその過程はどのようなものでなければならないのかを解明することだったのです。

 

  およそ二〇年間

 

  さて、『エミール』の副題は「教育について」というものでした。ルソーは「普通教育」ということばは用いていませんが、ルソーのいう「教育」とはおおよそ 二十歳頃までの教育であり、人間のもつ能力の育成を通して理性的人間をつくる教育を意味していましたから、広義の教育ではなく「普通教育」について論じた ものと言えます。

  理性的判断力を獲得するのに二〇数年の教育を要するということは、そのような普通教育が首尾よく本来の目的を達した場合のことを言っているのであって、か りに普通教育の期間がゼロ年であった場合は、その年に生まれた子どもはある程度の生育条件があれば動物(あるいはヒト)としての二〇歳を迎えることができ ても理性的にふるまうことができないことを意味します。

  モーリス・ドベスという人はルソーに依拠しながら『教育の段階』⑴という本を書いていますが、そこでは生涯教育を念頭におきながら「われわれの対象は、誕 生あるいはその少し前から、二十歳前後に至るまでの人間としたい。もちろん、この切り取り方の人為的性格は充分承知しているが、この年齢で生徒は一人のお となになるという理由からである」(十一ページ)と述べています。

  現在、生涯学習や生涯教育の重要性がクローズアップされていますが、学習権や教育を受ける権利を基本的人権として明確にしつつ生涯学習や生涯教育を拡充し ていくことと普通教育とは本来矛盾するものではありません。ルソーの時代にはこの区別はまだ当然のこととはいえ自覚されていませんでした。

 

   五つの発達段階

 

  『エミール』は五編から構成されていますが、それは子どもが大人になるまでの二〇数年というものは、それぞれ独自の性格を有する五つの発達段階を経るとい うこと、教育とはこれらの段階に留意しながら子どもが人間として生まれながらに持っている諸能力を育てていくことである、と考えていたことによります。 「人生のそれぞれの時期、それぞれの状態にはそれ相応の完成というものがあり、それに固有の成熟というものがある。(上巻・二七〇~二七一ページ)

  その五段階というは幼年期、子ども時代(前期)、子ども時代(後期)、思春期そして青年期です。幼年期というのは感覚から言語が生まれていく段階であり、 子ども時代(前期)は自己の観念が生まれていく段階です。子ども時代(後期)以降三つの段階は全体として共通感覚の修得の時期とされ、とくに子ども時代 (後期)では単純観念から複合観念の修得、思春期は人間関係についての観念の修得、青年期は社会関係および道徳的観念の修得、人間としての理性の獲得の段 階とされています。普通教育はそれぞれの段階独自の課題を実現しつつ全体として理性的に判断できる人間の育成をめざすものといえます。⑵

 このルソーの発達段階論はかれの「子どもの観察」、「人間の研究」から導かれた重要な発見と言えるべきもので、その後の教育学の展開に決定的な影響を与えたといえます。

 

  (一)幼児期

 

 ・「わたしたちは感官をもって生まれている。そして、生まれたときから、周囲にあるもの   によっていろんなふうに刺激される」

 ・「自分の感覚をいわば意識するようになると、感覚を生みだすものをもとめたり、さけた  りするようになる」

 ・ 「はじめは、それが快い感覚であるか不快な感覚であるかによって、つぎにはそれがわた  したちに適当であるか、不適当であるかをみとめることによって、 最後には理性があたえ  る幸福あるいは完全性の観念にもとづいてくだす判断によって、それをもとめたり、さけ  ようとする」

 ・「この傾向は感覚がいっそう鋭敏になり、いっそう分別がついてくると、その範囲がひろ  がり、固定してくる」(上巻二十六ページ)

 

  「感官」への着目はきわめて重要なことです。ルソーはロックの経験論(白紙論)を批判していますが、同時に生得観念を認識上の基本とする当時の合理論にも 距離をおき、人間としての理性が獲得される以前の段階にも理性(ルソーは「子どもの理性」あるいは「感覚的理性」という言葉を用いています)があるとし、 そのことを根拠に徹底した子ども研究の必要性を主張したのです。

  「感覚」から「意識」が発生すること、「意識」による行動の選択、意識活動の広がりと固定化など驚くべき考察をおこなっています。これらはその後心理学や とくに今日神経科学等によって飛躍的に解明されていますが、それらの成果に学びつつも、重要なことは「子どもに何が学べるか」という見地から教育学、普通 教育論独自の解明を進めることです。

 

 ・「しかし、それはわたしたちの習性にさまたげられ、わたしたちの憶見によって多かれ少  なかれ変質する」

 ・「この変化が起るまえの傾向が、わたしたちの自然とわたしが呼ぶものだ」(上巻二十六  ページ)

 

 「自然」概念はルソーの教育論の核心をなすものとされていますが、それゆえにまた今日からみて限界をふくめて正確に理解しておく必要があるように思います。        

  ここでの「自然」とは山や川という意味ではありません。また、未開状態・野蛮状態を自然と考えていたわけでもありません。生まれた後の「習性」や「臆見」 によって「変質」する以前の状態を「自然」というのですが、なかなか厄介な概念です。当時の感覚論的自然観を共有していたと言われていますが、「変質」以 前の状態というのは文字通り解釈すれば現実には存在しないでしょう。しかし『エミール』全体を通して考えてみると、それとはちがった解釈ができるのです。 子ども達は大人になるまでの二〇年間は「習性」や「臆見」にまみれた世界を生きていくわけですが、しかし、人間の諸能力の成長発達には現実の人生を貫ぬく いわば客観的な自然法則ともいうべきものがあるのではないかとルソーは洞察していたのです。ルソーはそのような意味で「自然」という言葉を明確に使ってい るわけではないのですが、事実上そのような理解に到達していたと言うことができると思います。

 

 ・ 「感覚は知識のもとになる材料だから、適当な順序でそれを子どもにあたえてやることは、  将来、同じ順序で悟性にそれを供給するように記憶を準備させる ことになる。しかし、子  どもは感覚にしか注意をはらわないから、はじめはその感覚とそれをひきおこすものとの  関係を十分明確に示してやるだけでい い」

 ・「そういうふうにして子どもは物体の熱さ、冷たさ、固さ、柔らかさ、重さ、軽さを感じ  ることを学び、それらの大きさ、形、そしてあらゆる感覚的な性質を判断することを学ぶ」

 ・「わたしたちがわたしたちとは別のものがあることを学ぶのは、運動によってにほかなら  ない」

 ・「また、わたしたちが空間の観念を獲得するのは、わたしたち自身の運動によってにほかならな   い」(上巻七五ページ)

 

  子どもは誕生とともに大人と同じ社会の中で生活することになります。未開人があたかも現代人と同居しているかのようです。しかし、子どもにとって判断でき るのはそのような現実の自然や社会環境の「感覚的な性質」あるいは「物理的な性質」であって、理性的あるいは社会的・道徳的な性質は判断の対象には入って はこないのだとルソーは考えました。ここから導かれる幼児期の教育論は周囲の現実についての「感覚的な性質」をより確実に理解できるように促すことと「習 性」や「臆見」あるいは「先入見」などを限りなく子どもから遠ざけることでした。そうすることによって子どもは、例えば「空間の観念」について確実に判断 することができるようになるとともにそれを得るためにはどのような「運動」を要するのか、そのような観念は自分にとってどのような意味があるのか、などに ついて理性的に(あるいは「子どもの理性」に相応しく)判断することができるのだとルソーは考えたのです。

  お腹がすいているとき近くに食べ物を見つけるとします。子どもは泣いて他人の手を借りてその食べ物を手に入れようとしても、基本的には自分の努力でそれを 手に入れるように仕向けなければならない。周囲の物や人間は自分の意のままになるという習慣を子どもが身につけるのは悪しき教育の結果である。自分で手に 入れようとすれば、そのためにどのような運動あるいは努力が必要なのか、その食べ物は食べられるのかどうか、おいしいのかどうか、だれの食べ物なのか、食 べてもいいものなのかどうか、自分の空腹を満たす食べ物であるのかどうか、などについて瞬時に判断できるように、仕向けてやる必要がある、とルソーは言う のです。一度でもそのような教育を受けた子どもは、他の、例えば「時間の観念」など多くのことでも同じように自分で手に入れるようになるのです。

 

 ・「欲求をみたすために他人の助けが必要なばあい、その欲求から生じる不快の念はいろい  ろなしるしで表現される」

 ・「子どもの最初の泣き声は願いである。気をつけていないと、それはやがて命令になる。」 ・「はじめは依存しているという感情がうまれるのだが、つづいて権力と支配の観念が生ま  れてくる」

 ・「この泣き声を人々はそれほど注意にあたいするものとは思っていないのだが、ここから  人間の、かれの周囲にあるすべてのものにたいする最初の関係が生じてくる。ここに社会  の秩序を形づくる長い鎖の最初の輪がつくられる」

 ・「子どもには最初、やさしい、はっきりした音声をたまに聞かせ、同じことをしばしばく  りかえし、またその音声があらわすことばはすぐに子どもに見せられる感覚的な対象にだ  け関連することばでありたいものだ」

 幼児といえども「欲求」は人間に相応しく充足されなければならない、それを可能にするのが教育であるとルソーは考えていたのです。

 

 ・「あらゆる人間に共通の自然の言語ーこの言語は音節によってはあらわされないが、抑揚  があって、音色があって、聞きわけられる」

 ・「わたしたちの言語を用いることによって、わたしたちはそれ(共通の言語)を捨て、や  がて完全に忘れてしまったのだ」

 ・「子どもを研究しよう・・・そうすればやがてわたしたちは子どもからふたたびその言語  を学ぶことになる」(上巻七六~七九ページ)

 

  共通の言語あるいは普遍言語から母国語、現代言語、個別言語への転化によって共通言語は忘れられていく、と同時にあらためて共通言語へ立ち戻っていかなけ ればならない、このテーマは現代ではチョムスキーの言語論を想起させるものです。共通言語の習得は共通言語の発明という方向ではなく、人間関係のなかで発 見していくものであり、人間としての相互理解を進めていく方向において実現できるとルソーは考えていたようです。

 

  (二)子ども時代ー前期ー

 

 ・「この第二の段階において、正確にいって個人の生活がはじまる」(上巻一〇〇ページ)

 ・「ここでひとは自分自身を意識することになる。記憶があらゆる瞬間における自分の存在  の同一性( identite )という感情を拡大する。かれはほんとうに一個の同一の人間となり、   したがって幸福あるいは不幸の感情をもつことができる。だから、これからはかれを一  個の精神的存在と考える必要がある」(上巻一〇〇ページ)

 

  一定の経験や学習の蓄積を通して子どもは新たな発達段階に入ります。もちろんどんな子どもでもというわけではありません。一定の生育条件のもとではという ことであり、生育環境によっては、この段階での同一性という感情を自覚できない場合もある。この段階での教育の最初の仕事は「個人の生活」を始めることが できるように手助けすることである。ルソーはこのように考えているのです。

 ・「人間の最初の理性は感覚的な理性だ。それが知的な理性の基礎になっているのだ」(上  巻二〇三ページ)

 ・「人間のほんとうの理性は肉体と関係なしに形づくられるものではなく、肉体のすぐれた  構造こそ、精神のはたらきを容易に、そして確実にする」(上巻二〇四ページ)

 ・「感官を訓練することはただそれをもちいることではない。感官をとおして正しく判断す  ることを学ぶことであり、いわば感じることを学ぶのだ」(上巻二一八ページ)

 

  感官の訓練はあくまでも教育学的見地から、すなわち理性的判断力の育成という見地から把握されています。ルソーは触覚、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、すなわち 一般に五感といわれているものについてそれらが判断力の形成にとってどのような意味を有するかを説明した後に「共通感覚」の修得について論じています。⑶

 

 ・ 「つづく編において第六感ともいうべきものの修得について語ることがわたしには残され  ている。それは共通感覚と呼ばれるが、それはすべてのひとに共通 のものだからというよ  りも、ほかの感官の十分によく規制された使用から生じ、あらゆるあらわれの綜合によっ  て事物の性質をわたしたちに教えてくれ るからだ」

 ・「この第六感(共通感覚)は、だから、特別の器官をもたない。それは頭脳のうちにある  だけで、純粋に内面的なその感覚は知覚、あるいは観念と呼ばれる。」

 ・「わたしたちの知識のひろさがはかられるのはそれらの観念の数によってである。

 ・「精神の正確さをつくりだすのはそれらの観念の明確さ、明瞭さである。」

 ・「人間の理性と呼ばれるものはそれらの観念を比較する技術である。」

 ・「そこで、感覚的理性、あるいは子どもの理性とわたしが呼んでいたものは、いくつかの  感覚の総合によって単純な観念をつくりあげることである。」

 ・「そして、知的な理性、あるいは人間の理性とわたしが呼ぶものは、いくつかの単純な観  念の総合によって複合的な観念を形づくることにある。」(上巻・二七〇~二七一ページ)

 

  「子どもの理性」が「感覚」を「総合」し「単純な観念」をつくり、人間の理性が「観念」を「総合」することによって「複合的な観念」を形づくる、この シェーマは『エミール』の第三編以後をつらぬいていきます。ここで留意しておきたいことは、子ども達は現実には複雑な社会的な関係のなかで生活しているの ですが、そのなかでこそこのようなシェーマが可能になるような教育的関係が不可欠なこと、また「感覚」にせよ「観念」にせよ脳内の活動によって「総合」さ れることによってより高い段階に進んでいくこと、をルソーがすでに指摘していることです。

  

 (三)子ども時代ー後期ー

 

 ・ 「苛烈な大気と季節にもほとんど無感覚なかれは、平気な顔でそれに耐え、高まってくる  熱は衣服に代わるものとなる。食欲は調味料に代わるものとなる。 体の養いとなるものは  すべて、かれにとってはうまいものだ。ねむくなれば大地に身を横たえてねむる。どこへ  行ってもかれは自分の必要とするいっさ いのものが身のまわりにあることを知る」

 

 およそ一二~十三歳という短い時期とされていますが「力の発達が欲望の発達を追い越して、まだ完全に無力であるが、成長しつつある生物が相対的に強くなる時期」と説明されています。

 

 ・ 「そこで、現在はありあまるほどもっているが、別な時期になればたりなくなる能力と体  力を、かれはいったいどんなことにもちいるのか。かれはそれを必 要が生じたときに役に  たつことにもちいようとつとめるだろう。いわば、現在あるもののうち余分のものを未来  にふりむける」

 ・「自分が手にいれたものをほんとうに自分のものにするために、自分の腕のうちに、頭の  なかに、自分自身のなかに、それをしまっておくことにするだろう。そこで、ここに仕事、  勉強、研究の時期がくるのだ」(上巻・二八五ページ)

 

 仕事、勉強、研究がどのような段階でなぜどのように生まれてくるのか、さらにその段階ではどのような教育が必要となるのか、についてルソーが深く洞察していることに注目したいと思います。

 

 ・「わたしたちの感覚を観念に転化しよう」

 ・「しかし、感覚的な対象からいっぺんに知的な対象に跳び移るようなことはしまい。感覚  的なものを通ってこそわたしたちは知的なものに到達することになるのだ。」

 ・「精神の最初のはたらきにおいては、感覚がつねに精神の案内者となるようにしなければ  ならない。」

 ・「世界のほかにはどんな書物も、事実のほかにはどんな授業もあたえてはならない。」

 ・「読む子どもは考えない。読むだけだ。」

 ・「かれは知識を身につけないで、ことばを学ぶ。」

 ・「あなたがたの生徒の注意を自然現象にむけさせるがいい。」(上巻・二八九ページ)

 

  「世界」と「事実」が、きびしい感覚の訓練を通して、子どもたちにあたえられる。しかし、これまでも述べてきましたが、子どもたちは、感官を経由するとは いえ、「世界」や「事実」を、さまざまな社会的関係(家族、仲間、教育等)の中で獲得していくのです。子どもたち自身の個別性やかれらをとりまく社会的関 係のあり方によって、子どもたちが獲得していく「世界」や「事実」もさまざまです。ここに普通教育の特別な存在理由があると言えるのではないでしょうか。 自分にとって、あるいは一部の特定の人々にとってだけの「世界」や「事実」ではなく、だれにとっても、あるいは人間にとって意味のある「世界」や「事実」 というものが存在すること、そのような「世界」や「事実」にそくして判断していかなければならないこと、そのことが理性のなすべきことであり、民主主義的 に生きるということなのだ、ということをすべての子どもたちにしっかりと把握させる、そのことが「人間の育成」ということの意味であり、普通教育というこ となのだと思います。

 

   (四)思春期ー人間との関係ー

 

  ルソーは五つの発達段階のうち思春期と青年期に『エミール』全体の三分の二を充てています。今日の言葉でいえば中学生や高校生の教育について相当のスペー スを割いています。また、思春期のはじまりを「第二の誕生」といい、「わたしたちの教育をはじめなければならない時期」とも言っています。

 

 ・「ここで人間はほんとうに人生に生まれてきて、人間的ななにものもかれにとって無縁の  ものではなくなる」

 ・「子どもがその関係、必要、能動的または受動的な依存状態を拡大していくにつれて、他  人との結びつきという感情がめざめ、義務とか好き嫌いとかの感情が生まれてくる」

 ・「道徳的な存在としての自分が感じられるようになったら、人間との関連において自分を  研究しなければならない」(中巻・七~十一ページ) 

 

 ルソーはこの時期の子どもに見られる情念の芽生えと広がりを観察しながら、自己愛をさらに「かれに近づく人々」への愛につなげていくこと、子どもの感受性を仲間に向けること、などが教育として重要になってくることを述べています。

  ルソーはここで「仲間」について興味深い考察を行っています。ルソーにとって「仲間」とは、①知らない人ではない、②自分に関係のある人たち、③習慣に よって親しいものになっているか、必要で親しくなっている人たち、④明らかに自分と共通の考え方、感じ方をしていると思われる人たち⑤一言でいえば、本性 の同一性がほかのものよりもいっそうはっきりとあらわれていて、たがいに愛し合おうとする気持ちを、ほかのものよりもいっそう強く感じさせる人たち、と説 明されています。(中巻、五三ページ)

   

  (五)青年期ー社会との関係

 

 いよいよエミールは社会との関係の中に入っていくことになりますが、そのなかで理性を真に人間的な理性として育成することが普通教育の課題となります。この「青春時代の最後の場面」でエミールは結婚することになりますが、ルソーはここで「種と性の構造」( la consitution de son espece et son sexe ) の問題をクロスさせて人間的な理性の育成について考察しています。

 

 ・「(男と女の)両者に共通のものはすべて種に属するということ、ちがっているものはす  べて性に属するということだ」

 ・「そういう類似と相違は、当然、道徳的なことに影響をあたえる」

 ・「性のまじわりにおいてはどちらの性も同じように共同の目的に協力しているのだが、同  じ流儀( maniere )によってではない。その違った流儀から両性の道徳的な関係におけ  る最初のはっきりした相違が生じてくる。」(下巻・六~七ページ)

  階級社会(ルソー『人間不平等起源論』、一七五五年、岩波文庫他、参照)が必然的に生み出す男女の不平等の中にあって、男性優位の社会構造・精神構造の特 質を観察し、人間にとって共通のもの、普遍的なものはなにかを真に指摘できるのは女性である、というルソーの考え方を読み取ることができるように思いま す。

 『エミール』第五編の大部分は青年期における理性の育成の問題を男女の問題を軸に考察していますが、別言すれば理性の育成は男女の問題抜きには論じられないということだと思います。

「旅について」

 

  ルソーは『エミール』の末尾を「旅について」と題して「さて、ほかの存在との物理的な関連において、ほかの人間との道徳的な関連において、自分を考察した のちに、かれに残されていることは、同じ市民たちとの社会的な関連において自分を考察することだ」とのべ、つづいて「そのためにはかれはまず統治体〔政 府〕一般の本質、さまざまな統治形態を研究し、さらにかれが生まれた国の統治体を研究して、この統治体のもとに生活することが自分にとって適当かどうかを 知らなければならない」(下巻・二二一ページ)と書いています。

  また、ルソーは「主権の本質は一般意志にあるが、ある個別意志がいつも一般意志に一致することになるといっても、それがどうしてたしかめられるかというこ ともわからない」(下巻・二三六ページ)とのべて、真に自由で理性を有する個別意志が同時に一般意志に一致することができるような政治制度、選挙制度を考 察し、つぎのように述べています。「ある国では、国民がほんとうに自由であるかどうかを判定するためには、国会議員がどんなふうに選ばれるかを知らなけれ ばならない」(下巻・二四九ページ)と。

 普通教育のゴールに達した主権者は、真に自由で理性を有するがゆえに、自らの意志で政治形態について判断し、選択し、放棄し、あるいは変革していくのです。ここに普通教育の政治変革にたいする関係が見いだされることになるのです。

  ルソーの普通教育論を構成している自然、感覚、世界、事実、人間等に関するルソーの認識には感覚論的な性格がまとわりついていますが、この特質を特質とし て明確にした上で、より科学的な認識を対置しながら、普通教育論を科学的に発展させていくことが、その後に残された課題と言うことができるでしょう。しか し、現実にはその後の市民革命の成立と「市民社会」に対応した政治原理の発展の中で、普通教育論や普通教育制度はきわめて複雑な展開を強いられることにな ります。

 

 

  第二節 コンドルセの普通教育論

 

  コンドルセ(一七四三~九四年)は啓蒙主義の立場からルソーとは対照的な普通教育論を展開しました。コンドルセは数学者であるとともに幅広い哲学者とし て、またのちに政治家として公教育問題にふかく関わった人ですが、憲法制定過程での政変で逮捕され、獄中で劇薬をあおって自殺したことでも知られていま す。 

  コンドルセは「人間はすべて同じ権利を有すると宣言し、また法律が永遠の正義のこの第一原理を尊重して作られていても、もし精神的能力の不平等のために、 大多数の人がこの権利を十分に享受できないとしたら、有名無実にすぎなかろう」(以下、コンドルセについての引用はすべて『公教育の原理』、世界教育学選 集二三、明治図書、によります)と述べています。

 コンドルセはを書いています。『エミール』からほぼ三十年後、ルソー没後からは十三年目の出版です。

  一七八九年、「人間および市民に関する権利宣言」を勝ち取ったフランス市民は直ちに憲法制定に着手します。立憲議会では憲法委員会において教育案がまとめ られますが審議に至りませんでした。国民議会が発足し、そのもとに公教育委員会が組織されました。議会が公教育制度についての審議機関を設置したこと自体 画期的なことといえます。

 公教育委員会の委員長となったコンドルセは公教育に関する五つの覚書を提案(一七九一年)しますが、そのなかに「青少年の普通教育について(De l'instruction commune pour  les enfants)」および「成人の普通教育について( De  l`instruction  commune  pour  les  hommes )  」が含まれています。

 「普通教育」が青少年のためのものと成人のためのものに分けられているところにコンドルセの普通教育論の特質の一つがあります。

  コンドルセにとって「普通教育」はルソーが考えたように子どもを理性ある人間に育成するということではなく、すべての人間を「市民」として育成するための 教育を意味していました。市民階級が第三身分とされていた政治的不平等を是正するための手段として構想されていたと言えます。ですから、子どもにとっても 大人にとっても、平等を実現するために普通教育が必要だったのです。

  コンドルセは先にあげた五つの覚書の第一論文で「法律によってすべての人々が平等とされたとき、かれらをいくつもの階級に分ける唯一の区別は、かれらの教 育から生じるそれである」、したがって「社会は、人間として、家庭の父として、また国民として、共通の職分をはたし、それに関する義務を感知し、認識する ために必要な教育を、各人に得させることをその義務としなければならない」とのべ、そのような教育こそが「公教育」であるとしています。コンドルセの「普 通教育」観はこのような「公教育」観から導かれているのです。

 コンドルセによれば、「公教育」は子どものための公教育と成人のための公教育に区分され、それぞれが普通教育、職業教育および科学教育から構成されるとされていました。壮大な公教育計画と言えます。

 さて、コンドルセは「普通教育」についてつぎのように述べています。

 ①自分の能力や、教育に充当できる時間的余裕に応じて、職業や趣味のいかんを問わず、す     べての人が承知していることが良いと思われることがらを、国民のすべてに教えること。

 ②一般的利益のためにそれを利用し得るように、それぞれの問題についての特質を知る手段  を確保すること。

 ③将来生徒たちが従事する職業が必要とする知識をかれらに用意すること。

 

  コンドルセは、他の職業に比して「公職」とは「社会全体に関係をもち、社会に関係を及ぼす」ものであり、「最も自由な国とは、数多くの公職が普通教育しか うけなかった人々によって遂行され得るような国のことである」と述べ、そのような認識から「普通教育を十分に拡充」するべきであるとしています。人間より も市民、市民よりも公職、から発想された「普通教育」論といえるでしょう。

 さて、コンドルセは以上のような公教育論、普通教育論のもとに三つの階梯からなる「青少年のための普通教育」制度を構想しています。

  「青少年の普通教育」の修業年限は九歳から二十一歳までの十二年間であり、その十二年間をさらに九歳から十三歳、十四歳から十七歳、十八歳から二十一歳ま での三階梯に区分しています。就学年齢が高いこと、機械的とも言える階梯区分となっていることなどに留意しておきたいと思います。

(一)第一階梯は「大多数の国民が、他人の理性に依存することを強いられずに、自分の権利を行使し、義務を遂行できるように、その権利と義務とを認識せしめることである」とされています。市民としての権利・義務遂行能力が重視されています。

 第一階梯(四年間)の各学年毎に教育内容・教育方法が説明されています。領域毎に紹介しておきます。

  [読み方・書き方] もっぱら第一学年で扱われます。「子どもたちがその読み方や書き方を学習するに応じて授けられるこれらの語についての説明は、子ども たちにとって、楽しい学業になり、また一種の遊戯となり、これを通じて子どもたちの芽生えたばかりの競争心は発達していくのである。」

  [道徳] 第一学年では、説話を通して、子どもたちが感情を反省することができるようにしてやること、子どもたちの心を訓練すること、第二学年では、子ど もたち自身が道徳観念を形成することができるようにしてやること、第三学年では、これまで獲得してきた道徳観念をいっそう広め、いっそう精密なものとする こと、および観念の数を増やすこと、第四学年では道徳原理を直接提示して説明すること、生活のすべての行為にとって十分事足りる少数の道徳法則を説明する こと、に充てられるべきであるとされています。

  なお、第四学年については、人間の基本的権利についての知識や社会秩序の観点から、すべての国民に課される簡単で一般的な義務についての知識は、他の時期 に譲るとされているほか、道徳からは特殊の宗派の宗教思想を分離することが強調されています。「両親のみが、宗教思想を教授せしめる権利をもつことができ るのである」と述べています。

 コンドルセは公教育は知育のみを対象とすべきであると述べていますが、ここで言う「道徳」は知育に含められていることに留意しておきたいと思います。

[事 物に関する叙述] 第一学年では、多数の動物や植物のなかから選ばれたものについての短い叙述が、第二学年では、基本的に第一学年での記述が繰り返される が、他の諸特質や、その歴史や、それらのもっとも一般的な、あるいはもっとも有益な用途などについての詳細な説明が加えられるとしています。第三学年では 博物学について、第四学年では地方の博物学の概要とこれらの知識を農業やもっとも普通の技術へ応用することが加わるとされています。

[算 術] 第一学年では十進法の体系の説明、第二学年では簡単な四則、第三学年では子どもたちが自分で解決し得るような問題や、諸則を応用しなければならない ような問題などを提出して生徒を訓練すること、幾何学については、その原理を中心に測量の基礎を授けること、「子どもたちは土地を実測することを実際に行 わされる」と述べています。

 第四学年では建造物の尺度測定が加えられ、生徒たちに算術の習慣をしっかりと身につける機会を十分に提供するとしています。さらに、機械学の知識や、もっとも簡単な機械の効果の説明や、物理学の若干の原理、宇宙の一般的組織に関する叙述も含まれると述べています。

(二)第二階梯は十四歳から十七歳までの四年間です。選択制が導入することで第一階梯と区別されているようです。

 第二階梯は、「共通の教育」をおこなう一般教育課程と特別の教育を行う課程とに分かれます。特別の諸課程は選択履修ということになります。この両課程を結合しないような制度は「不完全なもの」とされています。

  一般教育の課程は第一階梯の継続ということで、数学、博物学、物理学のごく初歩の課程、政治学の原理、国民憲法の原理、法律、文法・形而上学の基礎知識、 論理学の基本原理、思想を表現する技術、歴史学・地理学、義務の諸原理を主とする道徳の規則、などが「共通の教育」として教えられることになります。

  特別の課程では、もっとも効用の広い特別な科学をより詳細により広範に教授することとされ、道徳学、政治学、観察および実験にもとづく自然科学、数学およ び計算に基づく自然科学の諸部門、文法および思想表現の技術、歴史学および政治地理学があげられています。これらの諸課程を四年間で選択履修するとされて います。

(三)第三階梯(十八歳から二十一歳まで)もまた、一般教育の課程と特別の諸課程から構成されています。

  とくに、特別の諸課程における科学について、①形而上学、道徳学、政治組織の一般原理、②法律学、経済学、③数学とそれの自然科学への応用、④数学の道徳 学・政治学への応用、⑤物理学、化学、鉱物学およびこれらへの科学の技術の応用、⑥解剖学、および博物学の他の部門、これらの科学の農業経済への利用、⑦ 地理学と歴史学、⑧文法と書写技術、以上八分野の教員を配置するとしています。

 ④の数学の道徳学・政治学への応用をはじめすべての分野が、すべての国民が公職に参加することができ、またすべての国民が公職を遂行することができるために必要な教育、すなわち「普通教育」を構成するものであること、が強調されています。

 この他、コンドルセは「青少年の普通教育」に関連する教師、視学、学会等についても論じています。

  コンドルセは以上の諸階梯に対応させながら、教育方法や教授法に関しても重要な指摘をおこなっています。一例をあげれば、コンドルセは「人間の知性は、ま ずばくぜんとした、不完全な観念から出発して、その後経験と分析とによって、次第に正確で完全な観念を獲得していくべきである。かくして、子どもたちが理 解することができる語というのは、子どもたちにとって理解できる観念を表現する語のことでなければならない。しかしてこの子どもの観念は、成人が有してい る観念が意味しているものとは同じものではないが、しかし成人のそれと矛盾するものはすこしも包含していない、というようなものでなければならない。子ど もというものは、二つの同義語について、それらが共通に有しているものしか理解せず、またそれらの差異を除いたことがらしか理解しない人々とほぼ同じ存在 であろう」と述べています。

  成人のための公教育については「子ども時代の教育を終えてから、ひきつづき自分の理性を強めようとせず、自分が習得しようとすればできたような知識を新し い知識で豊富にしようとせず、誤謬を訂正したり、あるいは受け入れることがあるかもしれない不完全な概念を訂正しようともしない人間は、自分たちの幼少時 の学習努力のすべての成果をやがて消滅させてしまうであろう」という理由からその重要性が強調され、このような公教育論を構成するものとして「成人のため の普通教育について」がコンドルセによって執筆されています。この論文は「青少年のための普通教育」を土台として今日に言う成人教育、社会教育、生涯学 習、生涯教育あるいは自己学習の必要性が具体的な方策の提起とともに「普通教育」の名のもとに展開されています。

 

  第三節 マルクス、エンゲルスの普通教育論

 

 イギリス、フランス等における資本主義の発展は普通教育の必要性とその制度化を要求していきました。産業革命のさなかロバアト・オウエンは自ら紡績工場と学校を中核とする共同社会の「統治」にあたるとともに一八一五年、工場法案を議会に提出し、普通教育( the ordinary course of education ) の制度化を要求しました。オウエンの意図は実現しませんでしたが、国家にとっても公的教育制度の確立が自覚されていきました。

 一八四五年、エンゲルスは「例外なくすべての児童にたいして、国家の費用で普通教育( allgemeine  Erziehung )をほどこすことである。この教育は、すべての児童にたいして平等であって各個人が社会の自主的な成員として行動する能力をもつようになるまでつづけられる」⑷と述べています。

  「普遍的な無秩序と搾取し合いが、今日のブルジョア社会の本質である」、若きエンゲルスはエルバーフェルトの集会でこのように述べ、「各人が自己の人間的 本性を自由に発展させ、隣人たちと人間的な関係をたもって生活できるような」社会の実現をめざそうと訴え、そのための当面の最重要な方策の第一に「普通教 育」の実現をあげたのです。

  この「普通教育」について、エンゲルスは①例外なくすべての児童を対象とすること、②国家の費用でおこなうこと、③すべての児童に対して平等であること、 ④各個人が「社会の自主的な成員」として行動する能力をもつようになるまでつづけられること、を要求しています。 エンゲルスは演説をつづけて「この方策 は、資産をもたないわれわれの同胞にたいする公正な行為にほかならないであろう。なぜなら、すべての人間が自分の能力を完全に発達させる権利をもっている ことは明かであるし、もし社会が無知を貧困の必然的な結果とならせるとすれば、社会はその個人にたいして二重の罪をおかすことになるからである」と主張 し、「社会の平和的改造に必要な平静さと分別も、やはり教養ある労働者階級にしか期待できない」としています。

  「すべての人間が自分の能力を完全に発達させる権利をもっている」という見解もそれまでにエンゲルスがたどり着いた唯物論的な人間観の表明といえます。と ころで、「各個人が社会の自主的な成員として行動する能力」とはどのような能力を意味するのか、それは何歳位までに達成されると想定されているのか、など 「普通教育」についての具体的な内容についてはその後徐々に解明されていくことになります。

  フランスでは、一八四八年の二月革命によって制定された共和国憲法が半世紀ぶりに「市民の権利」(「人間の権利」という言葉はタイトルには用いられていな い)を前面に出すとともに、労働者階級の諸要求をも反映したものとなりました。その第九条は「教育は自由である」と定め、また第十三条には「無償の初等教 育」という言葉も用いられています。

  一八六六年九月、国際労働者協会はジュネーヴで第一回大会を開催することにしていました。この大会代議員にたいしてマルクスは十一項目の「指示」をおこ なっていますが、その第四項目は「年少者と児童(男女)の労働」というものでした。⑸ そこでマルクスはつぎのように述べています。

 ①合理的な社会状態のもとでは、九歳以上のすべての児童は、生産的労働者とならなければ ならない。

 ②現に労働に従事している児童および年少者については、生理上の理由から、三段階に区分 して、九歳から十二歳までは、法律によってその使用を二時間に制限すること、十三歳から 十五歳までは四時間に、十六歳と十七歳については六時間に制限すること。

 ③初等学校教育は九歳に達するよりも早くから始めることが望ましい。しかし、今日、問題 とすべきは、児童と年少者の権利を守ることである。かれらは自分でそれを守るために行動 することができない。だから、かれらに代わって行動することが社会の義務である。

 ④労働者階級の啓蒙された部分は、自分の階級の将来、したがってまた人類の将来がひとえ に若い労働者世代の育成にかかっていることを十分に理解している。なによりもまず児童と 年少労働者を現制度の破壊的影響から救ってやらなければならない。

 ⑤現在の事情のもとでは、国家権力によって施行される一般的法律による以外にはこの救済 を実現する方法はない。

 ⑥この立場からして、われわれは、労働が教育と結合されないかぎり、両親や企業家に年少 者の労働の使用を許してはならないと主張する。

 ⑦われわれは、教育ということばで三つのことを理解している。

  第一、知育

  第二、体育ー体操学校や軍事教練によっておこなわれている種類のもの。

  第三、技術教育ーあらゆる生産工程の一般原則を教え、同時に児童と少年にあらゆる職業   の基本的な道具の実地の使用法や取扱いの手ほどきをするもの。

 ⑧九歳から十七歳までの者を夜間労働や健康に有害なあらゆる職業に使用することは、いっ さいの法律によって厳重に禁止すること。

 

  全体として、大会で決定すべき当面の課題に限定していることに留意しておきたいと思います。十七歳までの子どもたちの権利というものはどういうものか、教 育を構成する知育、体育、技術教育とは具体的にどのようなものか、将来的に教育をどのように構想しているのか、等についてはその後さらに解明されていくこ とになります。

 国際労働者協会第四回大会(バーゼル)が一八六九年九月に開催されることになり、それに先だって八月、総評議会会議で大会での議案が採択されました。七件の議題の四番目にあげられたのが「普通教育の問題」でした。

 八月の総評議会会議において、マルクスは普通教育に関する演説を行っています。⑹

  この演説でマルクスは、教育問題に関するこれまでの大会での論点は、教育は国民教育であるべきか、それとも民間教育であるべきか、であったと述べたうえ で、「国民教育」はすなわち「政府による教育」であるかのような見解について、アメリカのマサチューセッツでの事例をあげながら、つぎのように解明してい ます。①マサチューセッツでは地方団体が学校設置義務を負わされていること、②国家は多少の補助金を出しているが、地方税の八分の一が教育費に充てられて いること、③教師を任命し教科書を選定する学校委員会は地方団体であること、④教育内容においてはあまりにも地方的で、その地域の一般的文化水準に左右さ れていることが欠点であること、⑤したがって、中央の監督を要求する声があがっていること、⑥学校のための税金は強制的であるが、児童の就学は強制的でな いこと、⑦税金は財産に応じてかけられており、納税者はその税金が有効に使用されていることを望んでいること。

 マルクスは以上のことから「教育は国民教育あっても、政府による教育であることを要しない」と結論づけ、政府は視学官を任命して法律の遵守を監督すればよいのであって、「教育課程そのものに干渉する権限はいっさいもたない」ことを要求しています。

  さらに、マルクスは大会において「教育は、義務教育であるべきだという決議を、躊躇なく採択してさしつかえない」と提案しています。この場合、マルクス は、児童が労働に従うことができなくなる、という論をとりあげ、義務になったからといって労働者の賃金は切り下げられないし、人々はそれに慣れるであろう と、反論しています。

 同じ一八六九年八月の総評議会会議での演説でマルクスは、一八六六年のジュネーヴ大会決議を再確認しようという提案については反対の意見はなかったと紹介しています。

  また、マルクスは技術教育に関連して、分業は徒弟たちが自分の職業についての完全な知識を獲得するのを妨げるものであり、したがって技術教育は分業にとも なう欠陥を補うことを目標とするものである、ブルジョワジーが主張する技術教育と混同してはならないと補足しています。

 また、教会の財産と収入を普通教育費に充てるという提案について、大会が教会に反対する言明をおこなうのは正しい、というだけにとどめています。

 つぎに、小学校で経済学についての知識を生徒に授けるべきだという提案について、マルクスはそれは子どもたちが成人から学ぶべき問題であって、学校問題に関連してそれをもちだすのは適当ではないと批判しています。

  マルクスは以上をまとめて「初等学校でも、中等学校でも、党派的または階級的解釈の余地のあるような課目は、なにひとつとりいれるわけにはいかない。学校 では、自然科学、文法などのような課目だけを教えることが適当である。(中略)さまざまな結論のありえる課目は除外しなければならない」と明確に述べてい ます。

 このころ(一八七〇年)、イギリスでは近代的な国民教育制度の発足とされる初等教育法が制定されています。翌年、パリでは労働者階級によるコンミューンが成立しています。

  一八七五年五月、ドイツのアイゼナッハ派の党とラサール派の党がドイツ労働者党として合同する大会がゴータで開催され、そこで綱領(ゴータ綱領)が採択さ れました。この綱領草案には「国家の自由の基礎」として五項目、「国家の精神的・道徳的基礎」として二項目、計七項目の政治的要求が含まれていましたが、 全体として非科学的で誤りを含んでいたことから、マルクスはこれをきびしく批判しました。「国家の精神的・道徳的基礎」のうちの一項目には「国家による一 般的な平等な国民教育。全般的就学義務。無料教育」と書かれていました。⑺

  マルクスは「平等な国民教育」、「全般的就学義務」、「無料教育」自体はなんら革新的要求ではないことを指摘したあと、根本的な問題として「『国家による 国民教育』はまったく不適当」(傍点はマルクス)であること、一般的な法律によって国民学校の財源、教員の資格や教授課目などを規定することや国家の視学 官がこれらの法規の実行を監督することは必要であるが、そのことと「国家を国民教育者に任命すること」とはまったく別のことであること、逆に政府と教会の どちらも、学校にたいしていかなる影響をも及ぼしえないようにしなければならないこと、などを強調しています。一八六九年でのマルクスの見解が基本的に繰 り返されています。学校教育は無償制・義務制を前提とし、国家や教会からの影響をいっさい排除し、一般的な法律によって組織されなければならないという見 解はより明確にされています。

  なお、マルクスは「国民教育者」という言葉を用いていますが、これは教育権の主体にかかわる表現であると思います。教育権の主体は国家にあるのではなく、 それは直接的には一般的法律の制定に関わる立法府であり、より根本的には主権者たるすべての国民であるということになると思います。国民全体の教育要求を 労働者階級の教育要求がリードしていけるかどうかは今後の社会の進展に規定されることはマルクスも明確に認識していました。

  エンゲルスは一八八四年に執筆した『家族、私有財産および国家の起源』の末尾で「より高い社会段階を切り開くのは、行政における民主主義、社会における友 愛、同権、普通教育、などである」というモーガンの『古代社会』からの一節を引用して、社会変革に果たす「普通教育」の重要性を強調しています。⑻

  『家族、私有財産および国家の起源』は教育論や人格論を直接解明したものではありませんが、人格の問題を「ある特定の歴史的時代に、ある特定の国の人間が そのもとで生活をいとなむ社会的諸制度」との関連で解明したものとしても読むことができます。エンゲルスは、国家に統括された階級社会では「低劣きわまる 利害ーいやしい所有欲、獣的な享楽欲、共有財産の利己的略奪ー」や「窃盗、暴行、奸計、裏切り」を不可避な人格的果実であるとし、他方、原始共同体社会で は、すべての公務を自分自身の仕事とみる民主主義的な本能、不屈な独立精神、自由精神、人格的威厳、個人的たくましさ、勇気、耐久力、性格の強さ、率直 さ、等が同じように不可避な人格的所産であることをつきとめました。

  エンゲルスが特徴づけているように「原生的な共同体」に対応する人格上の原生的・民主主義的な性格はそれ自体、人類の長年にわたる意識的努力の結果といえ ますが、しかし、その努力の一定の進展のなかでそれらを否定する契機(生産手段の私的所有化)が発生し、人類は階級社会へと必然的に移行していくことにな るのです。階級社会への移行したあとの社会制度とその諸結果についての歴史的科学的な解明によって階級社会を止揚し人類は再びより高い段階での民主主義を 切り開くことができるという展望をエンゲルスはこの書物を通して解明しようとしたのです。

 一八八四年と言えば、明治十七年にあたります。日本ではそれまでの「普通教育」政策が「国民教育」制度へと大きく転換しつつある時期にあたります。マルクスがきびしく批判した「国家による国民教育」制度が日本において打ち立てられようとしていた時期です。

 

⑴モーリス・ドベス『教育の段階』(岩波書店、一九八二年、原著一九五二年)はルソーの教 育論を現代に発展させたすぐれた著作です。

⑵ ドベスは『教育の段階』でいくつかの発達段階論を紹介しながら、自らは保育期(誕生から 三歳まで)、山羊足っ子の時期(三歳から七歳まで)、学童期(六 歳から十三歳まで〔男子 の場合十四歳も〕)、思春期・不安の時代(十二歳から十六歳)、青春期・情熱の時代(十 六歳から二〇歳)の五段階に区分してい ます。

⑶ 「共通感覚」についてわが国では近年、中村雄二郎氏の『共通感覚論』(岩波現代選書、一 九七九年)があります。中村氏はしばしば『エミール』を引用しな がら論じています。とこ ろが、ルソーは教育論としてそれを論じているのにたいして、中村氏は哲学あるいは認識論 として共通感覚を論じているところが特 徴と言えます。ルソーは「感覚的なもの」を土台に 青年期までに理性の育成を考えているのにたいして、中村氏は青年期において理性よりも共 通感覚を重視 するという、ルソーとはあべこべの議論をしているのです。

⑷大月版『マルクス・エンゲルス全集』第二巻、五七四ページ。

⑸以上、大月版『マルクス・エンゲルス全集』、第十六巻、一九二~一九四ページ、参照。

⑹ 大月版『マルクス・エンゲルス全集』第十六巻、五六一ページ。なお、この「演説」につい て「現代社会における普通教育についてのマルクスの二つの演説の 記録」というタイトルを 付したのはドイツ語版全集編集部です。演説本文には「国民教育」と訳されており、「普通 教育」という言葉は用いられていませ ん。なお、ドイツ語版全集編集部による注解によれば、 国際労働者協会総評議会は一八六六、六七、六八年の大会でも普通教育問題が討議された、 と記され ています。

⑺大月版『マルクス・エンゲルス全集』第十九巻、三十~三十一ページ参照。

⑻大月版『マルクス・エンゲルス全集』第二十一巻、一七七ページ他参照。