3 普通教育の思想の生成・発展

1)前近代的な共同体、神や国家あるいは家族の理性にいわば盲目的に埋没していた個人がそれらからの自立の必要にめざめ、理性を人間たる自分自身に取り戻していく過程は啓蒙思想に代表されるように1718世紀西欧において静かにまた激しく進展した。この場合の人間の理性はしかし基本的には「大人の理性」でありまた「男の理性」であり、本質的に支配的な社会的観念に制約されていた。

2)この理性の歴史的制約を乗り越え、人間自身に理性の根源をもとめ、かつそれを合理的に育成する過程を探求する思想が現われた。これをもっとも徹底的に全面的に追求したのがルソー(17121778)であった。子どもたち自身に内在する可能性としての理性(子どもの理性)は教師に導かれながらそれ自身の内的法則にしたがって段階的に人間的理性を獲得していくという過程が解明された。まさに教育学の誕生とも言える画期的な発見といえる。この過程は「普通教育」という言葉をも生み出しながら多面的に解明されていくことになった。

3)啓蒙思想の枠にとどまりながら「人間の理性」を育成する努力もつづけられていった。しかし、その場合の「人間の理性」は事実上「市民の理性」と重なり、それがすべての市民、すべての青少年に求められるという意味において普通教育の名のもとに近代市民社会に適合する公教育制度を生み出していった。その初期の代表的な思想家がコンドルセ(17431794)であった。

4)資本主義の発達とともに労働者階級の見地からの教育要求が表明されていった。イギリスではチャーティストが「われわれは普通教育制度を熱望する」(1833年)と表明した。また、国際労働者協会も一貫して普通教育の制度化を要求した。マルクスやエンゲルスがそのための原案を起草した。その概要を以下に掲げる。

 ・「国家の費用で普通教育をほどこすことである。この教育は、すべての児童にたいして平等であって、各個人が社会の自主的な成員として行動する能力をもつようになるまでつづけられる」、「人間はだれでも自分の能力を完全に発達させる権利をもっている」、「社会の平和的改造に必要な平静さと分別も、やはり教養のある労働者階級にしか期待できない」(エンゲルス、1845年)

 ・「児童と少年の権利は守られなければならない。彼らは自分でそれを守るために行動することはできない。だから、彼らに代わって行動することが、社会の義務である」、「(普通)教育は義務教育であるべきだという決議を躊躇なく採択してさしつかえない」、「初等学校でも中学校でも、党派的または階級的解釈の余地のあるような課目はなに一つとり入れるわけにはいかない。(中略)さまざまな結論のありうる課目は除外しなければならない」、「労働者階級の啓蒙された部分は、自分の階級の将来、したがってまた人類の将来がひとえに労働青少年の教育にかかっていることを、非常によく理解している。なによりもまず児童と少年を現制度の破壊的な諸結果から守らなければならないことを、彼らは知っている。これは、社会的理性を社会的な力に転化することによってしかなしとげられないことであり、そして現在の事情のもとでは、国家権力によって施行される一般的な法律による以外には、この転化を実現する方法はない」(マルクス、1867,1869年、傍点原著)

519世紀後半以降、資本主義諸国は政治経済などの諸事情を背景に国民教育制度もしくは公教育制度を普及させ、初等教育を中心にさまざまな義務教育制度を構築していった。普通教育の理念・目的等も現実の多様な教育制度・学校制度のなかに埋め込まれていった。早くは、アメリカではホレース・マン(17921859)が普通教育制度を提唱し、コモンスクールの設立に尽力した。日本では慶応年間(1867年)に「普通教育」という言葉を用いた文献が現われている。1871年の「学制」のも普通教育の理念・目的が反映されている。

620世紀に入っていわゆる新教育運動が起こった。また、社会主義思想と結びついてソ連邦、中国等で普通教育制度が構築されていった。第2次世界大戦後、とくに日本では日本国憲法に「すべて国民は子どもたちに普通教育を受けさせる義務を負う」という趣旨の規定が導入されるとともに、教育基本法、学校教育法を通じて普通教育の理念・目的および目標が明確にされ、かつ定められたことは世界的に見ても画期的なことであった。社会主義思想の抑圧・変質のもとでソ連邦において1988年、普通教育論争が生じている。

7)今日、日本など発達した資本主義諸国においては、新自由主義政策のもとで、教育制度の市場化が進展し、その結果、子どもや教育の問題にさまざまな弊害が生まれている。一方、国連やユネスコ等では「子どもの権利条約」や「学習権宣言」などが採択されている。また、とりわけ北欧諸国では事実上普通教育の理念が現実の教育制度・学校制度の中に取り込まれ大きな成果を挙げている。

 わが国では改正教育基本法のもとで教育の理念が「人間の育成」から「国民の育成」へと変質させられ、その具体化が進められている。しかし、他方では日本国憲法との矛盾が顕在化している。

 世界全体の流れとしては「人間を人間として育て上げる」とする普通教育の理念・目的は今後大きく前進していくものと思われる。